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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
19/52

#18 A bellowing cow soon forgets her calf

-神暦36992年4月17日-

「送魂祭、ですか」

「そうだ」

「……今夜?」

「あぁ」

 翌日の朝。王の執務室。珍しく真面目に机に向かって書類仕事をしている王は、その前に立つ僕の方へ顔を上げない。カリカリと、羽根ペンが忙しなく紙をなぞっている。

「街に出るんですか」

「そうだ」

 僕が訊いても、やっぱり王は顔を上げない。

「街を回りたいかもしれんが、今夜は俺の元を離れるな」

「はい」

「すまないな」

「いえ」

 別に構わない。特に街に知り合いがいるわけでもないし。家族はとっくにいないし。王も既に知っている事だ。僕の父は傭兵で、僕が6歳の時その仕事の最中亡くなり、母は僕が15歳の時、病気で亡くなった。それ以来父のよしみで傭兵ギルドに拾われて、僕はその頃からずっと傭兵をしていた。王に拾われるまでの約11年間。

 傭兵ギルドの中じゃあ僕を知る人はいるだろうけど、そんなにいい印象は無いはずだし、出来れば顔は合わせたくない。祭には彼らも来るだろうし……。

「……どうした」

「え」

 ふと気付けば、王は手を止めて僕の顔を見ていた。まだ、終わった訳では無いようだが。

「何かあるなら言え」

「…………ええっと」

「去年の送魂祭の時もずっと何かを気にしていただろう」

「……気付いてたんですか」

「お前が言わないから黙ってたけどな。……だが何かあるなら俺も配慮するぞ」

 去年あった時は運良く出会わずに済んだけど。……今回もそうとは限らない。

「実は……」

 と、事のおおむねを話すと王はふむ、と頷き少し考えると、席を立った。

「王?」

「ちょっと待っていろ」

 と、王は隣の寝室へ消える。そしてしばらくすると、暗い紫色のケープを持って戻ってきた。

「やる」

「こ、これは……?」

「俺が昔使ってた“お忍び用”のやつだ。最近は使う機会も無かったし……色もお前の方が似合うだろ」

「……ありがとうございます」

 お忍び用、って……昔って。見てみると少し今のアルファイリア様には小さいようだ。僕には丁度。縫い目がところどころほつけている。あと、なんかちょっと下手だ。

「これもしかして」

「あぁ。15の時に俺が自分で作った。適当に生地を頂戴して。手縫いだがそこそこ上手く出来てるだろう」

 う、う〜ん、15歳の時か〜!それならまぁ上手い方かもしれないなぁ……。けど多分、アルファイリア様は不器用だ。覚えておこう。

「それ被ってたら大丈夫だろ」

「はい」

「ん」

 頷いて、アルファイリア様は元の様に机に戻った。

「……では、失礼します」

「あ、待て」

「はい」

「これユーサーに渡して来てくれ。多分部屋にいる」

「分かりました」

 大きめの茶封筒。薄い。

「では」

「おう」

 僕は一つ礼をして、執務室を出るとそっと扉を閉めた。


† † †


 評議員達が普段どこにいるか。それは宮廷騎士達の部屋のある棟の三階である。二階が宮廷騎士の部屋。僕は護衛官だからまた別の場所だ。

 僕は議長殿の名前の掛かった部屋の扉を叩く。

「はい」

「グリフレットです、王からの預かり物が」

「……あぁそれは」

 ガチャ、とドアが開き、議長殿が顔を出す。王よりも身長は低いけれど、威圧感が凄い。けど別に大丈夫。

「ご苦労様です」

「これを」

 僕は持っていた茶封筒を議長殿に手渡した。封のされていないそれを開けてチラリと中を見ると、彼は頷いた。

「……確かに。……どうですか、お時間さえあればお茶でも」

「あ、頂きます」

 議長殿の淹れる紅茶はとても美味しいんだよな。遠慮する事はない。僕はお言葉に甘えて部屋の中に入った。

 中はこれ以上無いくらい整然としている。無駄なものが一切ない。ベッドと椅子と机、その上に置かれたティーセット。簡易のキッチン。……キッチンはこの部屋にしかついてなかった気がする。

