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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
22/52

#21 Hard words break no bones

-神暦36992年4月19日-

 普段、僕は何をしているか?基本的には暇だ。城の中ではずっと王についていないといけないという訳でもないし。代わりに、アルファイリア様が呼べば、すぐに行く。ずっと付きっ切りでいられると困る、と言うのは彼の言い分で。もし「ずっと近くにいろ」と言われるのならそうしよう。他にする事もないし。

 やる事といえば、城の中や庭園の散策……或いは先生達に誘われて稽古を受けたり、一緒にカードゲームをしたり、一人で剣を振ってたり、馬を見に行ったり。

 馬の世話は厩舎の世話係がいるので、心配はいらない。でもたまには主人の顔を見ないと、馬達も拗ねてしまう。草原を疾走する中で振り落とされたら大変だ。

 ラフェオルは、僕がここに来て王より賜った馬である。命名したのはアルファイリア様で、彼の馬であるエルフェンドラと同じ年に生まれ、兄妹の様に育ったとか。

 アルファイリア様は白毛が好きで、エルフェンドラを貰ったそうだ。そんな彼女と相性のいいラフェオルを、僕にくれた……と。

 という訳で、厩舎の前である。場所は訓練場の北側、十四頭の馬がいる。王と僕と、十二人の宮廷騎士達の馬である。……名前は……全部は僕も覚えてない。皆んな名前長いし。ラフェオルはまだ短い方だ。

 厩舎の軋むドアを開けると、むわっと動物の臭いが鼻をつく。これがまた、夏になるとすごくなる。最初の頃はちょっと辛かったけど、だいぶ慣れて来た。

 入り口から左右に伸びた通路、それにそって向かい合わせに馬房が並んでいる。

 左側の通路一番奥の、左手がラフェオルの馬房である。と、そちらを向いた所で僕はぎょっとした。

「……な」

「見つかった……」

 ラフェオルの黒い鼻面を白手袋をした手で撫でていたのは、この厩舎には似つかわしくない出で立ちの男だった。

 ノッチ・ラペルのロングコートの中にさらにロングカーディガンを着込んでいる。緩んだネクタイとベスト。癖のある髪と眼鏡の奥から覗くじとっとした目がこちらを向いた。

「何してるんですか、こんな所で」

「癒しを求めて三千里……臭いは少々キツイが馬の可愛さにしてみれば大した事は無いナ」

 ちょっと何言ってるか分からない。……こういう人だ。僕はかなり苦手である。

何やら彼は楽しそうにニヤと笑う。

「グリフレットもお疲れかい」

「……暇だから僕の馬を見に来ただけです」

「そうか。……あァこれはキミの馬だったか、ええと名前は」

「ラフェオルです」

「そうだそうだ、すまないネ」

 と、僕は彼が煙草を咥えているのに気付く。

「……煙草」

「火は付けてないから構わないだろう、流石にオレとて動物の前で有害物質を撒いたりはしないサ」

 有害と分かっててどうして吸うのか、そして火の付いていない煙草を咥えて何の意味があるのか!

 彼については分からない事だらけである。

「オレは退いた方が良いかい?」

「お仕事は良いんですか、ペレノアさん」

「……それが言われたくなくてひっそり此処にいたってのニ」

 アグロヴァル・ペレノア。評議員の一人。今は生誕祭の準備で忙しいはずだが。

「ここならマリスも来ないと思って安心してたのにネ、まさか仕事には厳しいと定評のあるキミがオレの元へ来るとは」

「僕そんな評判あるんですか」

「あるヨ、王サマをこき使う、悪ーい元傭兵(庶民)

