#15 Desperate diseases need desperate cure
東。ルノワール兄弟は二人で進んでいた。辺りは竜の血の臭いが充満している。人の血の臭いもあるのだろうが、臭さに掻き消されていた。
「……気分が悪くなりそうだ」
「大丈夫ですか兄上」
「あぁ、なんとかな。お前も大丈夫か」
「平気です」
兵は散らさせている。ジルギス兵の加勢に入るように指示した。その方が良いと判断したのだ。
何人斬り捨てたか分からない。時折襲って来る飛竜が厄介だ。それも、ディナダンは一振りで斬ってしまうのだが。
「しかしこれだけの兵……どこかに司令塔がいるはずだが」
「王の向かわれた城内かもしれません」
「……そうか」
と、その時前方に、他とは違う装いの騎士が目に留まった。二人いる。両方共白い髪をしていて、それと似たような色合いの白いコートを身に纏っていた。
「あれは……」
ハルバードと長剣で、それぞれジルギス兵を屠っている騎士。気配が違う。ディナダンは足を止め、ラコートも止めた。
「……兄上」
ラコートが言った途端、ディナダンが短い気合いと共に飛び出した。真っ直ぐハルバードの騎士へ。向こうもこちらに気付いたらしく、ディナダンの長剣の一振りをハルバードの柄で受け止めた。
「貴様!」
「兄者!」
長剣の騎士が叫び、向かって来たのでディナダンは飛び退いた。空振りしたもう一人の騎士。ディナダンは構え直し、彼らに言う。
「……宮廷騎士とお見受けするが」
「不意打ちとは卑怯な奴よな、貴様も宮廷騎士と見えるが」
ハルバードの騎士が言う。真ん中で分けられた癖毛の前髪と、眼鏡が印象的だ。
「セシリア王国宮廷騎士が一人、ディナダン・ルノワール」
「同じく、ラコート・ルノワール」
ラコートも続く。ほう、と長剣の騎士が顎を撫でる。
「これは奇遇」
「ふむ。そうだな、ルド」
ハルバードの騎士は頷き、名乗った。
「我が名はオジェルダ・ノルワーラ。リーネンスの宮廷騎士である」
「同じく、ボルドウィン・ノルワーラだ」
ボルドウィンは、その白い髪を短くして下ろしていた。オジェルダとは印象が異なるが、顔はよく似ている。
「兄弟同士、ここは二対二という事で行こうか」
オジェルダは笑う。ディナダンは弟の方をチラと見て、構えた。
「……良かろう」
「兄上」
「お前なら大丈夫だろう、お前は私の弟なのだから」
「……」
ラコートは口を固く結んだ。そして、剣を構える。
「はい」
「よし」
その眼前で、オジェルダとボルドウィンはそれぞれの得物を交えた。
「ノルワーラの名に懸けて!」
「我が国リーネンスの敵を討ち取って見せよう!」
シャリンと音を立てて、二人はそれを外側へ構えた。
「「いざ!」」
† † †
西。そこではルーカンとアスタルフの戦いが繰り広げられている。随分と打ち合っているが、なかなか決定的な一撃を与えられない。かすり傷が増えて行く。
ルーカンが退く。退いた反動を利用し、剣に風を纏わせ突っ込む。
「おおおぉぉっ!」
「おっと」
心臓を狙った刺突。ひらりと避けるアスタルフ。そのまま、剣を振り下ろした。ルーカンは受け止める。
「っ!」
「そろそろ終わりたい」
「俺もだよっ!」
弾き返し、蹴りを放つ。思わぬ攻撃に、アスタルフは反応しきれずにそれを腹に受けた。
「がは…!」
隙が出来る。首筋を狙い、振った剣。と、その時ブワッと風が巻き起こり、ルーカンの体のあちこちが切れた。
