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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
16/52

#15 Desperate diseases need desperate cure

 東。ルノワール兄弟は二人で進んでいた。辺りは竜の血の臭いが充満している。人の血の臭いもあるのだろうが、臭さに掻き消されていた。

「……気分が悪くなりそうだ」

「大丈夫ですか兄上」

「あぁ、なんとかな。お前も大丈夫か」

「平気です」

 兵は散らさせている。ジルギス兵の加勢に入るように指示した。その方が良いと判断したのだ。

 何人斬り捨てたか分からない。時折襲って来る飛竜が厄介だ。それも、ディナダンは一振りで斬ってしまうのだが。

「しかしこれだけの兵……どこかに司令塔がいるはずだが」

「王の向かわれた城内かもしれません」

「……そうか」

 と、その時前方に、他とは違う装いの騎士が目に留まった。二人いる。両方共白い髪をしていて、それと似たような色合いの白いコートを身に纏っていた。

「あれは……」

 ハルバードと長剣で、それぞれジルギス兵をほふっている騎士。気配が違う。ディナダンは足を止め、ラコートも止めた。

「……兄上」

 ラコートが言った途端、ディナダンが短い気合いと共に飛び出した。真っ直ぐハルバードの騎士へ。向こうもこちらに気付いたらしく、ディナダンの長剣の一振りをハルバードの柄で受け止めた。

「貴様!」

「兄者!」

 長剣の騎士が叫び、向かって来たのでディナダンは飛び退いた。空振りしたもう一人の騎士。ディナダンは構え直し、彼らに言う。

「……宮廷騎士とお見受けするが」

「不意打ちとは卑怯な奴よな、貴様も宮廷騎士と見えるが」

 ハルバードの騎士が言う。真ん中で分けられた癖毛の前髪と、眼鏡が印象的だ。

「セシリア王国宮廷騎士が一人、ディナダン・ルノワール」

「同じく、ラコート・ルノワール」

 ラコートも続く。ほう、と長剣の騎士が顎を撫でる。

「これは奇遇」

「ふむ。そうだな、ルド」

 ハルバードの騎士は頷き、名乗った。

「我が名はオジェルダ・ノルワーラ。リーネンスの宮廷騎士である」

「同じく、ボルドウィン・ノルワーラだ」

 ボルドウィンは、その白い髪を短くして下ろしていた。オジェルダとは印象が異なるが、顔はよく似ている。

「兄弟同士、ここは二対二という事で行こうか」

 オジェルダは笑う。ディナダンは弟の方をチラと見て、構えた。

「……良かろう」

「兄上」

「お前なら大丈夫だろう、お前は私の弟なのだから」

「……」

 ラコートは口を固く結んだ。そして、剣を構える。

「はい」

「よし」

 その眼前で、オジェルダとボルドウィンはそれぞれの得物を交えた。

「ノルワーラの名に懸けて!」

「我が国リーネンスの敵を討ち取って見せよう!」

 シャリンと音を立てて、二人はそれを外側へ構えた。

「「いざ!」」


† † †


 西。そこではルーカンとアスタルフの戦いが繰り広げられている。随分と打ち合っているが、なかなか決定的な一撃を与えられない。かすり傷が増えて行く。

 ルーカンが退く。退いた反動を利用し、剣に風を纏わせ突っ込む。

「おおおぉぉっ!」

「おっと」

 心臓を狙った刺突。ひらりと避けるアスタルフ。そのまま、剣を振り下ろした。ルーカンは受け止める。

「っ!」

「そろそろ終わりたい」

「俺もだよっ!」

 弾き返し、蹴りを放つ。思わぬ攻撃に、アスタルフは反応しきれずにそれを腹に受けた。

「がは…!」

 隙が出来る。首筋を狙い、振った剣。と、その時ブワッと風が巻き起こり、ルーカンの体のあちこちが切れた。

「っ!」

 風圧で後ろへ飛び、転倒しそうになるが自身の力で立て直す。

「痛そ」

「……擦り傷だ」

「まぁ俺もだーいぶ痛いんだけど」

 若干前屈みになっているアスタルフ。首筋を抑えて苦笑する。

「…………さすがに首落とされる訳にはいかないよね」

「次はねェぞ」

「あらら怖い」

 目の前に集中し、痛みを押しやる。あまり長引くと、血が足りなくなるかもしれない。

 ルーカンが突っ込む。突撃。アスタルフが下から受け、そのまま上へと受け流す。その勢いで斬り払うが、ルーカンは横へ受け流すと一歩踏み込み、柄の方でアスタルフの鼻面を打った。

