#16 All is well that ends well
東にて。ディナダンとラコートはそれぞれと戦っていた。ディナダンはオジェルダと、ラコートはボルドウィンと。
「やあっ!」
「ふん!」
ディナダンの長剣の一振りを、オジェルダはハルバードの短い鎌の様な形状の刃で絡め取り、そのまま鋒を下げさせるとハルバードの石突きの方で突く。ディナダンは右に体を傾け避けた。そして思い切り、左から右へ剣を振り切る。オジェルダは後ろへ退がるとその距離から袈裟懸けに斬る。それをディナダンは退がりながら剣で防いだ。
「ふむ、なかなかやるな」
「……そちらこそ」
ディナダンは肩で息を吐きながら答えた。全ての攻撃にきっちり反応して、対応して来る。体力が削がれるばかりだ。……それは両者に言えることだろうが。
「セシリアの兵は軟弱者ばかりと思っていたが、そうでもなかったか」
「見縊るな、私達はお前達などには負けない」
「既に城は陥ちたぞ卿よ。領主の首は我らが筆頭、ロランが取った」
「…………!」
「貴様らの到着の早さのみが計算違いだ。でなければ既にジルギスは我らの物…………なるほど、そちらにも移動魔術に長けた魔術師がいるという事か」
「……“も”?」
「…………これは口が滑ったか。まぁいい」
オジェルダは目を逸らすと、一つため息を吐いた。
「ただここにいるお前達を片付ければ済むこと、幸い王もここへ出て来ている。筆頭殿ならば討ち取る事も可能であろう」
「それは……どうだろうな。アルファイリア殿は私達よりも遥かにお強い。誰も敵うまい」
「……左様か。しかし……いや、言わんでおこう」
「?」
「今は他人の心配などしていられん」
「……それもそうだ」
ディナダンの剣を握る手に力が入り、そして構え直そうとした時、不意にディナダンの耳に声が届いた。
「あぐっ!」
「!」
ずさ、とラコートがディナダンとオジェルダの間に飛んで来た。見ればその左肩口から袈裟懸けに斬られていた。
「……コート!」
「…………あ……に上……僕に構わないで……下さい」
傷はそこまで深くはないらしいが、よろよろと立ち上がりながら血を吐いた。空いている左手で腹を抑えている。
「思ったより斬れなかったな、装備品だけは良いようだ」
ボルドウィンが、こちらへ歩いて来ながら言った。
「邪魔をしてすまなかった、兄者。すぐに片付けよう」
「……フン。弟の方は取るに足りなかったか」
「……!」
ピク、とその言葉にディナダンは反応する。
「その様な未熟な少年を我々に仕向けるなど、随分と甘いなセシリアは。遊んでいるつもりか」
その時、ラコートだけが気付いた。兄の様子がおかしい事に。……周りの空気がざわついている。これは。
「それとも人員不足か、情けない。そんな奴らに我々の国は蹂躙されているのか」
「…………もう一度言ってみろ」
「ん?」
低く唸ったディナダンに、オジェルダは片眉を挙げた。そして、目が合った途端ゾワリとした。心なしか、ディナダンの髪が逆立っているような気がする。
「私の、弟が、何だ」
「あ、兄上駄目です、抑えて下さ……」
「私の弟を、侮辱したな‼︎」
ラコートの制止は届かず、その付近にいた騎士達は全員異変を感じた。空気が震える。そして、どこからともなくムクムクと無数の水弾が現れ、オジェルダとボルドウィンを取り囲んだ。
「……貴様……!」
それはディナダンの無意識の力。ラコートが兄と組むのをネックにしているのはこれだ。
──彼は、いわゆる所の“ブラコン”なのだ。
(……終わった……)
ラコートはそう思う。兄がこうなると、相手を叩きのめすまで止まらない。たまに無差別になるので困る。……しかし、この現象を知っているのはラコート一人だ。勘付いている人は勘付いているのだろうが、兄がブラコンである事を他人に暴露するのは気が引ける。遠目に見ている一般騎士達には何がどうなってこうなっているのかは分からない。
(僕には絶対に被害が及ばないからいいけど)
味方の兵まで散らさないだろうか、と心配になる。
水弾の雨は一つ残らず敵の騎士へと飛んで行った。集中した水弾は、土埃を巻き起こす。それを、影が振り払った。二人は無傷……ではなかった。
「……影の守護者」
ラコートはそう頭の中にメモをする。しかしそんなに上級者ではないのか、防ぎきれなかったようだ。
「……くっ、なかなかの使い手のようだな」
「来るぞ兄者!」
ディナダンが二人へと襲いかかる。上から振り降ろされた剣。オジェルダはハルバードで受け止める。……しかし、鉄製のハルバードの柄が、真ん中で両断された。
「何っ……」
