復讐のはじまりと出会い
はじめまして(●´ω`●)
読んでくださってありがとうございます。
ご感想がありましたらお願いいたしますm(_ _)m
感想のお返しに参ります(*'▽'*)
僕らの選択は正しかったのだろうか。
降りしきる雨の中で空を見上げる凜の頬を伝うのは雨なのか涙なのかもうわからなかった。
また蒼兎も同じ空を見上げながら凜と同じことを考えていた。
これでよかったのだろうか?
僕らにはこうすることでしか答えを出せなかったんだろうか。
3年前。
凜たちが住む都市は副都心と呼ばれ、富裕層が住む裕福な土地柄だ。
だがそんな富裕層のどこにでも掃き溜めのような場所がある。
薄暗く、不衛生なその場所に事務所を構えるのが凜だ。
本で埋もれた部屋の一番奥の机に足を組んで乗せ、煙草をふかしながら吸う凜はある電話を待っていた。
ちらりと時計に目をやる。
時刻は14時を回っていた。
最後の煙草を灰皿に押し付けると椅子にかけてあった上着を持ち、部屋の入り口に歩き始めると、一本の電話が鳴った。
「…ちっ。やっとか…」
凜は顔をしかめながら不機嫌そうに電話を取る。
凜はイライラしながら、そしと半ば呆れた様子で話す。
「蒼兎…電話寄越すなら時間を守れ」
「会議が長引いてしまいまして。それと…」
凜が蒼兎が話す前に口を挟む。
「部長に説教でもされてたんだろ…?」
「あははー。何でもわかってしまうんですね。凜さんは」
「お前は無茶ばかりする会社一の嫌われ者だからな」
「でも会社一の金持ちですよ?あ、会社では社長が一応一番でしたね」
「金で何でも解決できると思ったら大間違いだ…」
話がそれたことに気付いた蒼兎が話を本題に戻す。
「それでですね、凜さん」
「…誰を逃がせばいいんだ…?」
「話が早くていつも助かります。Tカンパニーの加賀社長です。急ぎの依頼で今夜0時までに」
凜はため息をついた。
「また急だな…」
「僕も情報を得たのが先ほどの会議でして。こちらは深夜1時に動き出します」
「…はぁ。わかった。わかった。ターゲットにはこちらの指定した場所で待機するよう伝えてくれ」
「了解しました」
電話を切ると上着を着た凜は事務所を出た。
空は曇っていて今にも雨が降りそうだった。
掃き溜めを出て駅へ向かう。
13番ホームのエスカレーターから一番遠い椅子の右から2番目に女性が座っていた。
凜は何も言わずに一番右端の椅子に座る。
そして新しく買った煙草に火を点ける。
視線はホームに入ってきた電車をからそらさずに一言呟く。
「あんたが加賀さんか…?」
女性も凜の方は決して見ず、真っ直ぐ前を向いて答えた。
「…えぇ」
「…なら行くぞ」
凜が立ち上がる。
すると加賀の隣の椅子からひょこっと少年が顔を出した。
「お兄さん誰ー?」
「隼斗!」
加賀が慌てて少年の口を抑えた。
凜はその少年を見て椅子に座り直した。
そしてまた煙草に火を点ける。
「どういうことだ?逃がすのはあんただけって聞いてる」
「も、申し訳ありません!事情がありましてこの子も一緒に逃がしてもらえませんか…?」
「無理だ」
「そ、そんな…」
凜は冷たい目で加賀を見た。
「逃がせるのは1人だけだ」
すると加賀は考え込んだ。
そして何かを決心した。
「…それならこの子を逃がしてください」
凜は驚いた。
「正気か…?このガキを逃がすことにしたらあんたは…
「わかってます」
加賀の目に迷いはなかった。
そして覚悟を決めた目をしていた。
子供を守るために死を選ぶか…
「どこまで行けるかわからない。命の保証もない。だがガキは俺が守る。その代わりあんたはいつ死んでもおかしくない。それでもいいならついてこい」
加賀は頷いた。
凜はそれを見て立ち上がる。
人が行き交う中駅の中に戻る。
そして歩きながらこれからのことを話し出す。
電車で副都心最北端まで行く。
凜はそこまでの役割。
そこからはまた違う奴が今度は加賀達を副都心から脱出させる。
副都心からの脱出は割と簡単だ。
だが凜の受け持つ副都心中央部から最北端への警備が最も厳しくなる。
