女王さま、季節と共に引き籠る【冬の童話祭2017】
「女王さまー、出てきてくださいよー。とっくに冬の季節は終わってますよ?」
凍えるような雪の降る天気の中、少年は塔に向かって声を上げています。
彼は引き籠ってしまった冬を司る女王を塔から出すための説得しているのです。
「いやよ! 私はここから出ないわ!」
扉越しに冬の女王の声が聞こえてきます。どうやら彼の声はきちんと届いているようです。
「国民も困ってますよ」
「そんなの知らない!」
「いや、知らないって……」
仮にも女王なのに酷い言い草。行政に携わっていないとはいえ、国のトップの発言とは考えられません。
「でも女王さま? ずっと冬なものだからだんだんと蓄えも無くなってきているのですよ。ほら、塔に届くご飯もショボくなっていってると思いません?」
「言われてみれば、最初より量も減ったし味も薄くなってたような……」
「いや、そっちは塔から出てきてほしくて嫌がらせでやってることですよ」
「ひどいっ!?」
少年が言ったのは料理の素材の質の方でした。調味料などはまだ余裕があり、わざわざ味を薄くする必要はまだありません。
「でもそっちは効果薄いみたいですね、言われてみればって程度のようですし。一応女王だからそれ以上酷いものは出せないらしいんですよ。……良い案だと思ったんだけどなあ」
「従者が考えたの!?」
「おっと、聞こえてましたか。女王さまホント耳は良いですよね」
「それも聞こえてるわよぅ。なによ、耳はって」
塔の扉越しで、外は雪も降っていますが、それでも女王は正確に少年の声を拾っているようでした。確かに彼女は地獄耳と言えるでしょう。
「まあとにかく、女王さまはお偉いさんだからその程度だけど、平民はもっと貧しい食生活になってるんですよ。国民に春の恵みをあげる気はないんですか? もしかして国民を虐めて楽しんでます?」
「ううっ、そんなつもりはないけど」
「じゃあそこから出てきてくださいよ」
「うううー、なんて言ったって私はここから出ないんだから!」
「もー、強情なんだから」
言いながら、少年は先程から準備していた鍋に油を入れます。焚火で熱し、十分な温度になったところで、同じく準備していたものを油で揚げ始めました。
ジュウウウウウウ。
「ねえ従者、さっきからそこで何してるの?」
「揚げ物をしています」
「ちょっと、本当何してるのよ!?」
その唐突な意味不明っぷりに女王は困惑してしまいます。
少年は気にした風もなく、自分のペースで説明を続けるようです。
「いやあ、自分さっき氷上釣りに行ってきたんですよ。やっぱりワカサギは天ぷらですよね」
「貴方、割と冬を満喫しているじゃない。でもどうして今そこで天ぷらやってるのよ」
「匂いに釣られて女王さまが出てこないかなあと思いまして」
「私を何だと思ってるのよ!?」
「あっつっ! しまった、雪が油に入って撥ねる」
外はかなりの量の雪が降り続けています。雪が入った鍋からバチバチと油が撥ねて、少年はたまらず距離を取ったようです。
多少の雪なら鍋の湯気や熱気で油まで届きませんが、今日の雪は多めに水分を含んでいました。
その後も少年は何とか天ぷらを揚げ続けますが、鍋に天ぷらを入れて避難しては、覚悟を決めて油から引き上げるを繰り返して女王のことを放置していました。
ようやく全てを揚げ終わり、焚火の火を消して少年は人心地着きます。
「揚げ物は失敗でしたね。匂いもそんなにしませんし」
「従者ぁ、貴方、無視するんじゃないわよ」
「すいません。油と格闘しててつい」
女王の気を引こうとして用意した天ぷらなのに、そちらに意識を取られて女王を放置するという、なんとも本末転倒な結果に終わってしまいました。
「秋だったら秋刀魚の塩焼きでも用意したんですが。というわけで早いとこ季節を変えてくださいよ」
「そんな理由で納得するわけないでしょ」
「じゃあどうしたら出てきてくれるんですか?」
「……何度も言ってるじゃない。従者が恋人になってくれるなら、ここを出るわよ」
「すいません女王さま。自分、巨乳しか愛せないんですよ」
「うわあーん!」
どうやら女王は塔に入る前にこの少年に告白していたようです。だけど残念ながら冬の女王は、少年にとっての基準点をクリアできていませんでした。そう、胸のサイズが。
それで女王は傷心したままずっと塔から出てこなかったのです。
「そのことは悪いと思ってますけど、お願いですから出てきてくださいよ。この間なんか王様が女王さまを塔から出したら褒美をくれるなんて言い出したんですよ。原因が自分だとばれたらどうされるか」
「従者が付き合ってくれれば褒美まで貰えるじゃない」