「“水波・炸裂斬”!」
ディナダンの左手が向けられた途端、オジェルダは体の中で何かが蠢くのを感じた。次の瞬間、目の前を鮮血が散った。
「兄者!」
体中に痛みが走った。彼は膝から崩れ落ちる。内側から、水の刃がオジェルダの体を斬り裂いたのだった。
「……こ……んな……」
「くそっ、貴様!」
「次はお前だ」
ボルドウィンへと手を伸ばす。と、その時オジェルダの体が柔らかな光に包まれた。
「“因果消却”」
「!」
女の声がした。そして、その姿がふわりとオジェルダの横へと現れた。癖のある黒髪をポニーテールにし、右目は前髪で隠れている。覗く左目はなんとも言えない不思議な色をしていた。腰に小振りの剣を差しているが、その右手には杖を手にしていた。
「魔術師……⁈」
ディナダンの反応に、ンフ、と女は笑う。
足元で倒れているオジェルダは、さっきまであった傷は嘘の様に、衣服の破れも含め全てが消え去っていた。
† † †
──時は少し戻り……
城内。僕達は変わらずルシオラと戦っていた……のだが。
「イヴァン!」
「……ハァッ……ハ……」
正直、キツい。駄目だ。……痛い。痛みが体を駆け巡っている。……ハハッ、慣れてると思ってたんだけどな。
剣を支えに、立ち上がる。左脇腹からボタボタと血が落ちる。くそっ……抉られた。あの手袋の下は爪だ。守護竜殿と違って、かなり人に近い手の形をしているけど……。
「大丈夫か」
「……まだ行けます……」
「無理はするなよ」
「えぇ」
駄目だなんて言ってられない。僕はこの身が尽きるまで、王の為に戦うんだ。
「…………大した忍耐だ。立っているのも辛かろうに」
ルシオラが哀れむ様な顔で見て来る。僕は深く息を吐きだした。……とりあえず、止血しないとヤバいかな……。
「……っ」
「イヴァン、何してる……」
影で、傷口を塞いだ。痛い。……だが、血が流れ続けるよりはずっといい。
「……はあっ!」
気合いで痛みを吹き飛ばし、床を蹴った。剣を握る手に力があまり入らない。だが、ここで諦める訳には。
「無駄な事を」
「ううああぁぁっ‼︎」
上から、下へ。飛び上がって、振り下ろす。素早く、ルシオラが動いて避けた。その掌底が僕の顎を打つ。仰け反ったところへ腹に肘が入り、僕は床に叩きつけられた。
「っ…………!」
息が詰まる。体が軋む。……次は心臓を取られるか。
「“煌光の斬撃”!」
ブン、と僕の上を光の斬撃が通り過ぎて行った。ルシオラが離れる。僕はそれをぼうっとした頭で見ている。
「イヴァン、もう休んでろ」
駆け寄って来たアルファイリア様が、僕を見下ろして言う。
「……そういう訳には、いきません……」
「その体で動けるものか、死なれては困る」
「…………いいえ」
力を振り絞る。まだ……まだ動ける。僕は動かなくてはならない。逃げるな。立ち上がれ。最期まで。……逃げるな。
なんとか立ち上がる。……ちょっと朦朧として来た。さすがにヤバいだろうか。でも……。
王が後ろで、大きく深呼吸したのを感じた。そして、静かな声が、僕の背中に刺さって来る。
「……撤退するぞ、イヴァン」
「なら僕が時間を稼ぎます」
「イヴァン」
「普通に逃げて、逃してくれるはずないじゃないですか」
「死ぬ気か!」
「…………いいえ。護るだけです」
倒れそうになる体。それを影で、僕は無理矢理支える。操り人形の様に、こうすれば好きに動く。
「あなただって、本当はもう辛いはずでしょう」
「!」
王は右手を怪我している。袖が紅黒く染まっていた。それでも剣を握っている。顔には出さない。……この人は、とてもお強いから。
「……命令だ。撤退する」
「嫌です」
「!」
僕はここから動かない。いや、動けない、僕の中のあの記憶が……僕をそうさせている。
「ジルギスは一度捨てる。また取り戻せばいい」
「国より僕が大切ですか」
「!」
「あなたは王としての判断をして下さい」
……何を言ってるんだ僕は。僕は王にとても残酷な事を。
じっと立つ僕の肩に、アルファイリア様が手を置いた。
「……何故俺がお前を選んだのか」
「!」
「ここから帰ったら教えてやる」
そして、王はルシオラへと向かって行った。光の力で加速して、斬りかかる。それら全てに対応し切る竜。そして、竜の拳の一撃がアルファイリア様の腹を打つ。
「ぐあっ!」
王が僕の横を通り過ぎて飛んで行く。ハッとしているうちに、ルシオラが僕のすぐ目の前に現れた。
「!」
「“天翔の──」
死んだ、と確信した。白い翼の様な光が視界を包む。後ろの方で、王の僕の名を呼ぶ声がした。
『大丈夫』
……誰かの声がした。……誰……?
