#22 Yielding is sometimes the best way of succeeding
-神暦36992年4月24日-
夜。城は賑やかに。先日の晩餐会とはまた異なる装いの城。吹き抜けの二階の窓や階段の欄干には色とりどりのリボンで装飾が施され、エントランスの中央には三段になった巨大なバースデーケーキが。
今宵は前夜祭。無論、アルファイリア様の生誕祭の前夜である。今日城に招かれるのは貴族の者達のみ。城の一般開放は明日。こういうパーティの時は、招待客が入れるのはエントランスと庭園のみだが、一般開放の時はどこへでも行ける様になる。この日だけ、特別なイベントなので他の街からも人はたくさん来る。生誕祭当日の王都の賑わいはすごい。
……さて、明日の話は明日するとして、今はこの前夜祭の話をしよう。
「来賓の皆様、今宵はお集まり頂き感謝します」
そう述べるのは、議長殿。階段横に設置されたマイクの前。大勢の注目が集まる中、いつもの難しそうな顔で喋っている。……いや、今日は少し気合が入った感じかな?
「明日は我らが国王、アルファイリア様のお誕生日、今日はその前夜にございます。どうぞ、お楽しみ下さいませ。贈り物などはこちらで受け付けておりますから、どうか直接は押しかけになりませんよう」
最後の一文を、議長殿は語調を強めて言った。しかしそうは言っても「自分くらい」と思うのが人間であり。
「言う事聞くわけがねェよなぁ……」
と、階段上で僕と共に立つアルファイリア様が呟く。えぇ、全くその通りですとも。しかし、僕も王もそうは思いながらも営業スマイルを保っている。これも随分と慣れた気がする。
「では王よりご挨拶を」
議長殿がそう言うので、王は一つ咳払いして深く息を吸った。……話の中身は特に面白くもないので割愛することとしよう。つらつらとまぁよく出るなぁと思う様な一般的な挨拶。二分程の話が終わり、起こった拍手が一段落すると議長殿が再び言う。
「では皆様グラスのご準備を」
目下に白ワインのグラスが挙がる。階段上から見るその光景はなかなか凄いものである。
「アルファイリア様に、乾杯!」
乾杯!という掛け声と共にあちこちでカチンというグラスを合わせる音がする。同時に騒めきも広がって行く。
「行きましょうか」
「あぁ……」
僕はアルファイリア様を促して、その騒めきの中へ潜って行った。
† † †
「重い」
「だから何で断らないんですか」
「…………」
「そういうとこ本当駄目ですね」
「だってさ……」
アルファイリア様の手には小包がいくらか積まれ、腕にはブランド店のお洒落な紙袋が掛かっている。案の定、何人かの貴族の娘がアルファイリア様に直接プレゼントを渡そうとやって来た。「向こうで渡してね」と優しくそう言えば済みそうなものを、この人は尽くそのまま受け取ってしまった。……箱自体はそんな大きくないのだけど、一体何が重いのか……。
「僕が受け付けに持って行って来ます」
「一人にしないでくれ」
「こういう時だけ本当……はい、持ちますからそれ」
はい、と僕が手を出すと、渋々アルファイリア様は荷物を渡す。小包が僕の手に移った途端、ずしりとした感覚があった。
「えっ、何が入ってるんですかこれ……」
「純金の何かだろ」
「じゅんっ……」
さして珍しいものでもない、という顔のアルファイリア様。いや……貴族や王族界隈ではそうなのかな……?でもこの重さって相当……。
「アルファイリア様はここで待っていて下さい」
「えー……」
「次にどなたか来られたら贈り物は受け付けに渡す様にちゃんと言ってくださいね!」
まったく、ペレディルとかならもっと上手くやるんだろうに。少しは女性の好意の良い受け流し方を教えて貰えばいい。僕?僕は少なくともアルファイリア様よりは上手くやる。やれるはず。
さて。早く戻らないとアルファイリア様がまた女性達に捕まるかも。次からは僕が横から止めよう。ちょっと怖いけど。
† † †
イヴァーン‼︎俺を置いてくな! ……あぁ、でもそうだな、受け付けにいるのはユーサーだし、直接俺が行くとガミガミ言われるよな……。
仕方ない。俺はここで待つとしよう。じっとしてても動いてても、寄って来るものは寄って来るし。よし、次来た娘はちゃんと対応する。流されないぞ。
「アルファイリア様、こんばんは」
あ、ほら、早速来たぞ。
「……すまないが贈り物は」
言いながら目を挙げて、俺は途中で言葉を止めた。……何故止めてしまったのか、理由は俺にもよく分からない。
「…………シベリウスの」
「覚えていらしたのね、嬉しいわ」
と、そう言って彼女は笑う。……えっと、名前なんだっけ。モルジェンに引っ付いてたからその印象しか……あまり喋ってもいないし……。
と、俺が困っていると、知ってか知らずか彼女は言う。
「グィネヴィアです、またお会いできて嬉しいです」
「……あぁ」
あぁそうだ、そんな名前だった!……ちゃんと覚えておこう。シベリウスのは変に刺激しない方がいい。仲良くしておく方が吉である。…………そう言えば。
「今日は父上殿は一緒でないのか」
「えぇ。父は他の方々と」
「そうか」
……いずれ来るか。あいつが俺への挨拶を怠る訳無いし。そういう男だ。下心は丸見えだが、俺も邪険には出来ない。
その娘のグィネヴィアは……そういうのは無しに見えるが……侮れないな。シベリウスはシベリウスだし。
「あの、よろしければこれ……受け取って頂けませんか」
「あ、あぁ、ありがとう」
うお、馬鹿、俺もう反射的にやってるだろこれ。