「…………」

 僕が睨むと、彼は「冗談だヨ」と意地悪げに笑った。

「実の所……そうだナ、来たのがキミで助かった。意見をくれないか、庶民としてサ」

「……何ですか」

 気分は勿論良くない。だけどここで食って掛かるほど僕も短気じゃない。彼に悪意があるのは確かだが。

「実はネ……オレはマリスと共に生誕祭の企画を任されちゃってネ……マリスは庶民も楽しめるような企画にしようって言うンだけど、まぁ、難しいンだよこれが」

 彼は煙草を手に持つと、はぁ、とため息を吐く。

「いやね、オレは別に庶民を馬鹿にしてる訳じゃアないが、やっぱり暮らしが違うと価値観も違うモンだろ?」

「そうですね」

「議長サンも凄く張り切ってるし。雑なもの作ると怒られるだろうし……面倒臭いとは言わないけど、困ってるンだ」

「はぁ」

 彼は人差し指と中指の間でしばらく煙草をコロコロと弄ると、再び咥えた。……あぁしてると落ち着くんだろうか?

「ね。君達は何の催しがあると楽しい?」

 そう聞かれても。どう答えて良いものやら分からない。僕は今までの祭を思い返した。生誕祭は特に、他の祭よりも楽しく明るい祭であると思う。

 前夜祭から始まって、当日は出店の他に大道芸や騎士達の剣舞……そんな催しが毎年大体あった。

「僕は剣舞が好きですよ」

 そう答えた。傭兵として過ごしていた僕には、彼らの美しい流れるような剣技に興味があった。模擬剣での一対一の模擬試合。民衆は勝手に賭け事をしたりしていたが、別に咎められる事もない。伝統ではあるが、そんなに堅苦しい祭でもないのだ。

