学校 2
「さて、今日の議題は『自分の出来る事』だ。」
先生と呼ばれる何もしない大人が黒板にそんなに綺麗とも言えない字で、『自分に出来る事』と書いた。
…ああ、下らない。
私は思わず半眼になって黒板の文字を睨み付けた。あ、目が悪いって事じゃないからね?眼鏡外してるけど。
本当に何が言いたいんだ、この大人は。
人間なんて一の出来る事よりも十の出来ない事の方が多いのに。
そんな事も解らないのだろうか?
こんな事で五十分も時間を取るなよ。
私は早いとこ家に帰って本に囲まれて居たいんだ。
「はぁ………」
本日三度目の溜息。
まぁ、三度目だ。これでもまだマシな方。
…何なんだ、私は。生まれてきてから此の方約六十六万八千九十八回溜息を吐いているから、その数の分幸せが逃げているという事になる。
「うわ、ろくでもねぇ……」
道理で私はリア充じゃない訳だ。
こんな私を愛してくれる人なんて、居るわけないだろうけどね。
親も匙投げたんだし。
第一、自分の事が嫌いな人間を誰が愛すというのだ。
私は異端なんだ。ズレが生じるなんてものではない。どんな言葉だって、私には届かないだろう。
「……六ー。」
後ろの席のさーちゃんが背中を突付いてきた。
「何?」
振り向かずに応じる。
「この分だと、俺に回って来そうなんだわ。何か無い?」
少し見てみると、さーちゃんの机の上には内職の造花で溢れている。
そういう事か。
「今月もぴんちいの?」
「そうなんだよ。ちょっと使ったら無くなってさー。この調子であと五千円稼がなきゃいけないんだ。」
「それで、考えてなかった、と。」
「そゆこと。」
「…みーちゃんに頼ったら?」
「自分の事は自分でしろってさ。」
流石みーちゃん、手厳しい。
「んー、私もぱっとしないけど…。あ、『内職』ってのは?」
「へ?」
「私の出来る事、それは内職です。内職をする事によって手先が器用になり、精密作業も出来るようになりました。つまり、人の役に立てる事が増えたという事です。なので私は、もっと内職をして人の役に立てる事を増やしていきたいと思っています。」
「おお、それいーね。採用。」
ただ適当に言葉を並べただけなんだけど。
ま、いっか。どうせさーちゃんだし。
「それじゃあ葭谷。お前は何か有るか?」
言ってたらさーちゃんの番が来た。
…って事は、次私か。
ああ、面倒臭い。程度低すぎだろ。小学一年生でも考えられる。
私は黒板に書かれている文字を見る。
『自分に出来る事』。
私が出来る事は、何もしない事。
誰にも干渉しない事。
誰の人生にも関わらない事。
……こんな事言ったって、誰も理解してくれないだろう。
さーちゃんもゆーちゃんもみーちゃんも理解者とは言ったけど、本当の意味では違う。理解者というよりも共犯者だ。
「じゃあ、九重。」
呼ばれてしまった。何も考えていない。
仕方ない。適当に言おう。
「…先生。先生は『自分に出来る事』と、言いましたよね?」
「ああ、そうだが?」
「なら、私の答えは『無い』です。」
「…は?」
「だから、『無い』んですよ。普通に考えてみて下さい。十四やそこらの私達に、『自分に出来る事』を考えろと言われても、無理ですよ。無駄です。自分に出来る事なんて、倍以上生きてみないと解らない筈です。」
「い、いや、でも…」
「意見は出ていると?」
大人は驚愕した。大方私らしくないとでも思っているのだろう。
もういい。好きに思わせておいてやる。私は君の理想を挫いてやろう。
「言い方は悪いですが、そんな意見は机上論に過ぎません。この年ではっきりと自分に出来る事が解っているのは、はっきり言って可笑しいです。そんなものは意見とは言わない。ただの妄想だ。それでも答を求めると言うのであれば、答えて差し上げましょう。」
何時しか騒がしかった筈の教室は、しんとしている。
私はにやりと笑って、言ってやった。
「今の私達に出来る事は、いろんな経験を通して社会で生き抜く術を得る事だと私は思います。」
…あーあ、やっちゃった。