† † †
「イヴァン‼︎」
痛みを堪え、すぐに起き上がった俺はそう叫んだ。ルシオラの力が発動仕掛けている。イヴァンは動かない。あいつ、もうとっくに限界じゃないか……!
俺の助けは間に合わない。いや、助けに行ったって……!
その時シュン、と何かが俺の元から飛んで行った……気がした。
と、不意にイヴァンが俺の足元に現れた。
「うわっ…………⁈」
イヴァンは眠っていた。……何、何が起こった。
ハッとして前方を見た。そこでは無数の影の糸が、ルシオラを拘束していた。
「…………何だ」
ルシオラの前には、ローブ姿の人の形をした何かが立っていた。……誰だ。
「……お前は……何だ」
ルシオラが唸る様に言った。
「────」
それは何か喋った様にも思えたが、実際声は聞こえなかった。ただ、それはこちらを向いた。フードの中で、藤色の光が二つ光っている。……顔が無い。その中にあるのは無だった。しかし、それはどこか、誰かを思わせた。その装束の柄と……この気配……。
「…………ミルディン?」
「……やぁ、少し遅かったか」
「!」
いつの間にか、後ろにミルディンが立っていた。
「……お前……どうしてここに……!ベディヴィエールは」
「あぁ、まぁ簡単に言えば魔術師は俺だけじゃなかったって事さ」
「?」
と、気付けばルシオラの後ろにも、新たな姿があった。女だ。しかしその姿は、どこか霞んで見えた。
「……どうした魔術師」
『撤退ですわ、守護竜様』
女はそう言う。……何?撤退?
「どういう事だ」
『私が見つかりましたの。白い長髪の殿方に。隠れていましたのに』
「……」
『オリヴィアとオジェルダもやられましたわ、既に私の魔術で本城に返しましたが』
「……………」
ルシオラは拘束されたまま、黙った。人型の何かはじっとそこに立っていた。
「……もういいよ、戻りな」
「!」
ミルディンが小声でそう言ったのが聞こえた。すると、影はさらさらとその姿を影に変え、消えた。と共にルシオラの拘束も解ける。
『またお会いしましたわね魔術師殿。そちらのお嬢様の事はよろしくて?』
魔術師の女はミルディンに向かってそう言った。
「まだ君の本体には会えていないけれどね」
『うふふ。……ここにいるあなたは本物ですの?』
「生憎と分身の類は身につけてないんだ」
ミルディンは笑ってそう答える。……なるほど、この霞んで見える女は分身だという事か。
『生身でなくて申し訳ないわ、セシリアの王様。ですが今日はあまり時間がありませんの。大人しく帰りますからそれで勘弁して下さいまし』
「何が大人しくだ、領主一人と兵を大量に殺しておいて」
『あら、多くの兵を失ったのはこちらも同じですのよ』
くすりと女は笑う。
「せめて名は名乗って行け」
『……マーラ・オールスヴェーン。宮廷騎士……としておりますが、実質宮廷魔術師ですわ』
「宮廷騎士と宮廷魔術師を掛け持ちか。という事は手数はこちらの方が多いという事だね」
と、ミルディンが言う。
『……そうですわね。でもこちらには守護竜様がいましてよ。王様もそちらの護衛官様も歯が立たなかったご様子』
「まぁ確かに、天使竜に生身の人間が立ち向かうだなんて正気の沙汰じゃあ無いなあ」
「……なんだと」
「ごめんよ、俺がもっと早く助けに来てやれればよかったのだけど」
ミルディンはそう言って申し訳なさそうに笑った。……こいつはいつでも余裕そうだな、ムカつく。
「さて。君は魔術師の家系なのかな」
『えぇ。守護者の力とはまた別の力を使えるのですわ。……私は攻撃魔術は得意では無いのですけど』
