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ソラヨミシ  作者: こでまり
6.秋分花香
40/63

4

「ところで、何してたんですか?」


 どんどんと熱が消えてゆく焼き芋を手に、葉月が質問すると、すっかり諦めモードの之藻が背後に隠していたL字型の石像を指差した。


圭表けいひょうで太陽の影の長さを測ってたんだよ」


 圭表けいひょう?太陽の影の長さを測る?


「あの、うちの課ってなんでしたっけ?」

呪術祠祭じゅじゅつしさい課だろ?」

「祭祀の段取りをするところですよね」

「ああ、ってそんなわかりきった事聞くなよ」

「だって、これどうみても天体観測じゃないですか。趣味でこんな大層な測器を揃えるわけないですよね」


 自分は気象が専門で、天文のほうは高校の地学レベルの知識しかないが、渾天儀こんてんぎは知っていた。たしか望遠鏡などが登場する以前、太陽や月の位置を測定するために作られた天文測器だったはず。しかも、今は大きなL字型の圭表けいひょうという測器で、太陽の影の長さを測っていたと言う。太陽の影の長さを測る、それはつまり時間を測ることだ。


「まさか、……暦でも作るんですか?」


 そんな国家プロジェクト的なことをするはずがないと思い、冗談を匂わせながら半笑いで聞いたのだが……、予想に反して、二人の顔が同時に固まった。

 えっ?まさかのビンゴ!? 

 驚き言葉をなくす葉月を前に、それまで余裕の笑みを浮かべていた光啓が短い嘆息とともに空を見上げた。


「葉月は気がついてない?太陽の動きと暦がずれてるって」


 葉月は息を飲んだ。

 この国は太陰太陽暦を使っている。これは月の動きで十二ヶ月を決める太陰暦を基本にしながら、それを太陽の動きを基にした二十四の節季で補ったものだ。この国で気象観測をするようになって、葉月は節季と太陽の動きが微妙にずれている気がしていたのだ。


「まっ……まあ、春分のとき、太陽が真東から昇っていないんじゃないかなーとは思いましたけど……」


 降り注ぐ陽光を日焼けした手で遮りながら、光啓は困ったように笑った。


「さすが、毎日空を眺めているだけあるね。実は今の節季のとりかたは、単純に一年を二十四に分けて当てはめているんだ。でも、それは実際の太陽の動きとは微妙に違っている。その原因を探るために、俺らはこうやって天体観測をしてるってわけ」

「これって呉長官は……」

「もちろん知ってるよ」


 呉長官、知ってるんだ。ってことは、これが別件の仕事ってこと?ああ、そっか。将来有望なエリート官吏の高課長と算術のプロフェッショナルの之藻さんが、なぜこんな仕事がない課にいるんだろうって、ずっと不思議に思っていた。こっちが本当の業務だと思えば、すんなり腑に落ちる。

 意外に落ち着いている自分に驚きつつ、葉月の中にひとつだけ疑問がわいた。


「でも、これって欽天監きんてんかんの仕事ですよね」


 欽天監とは現代でいう天文台のことで、天体観測や暦の編纂などはここで行っている。

 率直な葉月の問いに、光啓は笑いながら肩をすくめた。


「彼らは自分達が採用している暦法を露ほども疑ってないからね。それよりも、今まで隠しててごめんね。ちょっと、ばれるとややこしくて。あっ、でも俺と之藻は別にばれてまずい関係でもなんでもないから」


 悪戯を告白する子供の様な顔で光啓は笑った。

 ああ、ここに来たときに聞いた、『二人はそういう関係ですか?』ってやつですね。こっちはその後の衝撃発言の連発で、すっかり忘れてましたよ。


「それで、葉月、どうしてここに来たの?」

「焼き芋を食べようと思って。あっ、多めに買ったんで食べませんか?」

「うわー、うれしいな。之藻、そっちはもう終わりそう?」

「もう少しで終わります」

「じゃあ、ここで一緒に食べよう」


 そう言って、光啓は草地に胡坐をかいた。


「あの……、正直色々理解できていないんですけど」

「うん。とりあえず、食べながら話そうか」


 あっ、それいいですね!……じゃなかった、これ以上踏み込んだら、レッドゾーン突入だ。正直、今だってただのパートなのに、面倒事に足を突っ込んじゃったって思ってるのに。ここは、よくわからないふりして、逃げたほうがいい。絶対にそうだ。


