#9 A constant guest is never welcome
その日の夕方、晩餐会前の時間。今日は一日、帰還なされた王女達の歓迎ムードが王城内に流れている。
僕は魔術師殿がどうしているか気になって、あの木蓮の木の下へ行った。しかし、そこにあの奇怪な鴉の姿は無かった。
「……どちらへ行かれたのか」
「おや、グリフレット卿」
「!」
と、声にどきりとして振り向けば、アルフィア様だ。側にはルヴィーレンさんが控えていた。
「こんばんは」
「お前も空を見に来たのか?」
「えっと……はい」
そういう訳ではないけれど。注意を向けてみればなるほど、西の空は見事な夕焼けである。
「イリアが世話を掛けるな」
「いえ……」
「王城には慣れたのか」
「えぇ、まぁ、はい、お陰様で」
「そうか。何かあれば私に相談すると良い。きっとイリアよりも役に立つぞ」
と、アルフィア様は不敵に笑う。彼女は実に、気高くカッコ良い人だ。アルファイリア様の姉上なのだということを、ひしひしと感じる。ロトルク帝国の皇子と皇帝はなかなか気難しい方だと聞くが、彼女なら心配要らなさそうだ。むしろ心配は失礼に当たる気がする。
「全く、イリアも騎士達も、頼り甲斐の無い奴ばかりだな。大丈夫なのかこの国は」
「……そんな事はありません」
「…………ほう?」
試すような目で、アルフィア様は僕を見て来る。僕は一呼吸置いて、口を開いた。
「アルファイリア様も宮廷騎士達も皆、騎士の誇りを持つ強い方ばかりです。僕よりもずっと頼りになります。僕は……彼らに支えられて過ごして来たので」
そう答えると、アルフィア様はフッと笑った。
「そうか。そう思うのなら良い。何、私の行く帝国の様子を見ていると、この国がどうも甘い様に思えてな」
「それが……良いところでもあります」
「かもしれんな」
帝国は軍事国家だ。皇帝スタークス・ヴェルン・ロトルクはロトルク軍の総帥でもある。アルフィア様のお相手であるユージア皇子もまた軍人であり、位は確か、中将だったか。
「……ロトルクでの生活は如何ですか?」
「ん?……うむ。そうだな。初めは戸惑ったものだが……悪くはない。ユージア殿も私を気に入っておられる様だし、私もまた彼を好いている」
「そうですか」
「やや素っ気ないお方だがな。実に頼りになる。イリアとは比べ物にならん」
「……アルファイリア様は普段はとても頼れるのですよ」
「私の前で縮こまっている様ではまだまだだ」
おっと、ちゃんと見抜いておられたか……。
「卿が支えてやってくれ」
「!」
「あれはな、外面は凛々しく立っていても、内面はヤワなものだ。奴は昔から、その弱いところを隠したがる。……それをちゃんと見つけて、助けてやってくれ」
「……はい」
僕は任されている。この国の柱を。他の誰でもなく、この、僕が。
「弟の事も、よろしくお願い致します」
ルヴィーレンさんがにこりと笑って言うので、僕は彼の方を向く。アルフィア様もそっちを向いた。……ベルナールさんは、こんな風には笑わないな……。
ちなみに、僕に敬語を使うのは彼ら三兄弟くらいなものである。多分、僕と同じ様な理由だろうけど、貴族らしくとても丁寧だ。
「ベルは、僕や兄の様に護衛官となれなかった事を悔やんでいるのです。……本来僕達は毒見として使えるまでなのですが、今代は前王様のご意向でして」
「……前王様の?」
「えぇ。我々はアルフィア様達の幼い頃から仕えております。護衛官となったのは、成人してからですが」
「幼い頃とは、お前達も歳は変わらんだろう」
「えぇ」
アルフィア様の言葉に、ルヴィーレンさんは苦笑する。
「その際……ベルは武術の才能が無いと認められ……」
「僕が護衛官として連れて来られた、ですか」
「えぇ。…………あぁ、もしや気分を害されましたか?」
僕の声に棘が混じっている様に感じたのか、ルヴィーレンさんはそう言った。僕は首を振る。
「……いえ。……寧ろ申し訳ないというか何というか。僕なんかが……護衛官で」
「イヴァン様は為すべき役目を果たされていると感じます。貴方が責められる必要はありません」
「そうですか……?」
「えぇ。……そこで、一つお願い申し上げたいのです」
と、ルヴィーレンさんは胸に手を当てる。
「弟は、僕達と違う事を心苦しく思っているようなのです。ですから王とも距離を取ってしまっています。これではいけません。イヴァン様、どうか弟のその心配を取り除いてやって下さいませんか」
えぇ……僕が……?