「っ!」
風圧で後ろへ飛び、転倒しそうになるが自身の力で立て直す。
「痛そ」
「……擦り傷だ」
「まぁ俺もだーいぶ痛いんだけど」
若干前屈みになっているアスタルフ。首筋を抑えて苦笑する。
「…………さすがに首落とされる訳にはいかないよね」
「次はねェぞ」
「あらら怖い」
目の前に集中し、痛みを押しやる。あまり長引くと、血が足りなくなるかもしれない。
ルーカンが突っ込む。突撃。アスタルフが下から受け、そのまま上へと受け流す。その勢いで斬り払うが、ルーカンは横へ受け流すと一歩踏み込み、柄の方でアスタルフの鼻面を打った。
「うべっ」
後方へ転倒するアスタルフ。その喉元へ、ルーカンが剣を突き立てようとしたその瞬間、アスタルフが拳を突き上げた。それが直接当たった訳ではない。空気の塊がが、ルーカンにぶつかり、大きく吹き飛ばした。
「……はっ…!」
腹を殴られたのと同じ様な痛み。さらに傷が空気に撫でられて痛む。着地に力を使う余裕も無く、ルーカンは背中から落ちた。息が詰まる。
「ぐっ……」
「お返し」
ルーカンに剣を突き立てようとするアスタルフ。しかし、その前にルーカンが横へ転がって避け、起き上がった。
「……ハァ」
ルーカンは構え直す。口の中に溜まっていた血を吐き出し、アスタルフを見据える。二人共息が上がっていた。
「……やるね」
アスタルフはフッと笑った。ルーカンも不敵に笑い返した。
† † †
城内。王とルシオラが戦う横で、僕もまた戦っていた。勝機は見えている。ロランの顔にも焦りが見える。しかし、これといった決定打が与えられない。
「お前如きに……この僕がっ!」
ロランの振る剣を、僕は受け止める。ギリギリと均衡する剣。……凄い力入ってる……。
弾き返せそうにないので、受け流して横へ逃げた。横振りの攻撃から、何度か打ち合う。
……影が踏めればなんとかなりそうだけど、動き過ぎてなかなかその間合いにも入れない。
「死ね!」
ロランが大きく剣を振り下ろした。光での加速、しかしそれは鋭く空を斬っただけだった。
僕は影を通じて後ろへ回っていた。まだ隙がある。ここで……!
「貰っ…」
「移動が出来るのがお前だけだと思うなよ‼︎」
振り向いたロランの姿が、消えた。僕の剣がそこに残る光の粒子を散らせる。
「……!」
ヤバい、死んだ、と、そう直感した。だが、その直後僕の目の前に明るい何かが現れ、バチッと音を立ててロランを弾き返した。
「⁈」
「……何…」
十字に光る……光の盾?の様なものが僕の眼前に出ていた。それが、どうやらロランの攻撃を防いだらしい……が。
「な、何だお前、何で光の力なんか!」
「知りませんよ!」
えぇ……戦ってる王が僕を守る為にこんな器用な事する訳がないし…………。
「奥の手か!」
「……そ、そうです!」
ハッタリでもいい、とりあえずそう言っておこう。向こうは警戒してる様だし。
じり、とロランは僕から少し下がる。……僕は動かないでいる。
「……フン!そんな盾すぐに破ってやるからな。お前は影の力に長けている様だから光なんか大したことないだろ」
……いや、そもそも光の守護者ですらないんだけど。勘違いとかそういうのは無い。……僕の父は影の守護者だし、母は風の守護者だ。受け継いでいてもそれが出る。光はまずあり得ない。
しかし……今のはなんだったんだ?