「アルファイリア様は今は何を」

 ティーセットに茶葉を入れながら、議長殿が言った。僕は丸椅子に座り、答える。

「今朝は熱心に書類仕事をしておられましたよ」

「そうですか。たまには真面目になられる」

 お湯を注いだティーセットを少し揺らすと、それを二つのカップに交互に注ぐ。紅茶の良い香りが部屋に漂う。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 カップを受け取る。議長殿は机に備えられた椅子を横向きにすると、足を組んで座った。丁度向かい合うような感じだ。

「今宵は送魂祭ですが、お聞きになりましたか」

「ええ」

「護衛官としての参加は二度目でしたかな」

「はい」

 まだ普通の庶民だった頃には何度か参加した事がある。その時は先代の王、リリアーネス様がいた事は覚えているが、アルファイリア様やアレッタ様、アルフィア様の事は記憶にない。

「……私はリリアーネス様の頃からここへお仕えしておりますが、何度しても慣れぬものです」

「そうですか」

「えぇ。街の方々はただ送り火を見つめるだけでも良いのでしょうが、我々はそうはいきません」

「…………」

「……いえ、最も辛いのは戦地におもむいているあなた方なのかもしれませんが」

 と、そう言って議長殿は茶封筒から中身を出した。三枚程の紙。

「ただ淡々と事務仕事をこなしてもいられんのです」

「……それは……」

「死んだ兵達の身元です。遺族達に伝えなければなりませんから」

「……大変ですね」

「えぇ。大変です」

 一通り見て、議長殿はそれを封筒の上に置き、紅茶を一口飲んだ。

「……半分寄越しましたね」

「それで半分……なんですか」

「ジルギスの兵も含んでますので、なかなかの人数になりますよ」

 はぁ、と議長殿はため息を吐く。そしてそのまま、ため息交じりに言った。

「今王が書いておられるのは手紙でしょう」

「手紙……」

「一人では書ききれんので私にこうして寄越すのです」

 カサ、と机上の重ねた紙をずらす。僕の位置からは書かれた名前ははっきりとは見えないが、とてもたくさんの人の名前と住所が書かれているのは分かる。

「……たくさんの人が死にました」

 僕はぽつりと呟いた。

「王は一人でその命を全部、背負い込もうとしている」

「あの人は昔から、そういう人です」

 諦めたように、議長殿は言う。

「僕には背負わさせてくれません」

「あなたにはまだ重過ぎますよ、グリフレット君」

「…………でも」

「無闇に王の責務を他が背負うものでもありません」

 僕はハッとする。議長殿はまっすぐ僕を見ていた。

「アルファイリア様は、リリアーネス様が亡くなり王冠を頭に戴くときに、その重みを負うだけの覚悟はしておられる。我々がそう簡単に手を出して良いものではないのです」

「……議長殿も」

「はい」

 はぁ、と彼はため息を吐いた。多分、彼だって本当はもっとアルファイリア様を……。

「……しかし、あなた方がまだ若過ぎるのも事実です」

「!」

「それに、昔からアルファイリア様は変な所で責任感が強く、真面目なのです。何事もいつも仕事を投げ出すくらいの不真面目さで向かえばよろしいのに」

「…………それはどうかと」

「……失礼。あなたもご存知かと思いますが、アルファイリア様は根の部分では真面目な方です」

「王は……人の命に弱いだけです」

「ええ。欠点であり長所です。しかしこの戦時に於いては致命的な欠点でしょう」

「…………」

「その重みに、いずれ王は歩みを止めてしまうかもしれません。残酷な事かもしれませんが、その時はあなたが背中を叩いて無理にでも進ませて下さい」

「…………はい」

 僕は。逃げない。王もきっと、逃げない。だけどそれは全く同じものではない。僕は逃げずに進み続ける。でもきっと……王は逃げる事を諦めている(・・・・・)。それに呑み込まれるのを、じっと待っているような……。

「私も何かあれば力になりましょう、彼の事はあなたよりも良く知っていますから」

「はい、ありがとうございます」

 何でも、いつもの力強さで断ち切ってしまえばいいのに。これはこうだと、割り切ってしまえればいいのに。

 アルファイリア様が出来ないのなら、僕が代わりに断ち切ってやろう。潰れそうなアルファイリア様を、僕が無理矢理立たせ続けよう。その為なら……僕はなんだってして見せる。