渡されたのは小さな箱で、可愛らしい包装紙と可愛らしいリボンでラッピングしてある。……先程までのと比べて、随分と軽い。
「これは?」
「焼菓子です。父のお気に入りなんですよ。とても美味しいから、是非召し上がって下さい」
「……後でゆっくり頂こう」
アクセサリー類よりかは気が楽だな。消費出来るのが何より助かる。甘い物は好きだぞ?特にデスクワークの後なんかは疲れた頭に染み渡る。
「アルファイリア様はお一人ですの?」
「ん、あぁ、今はな。護衛官が少し席を外していて」
……早く戻って来いイヴァン、何やってるんだ。
「そうなんですか。……そう言えば、護衛官様にはまだお会いしておりませんわ」
「すぐ戻って来るだろうから、その時に挨拶すればいい」
「…………」
「……どうした?」
何やら神妙な面持ちのグィネヴィア。……何だか嫌な予感がするぞ。
「あの……二人だけで少しお話がしたいのですが」
「……ここでは駄目か」
「はい」
あー、出たなシベリウス特有の図太さ……。だがここで断る事は出来ないのだ!何故なら相手はあのシベリウスなのだから。
「……分かった」
「良かった!」
嬉しそうな顔で言うグィネヴィア。あぁもう、仕方ない。もうどうにでもなれ。いや、それは駄目か。
……はぁ。早く戻って来いイヴァン。
† † †
いない。……アルファイリア様がいない。ここで待つように言ったのに。誰かに連れられて行ったかな。まぁ、お話するうちにそういう事もあるだろうし。……しかし参ったな。僕はどうしたらいいんだろう。……普通にお話しされてたら邪魔になるだろうし。いや、僕が近付きたくないっていうのもある。
……となると、僕はどこかに引っ込んだ方が良かろうか。あまり注目を浴びない所へ……。
「これはこれは、護衛官殿」
「!」
うおっと……話し掛けられた。……誰だ?聞いたことある声ではあるけれど。
「……はい」
「お久し振りでございます。アルファイリア様はご一緒でないのかな」
金髪の初老の男性。……誰だったっけ。確かに見た事ある顔だけど。随分と前に……最後に会ったのは去年辺りだったただろうか。
「ええと……失礼ですがどなたでしたっけ」
言ってから、あ、マズいと思った。これは……嫌味を言われるだろうか。
「おや、まぁ無理もありませんか。シベリウスです。モルジェン・シベリウス。最後にお会いしたのは去年の生誕祭前でしたから」
「あぁ……って、あっ、あぁっ、そのっ、失礼しました!」
シベリウスじゃんっ‼︎うわー……これはやってしまった……。貴族社会で生きるなら知ってて当然の顔……。
しかし、シベリウス殿はからからと笑っただけで、特に怒りもしなかった。……あれ。
「……あの、アルファイリア様に御用でしたか?」
「あぁ、いえ、確かにご挨拶に上がらねばと思っていたのですが、あなたの姿をお見かけしたもので」
……なんか気持ち悪いな。僕に敬語を使って来るからか。いやそれはゼルナードさんとか議長殿とか他にもいるし……いや彼らはそういうのじゃなくて。
「そう言えばあなたはこういう場ではあまりアルファイリア様とおられぬようですが」
「今はたまたま……ですよ」
「おや、そうでしたか」
「城内ではそこまで気を張らずとも、人の目が多くありますので」
それにほとんど、アルファイリア様が僕に側にいろと言うのは寂しいからだし。今日だって……あれ?そう言えばベルナールさんはどうしたんだろう、姿を見ていないけど。
「呑気ですな」
「王はあれで人に嫌われないように努力しているので、疑い続けるのも何とも……」
「おやおやそれは」
……何か余計なことを言ってしまったような気がする。
それにしても、何だろう、この人の前にいるとムズムズする。思わず身を引いてしまいそうな感じだ。だが、それは失礼なので我慢している状態なのだが。
「アルファイリア様はお若いのによくやられていると思いますよ。良い王だ。嫌う理由が思い当たりません」
「そうですか、それは王もお喜びになるかと」
彼の言葉の一つ一つが当たるたび、僕の中で何かがキシキシと音を立てた。そうだ、これは無意識の僕の警戒のサインだ。これは……この言葉の奥に潜んでいるものは。悪意、ではない。少なくともそれではない。だが何かが、僕に彼を警戒させている。
「あなたもよくやられていると思いますよ、グリフレット卿」
「!」
「元庶民ですから、貴族社会での暮らしも苦労ばかりでしょう」
「……いえ、お陰様で随分と慣れましたよ」
僕は自分で、己の言葉が硬くなっているのに気付いた。心臓が激しく波打つ。……何だ?この緊張感。普通じゃない。
「あなたは……不快には思われないのですか」
思わず、そんな問いが口から出た。訊かずにはいられなかった。同時にとても恐ろしかった。このセシリアで最も権力を持つシベリウスの、その当主が、一体僕にどんな感情を抱いているのか、それを知るのが。
「……何故です?」
「え?」
僕は虚を突かれ、間抜けな声を返してしまった。さっきまでの緊張感が嘘のように……気のせいだったとすら思わせるほどに、謎の重圧は消えていた。
「何故あなたの事を不快に思う必要があるのでしょう?」
「……何故って」
「私は、アルファイリア様と卿がこのセシリアに新たな光をもたらすだろうと、期待しているのですよ」
思わぬ答え。いや、まさか……この人が、そんな風に考えているだなんて思わなかった。
「身分第一主義、そんなのはもう古い。そう思いませんか」
「……そうかもしれません」
革新派?この彼が?意外も意外過ぎる。どうしてって、あのシベリウスだぞ?
