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ソラヨミシ  作者: こでまり
7.月食
54/63

10

「シシ丸、シシ子、お前達が威圧感丸出しなのにはそれなりの理由があったんだね。それなのに、ハチ公を見習えとか言ってごめんね」


 衝撃の事実を知った翌日、葉月は呉家の門前にしゃがんでいた。目を見開いてくわっと牙を向く獅子像たちはもちろん答えない。葉月は左手を顎に乗せてふうっとため息をついた。なんだか昨日は色々あった。日食に始まり、高課長の告白、そして王妃様が呉長官の実妹だという衝撃発言。しかもあの後、雪涛せっとうが更なる爆弾を投下した。


「父親は前宰相だって……。どんだけハイスペック一家なんだ」


 そうなのだ。葉月が昨日聞いた事実。それは、今は別荘にいるという呉桂成ごけいせいの父は前の宰相だということだ。

 なんだか呉長官って、いろいろすごいな。あのどじょう髭の宰相に真っ向勝負を挑むだけのことはある。


「とりあえず、お前達は私なんかよりずっと身分が高いって事はわかったよ」


 葉月は威嚇中の獅子達の頭をくりくりなでて、立ちあがった。振り返れば、腰の曲がった老人が屋敷に向かって手を合わせていた。

 そういえば、たまにここで拝んでる人を見たことがあった。物乞いかと思ってたけど、あれって、日本で皇后さまのご実家を見たら思わず拝んじゃう的な崇拝の対象だったのか。妙に、納得。


 目があった老人がニコリと笑ったので、とりあえず葉月も笑顔で返した。使用人のひとりだとでも思われたのだろう。この家にお世話になって五カ月経つが、葉月の中でここが仮の住まいだという思いはなくならなかった。


 日本に帰る方法がわかったわけでもなければ、この国に来た意味がわかったわけでもない。呪術祠祭課での仕事はなくなって、高課長の告白は断って、死神には近づくなと突き放された。根無し草のように居場所がない状況は来た頃と変わらず続いている。でも、最近、頭で考えてもしかたがないなって思うようになってきた。だって、結局考えたってどうにもならなんだから。


「さーてと。とりあえず日食予測お疲れ様ってことで、高課長と之藻しそうさんに泰京大街の饅頭を差し入れしてこようっと」


 それから今までお世話になったお礼をちゃんと言おう。なかなか口に出して言えなかったけど、感謝の気持ちを言葉で伝えるって大切だよね。


 そうして、お礼の言葉を考えながら大量の饅頭を買って呪術祠祭課へ行った葉月は、そこで見たあまりの衝撃的光景に、道中考えていた言葉をすっかり忘れてしまった。


「し、し、し、之藻さん、どうしたんですかぁぁぁ!?」

「おっ、おう。ちょっと気分転換っつうか、今後の大仕事のために気合をいれてだな……」


 書類を木箱に入れたり出したりして、明らかに挙動不審な動きをみせる之藻の顔を凝視する。


「断じてお前に言われたから、やったわけじゃないからな!!!」


 首筋から耳まで真っ赤に染めた之藻の顔からは、そこにあるべきはずのものが消えていた。


「之藻さん、ひげ……」

「だから、気合入れて剃ったって、……もしかして、変だったか?」


 変ではない。でも、なにかが違う。正直に言うと、想像したほどイケメンにならなかったっていうか……


「いえっ、すてきです!後光が見えるくらいキラキラまぶしすぎて、言葉が出ませんでした」

「なんか、嘘くせえぞ」


 さすが之藻さん、鋭い!って、そうじゃなくて、なんでしっくり来ないんだろう。そっか、髪だ!