「とりあえずあんた達にはこれを渡しておく」
凜が差し出したのは偽造ID。
これで第一警戒エリアは抜けられる
。
加賀が受け取ると凜に質問をした。
「でも第二警戒エリアは顔写真付きの身分証が必要なのでは…?」
「そこはまぁ奴がなんとかするだろ」
その頃駅のメインコンピューター室。
電気が消してある薄暗い中コンピューターを起動させる。
蒼兎は仲間の目をかいくぐって第二警戒エリアを通過できる顔写真付きの身分証を作成していた。
「あとはこれを凜さんたちに…」
するとメインコンピューター室のドアが開き警備の仲間が入ってきた。
「おいおい…蒼兎さんよぉ。こんなところで一体なにしてやがる…?社内一のトラブルメーカーさんよぉ」
「あははー。ひどいなぁ。今メインコンピューターに異常がないかチェックしてたんです」
「異常も何も今夜は仕事だぜ?」
「わかってます。だからこそチェックしていたのですよ」
男は少しばかり考えたが蒼兎の冷静な顔を見て安心してメインコンピューター室を後にした。
「相変わらず裏切り者は辛いなぁ」
蒼兎は苦笑いをした。
顔写真付き偽造身分証を作り終えた蒼兎は飼い猫を読んだ。
「鈴。これをいつもの場所にお願いします」
すると銀色の髪をした紅い瞳の青年が現れた。
顔写真付き偽造身分証を受け取った鈴は頭を下げてこう言った。
「かしこまりました」
そう言うと闇に消えた。
凛に大事な物は無い。
失ったわけでもない。
最初から無いのだ。
子供の頃から1人で生きてきた。
大人の汚い面を垣間見ながら。
だから自分が大人になったらこんな大人にはならない。
そう思いがちだが凛は違った。
自分が使える最大限の権利を利用しようと思った。
彼は自ら醜い大人になることを望んだ。
蒼兎に出会ったのはつい最近のこと。
彼もまた自分の使える最大限の権利、彼の場合権利だけでなく金も使うが、そんなところで2人は気付かないが気が合ったのかもしれない。
そして目的。
この頃凛はただ目的もなく、金の為に自堕落な生活を送っていた。
生きていく為に逃がし屋を生業として。
一方蒼兎も暇を持て余していた。
彼には毎日が退屈だった。
会社の経理として働いていた彼がまずスリルを得る為にしたことは金の横領。
金が欲しかったのは事実だが一番欲しかった退屈しのぎを手に入れた彼はその金を持って逃げた。
大金を手に入れた彼はそのまま闇の世界に入った。
そこで経理の腕を買われ、今度は殺しを始めとする会社に雇われた。
蒼兎はその会社で様々なトラブルを起こすことになる。
だが彼が咎められないのはその人格にある。
人懐っこく、笑顔で誰にでも平等に接する彼は社内一のトラブルメーカーと嫌みを言われながらも同僚の信頼を得る。
もちろん全て彼の計算だが。
「僕の特技って何だと思います?」
「知らねぇよ…」
凛が面倒くさそうに煙草をふかす。
「人の心に入りこむことです。あ、正確に言うと入り込んで踏みにじることです」
「くそったれだな」
「ですよねー。でも僕、そんなくそったれな自分が嫌いじゃありません」
「くそったれなうえにナルシストか。終わってんな」
「誰かさんもくそったれだと思いますけど」
「否定はしねぇよ」
凛が笑った。
こんな会話が毎日だった。
駅の中を加賀と隼人と凛が歩く。
凛がいつものコインロッカーの裏側を手で探ると鍵を見つける。
その鍵でコインロッカーを開けると顔写真付きの偽造身分証明書を手に入れる。
それを加賀達に渡す。
「いいか…これからあんた達は今の名前を捨てろ。加賀さんは葉山。隼人の名前は真白だ。自分の与えられた名前を決して忘れるな。身分証明書とIDはその名前に変わっているからな。
これから第一、第二警戒エリアを突破する。第一警戒エリアは心配ない。だが第二警戒エリアに絶対は無い。俺が守れるのは一人だけだ」
「わかってます。いざとなったらお願いします」
加賀の決心は変わらなかった。
「ねぇ。お母さん。これからどこに行くのー?お家に帰らないのー?」
隼人は不思議でならなかった。
