自宅 1
「はぁ………」
私は溜息を吐いて椅子に凭れ掛かった。古い椅子だから少し軋む音がする。
此処は自宅…と言うより、侍女長の家だ。
まぁでも、侍女長は滅多に帰って来ないから殆ど私の家だと言ってもいい。
あの後さーちゃん達を学校に行かせ、侍女長に退院の手続きをして貰い、軽く情報を改竄してこの家に帰ってきたのだ。
学校には一週間ぐらい行けないと電話しておいた。明らかにショックを受けている様な声で。
するとあっさり騙されてくれて、病欠扱いにはしないそうだ。いやぁ、少女って便利。
で、今は椅子に座ってリラックスモード……ってな訳にはいかない。
家の電話が引っ切り無しに鳴り響くのだ。相手は誰か?そんなの勿論テレビ局からだ。
絶縁状態にあるとはいえ、九重グループの令嬢が九重グループに恨みを持つ連中に誘拐されたのだ(表向きにはそうなっている)。他局よりも視聴率を取りたいのがテレビ局の性。
それはまぁ仕方無い事だけど、こいつ等は電話回線をパンクさせる気なんだろうか?
また電話が鳴った。全く面倒臭い。
私は緩慢な動作で耳障りな音を垂れ流す電話に近付き、コンセントを引っ張った。
こういうのは根元から対処しないと。
そして携帯電話を取り出し、知り合い全員にメールアドレスを変えたという旨のメールを作成して一度保存。『メールアドレスを変更する』を選び適当な単語のメールアドレスにして、さっき作成したメールを送信する。
これで迷惑メール対策はOK。流石に携帯電話の方にまで架かってこないだろうけど、一応対処として全部の通話記録を録音出来るようにしとこう。
パソコンの方は…よし、迷惑メールが届いたら自動的にウイルス感染させるプログラムでも組んどくか。
「面倒臭いなー。」
全く誘拐するならその後如何するかも考えとけよな、あの変態。
あーもう腹立つ。あいつのパソコンをクラッシュさせてやろうか。
どうせ妹系のエロ画像とかしか入ってないだろう。うん、クラッシュさせた方が人類の為だ。
そう考えついた時、
『ぐぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……』
盛大にお腹が鳴った。耳障りな音が此処にも有ったよ。
思い返せば、今日は何も食べてないし口にもしてない。
「何か食べよ。」
冷蔵庫を開ける。
「…うっそぉ………」
見事にすっからかん。そう言えば私、入院してましたね…。
入院=家を留守にする=買出し行ってない=冷蔵庫がさ、み、し、い☆
こんなに絶望したの初めてだ。お腹空いたら絶望するんだ……。
あれ?何でだろ。目から何かが零れ落ちる。あは、しょっぺぇよ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!お腹空いたよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
年甲斐も無く泣き叫ぶ。宛ら赤ん坊の様に。
そういや、赤ん坊の頃ってこんなに泣いてたっけ?あれ?ちょっと思い出せないなぁ。
私は何処の誰で何で生きてるんだったっけ?あーあ、忘れちゃったよ。てへっ☆
「ぅう……ひぐっ………」
何でだろ。泣いたら眠くなってきた。
お腹空いてるのに眠いや。もういっか。寝よ。
考えんのも面倒で億劫だ。
「…おやすみなさい……」
誰にでもなく呟いて、目を閉じた。