#13 Diamond cut diamond
「これは一体……」
ラコートと共に最後にやって来たディナダンは、唖然とした声で言った。
「……既に襲撃されているようです」
と、そう言うのはラコートだった。兄と同じ青い髪だが、癖毛ではない。16歳のその顔には、まだ幼さが残っている。
「来ましたわねディノとコート。兄様とヴェインとカイウスは既に殲滅に向かいましたわ。貴方がたには東側を頼みます」
「兄上と共に?」
「えぇ」
ラコートは複雑な表情をした。それにベディヴィエールは気付いたが、敢えてそれには何も言わなかった。
「ベディ嬢は」
「私はアルファイリア様より魔術師様の護衛を仰せつかっておりますわ。心配はいらなくてよ」
と、ミルディンは壊れた正門の下でハァハァと息を吐いていた。
「……やれやれ、体力が持たないな」
「だらしなくてよ魔術師様。男ならしっかりなさい」
「ハッハッハ、俺も少し体を鍛えなければならないね」
「魔術師というのは軟弱ですのね」
「君達だってあまり力使うと疲れるだろうと言いたいところだが、確かに体力が無いのは事実だから頷くしか無いね。昔はこれくらいじゃへこたれなかったのだけど」
「……魔術師様、貴方いくつでして?」
「さぁ、それは俺にも分からないなあ」
笑うミルディン。しかし、辛そうである。
「ベディ嬢、私も共に」
ディナダンはミルディンの様子を見て、ベディヴィエールにそう申し出た。
「いいえディノ。貴方は貴方のすべき事をなさい。これはアルファイリア様の命令ですわよ」
「しかし……!」
と、ベディヴィエールに一歩近付いたその喉元に、彼女の剣の鋒が突き付けられた。
「!」
「……甘く見ないで下さる?私は兄様の妹でしてよ。宮廷騎士である以上、私は私の役目を遂行しますわ。貴方もそうすべきではなくて?」
「…………」
「兄上、参りましょう」
ラコートが、兄を促す。ディナダンは唇を噛み、自分達の征く方を見た。
「……失礼しました。ご武運を」
「えぇ。貴方もね」
ディナダンは部隊を連れ、走り出す。ラコートもそれに続いた。
「やれやれ、プライドが高いねコルネウスの娘は」
「……護られる身で偉そうな事を言いますわね」
ベディヴィエールはミルディンの方を見てそう言う。ミルディンはにへらと笑う。
「君一人の部隊で大丈夫かなぁ、俺は心配だよ」
「あら、面白い事をおっしゃるのね」
「何、俺が本調子に戻れば何も心配はいらない」
「どれくらいでお戻りに?」
「30分てとこかな」
「……長過ぎではなくて?」
「俺は君達に比べてエレメントの収集が遅いんだよ」
「…………仕方ありませんわね」
ため息を一つ吐いて、ベディヴィエールは剣を構えた。辺りをリーネンスの飛竜部隊が取り囲んでいた。人の何倍もある体躯。しかし、ベディヴィエールは怖気付かずに声を上げた。
「鷲獅子竜に羽毛竜!恐るるに足りませんわ!」
うおおおお!と、部隊の騎士達が続いて雄叫びを上げる。
「退がれお前達」
「!」
と、その時凛とした女の声がして、取り囲んだ竜の間から、正面に女騎士が現れた。その雰囲気に、思わずベディヴィエールは剣を握り直した。……彼女は、強い。
「セシリアの宮廷騎士とお見受けする」
「……そうですわ」
「我が名はオリヴィア・モングラーヴェ。リーネンスの宮廷騎士が一人である」
「……宮廷騎士ベディヴィエール・コルネウス。……お一人でお相手なさるのかしら」
「左様。決闘を申し入れる」
この場合決闘を断るのは失礼に値する。
「……よくてよ。騎士の誇りにかけてお相手いたしますわ」
ベディヴィエールが胸の前で縦に剣を構えると、オリヴィアは胸の前で横に剣を構えた。リーネンス式の構えだ。