「いや、自分に嘘は付けないので」
「うわあーん!」
少年は、無駄にそういうところは誠実でした。確かに気持ちを偽って恋人になるよりマシかもしれませんが、理由が巨乳好きだからというのだから格好つきません。
「うう、どうせ従者は秋の人みたいな巨乳の方がいいんだ……」
「女王さま、秋の女王様を比較に出すのはやめてください。自分が最も愛しているのは胸の脂肪ですが、嫌悪しているのはそれ以外のぜい肉です。あの方はあまりにもマイナス分が大きすぎます」
この少年は、暗に秋の女王は巨乳だけど太っているから無理だと言っているのです。少年は冬の女王に対して結構な扱いをしていますが、他の女王に対してもなかなかに不敬だと言えるでしょう。
「巨乳なら誰でもいいんじゃないの?」
「出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる人が好みです。秋は食欲の秋ですからね、秋の女王様もたくさんの実りをただ塔の中で摂取していたらああもなるのでしょうが、胸の脂肪が勿体ない方です」
「秋の人は秋の季節以外もだらだらしているから、あれはもうしょうがないわよ」
「それもそうですね」
この場に居ないのをいいことに、二人してデブ、もとい秋の女王を残念なものとして扱います。
「ハッ、巨乳と言えば、喫茶店の一人娘がボンキュッボンだったわよね」
「この塔から10分くらいのとこにあるお店ですよね。あの方は……ぶっちゃけドストライクです」
「やっぱり!!」
女王は悲しみの混じった大声を上げます。好きな人の好みの人物を知ったのです、それも当然のことでしょう。
「でも、あのお方、同性愛者なんですよね……」
「え……」
「アプローチ掛けようかと思って様子見してたら、偶然知っちゃいまして……」
「そう、なんだ……」
本来ライバルが出来なかったことに喜んでもいいのですが、少年の寂しげな声を聞いて、冬の女王まで気まずくなり二人のテンションが下がってしまいました。
「あ、それじゃあ私はそろそろ休もうかな」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! 気まずくなったからって去らないでください!」
「でも、ずっと扉の傍に居て寒くなってきたし」
「それ言ったら自分なんかずっと雪の中ですよ! 天ぷらもキンキンに冷えちゃいましたし」
「まだ食べてなかったの!?」
てっきり揚げたてを頂いているものだと、女王は思っていたようです。
「いや、揚げたの二人分なんですよ。女王さまと一緒に食べようと思って」
「だから、私はここから出ないってば」
「本当強情ですねえ、女王さまは」
このままではいつまで経っても女王を塔から出すことができないと思った少年は、最後の手段に出ることにしました。
「ねえ女王さま、考えてみてくださいよ。確かに自分は女王さまを振りました。けれど振ったのは、今の女王さまです」
「? どういうこと?」
「女王さまにはまだ、将来性があります。だって、まだ10歳ではないですか。今後胸が成長して巨乳になる可能性も十分あります」
「!?」
「だからほら、ここから出ましょう? ずっとそんなところに居ては成長にも悪いですよ」
すると、扉の前から女王の気配が無くなります。これでも駄目かと少年が諦め始めた頃に、その固く閉ざされていた塔の扉がゆっくりと開いていきました。
中からはしっかりと防寒をした子供が顔を出します。
「女王さま!」
「従者、私が成長するまで恋人を作っちゃ駄目だからね」
「ええ!?」
「うう、寒い。帰ったらホットミルク入れてちょうだい」
「ああ、ちょっと待ってください! まだ揚げ物の後始末をしてないです!」
「本当なんで天ぷらなんてやったのよ……」
「あ、自分今から油の処理をしてるんで、よかったら天ぷら食べていていいですよ」
「うわ、凍ってるじゃない」
「いつの間に」
二人は雪の上で騒ぎながら片付けを終えると、普段過ごす城へと歩き出しました。
「(本当は保留にするようなことは言いたくなかったんだけど。……ああ、そういえば王様が褒美をくれるんだっけか。なら、女王さまと一緒に美味しいものでも食べに行こうかな)」
どうやら少年は、冬の女王が引き籠った原因が自分だと白状する気はないようです。その上ちゃっかり褒美も貰うつもりみたいですが、使い道を考えるとどうにも憎めない性格をしています。
兎にも角にも二人の主従による痴話喧嘩は終わり、これで次の季節を迎えることができそうです。
長く続いた雪のせいで、春の女王が風邪を引いたと二人が知るのは、もう少し後の話。