「僕が言っても逆効果じゃないですか……?」
「いいえ。我々が言っても聞かぬのです。……貴方がたもあまり話していないでしょう、同じ主に仕える者同士、腹の内は知っておくべきだと思うのです」
「それは……そうですけど」
とは言え、どうしたものか。王の口から言われた方が、説得力はある気がするけど。でもそうか、ベルナールさんは王を避けている訳で。
「……分かりました。やってみます」
「引き受けて頂けますか、それは良かった」
ホッとした様に、ルヴィーレンさんは笑った。本当に、兄弟の事を気にかけているんだなぁ……。
「うむ、もし出来れば、イリアの元へも二人で行くと良い。奴がきちんとした王となるには、臣下の者とも強く繋がっておかねばな。なぁ、ルヴィーレン」
「えぇ」
……そう言えば、アルフィア様とごく普通に接していられるルヴィーレンさんって凄いなぁ。……宮廷騎士の男性陣中にも、一部そういう人はいるけれど。
「ではな。また晩餐会の時に」
「えぇ」
「あと、どこかでミルディンの奴を見かけたなら、顔を出すよう言っておいてくれ」
「……はい」
見かけられればね……。さて、ここにいないとなると、どこへ行ってしまわれたのか。王の様に空中庭園か、それとも魔術で姿を消してしまわれたのか。
でも、何となく近くにいれば分かる気がする。
アルフィア様とルヴィーレンさんは去って行く。夕日はさらに沈み、東の空は藍色に染まりかけていた。
……さて、どうしようか。
† † †
そうこうしてるうちに、晩餐会の時間になってしまった。昼とは違い、エントランスの広間に広いテーブルがいくつか置かれ、立食パーティーの形式になっている。
今回は一般の貴族階級の人達も招待されている。……というわけで騎士や僕達は貴族の正装に着替えていて。普段からそれっぽい人はそのままだけど。ペレディルとかランスローとかガルさんとか。
この服は本当に落ち着かない。ネクタイが特に。足元はブーツだからいいけど、いや、気持ち的にもそわそわする。慣れないコートとか。……未だ僕がこんな中に紛れてていいんだろうかという気持ちになる。
「はいシャキッとするシャキッと」
と、正装の王が僕の背中を叩く。僕は背筋を伸ばし、彼を見た。……僕が宮廷に入る前から知る王の姿である。
「……アルファイリア様もアルフィア様達の前でしっかりなさって下さい」
「言うようになったなお前……」
「民に情けない所を見せないで下さいよ」
「わ、分かっている」
アルファイリア様は一つ咳払いをする。と、僕はその後ろにベルナールさんがいるのに気付いた。……当たり前か。毒見だし。
ルヴィーレンさんと全く同じ顔。しかし、その表情に明るさはない。まぁ、どんよりしている訳でもなく、ただ無表情って感じなのだが。さすがにこの席で沈んだ顔は無礼だ。
「こんばんは、ベルナールさん」
「……こんばんは」
声にも明るさはない。……ちょっと距離が遠い。アルファイリア様からも何だか離れている。間に挟まれた王が、僕達を交互に見ながら言う。
「……お前達、もう少し仲良くなれないのか」
「貴方が言いますか……」
「……ん?どういう意味だイヴァン」
「いいです。少しベルナールさんに話があるのでお借りしてよろしいですか」
「え、いや、俺は構わんが」
と、アルファイリア様はベルナールさんの方を向く。彼は頷いた。
「王が良いと申されるなら、構いません」
「……そうか。外には出るなよ」
「勿論です」
行きましょう、と僕はベルさんを促した。
ガヤガヤとした喧騒の中から外れたところで、ベルナールさんが言った。
「……奇遇ですね。僕もお話ししたいと思っていたのです」
「それはまた……」
「何てね。……兄に言われたのでしょう」
「……あなたもですか」
「えぇ。ゼルナード兄様に。あなたは」
「ルヴィーレンさんです」
「…………二人揃って世話焼きな人ですね。他人の事など放っておけばよろしいのに」
「他人ではないでしょう」
「……えぇ、それもそうですね」
ベルナールさんは目を伏せる。
「……あなたは兄達を見て、僕を嗤いますか」
「…………いいえ」