 頭の中ではそう理解しているのに、足は張りついたようにその場から動かず、結局、葉月は促されるままに草の上に座った。


 つまりは、勝てなかったのだ。――自らの好奇心に。




※※※ ※※※ ※※※




「実はね、この国で暦を批判するのは重罪なんだ」


 と光啓が話し出した。


 鳶国では王朝が変わるたびに暦を変えてきた。暦というのはその国のあり方、象徴シンボルと言っていい。それを真っ向から批判することは、この国のあり方自体を批判することに繋がる。


 つまり、それだけ暦が重要ってことらしい。


「でも、その暦は狂っている。だから、新たな暦を作ろうと二人はこっそり観測をしていたんですね」


 冷え切った芋を手に、葉月は確認するようにつぶやいた。おもむろに視線を移せば、之藻は欠伸をしながら観測した結果を紙に書いている。


「そっか……。之藻さんがいつも眠そうにしていたのは、夜も観測してたからなんですね。どうして、今まで気づかなかったんだろう」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、こちらに背を向けて作業をしていた之藻が「――阿呆女だからだよ」と返した。


 うん、本当だ、之藻さん。阿呆女だよ、私は。一緒に仕事してたのに、全然気づかないなんて。それにしても、之藻さん夜も観測してたんだ。単純にすごいな。 


「なんだか、革新的なことをするって大変なんですね」


 現実感がわかないまま呆けて之藻を見ていると、隣から伸びた手に頭をクシャリと撫でられた。


「これで葉月も同罪だよ」

「えっ!?同罪?」


 慌てて振り返る。日に焼けた精悍な顔が間近にあって、なんだかドキリとした。

 イメージ狂うな……。って、その前に、同罪って、すでにレッドゾーンに突入しちゃってました!?


「えっと、私、暦はさっぱりで、天文とかも全然詳しくなくて、だからお手伝いは……」


 しどろもどろになりながら、断りの言葉を考えていると、クスクスと光啓が笑いだした。


「――冗談だよ」


 もう一度クシャリと頭をなでて、手が離れていった。


「大丈夫。葉月にこんな危険なことはさせないから」


 隣を見れば、光啓は太陽を背に、爽やかに笑っていた。




※※※ ※※※ ※※※




 第一印象は大事。

 第一印象はあてにならない。


 これを酒の肴にしたら、二時間は盛り上がれる。結局、答えなんてでないのは百も承知だ。人間の本質なんてそんなに簡単じゃない。結局人間誰だって、いい面と悪い面があって、悪い面はできるだけ隠して生きている。


 それにしても、この人に関しては、何が本質なのか全くわからない。

 葉月は目の前で仕事をしている端正な顔をこっそりみた。


 第一印象は笑顔だけは百点満点のイケメンチャラ男。でも、実は将来有望な超エリート官吏だった。小気味いいトークで女子の友達も多い文系男子かと思ったら、天体観測とか水利工事とかバリバリやっちゃう理系男子だった。しまいには、上司のいいなりの事なかれ主義男だと思ったら、けっこう信念がある人っぽい。

 うーん。どれが本質なのか全然わからん。とりあえず、わかったことは、自分の第一印象はあてにならないってことだけだ。


 山積みの手紙の影からじっと見ていると、光啓が視線をあげてニコリと笑った。


「どうしたの、葉月?もしかして、俺に見惚れてた?」

「見惚れてません!」


 とりあえず、この自意識過剰気味なイケメントークは定常仕様だ!

