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英雄王と影の騎士  作者: Ak!La
§1 光と影の英雄譚
13/52

#12 Believe not all that you see nor half what you hear

-神暦36299年4月13日-

 何やら騒がしい。今何時だろう。……というかどこだここは。……えーと、昨日確か……うーん……頭が痛い。

「イヴァン君はいるか!」

「!」

 突然開いた扉と大声に、僕は、いや僕達はハッと目を覚ました。緊迫した声。ヴェインさんだ。

「……どうしたアグラヴェイン」

 先生が床から体を起こし、言った。頭を抑えている。僕と同じように頭痛がするらしい。

「………き、君達まさか昨日そのまま寝たのか」

「あーどうもそうらしい、覚えちゃいねェけど」

 と、先生のベッドにもたれ掛かったグワルフさんが気怠そうに言った。

「全くだらしないな!君達も先輩なのだからイヴァン君をそんな……おっといけない、それよりも一大事だ!」

 と、ヴェインさんは扉を開けたまま中に入って来て、僕の前で屈んだ。

「王様がお呼びだ」

「えっ」

「君だけじゃない。俺達もだ。ルーカン、グワルフ、君達も早く支度を整えて来るんだ」

「……ただ事じゃあねェな」

 グワルフさんがそう言った。ヴェインさんは立ち上がり、頷いた。いつもと違い下の方で纏められた白い長髪が揺れる。

「…………話は玉座の間で」

「……分かりました」

 僕は答え、立ち上がった。緊張ですっかりアルコールが抜けてしまった様だった。頭痛の代わりに、胸がドクドクと波打っていた。


† † †


「どこにいたんだイヴァン!」

 玉座の間に入るなり、王の怒号が飛んで来た。その怒気に、僕は思わず首を縮めた。

「……先生のお部屋に」

「…………っ、まぁいいそこに並べ」

 イライラしておられる……ふと気付けば議長と王女二人も集まっていた。どうやら王女の身に大事があった訳ではないらしい。一つ安心。

 僕はすでに集まっていた十人の騎士の隣に並んだ。その隣にさらに、先生とグワルフさんが並ぶ。

「……すまん」

 先生がぼそりとそう謝る。

「先生のせいじゃありませんよ」

 僕はそう返した。……王は気が昂ぶると自制が効かなくなる。今はそういう事だ。

「……今朝報せが来た。ウィスファルムとその周辺の穀倉地帯の街がやられた」

「!」

 誰一人として、声は出さなかった。しかし、確かに空気がざわついたのを感じた。

「言うまでもなくリーネンス軍の仕業だ。飛竜の大群と兵士が来て、火を放って行ったそうだ」

「………」

「大勢が死んだ。……街も、畑も」

 王の声は静かだった。だが、そこには静かなる怒気が篭っていた。

「街を焼いたリーネンス軍はジルギス城へ行軍中との事だ。我々はすぐ向かいリーネンス軍を迎え撃つ」

「間に合うのか?イリア」

 アルフィア様がそう言った。アルファイリア様はぐっと唇を噛み締め、そして言った。

「……必ず間に合わせる」

「…………ほう」

 アルフィア様は感心した様に笑った。……あ、アルファイリア様、怒りのあまり敬語忘れてるんだな。

「迎撃に向かうのは宮廷騎士の半分。残りは城の警備に当たれ。万が一という事もある。念には念をだ」

 と、アルファイリア様は玉座から立ち上がり、凛とした声で言った。

「アグラヴェイン、ルーカン、ベディヴィエール、ラコート、ディナダン、カイウス!以上六名は俺と来い」

 ……なんか物凄い人選だぞ。

「あ、アルファイリア様、僕は」

「勿論お前も来いイヴァン」

「!」

 まぁ、そりゃそうか、別枠なんだよな僕……。

「……あと、ミルディンはどこだ」

 その問いには誰も答えられない。……王女達が来られてから僕は会ったけど、その後の行方は僕も知らない。

「…………重要な時にいない……まぁいい、奴は」

「重要な時にいるのが俺だよイリア」

「!」

 と、いつの間にか壇上の端に魔術師殿が杖を手に立っていた。彼は驚いたアルファイリア様と目が合うと、にんまりと笑った。