こうなると、他の一般騎士達は見守る他ない。彼らの運命は、筆頭たる宮廷騎士に委ねられたも同然だ。ただ、セシリアの騎士達は、なんとしてもミルディンを守る気でいた。
ピンと空気が張り詰める。女騎士二人の視線がぶつかり、見えない糸がプチンと弾け飛んだ。
同時に動いた二人。細身の剣同士がぶつかり、高い剣戟が鳴る。キンキンと何度か打ち合うと、互いに退いて距離を取った。
「……なかなか良い剣筋ですわね」
「貴様もな」
ふふ、とオリヴィアは不敵に笑う。ベディヴィエールも笑い返す。
「……女って怖い生き物だよ本当」
ミルディンはため息混じりに呟いたが、声は剣戟に掻き消され、誰にも聞こえはしなかった。
† † †
階段の上。足場が悪い。僕の方が下にいるから、下手をすると下まで転がることになる。それは避けたい。
「せいっ!」
「!」
上からの攻撃。振り下ろされた剣を、僕は受け止める。刃渡りはそう変わらない。……ただ、なかなかに重い。手練れだ、この人。
ギリギリと力が均衡する。弾き返そう……にも出来そうにないな。こういう時は……そうだ。
「!」
僕は刀身を支える左手の力を緩め、右側に抜けた。支えるものが突然消えたアデラールは、前へつんのめった。
「おおっ⁈」
踏み止まり、階段から転げ落ちる事は無かったが僕は既に彼の後ろだ。
「小癪なっ!」
振り向いた彼は、僕へ剣を振る。それを下から剣で受け止め、そのまま上へ振り切った。……よし。
「な…」
アデラールの手から剣が飛んで行き、階段の下へと落ちた。ガラ空きになったその胸へ、僕は剣を突き立てた。
「……ふっ…ハ……みご……と……」
僕が剣を抜くと共に、階段上に彼は倒れた。血を斬り払い、僕は剣を納めた。
「……今の、俺のを真似したな」
「!……あっ、ハイ……」
背後からの王の声に、僕はどきりとした。“俺の”、というのは剣を飛ばしたやつのことだ。……何かいけなかっただろうか。
と、王の顔を見ると、彼はにやりと笑った。
「上出来だ」
「……ありがとうございます」
……まだだ。僕はもっと強くならなければ。今のはたまたま上手く行っただけ。アルファイリア様には通用しない。きっと先生にも通用しない。まだ、足りない。
と、ふと気付くとアルファイリア様が鷲獅子竜に近付こうとしていた。
「あっ、アルファイリア様?」
と、突然鷲獅子竜が翼を広げ、くるるると唸り声を上げて威嚇した。しかし王は気にせず進んで行く。嘴まで手が届きそうな距離になった時、鷲獅子竜は上半身を上げ、爪で王を切り裂こうとした!
「王‼︎」
「“煌めきたる投槍”」
王が呟いた。と、その背後に生成された光の槍が、鷲獅子竜の喉元を貫いた。返り血に濡れる王。彼はどうっと倒れた竜の死骸を見つめて何やら考えていた。
「……お、お怪我は」
「手懐けるのは無理か……」
「え」
「さ、行くぞ。ギリアムを助けなければ」
「は、はい」
えー、鷲獅子竜を味方につけようとしてたって事?それにしても不用意に近付き過ぎでは……いや、一撃で仕留めてたけど。
「……しまった、やっぱり竜の血は臭いな。嫌なもんだ」
アルファイリア様が体の臭いを嗅いで言った。
「薬に使われたりもするんですけどね」
「そうなのか、初耳だ」
「そうですか?傭兵の間では流行ってましたよ」
「へぇ」
……庶民の間だけのものだったのかな?昔はよくお世話になってたけど。勿論そのままの血じゃなくて、色々処理とか調合されたものだけどね。何にでも効く。塗ったり、飲んだり。でもやはり臭いが酷いので飲むのはあまりオススメしない。
「昔死にかけた時飲まされましたけど、二日もすれば元気になりました」
「こんな臭いのを飲むのか」
「……まぁ、臭いは消せるんですけど」
……どうしてもという時は臭い消しの薬草を使うが、そうするととても苦くなる。どのみち辛い。ただし効果は抜群だ。