「若い世代にはそういう風に教え込むべきです。いえしかし、それを教える連中が、頭の堅い者ばかりではどうにも上手く行きますまい」
「…………はぁ」
「しかし、この世には何よりも強く民へ訴え掛けられるものがある。それが、王の力です」
「!」
「私はね、グリフレット卿。貴族だの庶民だの、国民の身分に対しては、下らないと思いますよ。けどね、王政には賛成ですとも。一つの強大な力があってこそ、社会は成る」
「……あなたも強大な力をお持ちだ」
「私達の力など、王に比べればそよ風の様なものですとも」
そう言って、シベリウス殿は笑う。
「────そよ風の様なものではありますが……多少なれば卿の力にもなれましょう」
と、彼は目を細める。初老の彼の目元には、たくさんのしわが刻まれる。
「……例えば?」
「例えば。そうですね……先程あなたが心配なされた様な、あなたを快く思わない者達などは、簡単に黙らせられますかな」
「…………物騒な事にはしたくありません」
「いえ。私も暴力は好きませんので。……私が後ろに立っていると知られれば、それだけで十分ですとも」
「それこそ疎まれそうなものですが」
「はは、何をおっしゃる」
シベリウス殿は愉快そうに笑うと、不敵な笑みを浮かべた。
「……この社会で生きる者達は、私達の恐ろしさを十二分に知っている。そのように思わせる暇もありませんよ」
「…………」
さっき自ら『下らない』と言い放った身分を、今度は振りかざして見せるのか。とんだ矛盾ですね、と僕は言う事は出来なかった。どうせ笑い飛ばされて終わりだ。
「何故僕にそこまで」
「言ったでしょう?私は期待しているのですよ。あなた方にね。身分の壁を越えることが出来る未来を」
どうも胡散臭い気はしていたけど、どうやら悪い人では無いようだ。僕は彼を誤解していたのだろうか……。
「ではね。私は次の挨拶があるので。何かあれば私に文を。多少の面倒事はどうにでもなりますよ」
にこり、と笑ってシベリウス殿は去って行った。心なしか、周りからたくさんの視線を感じる。そりゃそうか、あのシベリウスの当主と喋っていたのだもの……。
「イヴァン」
「!」
王……じゃなかった。先生だ。何やら顔色が悪い。
「……だ、大丈夫か」
「え、何がですか」
「今シベリウスの旦那と話してただろ……あぁ、でもその顔を見る限り大丈夫そうだな」
ほっ、と肩の力を抜く先生。しかし、すぐに真剣な顔になる。
「大変なのに目ェつけられたな」
「……そうですね」
「気を付けろよ、シベリウスの旦那はあまり良い話聞かねェからな。……何話してたんだ」
「────下らない話ですよ」
僕はそう答えた。
「……そうか」
先生は、それ以上何も聞いては来なかった。
「それはそうと、キングはどうした?」
「あっ」
僕はキョロキョロと周囲を見渡す。……人混みの中でも目立つはずの、緋色の髪が見当たらない。
「……先生、見えます?」
僕よりもずっと背の高い先生に訊くが、先生も首を振る。
「いや」
「どこへ行かれたんでしょう……僕探して来ますね」
「おう」
先生と別れ、僕は歩き出す。部屋に戻ったのか?それとも、空中庭園か……いや、こんな時に限ってそんな事は。僕はあの場所で待っているよう頼んだし。
「……何かあったんじゃないでしょうね……」
僕はそんな不安を抱え、人混みの中を進んで行った。
#22 END