「…………なるほどねェ」

 彼は顎に手を当て、ふうむと考え込んだ。

「ありがとう、参考になったヨ。そろそろ行かないとマリスが怖いだろうからオレは行くネ」

 にっこり笑うアグロヴァル。……何だか嫌な予感がするな。

「今年は少し変わった事をしようと思うんだ。だって、毎年同じじゃ詰まらないだろう?」

 僕の横を通り過ぎながら、彼はそう言った。

「……やれやれ、馬は良いが臭いが付くのは敵わんネ」

 と、ため息を吐いて彼は厩舎を出て行った。

「ラフェオル」

 僕はそう呼んで、愛馬の鼻面を撫でた。彼はぶるると嬉しそうに鼻を鳴らす。良かった、愛想を尽かされてはいなかったようだ。

 元から人懐こい馬だ。妹分のエルフェンドラは気難しく、アルファイリア様にしか懐かない。ラフェオルとは仲良しだけど。

「……君は彼の事も気に入ってしまったかい」

 僕はそう訊いた。答えは帰ってこない。……まぁ馬だもの。多少賢いとは言え、会話が成り立つ訳でもない。

「君にとっては立場なんてどうでもいいのか……」

 こんなしがらみに囚われているのなんて、人間くらいだ。馬鹿馬鹿しい。そしてふと、僕は思い出した。

『皆んな同じ人間だもの、壁があるなんておかしい』────

 トリスはそう言っていた。そんな世界を変えたいとも。そして、僕にも手伝ってくれないかと。

「…………僕はどうしたらいい」

 そして僕はやっぱり、何故あの晩先生とグワルフさんに怒られたのかも、ちっとも分からないでいた。


† † †


 訓練場に足を運ぶと、そこで剣を振っていたのはトリスだった。一人、とても集中した様子で、見えない敵へと剣を振るっていた。

 無駄のないその動きに合わせて、長いスカートが振れる。その優美さに僕が見惚れていると、向こうが僕に気付いた。

「あ、イヴァン君」

「……こんにちは」

 息を切らした彼女は、振るっていた自前の剣を納刀し、僕の方へと歩いて来る。顔が赤くなっている。暑そうだ。

「いつから見てたの?」

「ついさっき……だよ」

「そう。……今お暇かしら」

「えぇ……うん、そうだね」

 ふう、とトリスは息を整えると、にこりと笑った。

「丁度良かった、良ければ私と模擬試合をしてくれないかな」

「えっ」

「無理にとは言わないわ」

 う、うーん……少し気が引ける。けど、女性とは言え一人前の騎士に向かってそういうのは失礼だろうか。第一申し込んで来たのは向こうだし。

「いいで……いいよ。受けて立とう」

「うふ」

「……な」

「イヴァン君が言葉遣いぎこちなくしてるなぁと思って」

「何度も注意されたらそりゃ直そうと努力はしま……するよ」

 ケラケラと愉快そうに笑うトリス。……うぐぐ、けど、不思議と嫌な気はしない。

 はぁー、と笑いを収めたトリスは腰に手を当てて言う。

「良くてよ。じゃあ試合は模擬剣でやりましょうか。その方がいいでしょ」

「分かった」

「決まりね」

 緊張するなぁ……先生達以外の騎士とこうやってするのは初めてかも。トリスの戦いは勿論、見た事はあるけれど肌で感じた事はない。彼女も優秀な騎士。盗める技術は盗ませてもらおう。

 僕とトリスはそれぞれ訓練場に置いてある同じ模擬剣を持って、位置についた。鉄製ではあるが、刃は無いので当たっても大怪我をする事はない。……骨折くらいはあるかもだけど、まぁうっかりで死にはしない。

「宮廷騎士、トリストラム・リオネス、参る!」

 少し楽しそうにそう言ったトリスは、僕がそれに返す暇もなく地を蹴った。

「はっ!」

「!」

 トリスの攻撃を受け、何度か打ち合う。見た目よりもずっと重い。勿論もっと筋力のある先生達の方が重いけど、それでも一つ一つが響いて来る。

「力は?」

「駄目!」

 一歩引いた彼女は、左足を軸にくるりと回って攻撃を繰り出して来る。後ろへ避け、反撃……と思ったがさらに左足を踏み出して追撃して来る。思わぬ動作に、反応が遅れて剣先が頰を掠めた。

