表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソラヨミシ  作者: こでまり
2.祈雨
18/63

6

 明るい光が高窓から差し込んで、葉月は瞳を開けた。

 

「まぶしっ、っていうか、寝てた?」

 

 いつの間にか再び寝ていた……らしい。この世界に来て食うのにも困る生活をしているうちに、どこでも寝られるようになった。そんな特技ほしくもないけど。


「ところで今何時?」


 太陽の光は窓からほぼ真下に差し込んでいる。


「ということは、お昼か……。ああ、それよりもむちゃくちゃお腹すいたーーー」


 冷たい床に頭をつけたまま再び瞳を閉じる。空腹を感じないためには寝るのが一番かもしれない。そんな事を考えて――

 その瞬間、静寂に包まれた牢にガチャリという音が響き渡った。

 びくっと肩を震わせて、葉月は音のする方に視線をやった。暗闇の中かつかつと聞こえるのは靴の音。


 だっ……誰?無言で入ってくるなんて、怖いんですけどーー。

 なんか言ってよ、なんか!!


 恐怖と緊張で固まる葉月とは対照的に、牢屋に入ってきた靴音はゆっくりと規則的で緊張感など感じさせない。ここに来る事に慣れている人だろうか。そんな思いが一瞬脳裏を駆け巡ったその時、靴音は葉月の牢の前でぴたりと止まった。


「何をしているんですか」


 視界に日の光を浴びた鮮やかな緋色が飛び込んできた。

 それを見た瞬間、思わずホッとしてしまったのは……決してこいつに気を許したからではない。あくまでも、この場所で誰にも気づかれずに朽ち果てる事だけは免れたと思ったからだ。


「この国を内部から侵略しようとして、失敗でもしたんですか?」


 ほら、女性がひとり牢に閉じ込められているってのに、心配するどころか、相変わらず悪の手先扱いしているんだから。


「そんなことしませんよ」

「では、牢が懐かしくなって自分から入ってみたんですか?」


 上半身を起して、黒縁眼鏡の奥から思いっきり睨みつける。緋色の衣に身を包んだ刑部長官 湖聖仁こせいじんは無表情のままこちらを見下ろしていた。


「自分で牢に入って鍵かける馬鹿がどこにいるんですか」

「では、なぜこんな所にいるんですか?」

「見ればわかるでしょう。監禁されているんです。早く出してくれませんか!?」

「誰に監禁されたんですか?」

「名前なんてわかりません。会った事もない人でしたから」


 正確にいえば高課長のファンの女官達だけど、それを言ってしまえば事がややこしくなる気がした。


「では、あなたは見ず知らずの人に監禁されたと?」

「ええ、そうです」


 自信満々に言うと、無表情を貼り付けた湖聖仁はこめかみを指でぐりぐりと揉みだした。


「誰がそんな話信じると思うんですか?監禁されるにはそれなりの理由があるでしょう」


 だから、それは高課長のファンの人に近づくなって言われて……って、そんな事を真っ正直に言って、間違っても彼の耳に入ってファンに忠告などされれば、確実にファンの怒りが再燃、今度は監禁では済まないかもしれない。女の恨みは怖いのだ。そして、集団になった女というのは想像以上のパワーを発揮するのだ。


「私が官吏でもないのに内城で空読みの仕事なんてやってるのが、気に食わないんじゃないんですか?あっ、思いだした!!祈雨祭、今日中にやらないといけないんだった。シニガ……あっ、湖長官、話は後でいくらでもしますから、今はとにかく出してください!」


 鉄格子を掴んでそういい募れば、湖聖仁はもう一度こめかみを指でぐりっと押して、鉄格子の鍵に手をかけた。長い指先がゆっくりと鍵を回す。


 あー、っもう。早くしろ!


 もどかしい時間が過ぎ、鍵がガチャンと音を立てて外れた。と同時に、葉月は脇目も振らず外に飛び出た。

 今は正午頃だ。これから準備をすれば今日中に祈雨祭ができるかもしれない。


「っていうか、今日中にやらないとまずいって。雨降っちゃうって。首飛んじゃうって」


 最悪の想像をして猛ダッシュした葉月の右腕は、背後から伸びた手にグイと掴まれた。

 振り返ると、氷のように冷たい瞳とぶつかりあった。


「後で事情はしっかりと伺いますよ」

「……わかりました」


 と、とりあえず言っておく。ここで反抗すると色々面倒なので。


「助けていただいてありがとうございました」


 と、一応お礼も言っておく。後が怖いので。


「では失礼します」


 と、挨拶をして立ち去る。これ以上の会話はしたくないので。

 では、さようなら、ごきげんよう。


 葉月は掴まれた手を振り払って駆けだした。石造りの階段を二段飛ばしで上がり、勢いよく陽光の下に躍り出る。

 ずっと暗い所にいたからだろう。まぶしさに慣れなくてその場で立ち止まる。そうして、少しずつ周りの景色が見え始めた所で、葉月はつぶやいていた。


「――ここ、どこ?」


 勢いで飛び出てしまったが、朱色の壁に囲まれたその場所は全く見覚えがなかった。




※※※ ※※※ ※※※




 葉月が監禁されていたのは皇城の奥、後宮にある簡易の牢だったらしい。後宮とは皇帝とその妃が住む場所。基本的には皇帝と妃と女官しか入ることはできない。官吏などが入る場合はそれなりの手筈を取ってからとなる。女官服も官吏服も着ていない葉月の様な者がフラフラしていたら即行不審者扱いだ。