これから自分がどんな道を歩いて行くのかもまだ知らなかった。
そしてその小さな手で引き金を引く時が来ることも。
第一警戒エリアに向けて走り出す電車に乗り込む。
検問が近づくと銃を持った武装した男二人が車内に入り、一人ずつIDを確認する。
車内は静寂に包まれていた。
逆らえば即殺される。
それをわかっていて反抗する者はいなかった。
第一警戒エリアは抜けられる。
凛はそう思っていた。
だが事態は急変した。
隼人のIDを武装した男が調べている間、隼人が急に胸を押さえ苦しみだしたのだ。
「隼人!」
加賀は動転したのか本名を言ってしまった。
銃は隼人に向けられ、男が引き金をひこうとした瞬間に凛が男を撃った。
もう一人の武装した男が凛に狙いを定める。
そして銃弾を放った。
だが凶弾に倒れたのは凛ではなかった。
加賀だ。
凛の前に加賀が立っていた。
凛の顔に血液が飛んだ。
凛が倒れゆく加賀を受け止めようとした瞬間、凛の背後から銃声が聞こえた。
その時放たれた銃弾はもう一人の武装した男に当たった。
撃ったのは隼人だった。
凛は隼人から銃を奪い、それに付いた指紋を拭った。
そして自分の指紋を上から付け、そこに放った。
それから駅に付くと呆然とする隼人を引っ張り、ホームを駆け出す。
守らなければならない。
隼人だけは…
こうなることを加賀はわかっていたのだろうか。
走りながら凛は次の手を考える。
幸い顔を知られた二人は死んだ。
偽造身分証明書もまだ手元にある。
もう一度電車に乗る必要がある。
だが今は危ない。
しばらく近くのホテルで待つことにした。
部屋に着くと隼人は黙ったままだった。
それから凛と最北端で別れるまで一言も話さなかった。
隼人と別れてから一週間後。
凛は荒れていた。
煙草をいつもより乱暴に吸い、蒼兎からの連絡にも一切応じなかった。
そんな折、テレビからニュースが流れてきた。
副都心最北端にて逃がし屋2人が殺されていたというニュースだった。
聞き流していた凛はその先のニュースを聞いて耳を疑った。
殺されたのは隼人を預けた逃がし屋だった。
隼人は…!
だが少年が殺されたというニュースは流れなかった。
2年後。
少年は凛達の前に現れる。
あの無邪気だった笑顔は変わらず、その手には拳銃を持ちこう言った。
「久しぶり。お兄さん」
「あーもー…何で出ないんですか…」
蒼兎が凛の携帯に電話をかけたが応答が一切無かった。
「あの依頼から一週間か…」
蒼兎が椅子に座ってクルリと後ろに回った。
相当こたえたんだろうな…凛さん。
次に凛に電話が繋がるのは2年後。
ある雨の日。
凛は傘を手から落とした。
ある少年が凛に銃口を向けて言った。
「久しぶり。お兄さん」
「隼人…!」
「嫌だなぁお兄さん。隼人は死んだよ?2年前のあの日にね。僕は真白」
…こいつ。
「こいつ…何を言ってるんだ…って思ってる顔してるね」
真白がわざとらしく微笑む。
「お前は…」
「死んだと思った?実際死んだけどね。隼人は。でも真白として生まれ変わったんだよ」
そう言ってあの日凛が渡したIDと顔写真付き偽造身分証明書を見せた。
「これ。僕のお守りなんだ。持ってると忘れないから」
あんたへの憎しみをね。
「これから僕とゲームをしない?お兄さん」
「ゲーム…?」
「そう。僕を止められるか。今から僕は逃がし屋狩りをする。お兄さんの同業者がどんどん死んでいくよ?一体いつ僕を止められるかな?」
「隼人…俺が憎いなら俺を殺せよ…」
「そんなの嫌だよ。生きて生きて苦しみの果てに死んでもらわなきゃ」
凛は何も言えなかった。
「それじゃあゲームスタート」
真白が銃を真上に向け、発砲した。
「待て…隼人!2年前にお前を預けた逃がし屋は…」
「ああ。あれ。殺したよ」
それを聞いた凛は驚き、そして銃を真白に向けた。
「早速だね?殺せるの?僕を」
真白は笑っていた。
「あ、ちなみに逃がし屋を殺す時は僕が殺したと分かるようにこのナイフで殺すから」
そして真白は雨の中に消えた。
凛は引き金をひけなかった。
ただただ立ち尽くした。
どうしてこうなった…?