「お茶、ご馳走様でした」

「いえ。また良ければご一緒に」

「はい、是非」

 ぺこり、と僕は一礼して部屋を出た。

 さて、僕は僕の役目を果たしに行こう。


† † †


 執務室に戻ると、王は手を止めて机に突っ伏していた。

「……大丈夫ですか、終わったんですか」

「まだ……目と手が疲れた」

 僕は近付き、積み上げられた紙を見る。そこには確かに、宛名とその家の者が死んだという旨が書かれていた。最後には、王家の印が押されている。

「僕も手伝いましょうか」

「いや、いい。お前がやる事じゃない」

 そうか。やっぱり断るか。そうだよな。

「あまり気負わないで下さい」

「でも」

「でもも何も。……兵が死んだのはあなたのせいじゃありません」

「俺の責任だ」

「あなたが殺した訳じゃないでしょう」

「お前が見捨てた仲間は、お前が殺したのか?」

「!」

「…………それと同じだ」

 僕は何も言い返せない。王は突っ伏したまま、もごもごと続ける。

「俺はこの国を広げなきゃならない。それは800年前、この国を建てた先祖の為にもやめられない」

「…………」

「父上は……優しかった。けど、どこかで“人”じゃない様な気がしてた」

「…………」

「俺は“王”にはなりきれない」

「王も人です」

「違うんだ」

 王は、語気を強めてそう言った。

「……違うんだ。もっと……違う何かだ」

 そう言う王。僕はすぅ、と大きく息を吸い込んだ。

「僕は、ここへ来るまで、あなたが王座に就いてからの半年、あなたは僕達とは違うものだと思っていました」

「……幻滅した?」

「いえ、安心しました」

 そう答えると、王は顔を上げた。額が赤くなっている。

「……どう言う意味」

「そのままの意味ですよ」

「…………はぁん」

 王は笑う。困った様な面白がっている様な、変な笑いだった。

「そーか。あぁ、そうか。なら俺はどうしたらいい」

「どう……」

「お前には分からないだろう、俺は考えてるんだ、少し一人にしてくれ」

「アル……」

「出てけ」

「…………」

 ……何だよ。僕に当たる事ないだろうに。

 僕はムッとして、何も言わずに部屋を出た。


† † †


 夜。もう辺りはすっかり暗くなっている。僕はアルファイリア様に貰ったケープの上から、いつものマフラーをしている。……変じゃないだろうか。

「……待たせた」

 城門の前で待っていると、正装のアルファイリア様がやって来た。……元気無いな。それに、僕の方を見ない。

「行きましょう」

「あぁ」

 僕はフードを被る。少し大きめのフードは、この暗がりでだいぶ顔を隠してくれた。

 通りを下って、中央の大きな広場へ出た。既に王城関係者によって、火が焚かれていた。明るく、それは夜空を照らす。周りに集まった人々は舞い上がる炎を見上げ、祈りを捧げたり指を指したり、或いは酒を呑んで談笑したり、様々だった。暗い雰囲気はない。街の人達は……ただこの催しを見に来ているだけ、という感じだ。

「…………」

 アルファイリア様は、その様子をじっと見ていた。炎に浮かび上がる黒い人影を、じっと見つめていた。

「────人は忘れる」

「!」

「忘れてはいけないものまで……忘れる」

 アルファイリア様は、独り言の様に呟いた。

「炎と一緒に、忘れる」

「……ええ」

 前回の時は、王はただ黙って見ていた。一度目の大きな戦いで、まだ王は平静でいた。きっとあの時、思ったのだろう。「もう嫌だ」と。自分のせいで、人が死ぬのは……。

「人はいつしか必ず死ぬものです」

「あぁ」

「生きる人々は、ずっとそれに囚われてはいられない」

「……あぁ」

 王よ、見て下さい。あなたの目の前には、まだ、これだけ護るべきものがある。無くなりはしないのです。あなたが、本当に敗れるまでは。

 やがて、どやどやと、ざわめきが聞こえて来る。「王だ」「アルファイリア様だ」と言う声が、耳に届く。

 王は深く息を吸い込んだ。そして、僕を置いて歩き出す。

「今宵は、お集まり頂き感謝する」

 凛とした声が、しんとした広場にこだまする。大丈夫だ。王は、きちんと歩み続ける。

此度こたびは多くの命が失われた。一人の例外もなく、国の為に戦った尊き命である。よって我らが領土は護られた。未来永劫続くものが護られた。いくさによる死は消滅ではない。彼らはセシリアの一部となり、永久に生き続ける」

