#12 Believe not all that you see nor half what you hear
-神暦36299年4月13日-
何やら騒がしい。今何時だろう。……というかどこだここは。……えーと、昨日確か……うーん……頭が痛い。
「イヴァン君はいるか!」
「!」
突然開いた扉と大声に、僕は、いや僕達はハッと目を覚ました。緊迫した声。ヴェインさんだ。
「……どうしたアグラヴェイン」
先生が床から体を起こし、言った。頭を抑えている。僕と同じように頭痛がするらしい。
「………き、君達まさか昨日そのまま寝たのか」
「あーどうもそうらしい、覚えちゃいねェけど」
と、先生のベッドにもたれ掛かったグワルフさんが気怠そうに言った。
「全くだらしないな!君達も先輩なのだからイヴァン君をそんな……おっといけない、それよりも一大事だ!」
と、ヴェインさんは扉を開けたまま中に入って来て、僕の前で屈んだ。
「王様がお呼びだ」
「えっ」
「君だけじゃない。俺達もだ。ルーカン、グワルフ、君達も早く支度を整えて来るんだ」
「……ただ事じゃあねェな」
グワルフさんがそう言った。ヴェインさんは立ち上がり、頷いた。いつもと違い下の方で纏められた白い長髪が揺れる。
「…………話は玉座の間で」
「……分かりました」
僕は答え、立ち上がった。緊張ですっかりアルコールが抜けてしまった様だった。頭痛の代わりに、胸がドクドクと波打っていた。
† † †
「どこにいたんだイヴァン!」
玉座の間に入るなり、王の怒号が飛んで来た。その怒気に、僕は思わず首を縮めた。
「……先生のお部屋に」
「…………っ、まぁいいそこに並べ」
イライラしておられる……ふと気付けば議長と王女二人も集まっていた。どうやら王女の身に大事があった訳ではないらしい。一つ安心。
僕はすでに集まっていた十人の騎士の隣に並んだ。その隣にさらに、先生とグワルフさんが並ぶ。
「……すまん」
先生がぼそりとそう謝る。
「先生のせいじゃありませんよ」
僕はそう返した。……王は気が昂ぶると自制が効かなくなる。今はそういう事だ。
「……今朝報せが来た。ウィスファルムとその周辺の穀倉地帯の街がやられた」
「!」
誰一人として、声は出さなかった。しかし、確かに空気がざわついたのを感じた。
「言うまでもなくリーネンス軍の仕業だ。飛竜の大群と兵士が来て、火を放って行ったそうだ」
「………」
「大勢が死んだ。……街も、畑も」
王の声は静かだった。だが、そこには静かなる怒気が篭っていた。
「街を焼いたリーネンス軍はジルギス城へ行軍中との事だ。我々はすぐ向かいリーネンス軍を迎え撃つ」
「間に合うのか?イリア」
アルフィア様がそう言った。アルファイリア様はぐっと唇を噛み締め、そして言った。
「……必ず間に合わせる」
「…………ほう」
アルフィア様は感心した様に笑った。……あ、アルファイリア様、怒りのあまり敬語忘れてるんだな。
「迎撃に向かうのは宮廷騎士の半分。残りは城の警備に当たれ。万が一という事もある。念には念をだ」
と、アルファイリア様は玉座から立ち上がり、凛とした声で言った。
「アグラヴェイン、ルーカン、ベディヴィエール、ラコート、ディナダン、カイウス!以上六名は俺と来い」
……なんか物凄い人選だぞ。
「あ、アルファイリア様、僕は」
「勿論お前も来いイヴァン」
「!」
まぁ、そりゃそうか、別枠なんだよな僕……。
「……あと、ミルディンはどこだ」
その問いには誰も答えられない。……王女達が来られてから僕は会ったけど、その後の行方は僕も知らない。
「…………重要な時にいない……まぁいい、奴は」
「重要な時にいるのが俺だよイリア」
「!」
と、いつの間にか壇上の端に魔術師殿が杖を手に立っていた。彼は驚いたアルファイリア様と目が合うと、にんまりと笑った。
「やぁ」
「ミルディン……貴様」
