#14 A bargain is a bargain
城の中には斬り捨てられたジルギス兵の死体がたくさん転がっていた。血の跡は正面の階段を通って上へと続いている。
「……間違いなくギリアムを目指して行ったな」
アルファイリア様が呟く。
「急ぎましょう」
「あぁ」
僕達は階段を登る。造りは王城とはまた違う。大きさも小さい。階段を登った正面の壁にはセシリアの国章。そこにも城の兵士の血が飛び散っていた。
そこから右へ曲がり、上へと階段を登るとすぐ謁見の間だ。番として立っていたのであろう兵士二人もやられている。
「……くそっ!」
アルファイリア様はそう毒づいて、閉じられたドアを開けた。その時僕達が見たのは、正面の椅子で血を流し死んでいる領主だった。
「…………遅かったか」
「あぁ遅かったとも、愚かな王よ」
「!」
声に目を向けると、その椅子の横に赤いコートを着た騎士が立っていた。……あの髪色は。
「……リーネンス王族か」
アルファイリア様の言葉に、騎士は頷き両手を広げる。
「そうだとも。まぁ僕に継承権は無いのだけれど」
「名を名乗れ、宮廷騎士」
「……では。お初お目に掛かる、セシリアの王よ。我が名はロラン・フレイアール。リーネンス王シャルル・フレアドル・リーネンスが甥にして宮廷騎士の一人なり!我が王の命によりジルギス領の奪還に参った」
「…………貴様がギリアムを殺したのか」
「初めは“ウィスファルム周辺を焼け”との命だったが、あまりにも結果が上々なもので。ついでに我が領地を取り戻してしまおうとの命が新たに下った」
ロランは腕組みをし、見下したような態度で言った。……腹立つ。だが冷静を欠くのはいけない。
「新たに増援を受け、この城を攻め落とした訳だが。……あいつの言う通りここで待ち構えておいて正解だった」
「この俺の首を取る気か?笑わせる。貴様など俺が相手するまでもない」
「……王、まだ僕に宮廷騎士相手は早いです」
「いい訓練になる。何、危なくなれば俺が助けに入る」
「決闘に手出しは禁物ですが…………」
あ、ツッコむとこ間違えた。訓練って言う方がおかしいんだった。いやどっちもおかしいけど。
「……えー、叔父上が斃した相手の息子と戦えると思って楽しみにしてたのにな……」
あれっ、急に口調が砕けたぞ。と、僕のそんな反応に気付いたのか、ロランは一つ咳払いをした。
「ふん、良いだろう。後で吠え面かかせてやるから覚えておけ!」
……急に小物感出て来たけど。実は大した事ないとか……ないよな……。
「よし行けイヴァン。油断はするなよ」
「…………ハイ」
アルファイリア様が戦った方が早く済むじゃないか。……でも、王にばかり任せてたら僕がいる意味がない……ってか。
「……王の護衛官、イヴァン・グリフレット。王に代わりお相手します」
「お前……チビだな」
「……えぇ、そうですね」
冷静、冷静。イライラしちゃ駄目だ。
剣を抜き、構える。……うん、だいぶこの重みも体に馴染んで来た。鋒まで体の一部に。感覚を同化させる。
と、ロランは構えるかと思いきや剣を抜いて欠伸している。僕の呆然とした表情に、彼は気付いて言う。
「…………どうした、来い」
こ、コイツ……!絶対僕の事見下してるだろ!王と戦えなかったからって!
「……痛い目見ますよ」
ちょっと怒るぞ。これはちょっと怒るぞ!