「うべっ」

 後方へ転倒するアスタルフ。その喉元へ、ルーカンが剣を突き立てようとしたその瞬間、アスタルフが拳を突き上げた。それが直接当たった訳ではない。空気の塊がが、ルーカンにぶつかり、大きく吹き飛ばした。

「……はっ…!」

 腹を殴られたのと同じ様な痛み。さらに傷が空気に撫でられて痛む。着地に力を使う余裕も無く、ルーカンは背中から落ちた。息が詰まる。

「ぐっ……」

「お返し」

 ルーカンに剣を突き立てようとするアスタルフ。しかし、その前にルーカンが横へ転がって避け、起き上がった。

「……ハァ」

 ルーカンは構え直す。口の中に溜まっていた血を吐き出し、アスタルフを見据える。二人共息が上がっていた。

「……やるね」

 アスタルフはフッと笑った。ルーカンも不敵に笑い返した。


† † †


 城内。王とルシオラが戦う横で、僕もまた戦っていた。勝機は見えている。ロランの顔にも焦りが見える。しかし、これといった決定打が与えられない。

「お前如きに……この僕がっ!」

 ロランの振る剣を、僕は受け止める。ギリギリと均衡する剣。……凄い力入ってる……。

 弾き返せそうにないので、受け流して横へ逃げた。横振りの攻撃から、何度か打ち合う。

 ……影が踏めればなんとかなりそうだけど、動き過ぎてなかなかその間合いにも入れない。

「死ね!」

 ロランが大きく剣を振り下ろした。光での加速、しかしそれは鋭く空を斬っただけだった。

 僕は影を通じて後ろへ回っていた。まだ隙がある。ここで……!

「貰っ…」

移動それが出来るのがお前だけだと思うなよ‼︎」

 振り向いたロランの姿が、消えた。僕の剣がそこに残る光の粒子を散らせる。

「……!」

 ヤバい、死んだ、と、そう直感した。だが、その直後僕の目の前に明るい何かが現れ、バチッと音を立ててロランを弾き返した。

「⁈」

「……何…」

 十字に光る……光の盾?の様なものが僕の眼前に出ていた。それが、どうやらロランの攻撃を防いだらしい……が。

「な、何だお前、何で光の力なんか!」

「知りませんよ!」

 えぇ……戦ってる王が僕を守る為にこんな器用な事する訳がないし…………。

「奥の手か!」

「……そ、そうです!」

 ハッタリでもいい、とりあえずそう言っておこう。向こうは警戒してる様だし。

 じり、とロランは僕から少し下がる。……僕は動かないでいる。

「……フン!そんな盾すぐに破ってやるからな。お前は影の力に長けている様だから光なんか大したことないだろ」

 ……いや、そもそも光の守護者ですらないんだけど。勘違いとかそういうのは無い。……僕の父は影の守護者だし、母は風の守護者だ。受け継いでいてもそれが出る。光はまずあり得ない。

 しかし……今のはなんだったんだ?

 もう既に盾はその姿を消していた。今これは間違いなく僕の命を守った。やられそうになった、その瞬間に……。

 ……うぅ、何か分からないと気持ち悪いな。いつ発動するかも分からないし。……というか、少しさっきまでと感覚が違うような。何が違うか分からないけど……。

 と、不意に視界の隅に何かが入って来た。左側。振り向いた僕はその何かと一緒に吹っ飛んだ。

「わっ!」

 重っ……てか痛い……。一体何が……。

「……ってて……」

「……王⁈」

「すまん……邪魔するつもりはなかった」

 僕の少し前で王が転んでいる。振り向いた彼の額からは血が出ている。

「お怪我を……!」

「これくらい大した事じゃない」

「しかし」

 あいつ……めちゃくちゃ強いぞ。見たところダメージ食らってないし。さすが……守護竜…………。

「ルシオラ!俺の邪魔をするな!」

 ロランが叫ぶ。ルシオラは目を瞑り答えた。

「……すまない」

「チッ」

 ……ロランは、心の底からルシオラを嫌ってるんだ……国の守護竜なのに。うちには守護竜殿を忌み嫌ってる人なんていない。苦手な人はいるけれど。それでも、大切な尊い存在として、皆が大事にしている。