 誰も、何も言葉を発さない。王を責める言葉はない。涙の声も、何も無い。ただ、王の言葉が広場を包む。そしてやはり……僕は思う。


 ────王は、民によって王になるのだ。


「おやおや、しっかり立ち直っておるな」

「!」

 声に振り向くと、アルフィア様とルヴィーレンさん、そしてアレッタ様とゼルナードさんがいた。

「こんばんは」

「こんばんは、グリフレット卿。懐かしいものを着ているな。それはイリアのか?」

 右隣に来たアルフィア様がそう訊いて来た。

「はい。……頂きました」

「そうか。よくそれを被って街へ出たイリアがユーサーに叱られていたのを覚えている」

 …………議長殿かぁ、怒ったら怖いんだろうな。

 朗々とした王の声を聞き、アルフィア様は微笑む。

「奴はしっかりやっているようだな」

「そうですね」

「あのイリアちゃんが、嘘みたいねえ」

 アレッタ様が後ろから言う。

「……アルファイリア様は、小さい頃はどの様な方だったのですか」

 僕はふとした興味から訊いてみた。

「うむ……そうだな、弱虫ですぐ逃げる。勉強が嫌いですぐにアテリスの元へ行っては泣きついていた」

「…………はぁ」

「だが……剣の稽古には熱心だったな。父上によく教わっていた。お陰で戦いにばかりは強い男になったが」

 アルフィア様は、揺らめく炎に目を向ける。僕もその視線を追った。高く昇った火の粉は、空に浮かぶ星と合流しているようだ。

「こうして戦を重ねるごとに、心も強くなるであろう。その頃には……今のイリアは見る影もないのかもしれんが」

「大丈夫ですよ」

「おや」

「悪い様にはなりません。……させません。僕が」

 アルフィア様の目が、こちらに向いた。フード越しにそれを感じる。

「頼もしいわねぇ」

 うふふ、とアレッタ様が笑う。気配に、左へ向くとアレッタ様が僕の頭に手を置いた。

「これからもイリアちゃんをよろしくね、イヴァンちゃん」

 聖母の様な微笑み。……ふんわりとしている。この前のちょっと怖い感じは全く無かった。

「……はい」

 ……ん?ちょっと待って、今僕王女二人に挟まれてるの?うわ、急に緊張して来た……。

「──共に祈りを。気高き戦士達の冥福と良き転生を願って」

 王の言葉が終わる。一斉に、民衆は手を組み祈った。僕達も祈る。静かな夜。パチパチという炎の音だけが聞こえる。

 やがて、その静寂を王が破った。

「今宵は決して悲しむな。逝った者が安心できる様に。良いな」

 祭りはここからが本番である。民衆の声が、広場に湧き上がる。送魂祭は、決して悲しい祭ではない。祭だ。楽しむものだ。不謹慎ではない。世に留まる者達が、前を向いて生きる為の祭だ。

 僕は王の隣に立つ。王女達も後ろについて来た。それに、アルファイリア様が気付く。

「……姉上」

「お前はよく頑張った」

「…………はい」

 ぎゅ、とアルフィア様がアルファイリア様を抱きしめた。背の高い弟へ、背伸びをしてその後頭部を優しく撫でた。そして離れると、肩に手を置いたままアルフィア様は言う。

「さて、お前ももう浮かない顔はするな。お前がそんな顔をしていては、死んだ兵達も浮かばれぬというもの」

「……そうですね」

 王は笑い、僕の方を見た。

「イヴァン、行こうか」

「はい」

 街は次第に賑やかになる。さて、僕達も楽しもう。


#18 END

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