 

「だよねー。どうせ、天体観測なんて似合わないとでも思ってたんでしょう」


 ええ、思ってました。って、鋭いですね。この男、勘はすこぶるいい。


「そりゃあ、思いますよ。今までそんな感じ全くなかったじゃないですか」

「えー、そうかな。けっこう、わかりやすく出してたつもりだけど」


 ……それは暗に、私が鈍感だと言いたいんですね。ええ、そうですよ。私は一つの事を考え出したら周りが見えなくなる、超鈍感不器用人間です。後になって、あれってもしかして……ってことが結構あります。例えば――


「七夕の時、やけに星について詳しいなとは思いました」

「葉月が真剣に聞いてくれるから、ちょっと熱く語っちゃったね」

「それから、突然空の際はどこだと思う?なんて、今考えれば納得ですけど、あの時はこの人、頭大丈夫?的な質問してましたね」

「それに対して、空は無限なんて答えちゃって、俺はますます葉月に興味が沸いたよ」


 ……。


「あれは無効でお願いします」

「なんで?」

「言ったら死刑になりそうなんで」


 眉をしかめてつぶやくと、光啓が声を立てて笑った。


「あれっ、もしかして気づいちゃった?」

「ええ、この国では天は無限という発想はないんですよね」

「そうだね。古来天までの距離を論じるものはたくさんいたけど、天が無限だなんていう人はいなかったね」


 そうなのだ。この国では天動説、つまり大地の周りを天が動いているという説が一般的だ。


「天は動いています」


 黒縁眼鏡を押し上げて至極真面目にそう言うと、「いや、動いていないでしょ」と笑いながら突っ込まれた。

 この人は……。人が必死にそう思い込もうとしてるのに。


「天が動いていると考えると、色々な疑問が生まれる。極端な例でいえば、太陽は夜になると海にもぐるのか……とかね。でも、逆にすると答えは簡単だ。つまり、この大地が動いているってね。そうでしょ」


 ごくりとつばを飲む。ここでイエスと言うべきかノーと言うべきか、なにが正解かわからない。


「大丈夫だよ。俺も之藻も葉月と同じ考え。だから、葉月が七夕の夜に、天は無限って言ったとき、内心、狂喜乱舞してたんだよ」


 そうだったんですか……。なんだか、あの時はそれどころじゃなくて、一刻も早く逃げようとしてたことしか覚えていない。


「どうして葉月はこの国に来たの?」


 えっ……?


「もしかして、俺らのために来てくれたんじゃないかって、たまに勘違いしそうになるよ」


 爽やかな笑顔を前に葉月は固まった。ふいに眉山で会った長い白髭の老人が思い浮かんだ。


『そいつは言っていた。この国に来た意味を見つけたとな』

 

 私がこの国に来た意味。もしかして――。いや、そんなことない。

 ふと沸いた考えを打ち消すように、葉月は頭を振った。


「この国には旅の途中で寄っただけです。居心地がよくてちょっと長くいるんですけど……」


 意味なんてない。意味なんてあっちゃいけない。

 死神には大口叩いちゃったけど、まだこの世界で生きる覚悟はできていない。どんなに可能性が低くても、いつかは日本へ……って、心のどこかで思ってる。


「葉月がこの国を気に入ったなら、ずっといてもいいんじゃない?俺でよければ力になるし」


 わずかに垂れた眦は警戒心を緩めてくれる。爽やかな笑顔は不安になる心を持ち上げてくれる。優しい言葉に正直傾きかけている自分がいる。でも、覚悟はまだできていない。

 心の葛藤をごまかすように、葉月は黒縁眼鏡を押し上げて立ち上がった。


「お気持ちだけ受け取っておきます。じゃあ、私、天気の観測してきます」

「あれ?秋分祭は神経質にならなくていいって言ったよね」

「実はそうは行かなくなりまして……」


 強面顔で晴れにしろと迫りくる巨体を思い出して、葉月は「とりあえず行ってきます」と部屋を出た。

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