#10 A hedge between keeps friendship green
-少し時は戻り-
さて。俺は一人取り残されてしまった訳だが。今日の主役は姉上達だし、まぁいつもよりはゆっくり出来るかな。
広間は人で溢れている。いつもは静かな城内が、今日は騒がしい。たまにはこういうのもいい。ずっとは困る。
「こんばんはアルファイリア様」
そんな声がして、俺は振り向いた。聞き覚えのある声。知らない人物ではない。なぜなら、彼は貴族社会に於いて最も有名とも言える人物だからだ。
「シベリウス殿、こんばんは」
「今宵はご招待頂きありがとうございます。王女様達も無事に戻られて何より」
男はそう言って、しわの入った目を細める。彼はモルジェン・シベリウス。セシリアの中で最も有力な貴族の現当主である。
「……そちらは?」
その隣にいる、娘らしき女性を視線で指し、俺は聞く。答えたのは、その本人だった。
「初めまして、グィネヴィアと申します」
彼女はそう言って頭を下げた。シベリウスの者らしく、堂々としていた。そういうのは、嫌いじゃない。
「娘はこういう場に来るのは初めてでしてね。まずは、王にご挨拶に上がろうと思ったのです」
「そうか」
歳は……俺より若そうだ。年齢を測るのに見た目はあまり宛にはならないものなのだが。
と、俺はじっとグィネヴィアがこっちを見ているのに気付いた。
「……どうした?」
「え、いや、あの、すみません……」
と、はっとして彼女は口を抑え、赤面した。
「その……実際お会いしてみると、なんだか思ってた人と違うなと思って……」
「これ、グィネヴィア」
「はっはは、良い、よく言われる」
俺がそう言って笑うと、モルジェンは困った様な顔をする。
「アルファイリア様……」
……おっと、これはもっと王として云々と言われるやつか。
俺は一つ咳払いをし、続ける。
「恐ろしい王より、親しみやすい王の方がいいだろう?」
「それは……そうですな」
民に嫌われるのは怖い。俺は良い王でありたい。民の為にありたい。……でなければ、戦の中に没した父上に顔向けは出来ない。俺は己が為でなく、民の為に戦うのだ。
「ではまた。他にも挨拶がありますので」
「あぁ」
モルジェンは一礼して、娘を連れて人混みの中へ消えて行った。
しかしまぁ、あまり父親とは似ていない娘だな。モルジェンは何というか、暗い。どちらかと言えば悪人顔。悪い人ではないはずだが。……シベリウスは貴族社会のトップを生きる貴族だし、陰謀渦巻くその中で生き抜いて来た故のものかもしれない。……それに比べて、グィネヴィアは純粋な娘に見えた。いずれ、彼女もあんな風になるのだろうか……。
「おや、王、この様な所に」
「!」
次から次へと。次はお前かユーサー。
声に振り向けば、あの仏頂面が立っている。右手にはワインの揺れるグラスがある。
「護衛官と毒見は何処へ」
「……さぁ。二人で話しに行ったが」
「あの二人が?それは珍しい」
……何を話しに来たんだ。俺と話す事なんか……山程ありそうだがこの場で言う事じゃないだろ。
「……何か用か」
「用、と言うほどの事では。ただ姿をお見かけしたので呼び止めたまでです。たった一人でおられるものですから」
「さっきまでシベリウスと話をしていた」
「左様ですか」
「今日の主役は姉上達だ、俺はただのオマケ」
「まぁ、王が主役の祭りはまた別にありますからな」
「…………今年はしなくていいぞ、あれ」
「そういう訳には行きません。国の伝統行事、国民の祝日でもあるのですから」
「祭りに金を使ってる暇があるなら他に回せ」
「無駄な経費とは思っておりませんので」
「…………」
「初めから予算には組まれているので、資金が枯渇する事はありません」
「……」
「あー、議長さんいたいた」
と、さらにそんな声が人混みから聞こえて来た。現れたのは評議員のイゾルデ・リオネスと、トリストラムだった。いつもの服に、今日は武装を解いている状態だ。二人は姉妹である。イゾルデが姉。
「あら、王様も」
「……お前はいつも通りの装いだな」
「え?えぇ、はい。ドレスは慣れないもので」
トリストラムと同じ薄紫色の長い髪を下ろし、ゆったりとした白い丈の長い服に、長い革製のベスト、そしてヒールのブーツ。普段からこんな感じである、彼女は。
「アルファイリア様、イヴァン君は……」