「…………敵ながら目に余ります」

「同感だな。……リーネンス王は何故奴をそのままにしているんだ」

「王の前では取り繕ってる……とか」

「なるほど、それはいけ好かないな」

 よいしょ、と王は剣を取って立ち上がった。……足取りはしっかりしている。まだ、大丈夫そうか。

 と、何故か王はルシオラではなくロランの方へ向かって行った。それに気付いたロランは、身構える。

「……んなっ、何……」

「俺と戦いたいのだろう?」

 と、王は笑ったかと思うと、その姿が一瞬にして消える。次の瞬間には、王がロランのすぐ前に現れ、赤装束の騎士はその後ろの壁まですっ飛んだ。

「……え、えぇぇちょっ、アルファイリア様……」

 手加減なさすぎ……っていうか僕の相手じゃ……。

「貴様……」

 ルシオラが、怒ったような様子で言う。ロランを蹴り飛ばした足を下ろし、王は肩を竦める。

「いくらか折れたろうが、死んじゃいない。そこまでヤワなものでもないだろ」

 いや普通は死にます!そんな光の力で蹴られたら死にます!……ロランはぐったりとして動かないけど……。

「何だお前、自分を憎んでる様な相手をやられて怒ってるのか」

「私がどう思われようとも関係ない、私が守るのは“国”である、彼はその一部であるだけの事」

「……難儀なものだな、守護竜ってのは」

 アルファイリア様は剣を肩に担ぎ、そして僕に言った。

「手伝えイヴァン」

「えっ」

「俺一人じゃ無理」

 ……えー、ええぇぇ……どこからツッコんでいいものかも分からない……さっき僕に手を出すなと言っておいて……さらに僕の苦戦してた相手を一撃で倒した挙句、あの自尊心の塊のようなアルファイリア様が「俺一人じゃ無理」……⁈

「……今日は槍でも降るのか……」

「心の声漏れてるし、今日は既に炎が降った」

 ため息交じりなアルファイリア様。僕に「早く立ち上がれ」と催促する。僕は何だかモヤモヤしたまま立ち上がった。変な所へ飛んで行ってしまっていた剣を影を通して回収する。……この床タイルだから影凄いギリギリ。

「さて、二対一だがお前は騎士じゃないから構わないよな」

「……貴様が卑怯だと思わないのならな」

「思わない」

 堂々として、アルファイリア様は答えた。斜め後ろに立った僕を指して言う。

「こいつは俺の持つ力の内だからだ」

 な、と言うアルファイリア様。僕は苦笑を返す。

「……僕は王の盾であり剣です」

「という訳で“二刀流”って事で勘弁してくれ」

「…………いいだろう、何人来ようと同じ事」

 怖いかって?さぁ、そういう感覚はもう忘れてしまったかもね。何、危機感というかそういうものはあるけれど、立ち向かう事になれば躊躇ためらいはない。この竜は遥かに強い存在だろう。下手をすれば死ぬだろう。けど、僕は躊躇ためらいなくここに立てる。……何故だろうね。死にたがりという訳じゃない。

「お前は好きに動け」

「はい」

 王が先に出た。あっという間に間合いを詰め、剣を振り下ろす。ルシオラはただ手を振る。光の刃が現れ、王の剣を弾いて消える。それを三度繰り返し、王がハイキックを繰り出すのを避け、拳を繰り出す……あっ、アルファイリア様飛んだ。

「っ……イヴァン!こら!」

「はい……」

 ぼうっと見てたら駄目だろ僕。飛んで来たアルファイリア様を影で受け止め、僕が出る。……さて、どうなるか。

「“影の刃(シェードブレード)!”」

 三つ、通常の刃を飛ばした。ルシオラは普通に、さっきの様に光の刃で防いだ。まぁそうだよな。様子見だ。

 僕はそのまま突っ込んで、右上から剣を振り抜く。躱される。間髪入れずに左下からそのまま返す。右腕に生成された光の刃で受け止められ、そのまま弾かれた。

「っ!」

「“閃光フラッシュ”!」

「!」

 後ろから、光が当たる。ただ光っただけだ。……王の援護!