もう既に盾はその姿を消していた。今これは間違いなく僕の命を守った。やられそうになった、その瞬間に……。
……うぅ、何か分からないと気持ち悪いな。いつ発動するかも分からないし。……というか、少しさっきまでと感覚が違うような。何が違うか分からないけど……。
と、不意に視界の隅に何かが入って来た。左側。振り向いた僕はその何かと一緒に吹っ飛んだ。
「わっ!」
重っ……てか痛い……。一体何が……。
「……ってて……」
「……王⁈」
「すまん……邪魔するつもりはなかった」
僕の少し前で王が転んでいる。振り向いた彼の額からは血が出ている。
「お怪我を……!」
「これくらい大した事じゃない」
「しかし」
あいつ……めちゃくちゃ強いぞ。見たところダメージ食らってないし。さすが……守護竜…………。
「ルシオラ!俺の邪魔をするな!」
ロランが叫ぶ。ルシオラは目を瞑り答えた。
「……すまない」
「チッ」
……ロランは、心の底からルシオラを嫌ってるんだ……国の守護竜なのに。うちには守護竜殿を忌み嫌ってる人なんていない。苦手な人はいるけれど。それでも、大切な尊い存在として、皆が大事にしている。
「…………敵ながら目に余ります」
「同感だな。……リーネンス王は何故奴をそのままにしているんだ」
「王の前では取り繕ってる……とか」
「なるほど、それはいけ好かないな」
よいしょ、と王は剣を取って立ち上がった。……足取りはしっかりしている。まだ、大丈夫そうか。
と、何故か王はルシオラではなくロランの方へ向かって行った。それに気付いたロランは、身構える。
「……んなっ、何……」
「俺と戦いたいのだろう?」
と、王は笑ったかと思うと、その姿が一瞬にして消える。次の瞬間には、王がロランのすぐ前に現れ、赤装束の騎士はその後ろの壁まですっ飛んだ。
「……え、えぇぇちょっ、アルファイリア様……」
手加減なさすぎ……っていうか僕の相手じゃ……。
「貴様……」
ルシオラが、怒ったような様子で言う。ロランを蹴り飛ばした足を下ろし、王は肩を竦める。
「いくらか折れたろうが、死んじゃいない。そこまでヤワなものでもないだろ」
いや普通は死にます!そんな光の力で蹴られたら死にます!……ロランはぐったりとして動かないけど……。
「何だお前、自分を憎んでる様な相手をやられて怒ってるのか」
「私がどう思われようとも関係ない、私が守るのは“国”である、彼はその一部であるだけの事」
「……難儀なものだな、守護竜ってのは」
アルファイリア様は剣を肩に担ぎ、そして僕に言った。
「手伝えイヴァン」
「えっ」
「俺一人じゃ無理」
……えー、ええぇぇ……どこからツッコんでいいものかも分からない……さっき僕に手を出すなと言っておいて……さらに僕の苦戦してた相手を一撃で倒した挙句、あの自尊心の塊のようなアルファイリア様が「俺一人じゃ無理」……⁈
「……今日は槍でも降るのか……」
「心の声漏れてるし、今日は既に炎が降った」
ため息交じりなアルファイリア様。僕に「早く立ち上がれ」と催促する。僕は何だかモヤモヤしたまま立ち上がった。変な所へ飛んで行ってしまっていた剣を影を通して回収する。……この床タイルだから影凄いギリギリ。
「さて、二対一だがお前は騎士じゃないから構わないよな」
「……貴様が卑怯だと思わないのならな」
「思わない」
堂々として、アルファイリア様は答えた。斜め後ろに立った僕を指して言う。
「こいつは俺の持つ力の内だからだ」
な、と言うアルファイリア様。僕は苦笑を返す。
「……僕は王の盾であり剣です」
「という訳で“二刀流”って事で勘弁してくれ」
「…………いいだろう、何人来ようと同じ事」
怖いかって?さぁ、そういう感覚はもう忘れてしまったかもね。何、危機感というかそういうものはあるけれど、立ち向かう事になれば躊躇いはない。この竜は遥かに強い存在だろう。下手をすれば死ぬだろう。けど、僕は躊躇いなくここに立てる。……何故だろうね。死にたがりという訳じゃない。
「お前は好きに動け」
「はい」
王が先に出た。あっという間に間合いを詰め、剣を振り下ろす。ルシオラはただ手を振る。光の刃が現れ、王の剣を弾いて消える。それを三度繰り返し、王がハイキックを繰り出すのを避け、拳を繰り出す……あっ、アルファイリア様飛んだ。
「っ……イヴァン!こら!」
「はい……」
ぼうっと見てたら駄目だろ僕。飛んで来たアルファイリア様を影で受け止め、僕が出る。……さて、どうなるか。
「“影の刃!”」
三つ、通常の刃を飛ばした。ルシオラは普通に、さっきの様に光の刃で防いだ。まぁそうだよな。様子見だ。
僕はそのまま突っ込んで、右上から剣を振り抜く。躱される。間髪入れずに左下からそのまま返す。右腕に生成された光の刃で受け止められ、そのまま弾かれた。
「っ!」
「“閃光”!」
「!」
後ろから、光が当たる。ただ光っただけだ。……王の援護!