「落ち着きなよイリア。らしくないぞ、余裕がなさそうだ」
「!」
「焦っても良いことはない。何、リーネンス軍もすぐにジルギスを陥としたりはしないさ」
「………予言か?」
「そうだね……ぼんやりとしか分からないけれど。大変なことにはならない」
「……信じていいんだな」
「勿論」
自信ありげに頷く魔術師殿。王はハァ、と一つ大きなため息を吐いて言った。
「……分かった。だがうかうかしてもいられない。今日すぐに発つ。お前も……」
「行くよ。それが“導き”だ。だから俺はここに来た」
魔術師殿が。出陣する。……滅多にない。「大変なことにならない」とは言え、彼が出るという事はそれなりに大きな戦いになるのではないか……。
「……では征くぞ。覚悟しろ。敵軍には飛竜部隊、さらには宮廷騎士がいる可能性がある」
「!」
リーネンスの宮廷騎士!……そうなるとかなり気を引き締めないと……下手すると死ぬぞこれ。
「気を付けるのよイリアちゃん」
「……はい、姉上」
アレッタ様の言葉に、アルファイリア様は深く頷いた。さっきとは違い、冷静な目をしていた。
「10分後に出発だ。それまでに支度を整えておけ」
「は!」
僕達は揃ってそう答えた。そして、回れ右して皆んなは玉座の間を出る。
「頑張ろうな」
と、先生が僕の方を叩く。と、その横からグワルフさんが笑って言った。
「刺されて死ぬなよ」
「馬鹿言え」
……そんな二人の軽口にはついて行けない。だって……冗談じゃ済まないかもしれないしね。
別に、怪我や戦いが怖いわけじゃないさ。だって僕は元傭兵だからね。……けど、今は単に自分がこの世からいなくなることが怖い。
…………まぁ、僕の出る幕など無いかもしれないけど。
† † †
正門前に集合した六人の騎士とその配下の一般騎士、王、そして僕と魔術師殿。今回は馬は連れていない。魔術師殿がそう勧めたからだ。どうするつもりなのだろう。
「……皆集まったね。じゃあ行こう」
「お前が仕切るなミルディン……」
「だって俺がいないと行けないじゃないか」
と、魔術師殿はアルファイリア様にそう言った。
「魔術師殿」
と、ヴェインさんが手を挙げた。髪はいつもの様にポニーテールに戻っている。
「馬も連れず、どのように参るのですか」
「俺の魔術で皆んなをジルギス城まで飛ばす。じゃなきゃ間に合わない」
「ジルギス城へ?」
ジルギス領主のいる城だ。……そこへはまだ、リーネンス軍は到達していないはずだが。
「正面から迎え撃つ。王城の兵だけでなくジルギスの兵も借りた方が良いだろう?飛竜部隊は馬鹿にできない力を持ってるからね」
魔術師殿はそう言って、コツン、と地面を杖で小突いた。その点から白く光る魔法陣が広がる。大きな魔法陣。僕達の足下まで広がったが、何も起こらない。
「まだ起動させただけだから大丈夫。これと同じ術式を、この国の領地全ての城の正門に仕込んである。この門からジルギス城の門まで、皆を転送する」
「いつの間にそんな仕掛けを?」
アルファイリア様が魔術師殿にそう訊いた。彼も知らなかったようだ。
「先代の時からずっとあるよ。しばらく使う機会が無かっただけさ」
「……そうなのか」
「さて。話はこれくらいにしておこう。一度に騎士諸君を送る事は出来ない。俺は最後に飛ぶから、順番に行ってくれ」
「…………ギリアムにその話は?」
「してないけど助けを求めて来たのは彼だし、別に構わないだろう。彼は転送陣の事は知っているし」
……領主は先代の時から変わってないもんな……。彼には会った事は無いが、顔は写真で知っている。60代の貴族の紳士。……知っているのはそれだけ。
「まずはイリア、君から行ってくれ。あとイヴァン君とコルネウス兄妹の部隊」
ちょいちょい、と魔術師殿が手招きするので、呼ばれた僕達は魔法陣の中へ、それ以外の人達は外へ出た。……結構いっぱいいるけれど。四十人ちょっとくらい……。
