九重邸 1
ほのぼの(?)
「ん………」
目を覚ます。
ああ、此処は…。
「戻ってきたのか、私。」
其処は、住み慣れた牢獄。
九重邸の地下にある、隠し部屋。
私が生まれてから十年間過ごした場所。
此処に居るって事は……。
「…お目覚めですか、お嬢様。」
「うん、今起きたよ、侍女長。」
ゆっくり身体を起こす。
格子の向こうに、侍女長が立っていた。
私は笑ってみせる。それを見た侍女長は、
「申し訳ありません!」
そう言って跪いた。
「申し訳ありません、お嬢様。私は、私は…」
「ひとつ確認。」
侍女長が顔を上げる。
「さーちゃん達に話は回ってる?」
「まだ…だと思います。時間の問題だと思いますが。」
「ならいいや。許す。」
「え…」
「だから許すって。ほら、立って立って。侍女長たる者、主人の前では気を抜いてはならない、でしょ?」
「…はい!」
侍女長は立った。その顔に笑みを浮かべて。
そう、それでいい。侍女長は笑ってるのが一番だ。
「で、侍女長。」
「はい?」
「何で来たの?」
「あ……」
忘れていたらしい。
まったく、この侍女長は…。
「お嬢様、ちょっと失礼します。」
侍女長は鍵束を取り出し、牢を開けて中に入ってきた。
あー、懐かしいな、この鍵束。
「御召し物を替えさせて戴きます。」
「…それは、あの人達の命令?」
「えっと、その…」
口篭る侍女長。
少し意地悪しよう。
「ねぇ、侍女長。」
「…はい、お嬢様。」
「侍女長にとって、私は何?」
「大事な、ご主人様です。それでいて、娘みたいな存在でもあります。」
「そう。なら、ちゃんと答えなくちゃね?私はご主人様だもの。」
「うっ……」
してやったり。
「さぁ、答えて頂戴。命令したのは、あの人達?」
「違い、ます。奥様でも、旦那様でもありません。」
成る程。という事は、後に残るは……
「九重椎名か…」
「はい。」
九重椎名。
私の、兄と呼ばれる人間。
「で、その九重椎名様が一体全体如何してこの私を連れ戻したの?確かあの人、私の事なんて微塵にも知らない筈でしょう?知らせない為に私を此処に閉じ込めて、遠くの学校に通わせるなんていう面倒臭い事までしたのに。」
「そうなんですが…」
侍女長はぽつりぽつりと語り始めた。
「…と、いう訳なんです。」
「ふーん、成る程ねぇ。」
侍女長の話を纏めると、こうだ。
九重椎名は、私、九重六定の事など露知らず十八年の歳月を生きていた。
だがそんな或る日――日時でいうと一ヶ月ぐらい前――、私の事を知ったのだという。
何故?理由は簡単。この隠し部屋に迷い込んだのだ。
この隠し部屋は私が居た頃から何の変わりも無く維持されているが、何者かが居たという痕跡ぐらいしか解らなかった。だから、それが誰か知る為に実父である九重五木を脅し、吐かせたらしい。
五木の証言により、私という存在が居るという事を知った。
そして興味も持った。
彼は最初、私に干渉しようとしたらしい。
だが、彼は『自分が妹の存在を知らなかったから、妹も自分の存在を知らないかも知れない。』と、お粗末な頭で考えた。
如何するか迷っている内に、私が入院したという報せが入った。
これはチャンスだと考えた彼は、SPさん達と侍女長を抱き込んで私を誘拐する事にした。
……いくら何でもお粗末過ぎるだろう。
自分が知らなかったから、私も知らない?んな訳あるか。
手前が知らなくてもこっちは知ってんだよ。
何でそういう事を考えないんだ。それでも私の兄か。恥ずかしいわ。
「で、その変態シスコン野郎が私から快適な入院生活を奪ったって事ね。」
「そういう事です。あ、お嬢様、動かないで下さい。髪が絡まります。」
「元々絡まってんでしょうが。」
「そんな事無いですよ。お嬢様の髪は、ちゃんと梳いたら綺麗なんですから。」
「そりゃ、誰でも梳いたら綺麗になるわ。」
というかそれって、ちゃんと梳かなきゃ汚いって言ってるよね?
ふざけんなよこの野郎。侍女長だからって、世の中ナメんなよ。
これでもちゃんと梳いてるんだぞ!
あ、そういや忘れてた。
「侍女長。」
「なんですか?お嬢様。」
「ごめんなさい。それから、ありがとう。」
「…………」
侍女長の表情を窺ってみる。
ぽかんとしていた。
してやったり。