「やぁ」

「ミルディン……貴様」

「落ち着きなよイリア。らしくないぞ、余裕がなさそうだ」

「!」

「焦っても良いことはない。何、リーネンス軍もすぐにジルギスを陥としたりはしないさ」

「………予言か?」

「そうだね……ぼんやりとしか分からないけれど。大変なことにはならない」

「……信じていいんだな」

「勿論」

 自信ありげに頷く魔術師殿。王はハァ、と一つ大きなため息を吐いて言った。

「……分かった。だがうかうかしてもいられない。今日すぐに発つ。お前も……」

「行くよ。それが“導き”だ。だから俺はここに来た」

 魔術師殿が。出陣する。……滅多にない。「大変なことにならない」とは言え、彼が出るという事はそれなりに大きな戦いになるのではないか……。

「……ではくぞ。覚悟しろ。敵軍には飛竜部隊、さらには宮廷騎士がいる可能性がある」

「!」

 リーネンスの宮廷騎士!……そうなるとかなり気を引き締めないと……下手すると死ぬぞこれ。

「気を付けるのよイリアちゃん」

「……はい、姉上」

 アレッタ様の言葉に、アルファイリア様は深く頷いた。さっきとは違い、冷静な目をしていた。

「10分後に出発だ。それまでに支度を整えておけ」

「は!」

 僕達は揃ってそう答えた。そして、回れ右して皆んなは玉座の間を出る。

「頑張ろうな」

 と、先生が僕の方を叩く。と、その横からグワルフさんが笑って言った。

「刺されて死ぬなよ」

「馬鹿言え」

 ……そんな二人の軽口にはついて行けない。だって……冗談じゃ済まないかもしれないしね。

 別に、怪我や戦いが怖いわけじゃないさ。だって僕は元傭兵だからね。……けど、今は単に自分がこの世からいなくなることが怖い。

 …………まぁ、僕の出る幕など無いかもしれないけど。


† † †


 正門前に集合した六人の騎士とその配下の一般騎士、王、そして僕と魔術師殿。今回は馬は連れていない。魔術師殿がそう勧めたからだ。どうするつもりなのだろう。

「……皆集まったね。じゃあ行こう」

「お前が仕切るなミルディン……」

「だって俺がいないと行けないじゃないか」

 と、魔術師殿はアルファイリア様にそう言った。

「魔術師殿」

 と、ヴェインさんが手を挙げた。髪はいつもの様にポニーテールに戻っている。

「馬も連れず、どのように参るのですか」

「俺の魔術で皆んなをジルギス城まで飛ばす。じゃなきゃ間に合わない」

「ジルギス城へ?」

 ジルギス領主のいる城だ。……そこへはまだ、リーネンス軍は到達していないはずだが。

「正面から迎え撃つ。王城の兵だけでなくジルギスの兵も借りた方が良いだろう?飛竜部隊は馬鹿にできない力を持ってるからね」

 魔術師殿はそう言って、コツン、と地面を杖で小突いた。その点から白く光る魔法陣が広がる。大きな魔法陣。僕達の足下まで広がったが、何も起こらない。

「まだ起動させただけだから大丈夫。これと同じ術式を、この国の領地全ての城の正門に仕込んである。この門からジルギス城の門まで、皆を転送する」

「いつの間にそんな仕掛けを?」

 アルファイリア様が魔術師殿にそう訊いた。彼も知らなかったようだ。

「先代の時からずっとあるよ。しばらく使う機会が無かっただけさ」

「……そうなのか」

「さて。話はこれくらいにしておこう。一度に騎士諸君を送る事は出来ない。俺は最後に飛ぶから、順番に行ってくれ」

「…………ギリアムにその話は?」

「してないけど助けを求めて来たのは彼だし、別に構わないだろう。彼は転送陣の事は知っているし」

 ……領主は先代の時から変わってないもんな……。彼には会った事は無いが、顔は写真で知っている。60代の貴族の紳士。……知っているのはそれだけ。

「まずはイリア、君から行ってくれ。あとイヴァン君とコルネウス兄妹の部隊」

 ちょいちょい、と魔術師殿が手招きするので、呼ばれた僕達は魔法陣の中へ、それ以外の人達は外へ出た。……結構いっぱいいるけれど。四十人ちょっとくらい……。

「一度にはこれくらいかな。あとそうだ、俺も行きはするけどしばらくは戦力にならないからよろしく」