「あ、おいイヴァンこら……」
アルファイリア様が何か言ったが聞こえない。僕は剣を両手で持ち、ロランへと突撃していた。
と、剣の間合いに入った途端、不意にゾワリとした気配を覚え、気付けば僕は影に潜っていた。
ロランの背後に出て来て、振り向けば僕がそのまま突撃していたであろう場所に彼の剣の刃があった。……首を一刺し…ってところか。
「……影の守護者か、面倒臭い」
「…………」
頭が冷えた。冷静を欠いて勝てる相手ではない。ロランの向こう側では、アルファイリア様がホッとしたような顔をしていた。……腰の剣に手が掛かっている。飛び出して来る気でいたな。
……護衛官が王に護られてどうする。
僕はふっと息を鋭く吐き出し、剣を構え直した。すると、それを見てロランが言う。
「…………その構え、お前騎士じゃないな」
「!」
「傭兵か、なるほど。その様子では大した事ないな」
「さぁ、それはどうでしょうね……」
僕は弱いつもりはない。ただ、この国を護る騎士達が格段に強いだけだ。僕も護る存在なのだから、それくらいにはならなければ。
「そいつは騎士だぞ」
「!」
「この俺が認めた騎士だ」
アルファイリア様が言う。ロランは怪訝な顔をして振り向いた。王はニヤと笑うと腕を組んだ。
「甘く見てると痛い目を見るぞ」
「……そのムカつく面後で覚えてろ……」
「行きますよ」
「!」
先制。油断がどうとか知らない。「行くよ」とは言ったし。不意打ちじゃないし。
右下からの振り上げ、ロランは後ろに避けた。そのまま少し握り直して、右に振った。ギイン、と剣で受けられた。僕はすぐに離れると、再び突撃し丁々発止と斬り結ぶ。……目が追いつく。なんとかなるか。
が、その時ロランの剣が一瞬光を発した。……これは!
咄嗟に剣で防御するが、次の瞬間僕は強い衝撃を受けて後ろへ吹っ飛んだ。
「あっ!ぐっ……!」
……いった……くぅ、受けるんじゃなかった……って多分受けてなかったらどこかしら斬られてたけど。
受け身は取れたから、そこまで痛みは酷くない。ただ腕がビリビリとしていた。……間違いない、彼は光の守護者。リーネンス王族も光なのか。……それはまた。
「その反射能力と僕の剣を受けた事は褒めてやろう、だがお前は僕には勝てない!」
「……挑発のつもりですか、もう乗りませんよ」
僕は立ち上がる。……小物感……はあるけど、騎士としての実力は十二分。
片手で構える。集中、相手の挙動一つ一つ見極めて。届けて見せようこの刃を!我が国に仇為す者は、何人たりとも赦すまじ。
ダッ、と走り出す。と同時にロランは剣を縦に構えたかと思うと、鋒をこちらへ向ける。閃光が瞬いた。
「“閃めけ光よ”!」
「“影の刃”」
目の前で大きく光る閃光、それを、色濃くなった影の刃が相殺する。続けて、僕は自分の持つ剣の影へ空いた左手を向ける。
「“影写し・複製”」
同じ剣の形をした影がどこからともなく五つ浮き上がり、そして全く同じ見た目に変わる。それを、一つ残らずロランへと飛ばした。
「んなっ……!」
防げるものか、これは影写しの上位、材質すらも複製元と同質にする。
僕も剣と共に踏み込んだ。よし、踏んだぞ、彼の影を。
とった、と思ったその時、不意にヒヤリ、というかゾクリとした。初めのそれとは違う。……ロランじゃない、別の……。
コマ撮りの様に、ゆっくりと時間が過ぎる。
一瞬、目の前にチラリと光の反射が見えた。……これは。
ヤバい、止まらなきゃと思ったが無理だ。と、突然僕は横から何かに引っ張られた。
「うわっ!」
直後、僕の体感時間は元に戻り、何やら派手な音がする。僕のあの複製の剣が弾かれた金属音と、床を抉ったような硬い音。……そして僕は床に倒れている。不意打ち過ぎて背中が痛い。呻きながら体を起こせば、前方には剣を抜いたアルファイリア様の姿が。……左手で僕の事投げたな。