「“影写し・複製シャドウトレース・レプリケイト”‼︎」

 強く、強く。複製元オリジナルを超えろ。貫け、影の獅子(オルバリオン)よ!

 至近距離。影が伸びた隙に影踏みで動きは封じた。避けられはしない……はずだが。

「甘い」

「!」

 瞬間、僕は何かに弾き飛ばされた。それこそ走って来た竜の胸にぶち当たった様な………。

 僕は宙を飛ぶ自分の体を、影で受け止めて床に降りる。

「大丈夫か」

「……護りが硬いですね」

 隣に立つ王に、僕はそう答えた。今度は見える。ロランを護ったのと同じ、あれはバリアだ。それも強力な。

「光属性……じゃないですね」

「あいつら秩序だぞ」

「あ……そうでした」

 いつだか守護竜殿が言っていた。

 でも、それ以外も使えるって事か……。これはなかなか。光以外も使うかもしれない。

「護りが硬いのはさすが守護竜というか」

「何とか崩しましょう」

「……全く当たらない訳じゃ無いからな」

 けど、一気に決めようとするとこれだ。普通に攻撃したって大して効果はない。……どうする。

「よし、とりあえず攻めるぞ」

「作戦なしですか」

「やりながら考える」

 ……まぁ、戦いながらの方が打開策は見つかりやすいだろうけど。それまでにやられたら話にならない。“とりあえず”は頂けない。慎重に行く。

 何にしろアルファイリア様は適当過ぎるんですよ!自分の事に関して!もっと自分を大切にして欲しい……国にとって一番大切な存在なのに。

「……アルファイリア様はあぁいう障壁出せないんですか」

「あぁ」

 あっさり答えられた……。でも一つこれではっきりした、さっきのあの盾は、アルファイリア様のものではない。では一体、誰が…………。

 と、目の前が明るくなった。何かと思えば、ルシオラの背後に光剣がたくさん生成されていた。

「……ちょ」

「マズいな、お前何とかしろ」

「えぇ……分かりました」

「やるのか」

「やりますよ!」

 光なら、影で何とかなる。どうするか?ぶつけるだけだ、同じだけのものを。

「“殲滅の剣アニーピー・アニヒレイト”」

「“深淵なる投槍(アビス・ジャベリン)”!」

「“煌めきたる投槍グリッター・ジャベリン”」

いや貴方もやるんですか!

 二種類の槍が合わさる。それは互いを増幅しあい、一層大きな槍を生成し、ルシオラの放った剣とぶつかった。槍は剣を打ち消した上で、少し威力の収まった状態でルシオラの背後の壁を穿った。

「……なるほど」

 ルシオラは振り向く事もなく、冷静な顔で小さく頷いた。

「我が力を打ち破るとは」

「盾を破れん様では、その先のものなど到底取れないだろう」

 王がそう言う。その顔を見てみると、真剣な顔だった。

「俺の最終目的は、お前じゃない。お前の護るもの全てだ」

「……国は取らせん」

「それを決めるのもお前じゃない」

 ニッと、アルファイリア様はいつもの不敵な顔をする。

「破らせてもらうぞ、リーネンスの守護竜」

「……やれるものならな」

 ルシオラは動揺を見せない。倒されない自信でもあるのか。今のを見ても。それとも表情に出ないたちなのか……。

 僕は剣を持つ手に力を込めた。……王と力を合わせれば。倒せないものでもないのかもしれない。

「さぁ、行くぞ」

「……はい!」

 飛び出した王に続いて、僕もまた立ちはだかる竜へと飛び出した。


#15 END

*新規登場人物*


オジェルダ・ノルワーラ

リーネンスの宮廷騎士の一人。32歳。ボルドウィンの兄。使用武器はハルバード。影の守護者。



ボルドウィン・ノルワーラ

リーネンスの宮廷騎士の一人。29歳。オジェルダの弟。使用武器は長剣。影の守護者。

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