「……分かった」

 と、魔術師殿は魔法陣の外から杖を構え、詠唱を始める。

「“Nelf Glows・Welte Yeno,Ald Nek Oa Palalel Tragen”」

 …………知らない言葉だ。どこの言葉だろう。この辺りのものではない。

 と、そう思っているうちに、足下の魔法陣の光が増した。

「“Bec”」

 視界が真っ白になった。やがてそれが晴れると、さっきとは全く違う景色が広がっていた。

………色んな意味で。

「……何だと」

 アルファイリア様が呟いた。その声は、辺りの騒ぎに掻き消される。

「……行軍中じゃ無かったのかよ」

 先生が忌々しそうに呟いた。僕は無意識のうちに剣を抜いていた。

 そこは戦場だった。ジルギス城の正門は壊され、兵士の死体が転がっている。大きな獣の爪痕が、そこかしこに残っている。見上げた上空には黒い影が舞っていた。……竜だ。

「ボサッとするな、俺はギリアムの安否を確かめに行く。イヴァンは俺と来い」

「はい!」

 アルファイリア様は、続いて先生の方を向いた。

「ルーカン」

「はい」

「お前の部隊は敵の殲滅に向かえ。竜相手に無茶はするな。宮廷騎士がいればお前が相手をしろ。お前なら大丈夫だな」

「……えぇ」

 ……先生、信頼されてるなぁ。

「ベディヴィエール」

「はい!」

 先生と同じ色をしたミディアムショートの女性が答える。ベディヴィエール・コルネウス。先生の妹で24歳。……僕は彼女とはあまり親しくはない。

「お前の部隊はここに残り、後続の部隊へ伝達を。俺は城内に向かうと。それとアグラヴェインには敵の探索、その他の部隊には城外の敵の殲滅を。その辺りの采配はお前に任せる。……あとミルディンが復帰出来るまで護衛しろ」

「御意!」

「よし、イヴァン行くぞ」

「はい!」

 上空を駆ける竜の背には、騎士が載っているようだった。……あれが飛竜部隊。本当に……竜を手懐けているのか。

「アルファイリア王とお見受けする!」

「!」

 城内へ続く階段を登る途中、突然そんな声と共に鷲獅子竜グリフォンが降って来て、目の前に立ち塞がった。……大きい。爪が階段にめり込んでいる。

「……そこを退けリーネンス兵」

 王はその鷲獅子竜グリフォンの背に乗る騎士へと言い放った。騎士の装備はリーネンスのものだが、以前見たものとは異なる。飛竜部隊の特殊な装備なのだろうか。

「……宮廷騎士ですか」

「いや違う」

 僕の問いに、王は即否定した。……一般騎士。堂々とこの王の前に出て来るなんて。

「それは出来ません」

「……ほう」

「城内に立ち入ろうとする敵兵の排除を請け負っている故」

「進みたければ倒せと」

「然り」

 騎士は鷲獅子竜グリフォンの背から降りた。鷲獅子竜グリフォンは少し身を震わせただけで、そこに大人しく立っていた。

「我が名はアデラール・フェドー!飛竜第二部隊隊長である!セシリア王アルファイリア殿に決闘を申し入れる!」

 堂々とした声でそう言う騎士、アデラール。ふむ、とアルファイリア様は顎に手を当て一考した後、答えた。

「断る」

「なっ……⁈」

「俺に挑むなど100年早い。代わりに俺の騎士が相手をする」

「ぼ、僕ですか……」

 こうなるとは思っていたけど。自分だと差があり過ぎるからって情けのつもりだろうか。……しんどいのは僕なのに。

 いくさになると人使いが荒くなるんだよなぁ、この人……。

「……仕方ありませんね」

「負けるなよイヴァン」

「えぇ」

 僕は胸の前で剣を縦に構えた。

「……王の護衛官、イヴァン・グリフレット。王に代わりお相手する」

「……ナメた真似をしてくれるなセシリア王。よかろう!その騎士を打ち倒しその首を取って見せよう」

 怒った様子のアデラール。……やれやれ、早速僕が出る事になるとはね。


#12 END

*新規登場人物*


ベディヴィエール・コルネウス

宮廷騎士の一人。ルーカンの妹。24歳。使用武器は細剣。風の守護者。

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