「良薬は口に苦しって言いますし……」
「苦いのか……」
「はい……」
でも、本当に危ない時には助かる。竜の超再生力が作用しているのだろうか(竜は人の数倍早く傷が治る)。
「取り込み過ぎると竜になるとかないだろうな」
「それは聞いた事ないですね」
「……そうか」
まぁ、お貴族様が好む様なものではない。……でも今度こっそり作ってみようか、もしかしたら役に立つかも。
出来ればこの血が欲しいところだけど、あー、小瓶とか持ってないしなぁ……。
むぅ、ここは惜しいがまたの機会に。今度遠征に出る時は小瓶をいくつか持って出よう。それか影の中にしまっておくか。荷物になるしね。
「……もう襲って来ないか」
「自分達が出るより宮廷騎士に任せた方が良いと思ったんじゃないですかね?」
「…………あぁ、なるほど」
上空では鷲獅子竜と羽毛竜がそれぞれ二頭ずつ旋回していた。状況を把握する為だろうか。
「……あれ撃ち落とせます?」
「無理だな、高過ぎる」
「そうですか……」
「がっかりするな」
あれのせいでもしかしたら不利になってるかもしれないのに。でも無理なものは仕方ないな。
「さて、なら城内にいるらしい宮廷騎士を倒しに行くか」
「はい」
………でも多分戦わされるのは僕ですよね。
† † †
西側。ルーカンは自分の部隊と共に敵の中を進んでいた。飛竜部隊が襲い掛かって来る。近付いて来たものは斬れば済むが、鷲獅子竜は旋風を、羽毛竜は光の雨を上空から降らす。それがなかなか厄介だった。
「どんだけいんだよ……」
周りには兵士がたくさん倒れている。それはジルギス兵だったり、リーネンス兵だったりどちらも倒れている。……だが、やはり竜のせいかジルギス兵の死体や怪我人が多い。
「コルネウス卿!部隊の1/4を消失しました!」
「……チッ」
副隊長の報告に、ルーカンは舌打ちする。……なんとかこの状況を打開しなければならない。
と、その時前方で風が渦巻くのを感じた。彼は足を止め、部隊の兵士達へ叫んだ。
「吹き飛ばされるな、下がってろ!」
そして自分は渦へと手を伸ばした。一瞬、空気が止まった。かと思うとさっきとは逆の方向に渦巻き、発生した竜巻は上空の飛竜達を襲い、さらに地上の兵士達を巻き上げて進んで行った。
「……卿、ジルギス兵も飛んでます……」
「調整出来るわけねェだろ、無差別だこんなん」
と言いつつ、消滅した竜巻から落ちて来たジルギス兵達を、風を操ってゆっくりと下ろした。
「……凄い」
「…………久し振りにやると疲れる」
ハァ、とルーカンはため息を吐いた。そして右手の人差し指を軽く振ってみて言う。
「駄目だ、頑張り過ぎた。しばらく派手な力は使えねェ」
「えぇー!」
「ルスラお前何とかしろ」
「そんな無茶な」
ルスラと呼ばれた副隊長がそう答えた時、新たに飛翔して来た羽毛竜が上空で光の矢を生成していた。
「……やべっ」
「よ、避けながら行きましょう!」
と、その時矢がルーカン達の後ろから矢が飛んで行って、矢を生成していた竜達を貫いた。それと共に生成中だった光の矢が消滅した。「うああぁぁ〜」という飛竜部隊の騎士達の声が、共に落ちて行く。
「……この矢は」
「コルネウス卿!増援です!」
と、部隊後方の騎士が叫んだ。見れば、カイウス達の部隊だ。
「遅くなってすまない」
「カイウス!助かった」
ほっとしたルーカンが言うと、カイウスは頷き、矢筒から矢は取らずに前方の地面へと手を伸ばした。すると、足元から蔓が伸びて矢となり、それを弓に番えた。
「……ふッ!」
草の力の込められた矢は、まっすぐに上空の飛竜へと飛び、その体を穿った。普通の矢の威力とは全く異なる。
「弓兵は便利だな」
「……前衛の騎士あってこそだ」
「まァそれもそうか。後衛は頼むぜカイウス」
「請け負った」