「そうでしょう、あなたは良い人だから」
にこりともせず、彼は言う。僕は苦笑を返す。
「僕の方こそ、貴族でもないのに」
「アルファイリア様は身分は気にされない方ですから。……僕は彼と育って来たので、考え方は似たようなものです」
“育って来たので”、という所が強調されている気がした。ルヴィーレンさん達も言っていた。王や王女が幼い頃から、仕えて来たと。
「あなたを見出したのはアルファイリア様です。そこに何も文句はありません」
「……ずっと気になってるんです、何故王は僕の様な一介の傭兵を」
「さて。あの方の真意は僕にも測りかねます」
「……」
「ですが、僕から見ればあなたは僕よりも王に懇意にされている」
「!」
「……あなたがここに慣れる為の気遣いもあるかもしれませんが、しかし王はイヴァンさんに何か感じているのでしょう」
「……その、ベルナールさんは」
「僕は毒見であればそれで良いのです。……常に側にいる者は歓迎されないと言いますし。……ただ、僕を遠征に連れて行かない事については文句がありますが」
「あ」
「遠征先でも食事はするでしょう、勿論。その時に毒でも入れられていてはたまらない」
「……それは……恐らく魔術師殿が遠征前に悪い事があるかどうか占ってくれるからでは」
「僕はあの方の占いを信用していません」
……でも大体当たってるしいつも何ともないし。
「……しかし、宮廷内の者より民の方が王を憎む者は少ないのでしょうね」
と、ベルナールさんは言ってため息を吐く。
「……宮廷内にいるんですか?王を憎む者が」
「いないとは言い切れません。……民には見えない所まで僕達は見えますから。例えばほら、評議会の方々など」
「あれは……頭を悩ませているだけでしょう」
僕と同じで。
「そうですね。……しかし、そういう者はどこにでも潜んでいるものです。給仕係かもしれないし、あるいは騎士かもしれない」
「!……騎士?」
「例えばの話です」
「宮廷騎士も?」
「えぇ。……王に近い分、あり得ない話ではありません」
「……」
「しかし、疑心暗鬼になるのもいけませんね。仲間を疑い続けるなど、苦痛でしかない」
「……僕は……皆さんを信じてますよ」
僕がそう言うと、ベルナールさんは少し目を見開いて、くすりと笑った。……あ、やっと笑った。笑うと余計お兄さん達に似るなあ……。
「えぇ。それでいいでしょう。心配するのは僕だけでいい。……一つ言うと、僕はあなたの事も心配なのです」
「え」
「あなた、時折一般の騎士から奇襲を受けているでしょう」
「……あー」
そういえばそうだ。
「彼らがどこかで毒を盛らないとも限りません。あなたの分の毒見もしたいところです」
「ぼ、僕はいいですよ」
「しかしあなたが死ぬと、困るのは王です」
「……」
毒か……考えてなかったな。僕は殺される時は剣でぐさりとやられるものとばかり。
「……してはいけないとは言われていないので、出される前にあなたのも見ておきましょう」
「えぇ……そんな」
「気にしないで下さい、僕は毒では死にませんので」
「いや……そうじゃなくて」
っていうか本当に致死性の毒でも大丈夫なのかこの人達。全く効かないって事?でも、それじゃあ入ってても分からなくないか?
「何ですか。周りの目が気になるのなら、気付かれないようにやりますよ」
「……はあ」
「あなたは僕の半身の様なものですから」
「え」
「…………そういう事です」
と、ベルナールさんは突然パッと顔を逸らし、踵を返して歩き出した。
「あっ、待って……」
僕が引き止めようとすると、彼はその体を闇の粒子に霧散させて消えてしまった。……闇の守護者って便利だな、明るい所でも出来るとは。
って。彼逃げたよ、僕から。照れ隠しかもしれないけど、力使ってまで逃げるとか傷付くじゃないか!そんな事なら僕だって影踏んでたよ……!逃げられない様に。
「……はぁ。まぁいいか」
ベルナールさんは王の元へ戻ったかな。……僕はどうしよう、まぁ、王が見える範囲で少し離れておこうか。色んな貴族の人と顔を合わせるのも気まずいし……ね。
#9 END