「ん?……あいつならその辺にいるはずだが」
「そ、そうですか」
……何だ?トリストラムの奴。イヴァンに何か用でもあったのか。
「何か用があるなら、伝えておくが」
「あぁいや、何でもありません」
「……そうか」
と、彼女は首を振りそのまま顔を逸らすと、何やらキョロキョロしている。めちゃくちゃ探してるじゃないか。
「お前は何か私に用か」
「いやー、何となあく議長さんの顔が見たかっただけですよ」
「……何だそれは、気色悪い」
「ほら、この社交辞令に塗れたお貴族様方の中に、議長の揺らがぬ仏頂面を見つけると安心すると言うか」
「訳の分からん事を吐かすな」
「なぁんちゃって。本当はトリスについて来ただけです」
と、イゾルデがかくんと首を傾げて笑うと、トリストラムは慌てた様な様子を見せる。
「お、お姉様」
「何だよ、トリスがイヴァン君に会いたいって言ったんだろ?イヴァン君いなかったけど」
「…う、あわわわ……」
二人の会話を聞いて、俺はピンと来る。
「はっはぁ、そういう事か」
「あ、アルファイリア様⁈」
「トリストラムお前、さてはイヴァンに“ホの字”だな?」
「うっ……」
明らかに、彼女は顔を赤らめる。なるほどなるほど。
「……いっ、イヴァン君には……言わないで……下さい」
「あぁ言わん。こういう事は己の口で伝えるべきだ」
さて、イヴァンは気付いているのかどうか。そういえば時折、トリストラムとイヴァンが話しているのを見かけたが……気付いてなさそうだな。
「自然と気付けというのは無茶だと思うぞ、恐らく奴は鈍い」
「……ですよね……」
「我が妹ながら素直な奴だなトリス」
やれやれ、とイゾルデが言う。
「普通は照れて否定やらするところだろう」
「う、嘘はいけないもの」
いいなぁ、イヴァンの奴。こんないい娘に惚れられて。気付かないのが勿体無い。
……それにしても、トリストラムはイゾルデと性格が正反対だな。性悪さは全て姉が持って行ってしまったようだ。
「さてさて、じゃあイヴァン君を探しに行こうかトリス」
「え、いや、もういいわお姉様」
「何、折角の機会だろう?遠慮しない遠慮しない」
と、半ば強引にトリスはイゾルデに引っ張られて行った。仲良しな姉妹だ。
この宮廷内には身内同士の者が多い。宮廷騎士にも兄弟が三組、イゾルデとトリストラムの様に宮廷騎士と評議員の親子や兄弟が三組。そうやって繋がりがあった方が、いざこざは少なくなる。……そういう事が多い理由としては、彼らの家系だろうか。彼らの父親が我が父上の代に仕えていた、というのも少なくはない。
王が変われば家臣も変わる。騎士も評議員も、全て代替わりする。それがこの国の決まり。人はそれぞれに相性がある。勿論、王が「そのままで」と言えば変わらない。一部の人間が残る事もあるが、全員が残る事はそう無い。
ユーサーは確か、先代の時は議長でなく議員だった。俺が小さい時からどうも口煩い奴だった。まぁ、確かに苦手だけど指名したのは俺で、出来る奴だとは思ってる。
と、知らぬ内にユーサーの方を凝視してしまっていたらしく、彼の仏頂面の眉間にさらにしわが刻まれる。
「……何でしょうか」
「あ、いや、何も」
「……そうですか」
では、と言って、ユーサーはスタスタと去って行った。……また一人。姉上には絡まれたくないし……うん……。
「アルファイリア様」
「!」
いつの間にか、目の前にベルナールが戻って来ていた。周りをチラチラと闇の粒子が舞っている。
「……お前……イヴァンから逃げて来たな」
「話は出来ましたので。問題はありません」
「あいつは?」
「…………今宵は彼が側におらずとも、大丈夫かと」
「ん、んん、まぁ、そうだな」
あれ?何か不機嫌そうだな。まぁいいか。いつもの事のような気もするし……。
……あぁ、イヴァンが言っていたのはこういう事か。
「さて、腹減ったな。何か食おう」
「…………僕もですか」
「半分ずつにしたら問題ないだろ」
「いえ、僕は……」
「堅い事言うな、今日は特別な日だからいつものようにする必要はない」
「……」
「お前は普段から遠慮ばかりだ。もう少し自己を主張してもいいのだぞ」
「それは……」
「お前の立場を気にしているのか?」
「!」
ベルナールは、ハッとした顔をした。唇を噛む彼に、俺は言う。
「馬鹿だな、後ろめたく思う必要は何もない」