「“影写し・複製”‼︎」
強く、強く。複製元を超えろ。貫け、影の獅子よ!
至近距離。影が伸びた隙に影踏みで動きは封じた。避けられはしない……はずだが。
「甘い」
「!」
瞬間、僕は何かに弾き飛ばされた。それこそ走って来た竜の胸にぶち当たった様な………。
僕は宙を飛ぶ自分の体を、影で受け止めて床に降りる。
「大丈夫か」
「……護りが硬いですね」
隣に立つ王に、僕はそう答えた。今度は見える。ロランを護ったのと同じ、あれはバリアだ。それも強力な。
「光属性……じゃないですね」
「あいつら秩序だぞ」
「あ……そうでした」
いつだか守護竜殿が言っていた。
でも、それ以外も使えるって事か……。これはなかなか。光以外も使うかもしれない。
「護りが硬いのはさすが守護竜というか」
「何とか崩しましょう」
「……全く当たらない訳じゃ無いからな」
けど、一気に決めようとするとこれだ。普通に攻撃したって大して効果はない。……どうする。
「よし、とりあえず攻めるぞ」
「作戦なしですか」
「やりながら考える」
……まぁ、戦いながらの方が打開策は見つかりやすいだろうけど。それまでにやられたら話にならない。“とりあえず”は頂けない。慎重に行く。
何にしろアルファイリア様は適当過ぎるんですよ!自分の事に関して!もっと自分を大切にして欲しい……国にとって一番大切な存在なのに。
「……アルファイリア様はあぁいう障壁出せないんですか」
「あぁ」
あっさり答えられた……。でも一つこれではっきりした、さっきのあの盾は、アルファイリア様のものではない。では一体、誰が…………。
と、目の前が明るくなった。何かと思えば、ルシオラの背後に光剣がたくさん生成されていた。
「……ちょ」
「マズいな、お前何とかしろ」
「えぇ……分かりました」
「やるのか」
「やりますよ!」
光なら、影で何とかなる。どうするか?ぶつけるだけだ、同じだけのものを。
「“殲滅の剣”」
「“深淵なる投槍”!」
「“煌めきたる投槍”」
いや貴方もやるんですか!
二種類の槍が合わさる。それは互いを増幅しあい、一層大きな槍を生成し、ルシオラの放った剣とぶつかった。槍は剣を打ち消した上で、少し威力の収まった状態でルシオラの背後の壁を穿った。
「……なるほど」
ルシオラは振り向く事もなく、冷静な顔で小さく頷いた。
「我が力を打ち破るとは」
「盾を破れん様では、その先のものなど到底取れないだろう」
王がそう言う。その顔を見てみると、真剣な顔だった。
「俺の最終目的は、お前じゃない。お前の護るもの全てだ」
「……国は取らせん」
「それを決めるのもお前じゃない」
ニッと、アルファイリア様はいつもの不敵な顔をする。
「破らせてもらうぞ、リーネンスの守護竜」
「……やれるものならな」
ルシオラは動揺を見せない。倒されない自信でもあるのか。今のを見ても。それとも表情に出ない質なのか……。
僕は剣を持つ手に力を込めた。……王と力を合わせれば。倒せないものでもないのかもしれない。
「さぁ、行くぞ」
「……はい!」
飛び出した王に続いて、僕もまた立ちはだかる竜へと飛び出した。
#15 END
*新規登場人物*
オジェルダ・ノルワーラ
リーネンスの宮廷騎士の一人。32歳。ボルドウィンの兄。使用武器はハルバード。影の守護者。
ボルドウィン・ノルワーラ
リーネンスの宮廷騎士の一人。29歳。オジェルダの弟。使用武器は長剣。影の守護者。