「一度にはこれくらいかな。あとそうだ、俺も行きはするけどしばらくは戦力にならないからよろしく」
「……分かった」
と、魔術師殿は魔法陣の外から杖を構え、詠唱を始める。
「“Nelf Glows・Welte Yeno,Ald Nek Oa Palalel Tragen”」
…………知らない言葉だ。どこの言葉だろう。この辺りのものではない。
と、そう思っているうちに、足下の魔法陣の光が増した。
「“Bec”」
視界が真っ白になった。やがてそれが晴れると、さっきとは全く違う景色が広がっていた。
………色んな意味で。
「……何だと」
アルファイリア様が呟いた。その声は、辺りの騒ぎに掻き消される。
「……行軍中じゃ無かったのかよ」
先生が忌々しそうに呟いた。僕は無意識のうちに剣を抜いていた。
そこは戦場だった。ジルギス城の正門は壊され、兵士の死体が転がっている。大きな獣の爪痕が、そこかしこに残っている。見上げた上空には黒い影が舞っていた。……竜だ。
「ボサッとするな、俺はギリアムの安否を確かめに行く。イヴァンは俺と来い」
「はい!」
アルファイリア様は、続いて先生の方を向いた。
「ルーカン」
「はい」
「お前の部隊は敵の殲滅に向かえ。竜相手に無茶はするな。宮廷騎士がいればお前が相手をしろ。お前なら大丈夫だな」
「……えぇ」
……先生、信頼されてるなぁ。
「ベディヴィエール」
「はい!」
先生と同じ色をしたミディアムショートの女性が答える。ベディヴィエール・コルネウス。先生の妹で24歳。……僕は彼女とはあまり親しくはない。
「お前の部隊はここに残り、後続の部隊へ伝達を。俺は城内に向かうと。それとアグラヴェインには敵の探索、その他の部隊には城外の敵の殲滅を。その辺りの采配はお前に任せる。……あとミルディンが復帰出来るまで護衛しろ」
「御意!」
「よし、イヴァン行くぞ」
「はい!」
上空を駆ける竜の背には、騎士が載っているようだった。……あれが飛竜部隊。本当に……竜を手懐けているのか。
「アルファイリア王とお見受けする!」
「!」
城内へ続く階段を登る途中、突然そんな声と共に鷲獅子竜が降って来て、目の前に立ち塞がった。……大きい。爪が階段にめり込んでいる。
「……そこを退けリーネンス兵」
王はその鷲獅子竜の背に乗る騎士へと言い放った。騎士の装備はリーネンスのものだが、以前見たものとは異なる。飛竜部隊の特殊な装備なのだろうか。
「……宮廷騎士ですか」
「いや違う」
僕の問いに、王は即否定した。……一般騎士。堂々とこの王の前に出て来るなんて。
「それは出来ません」
「……ほう」
「城内に立ち入ろうとする敵兵の排除を請け負っている故」
「進みたければ倒せと」
「然り」
騎士は鷲獅子竜の背から降りた。鷲獅子竜は少し身を震わせただけで、そこに大人しく立っていた。
「我が名はアデラール・フェドー!飛竜第二部隊隊長である!セシリア王アルファイリア殿に決闘を申し入れる!」
堂々とした声でそう言う騎士、アデラール。ふむ、とアルファイリア様は顎に手を当て一考した後、答えた。
「断る」
「なっ……⁈」
「俺に挑むなど100年早い。代わりに俺の騎士が相手をする」
「ぼ、僕ですか……」
こうなるとは思っていたけど。自分だと差があり過ぎるからって情けのつもりだろうか。……しんどいのは僕なのに。
戦になると人使いが荒くなるんだよなぁ、この人……。
「……仕方ありませんね」
「負けるなよイヴァン」
「えぇ」
僕は胸の前で剣を縦に構えた。
「……王の護衛官、イヴァン・グリフレット。王に代わりお相手する」
「……ナメた真似をしてくれるなセシリア王。よかろう!その騎士を打ち倒しその首を取って見せよう」
怒った様子のアデラール。……やれやれ、早速僕が出る事になるとはね。
#12 END
*新規登場人物*
ベディヴィエール・コルネウス
宮廷騎士の一人。ルーカンの妹。24歳。使用武器は細剣。風の守護者。