 結局、葉月は死神刑部長官、湖聖仁こせいじんの助けをかりて、官衙街へと出ざるおえなかった。


「ありがとうございました」


 不承不承の態で湖聖仁に頭を下げていると、後ろから「葉月!!」と切羽詰まった、それでも十分に爽やかな声がした。


「葉月がいないっていうから探してたら、銀ちゃんが壊れててびっくりしたよ。どうしたの?」


 額に汗を浮かべながら心配そうに駆けてきたのは、相変わらずイケメンオーラ全開の高光啓こうこうけいだった。


 あんたが自分のファンの管理ができてないせいで、銀チャン壊された揚句、牢屋に一晩監禁されてたんだよ!!!!!

 とぶちまけてやりたかったが、そんな事をして彼がファンに制裁を加えて、さらにファンの怒りを煽ってしまったら元も子もない。ここは穏便に……


「別になんでもありません。あれは手が滑って壊れただけです」

「手が滑って壊れた?」


 そう反芻したのは目の間で心配そうにこちらを伺う爽やかイケメン課長ではなく、背後で無駄に冷たいオーラを放つ死神男だった。

 ああ、こいつまだいたんだった。せっかく適当にごまかせそうだったのに……


「昨日の夜、暗い中で使っていたら不注意で壊してしまいました。自分でやった事なのであきらめています」


 とにかく自分で壊したという事を強調しておいた。これ以上面倒な事にはなりたくない。自分はただ心穏やかに過ごしたいだけなのだ。


「気にしないでください」


 穏便に済ませようと笑ったら、光啓が顔をわずかにしかめた。


「で、今までどこに行ってたの?」

「ちょっと道に迷って後宮の方に入ってしまったみたいで、帰れなくなっちゃったんです。今、湖長官に連れて来てもらいました」


 その答えに少し驚いたように眉を上げた光啓は、すぐにいつもの爽やかスマイルに戻って、葉月の手を取った。


「そうだったんだ。湖長官、お忙しいところ、うちの課の者がご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 爽やか笑顔を見せながらそれとは対照的に力強く腕を引かれて、思わずよろめく。

 いやいや、高課長こんなやつに馬鹿丁寧に謝ることないですって。

 葉月は心の中で反論しながら顔を上げた。

 爽やかスマイル百点満点の光啓の視線の先には、絶対零度のブリザード全開の湖聖仁の姿。


 えっと……、恐ろしさ倍増してるんですけど。私、何かしました?っていうか、この視線を受けて平然と笑ってる高課長すごいです。さすが世渡り上手の事なかれ主義男! 

 思わず心の中でぱちぱちと手を叩いていると、光啓の手に肩をグイッと引き寄せられた。


「では、私達はこれで失礼いたします。行こう、葉月」

「えっ……あっ、はい」


 死神から引き離してくれたのはうれしいけど、事なかれ主義男にしてはちょっと強引じゃない?こんな所見られたらファンの方々に……、そうだった、こういう過剰なスキンシップが誤解を生むんだった。


「高課長、ひとりで歩けるから大丈夫です!それから、湖長官、連れて来てくださってありがとうございました」


 だから、さっさと帰ってくれ。これ以上波風立てないでくれ。

 そう言外に匂わせて、葉月は背後で冷たい視線を送ってくる男に頭を下げた。


 礼部衙門の前は相変わらずの人だかりだった。今日も雨が降らない事への苦情は殺到しているらしい。その人ごみを光啓に手を引かれながらかきわけて進み、礼部衙門の奥に辿りつく。

 ここまできたら死神の冷たい視線も、どこで見ているかわからない高課長ファンからの視線も回避できる。そうして肩を下ろした葉月は重大な事を思い出した。


「そうだ、高課長。明日には雨が降ります!祈雨祭を一刻も早く行ってください!」


 私の阿呆。こんな大事なことを言うのを忘れるなんて--




 そして、数刻後、礼部の官吏総動員で準備がなされ、夜を待たないうちに、大きな銅鑼の音と共に祈雨祭が行われた。

 その仕事の速さを葉月は驚きをもって見つめ、「その仕事っぷり、普段も発揮すればいいのに」とこっそり嫌みを付け加えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