と、思いさらにその向こうを見れば、さっきまでなかった姿がある。複製の剣はとっくに消えて、ロランは無傷で床にへたりこんでいるし、そのすぐ足下の床は大理石が割れて少し浮いていた。……どこから出て来た、こいつ。
しかしその黒の猫耳フードには見覚えがあった。あのウィスファルムで、屋根の上にいた……。
「ルシオラ!何故出て来た‼︎」
「……我が国の剣を護るのが我が役目、騎士の決闘と言えど私がいる限りは貴方の命は取らせない」
フードの下からは金色の瞳が覗いている。……整った顔。しかし、間近で見るとどこか迫力があり本能的な恐怖を感じた。……人為らざる者。うちのアテリス殿とはまたどこか違う……。
「おっ、よ、余計なお世話だ‼︎王に命じられたからと図に乗るなよ化け物!」
ロランはそう言って竜を罵る。竜はフードの下の瞳を閉じてじっと黙っていた。そして、僕達の方を見ると言った。
「……名乗ろうか、我らが敵よ。我が名はルシオラ・セルタージュ、天よりリーネンス王国を守護する命を授かり人界に留まる者。天の命により貴様らを排除する」
ルシオラはフードを取った。現れたのは角と、鹿の様な耳。髪も耳に生えた体毛も純白と呼べる白だ。……守護竜殿も、成長すればこうなるのだろうか。
「なるほど、そのナリの割には随分と可愛らしいものを着ているな」
「あ、アルファイリア様⁈」
な、何を挑発めいた事を……だがルシオラは無表情のままでいた。煽り耐性高めか。……味方のロランがあれだし。
と思っていると、彼はフードを摘んで呟いた。
「……これは我が王より賜った大切な贈り物だ」
あれ、ちょっと怒ってるんじゃない?しかし表情に出ないな……。守護竜殿はもっと感情豊かだけど。こんな風になるのはちょっと嫌だ……。
ふと気付くと、アルファイリア様が何やら考え込んでいる。
「……あれやっぱアテリスに欲しいな」
「緊張感なさ過ぎですよ王……」
「今度ガラハドにでも頼んでみるか」
「あの」
ガルさん確かに裁縫得意ですけど!今言う事じゃない!
「……ま、冗談はさておき、お前達にはこの城から出て行ってもらう。ここは俺の所有物だ」
「馬鹿言え元はリーネンスのものだぞ!」
「奪ったものはセシリアのもの、そういうものだろう、この世の中のルールってのは」
ロランの言葉をそう一蹴すると、アルファイリア様は僕にこそっと言った。
「お前はルシオラには手を出すな」
「えっ」
「…………あっという間に死ぬぞ」
……それは……否定出来ないけれどでもそれは、
「駄目です、王に何かあっては」
「俺を誰だと思ってる」
「!」
いつもの、自信ありげな顔。……僕は。
「ルシオラ!殺すなよ!そいつは俺が殺すんだ!」
「……煩い奴ですまないな、無視してくれ」
ロランに聞こえない様に、ルシオラはこっちに言った。……謝られても。無視って言っても。ていうかキャラ変わってないか、それともこっちが本性なのか。傲慢なのは変わらないけど度合いが違う……。
アルファイリア様は僕を退がらせ、聖剣を構えた。
「セシリア23代国王、アルファイリア・テフィリス・セシル、推して参る!」
腰を落とすルシオラ。武器はない。人型とは言え竜だから?どうやって戦うつもりだろう。
「おいおい、お前の相手はお……ンンッ、僕だぞ」
「!」
……わざわざ「俺」って言いかけたの直した。どっちでも気にしないけど……。
王とルシオラは既に戦闘を開始している……が、見てはいられなさそうだ。
「お前の王が死ぬ前に、お前を先に殺してやる」
さっきとは違う、強い殺意がこちらに向いている。僕は剣を構えた。……次こそは。この調子ならいける。
ふっと短く息を吐いて、僕は床を強く蹴った。
#14 END