と、その時不意にルーカンの背筋がぞわりとした。カイウスもそれを感じ取ったようだ。
「お前らそこから退け‼︎」
「!」
「“草木の護り”」
カイウスが言い、太い蔓植物が生えて来てカイウスと騎士達を覆った。直後、その上にズシンと何かが降って来た。
蔓の檻の外にいたルーカンとルスラは、その正体を見る。
「反応良過ぎ、一網打尽にしてやろうと思ったんだけど」
「……お前は」
ミシ、と音を立てる檻の上にいたのは、鷲獅子竜とそれに乗る騎士だった。他の飛竜部隊の兵士とは装いが異なった。
「……なかなか丈夫なもんだな、これ」
と、彼は足元の蔓を見る。その隙間からカイウスと目があったが、彼はカイウスから目を逸らすとルーカンを見て言った。
「セシリアの宮廷騎士殿だな。俺はアスタルフ・ロンザヴァール。リーネンスの宮廷騎士、そしてこの飛竜部隊の総隊長だ」
「……我が名はルーカン・コルネウス、セシリアの宮廷騎士が一人」
「あー、俺堅っ苦しいのは嫌いなんだ。手短に、気楽に行こう」
アスタルフは鷲獅子竜から降り、それに何やら指示を出すと竜はどこかへ飛んで行った。
「……いいのか?」
「うん?まぁ。ここで待っててもらうより先に加勢に行って貰った方がいいと思ってね」
彼は滑って檻から降りると、剣を抜いた。
「さぁ、やろうか」
「……相手が俺で良かったな」
「どういう意味?」
「俺も堅っ苦しいのは嫌いなんだ」
と、ルーカンもその細身の剣を抜いた。その手には力が入っている。落ち着こうと、大きく深呼吸した。
「それは良かった」
口上はなく、二人はそれぞれの形式で剣を構える。一呼吸置いて、彼らは同時に動き出した。
(……手出しは出来ない)
檻を解き、カイウスはその様子を見て思った。弓を扱う彼は、剣も扱えなくもないがそこまで腕は良くない。熟練の剣士相手に弓で戦い切る自信もない。
(ここは見守っておくべきか……)
と、カイウスはルーカンの部隊の副隊長に声を掛けた。
「ルスラ……と言ったか」
「は、はい!」
「今からお前を臨時の隊長に任命する」
「……えっ、あのそんな」
「俺はここに残る。お前達は先へ行き、出来る限りジルギス兵へ加勢しろ。……責任は俺が持つ」
「エクトル卿!しかし……」
「コルネウスなら、大丈夫だ。それも含めて責任を取る。……今は、ここに皆が止まるよりも殲滅を進めた方が良い」
そこで、一つカイウスは大きく深呼吸した。どうも喋るのは苦手である。彼にしては喋り過ぎな程だ。
「…………マルクス」
「は!」
カイウスは次に自身の部隊の副隊長に声を掛けた。マルクスはビシッと答えた。その表情は堅い。
「お前もだ。臨時の隊長として兵を率いてジルギス兵を助けろ」
「……はい!」
「二隊に分かれて進めろ。宮廷騎士と遭遇したら相手にするな」
「はい!」
ルスラとマルクスはそれぞれ自分の隊に号令をかけ、ルーカンとアスタルフが戦っているのを避けて進み始めた。
(……疲れた)
はぁ、と一つため息を吐く。あまり喋るのはガラではない。だがこれは宮廷騎士としての責務だ。それを疎かにする程喋りたくない訳ではない。
ルーカン達に目を向ける。よく動く物を射るカイウスの目にはしっかりとその動きが捉えられていたが、疾い。ルーカンはよく風の力で自身の動きをブーストしている。それについて来るとは、敵の宮廷騎士も風の守護者か、とカイウスは考えた。だとすればあとは、己の実力のみである。
(コルネウスなら……大丈夫)
そう思い、深呼吸した。そして、舞台の進む前方の上空の飛竜達を見上げた。
(俺は、今出来る事をやる)
そう思いカイウスは、力で生成した矢を弓に番えた。
#13 END
*新規登場人物*
ラコート・ルノワール
宮廷騎士の一人。ディナダンの弟で16歳の最年少騎士。使用武器は片手剣。水の守護者。