「危っ……」

 右下から、左上へ剣を振り上げた。トリスが退がる。それを追う。丁々発止とまた打ち合う。……彼女は攻めも守りも上手い。流石だ。でも、負けてはいられない。

 大きく踏み込んだ。攻撃速度を速くして、隙を探す。しかし、トリスはしっかりと反応して来る。

「おっと!」

「!」

 急にトリスは両手に持ち変えると、強撃を繰り出して来た。剣は手からは飛ばずとも、大きく弾かれた。胴がガラ空きだ。その隙に、トリスは剣の鋒を僕の心臓へと向けた。

「……あーぶなかった」

 大きなため息と共に、トリスが言う。僕は両手を上げて答える。

「…………やっぱりかないませんね」

「そんな事ないわ、少し焦ったもの」

「少し、でしょ」

 僕は両手を下げ、剣を地面に立てた。

「でも手応えはありました」

「そうね……なかなか強くなってるんじゃない?」

「ありがとうございます」

 ……あっ、僕また敬語に戻ってるな。

「トリスからは何かアドバイス……とか」

「私が?私で良いのなら……うーん」

「な、無いなら無理にとは言わないよ」

 と、しばらく考えた彼女は笑って答えた。

「私なんかが言えるものじゃないわね。思う所も特にないし」

「そっか」

「楽しかったわ!よければまた相手してくれるかしら」

 と、彼女はにっこり笑う。……眩しいなぁ、良い、可愛い。

「喜んで」

「やった!じゃあ次までに私も強くならなきゃね」

「僕も頑張るよ」

「期待してるわ」

 良い運動になった。程よい怠さが心地良い。

「トリスはまだこのまま続けるの?」

「ん?……うーんと、そうね、そろそろ休もうかしら」

「なら、少し一緒にどうかな」

「?……!」

 きょとん、とした後、トリスの表情はこれ以上ないくらいに晴れやかになった。周りの空気も一緒に明るくなった様だ。

「ええ!良いわよ!」

「良かった」

 僕もそうやって笑って答えた。うん、嫌なことがあった後だけど、そんなことばかりじゃない。


† † †


 ────と、そんな二人を見ている目が四つ。気配を殺し、訓練場の周りの木々の間に身を潜めていた二人はひそひそと話し合う。

「……あの二人ってそういう仲なの?」

「さぁ……俺にはよく分からねェ」

「分からないんじゃなくて認めたくないだけでしょ」

「てか何で俺ら隠れてんの?」

「ペルちゃんが隠れようって言ったんじゃないの」

 ペレディルとガラハドである。二人も訓練場に向かっていたのだが、この場面に鉢合わせ、何故かこんな所に隠れている。

「……少なくともトリスちゃんの方は脈ありね」

「グリフレットは気付いてないんだろなー……」

 二人は訓練場の男女の会話に耳をそばだてる。罪悪感よりも、好奇心の方が二人の中では優っていた。

「……あら、二人でどこか行くみたいね」

「尾けるの?」

「……うーん、それはやめておきましょ。イヴァンちゃん、気配には結構敏感みたいだから下手にしてバレると面倒臭いし」

「……だな」

「それに、こういうのは静かに見守るのが大人ってものよ」

 そう言うガラハドに、ペレディルは眉をひそめた。

「俺よりあいつの方が歳上なんだけどなー……」

「細かい事は気にしない。さ、あたし達もやりましょ。自然に行けば問題ないわ」

「……やっぱ隠れる必要あったかな」

「それはこっちの台詞だってのよぉ」

 少し回って道に出ると、何事も無かったかの様に振る舞って訓練場に入った。途中すれ違うイヴァンもトリストラムも二人が隠れて見ていた事には気付いていないようで、普通に会釈をしただけだった。

「……トリスちゃん浮かれてたな」

「なんだかもどかしいわねえ……」

 こうして、本人の知らない所で徐々に噂は広まって行くのであった。


† † †


「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

「うわぁ、護衛官室って私達の部屋と少しつくりが違うのね」

「うん……ちょっと待ってて、片付ける」

 色々散らかってたの忘れてた。僕が部屋の床に広がっているものを片付けようとすると、トリスは興味深そうに覗いて来た。

「それ何?」

「あ、あぁえっと……色々整理してたら出て来て」

 無骨な短剣や色々使える丈夫なロープ、少し古くなった薬品類と乾燥した薬草……傭兵時代の品々である。厩舎に行ったのは、これの整頓の気分転換で。

「処分したと思ったらしてなかったのがあったり……」

「どこにしまってたの?」

「影の中に」

「……へえ」

 と、トリスは僕の横にしゃがんで、紐で束ねてある薬草を手に取った。

「……見た事ない草ね」

「それはデーティオクスっていう薬草で、強力な解毒剤になるんだよ」

「あ、名前は聞いた事あるわ。……すごく高価なんじゃなかったかしら」

「売ろうかと考えた事もあったけど、そんなにお金にも困ってなかったし」

「……待って、まさか自分で採ったの?」

「まぁ……たくさん生えてたのでつい」

「どこで?」

「さぁ、どこだったかな。仲間とはぐれて魔物に追われて飛び込んだ岩陰に」

 はぁ、と感嘆の声を漏らすトリス。僕はその手からデーティオクスを回収し、布の上に置くとそのまま影に沈めた。

「あー……」

「興味があるなら後で見せるよ。とりあえず、お茶でもどうかな。議長殿に貰った良いのがあって」

「あら」

「僕が上手く淹れられるかは分からないけど」

 小さめの缶に入れられた茶葉。開けると良い香りがする。

「じゃあ頂こうかしら。……後でまた見せてくれる?」

「勿論」

 貴族にはつまらないものかなと思っていたけど、そうでもないのかな。

 と、そう思いながらお茶を淹れていると、クスリとトリスが笑った。

「何?」

「ん?んーん、何でもない」

 あ、口調の事かな。……あまり考えると気恥ずかしい。気恥ずかしい?何で。

 よく分からないがその気持ちを小さな咳払いで追い払うと、僕はカップを二つ持ち、一つをトリスに渡した。

「どうぞ。熱いから気をつけて」

「はーい」

 受け取って笑顔を浮かべる彼女に、どうしてか胸の奥が疼いた様な気がした。


#21 END

*新規登場人物*


アグロヴァル・ペレノア

評議員の一人。35歳。喫煙者。地の守護者。


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