「補助魔術か……そういうものもあるんだね。俺は逆にそういうのは苦手だな。君達を焼き払う事は出来るけど」
『あら怖い』
「……まぁでもそこの天使竜君は無理か」
はぁ、とミルディンはため息を吐く。それに、ルシオラは何やら怪訝そうに目を細めた。
「…………貴様は……」
と、その時マーラの姿が大きくブレた。
『……あら、そろそろ本体の方がピンチですわ。急ぎますわよ守護竜様』
「…………分かった」
ルシオラと端で気絶しているロランの体が光に包まれる。……ミルディンのとは違うタイプの転送魔法か。
『では御機嫌よう。次はもっと態勢を整えていらっしゃって』
白い光の粒子を残して、彼女達は消えた。俺は急に肩の力が抜けた。…………戦いでこれほど緊張したのは初めてだ。俺がこの座に就いてから2年……人ならざるものと戦うには、俺はまだ弱い。王としても……まだ。
「……父上なら……」
「リリアーネスでも無理だよあれは。全く無茶をする」
俺の呟きに、ミルディンはため息をを吐いて言った。……何だよ、心でも読めるのか。
「人界の竜と同じだと思ったら駄目だ。あれは全ての竜の上位種、人間が敵う相手じゃないのさ」
「お前も無理なのか」
「あぁ。多分簡単に弾かれる」
「…………」
ほわ、と腕の傷口が光に包まれる。痛みが和らいで行く。
「回復魔術は得意だよな」
「そうでもない。応急処置だよ」
「ありがとう、だいぶ楽になった」
「君よりイヴァン君の方が酷いな」
と、ミルディンは俺の膝の上で仰向けに眠……って言うか気絶してるって言った方がいいのかまぁとにかくそんな状態のイヴァンの顔を覗き込んで屈んだ。
「……そうか。俺が掛けてたやつは発動したんだね」
「何?」
「一度きりの守護魔術。……ちょっとね、イヴァン君に庭で会った時に掛けておいたんだ」
「…………ふーん?」
「でもまぁやっぱり……ううん、いいや。生きてるんだから結果オーライ」
イヴァンが障壁がどうとか言ってたやつの事か?……ふーん、そういう事も出来るのか。
「さて、じゃあ帰ろうか」
「城はどうする」
「それを決めるのは君だろう。でもまぁ、片付けるのは他の人達に任せた方がいいよ」
「…………あぁ」
新しい領主も立てなければならない……。ギリアムは独り身の奴だった。だが兄弟がいたな。…………あの辺りに交渉する他ないか。
俺は立ち上がり、イヴァンを背負う。……軽いなこいつ。まぁ小さいしこんなもんか。
「帰りも転送か」
「まぁ人数減ってるし大丈夫だよ」
「……笑えないジョークを」
重い。今目の前に無くとも、多くの命が失われた。この戦いばかりでない。襲われた街の人々も。背負うのは俺だ。全て俺だ。国を体現化した、王という存在だ。
「君には少し重過ぎる」
「!」
「笑って飛ばした方が楽だ。それが残酷な事だとしても。真面目な王は自重で潰れる」
「……」
「君にはその背中の重みが精一杯だ」
ミルディンはイヴァンを目で指して言う。俺は一つため息を吐いた。
「……俺はお前のそういう所が嫌いだ」
「おや、励ましたつもりだったのに」
「余計なお世話だ」
素直には喜べない。……だが、ただ憂いてもいられない。今は戦争の中なのだ。人は死ぬ。仕方ない。受け入れなければ、前へは進めない。今回は、護れた。それでいい。
#16 END
*新規登場人物*
マーラ・オールスヴェーン
リーネンスの宮廷騎士兼宮廷魔術師。使用武器は杖と剣だが、戦闘は得意ではない。心の守護者。