「せっかくなんで、そのフケまみれのぼさぼさ頭……じゃなかった、髪ももう少し整えると、さらに男前になるかと。高課長並にファンレターが来ちゃうかもしれませんよー」


 おほほほほっと貴族の令嬢の如くおちょぼ口で笑ってみたが、之藻に思いっきり睨まれた。うーん、機嫌がさらに悪くなったようだ。よし、ここはやっぱり話題変更しかない。


「実は、日食お疲れ様っていうのと、いろいろお世話になりましたっていうのを兼ねて、泰京大街の饅頭を差し入れに持ってきました。温かいうちにどうぞ」


 二袋いっぱいに詰め込んだ、ずっしりと重い饅頭を机の上に置く。部屋の中を見回したが、部屋には之藻ひとりしかいなかった。


「あれ、高課長の分も持ってきたんですけど、どっか行ってるんですか?」

「光啓さんは今日は休みだ」


 そうだったのか。癒しの品だったのに、なんたるリサーチ不足。


「じゃあ、これ全部之藻さんにあげます」

「こんなにたくさん一人で食えるわけないだろ。だいたいにして、泰京大街の饅頭が好きなのはお前だ。二袋あるから、一袋はお前が食え!」

「えー、私も一袋丸々は食べ切れませんよ。最近ちょっと太ってきたんで痩せようと思ってるんですよ」

「お前が太ろうが痩せようが関係ない!」

 

 どうやら、今日の之藻さんはご機嫌斜めさんだったようだ。



※※※ ※※※ ※※※



 「しょうがない。この饅頭は、呉家の侍女さん達と一緒に食べよう」


 それにしても、之藻さんが髭を剃ってくるとは驚いた。もしかして昨日の発言が効いたのかな?でも、そこで素直に剃ってくるところが案外かわいい。やっぱり年下なんだなとか思ってしまう。この際だから髪型にも注文をつけて、自分好みの年下イケメン官吏を作っちゃおうか。


「ぐふふっ」


 と含み笑いをしたところで、内城と外城をわける崇文門から、緋色の官吏服を着た二人の男が入ってくるのが見えた。小太りな体をゆすりながら大口を開けて笑うのは宰相の張震ちょうしん。そして、隣を歩くのはこの前会ったときよりも少し痩せた、それでもはっと目を引く美貌の刑部長官 湖聖仁こせいじんだった。


 死神、ちょっと痩せた?っていうか、やつれた?隣の丸々肥えた宰相に生気を取られてんじゃないの?ちゃんとご飯食べてんのかな。可欣かきんさんの料理は絶品なんだから、きちんと食べなきゃダメだよ。


 道行く官吏たちが次々と脇によって礼をする。そんな中、葉月は二人に向かってまっすぐ歩いていった。


「宰相殿、ご無沙汰しております」

「――なんだ、お前か」


 心底不快そうに顔をゆがめた張震に向かって、にこりと笑う。


「これ、泰京大街の饅頭です。おひとついかがですか」

「なに、言ってるんだ。そんなのいるわけないだろ」

「まあまあ、そういわずどうぞ。それから、湖長官も――」


 そう言って袋から饅頭を差し出した手を、張震に思いきり振り払われた。饅頭がころころと地面に転がる。


「そんなのいらん。饅頭饅頭うるさいやつだな。この、饅頭女」


 饅頭女!?ちょっと名前のセンスがひどすぎません?饅頭女って……、いや、逆にじわじわクルかも。

 肩を震わせて笑いながら袋から新たな饅頭を取り出して、表情をピクリとも動かさない湖聖仁の手に無理やり持たせた。


「じゃあ、湖長官どうぞ。なんだかお疲れのようなんで、長官には特別に二つ差し上げます。甘いものは疲労回復の効果があるんですよ」


 ぽんぽんとその手に饅頭を乗せて、視線だけでこっそりと表情を伺う。呆気にとられたように両手の饅頭を見下ろした湖聖仁は、次の瞬間、わからないくらい微かに頬を動かした。


 あっ、笑った――


「じゃあ、私はこれで。お邪魔しました」


 勢いよく頭を下げて、葉月は振り返ることなくその場を立ち去った。ふと見上げれば、そこには復活した太陽の姿があった。

 

 うん、大丈夫。もう迷わない。



《月食 完》

長くなったきたので、ここで章を分けます。

次章は年明けに。では、よいお年を~~。

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