「……ですが」
「ゼルナードはゼルナード、ルヴィーレンはルヴィーレン、お前はお前。……顔が同じだからって中身まで同じにする事はない」
「……アルファイリア様」
「お前は毒見として仕えていればいい。それが普通だ。あの二人が特殊なだけで」
すると、ベルナールは何故かむっとした。そして少し怒ったような目をして言った。
「ならば一つ」
「……なんだ」
「遠征の際は僕を連れて行って下さい」
「!」
「城の外に出られるからって浮かれ過ぎです。もし出先で毒を盛られたらどうするんですか、何の為に兄様達が王女様達について行っていると」
「……それは……色々と理由があってだな」
「何ですか」
「うー……」
言う時は言うよなコイツ。イヴァンは普段からこんなものだが。
「民や騎士が毒を盛るはずがないとお思いですか」
「宮廷の人間は慣れてるだろうがな?……そうでない者は不快に思うのではないか……と」
「反感を買うのが怖いのですか」
「反感を買わなければ、誰も王を殺そうとは思わない」
「…………」
「でも……分かった。これからはそうする。小さい遠征でも」
「!」
「お前から反感を買うのが一番困る」
毒を見るこいつが信用出来なくなったら終わりだ。その時はきっと……俺が、王としても堕ちているという事だろうから。
「そら、ボケっとしてたら食べる物が無くなってしまう」
「……えぇ。僕も頂きます」
「おう」
……そういえば、ミルディンの奴はどうしてるんだか。あいつも姉上の事苦手だったな……。
† † †
丸い月が出ていた。春の夜空は霞み、朧月になっている。その下、城の屋根の斜面にミルディンはいた。杖を抱えて腰掛け、ぼうっと曇った空を見上げていた。
「……星は詠めない……な」
そう、彼は独り言を呟く。城の外には誰もいない。ここには広間の賑やかさも届かない。静かにただ、月の前を雲が通り過ぎて行く。
(……それにしても、参ったな。王女は一週間の滞在か)
はぁ、と彼はため息を吐いて、俯いた。と、その時ふと背後に気配を感じる。しかしミルディンは慌てなかった。その正体は分かっていたし、さらに見つかっても支障のない相手だったからだ。
「…………珍しいじゃないか……俺の前に出て来るなんて」
「……」
「まぁ、目の前じゃないけど」
ミルディンが振り向くと、そこに立っていたのは人の形をした何かだった。誰かのと似た色合いのマントの下には、手も足も、ある。だが、それらは露出していない。さらに頭に被ったフードの中は闇で満たされ、そこに二つの藤色の光が瞳のように浮いていた。
そんな不気味な異形の何かを恐れる事もなく、ミルディンは笑う。
「ていうか大丈夫な訳、こんな所まで出て来て。……あぁそうか、ここは……」
いくらミルディンが話し掛けても、影は答えない。答える口を持たない。いや、そもそもぼうっとそこに立つそれは、呼吸もしておらず、生き物の気配を感じさせなかった。じっと、そこから動かずに、虚ろな顔をミルディンへと向けていた。
「……お前が何を考えているのかさっぱり分からないな。いや、無いのか、意思なんて」
「…………」
ス、と突然影はその右手をミルディンへと伸ばした。しかし、距離は遠く、届きはしない。それを見て、ミルディンはフッと笑う。
「そうか、お前も戻って来たいのか。……でも駄目だ、まだね。その時じゃ無い」
「…………」
「あとほんの少しだけ、待ってくれ。ほんの少しだよ。……それくらいどうって事ないだろう、お前はあの子を嫌ってはいない様だから」
「……」
「俺も嫌いじゃないさ。……けど、仕方ないだろう」
影が、手を下ろした。そのフードが衣擦れの音を立てて、僅かに下を向いた。
「…………結局自分が一番大切なんだよ、誰だって」
ゆらりと影が揺らめいたかと思うと、その姿は弾けて小さな光の玉となった。それは迷わず、城の中へと飛んで行った。
「全く、俺も嫌な奴だなぁ……」
ミルディンは大きなため息を吐いた。そして彼は、再び夜空を見上げる。
月は、すっかり雲に隠れて見えなくなっていた。
#10 END
*新規登場人物*
モルジェン・シベリウス
セシリアの有力貴族シベリウスの当主。52歳。炎の守護者。
グィネヴィア・シベリウス
モルジェンの娘。29歳。炎の守護者。
イゾルデ・リオネス
評議員の一人。トリストラムの姉。32歳。闇の守護者。