いや…全て俺のせいだな。
俺が死ねばあいつの狂気は晴れるだろうか…?
あいつの白い刃で死ぬ人間はいなくなるだろうか…?
あいつを人殺しにせずに済むだろうか…?
そんな溢れてくる疑問に答えを見いだせぬまま時間は過ぎていった。
その時凛の携帯が鳴った。
蒼兎からの着信だった。
凛は2年間蒼兎からのたまにくる着信に出ずにいた。
だが何を思ったのか凛は電話に出た。
すると電話をかけた蒼兎が驚いた。
「あ…出た」
凛は何も言わなかった。
「2年間無視し続けて今度は無言ですか?」
それでも凛は黙ったままだ。
「あ、もしかして今、外ですか?」
「ああ」
ようやく答えた凛が更に続ける。
「俺は…」
「凛さん…?とりあえず会いましょう?」
雨の降る中蒼兎が傘を差して駆け寄ってきた。
「凛さん。傘は…?」
そう言うと落ちていた傘を拾った。
そして自分の傘を凛に渡した。
「何があったんですか?」
「あの日…隼人を逃がす際に母親が死んだことは知ってるな…?」
「ええ」
「…俺を庇ったんだ。隼人を脱出させる為に俺を…だが隼人は帰ってきた。母親の復讐の為に」
「ですが…それは」
「俺が悪い。甘く見ていた。第一警戒エリアなら簡単に抜けられると思い込み、あの時は第二警戒エリアのことしか考えてなかった」
蒼兎は黙って凛の話を聞いていた。
「隼人は…いや真白は逃がし屋狩りをすると言い始めた。柄の白いナイフで殺してあるのは自分がやったことの合図だと言っていた。」
「殺すべきです」
蒼兎が酷く冷たい瞳で言った。
それは真白を殺すべきという意味だった。
蒼兎はこういう時非常に冷静且つ残酷だ。
それと比べて凛はやはり動揺を隠せない。
自分のせいで加賀は死んだのだから。
「後悔なんてしている暇はありませんよ」
「…分かっている。分かっているが…」
俺にあのあどけない笑顔を向けた少年を殺せるだろうか。
この銃で…
「凛さんが出来ないのなら僕がやります」
「蒼兎…!」
「時間がありませんよ。いつどの逃がし屋が殺されるかわかりません。既に彼は3人殺しているのですから」
それから1週間後。
副都心で変死体が2人発見される。
遺体には柄の白いナイフが刺さっていた。
警察は連続殺人事件として捜査を開始。
警察関係者の話では実に鮮やかな手口で殺されたとのこと。
柄の白いナイフで殺されていたことからネットではこの犯人を『ホワイトキラー』と呼び人々の関心を集めた。
深夜0時。
蒼兎はネットで真白の情報を集めていた。
だが真白の所在は掴めず、四苦八苦していた。
警察も聞き込みや防犯カメラの解析を急いでいるが未だ真白のことを掴めずにいた。
凛は事務所の部屋で乱暴に椅子に座り、窓から外を眺めていた。
そしてある決心をする。
逃がし屋廃業。
「貴方が逃がし屋を廃業して何になるんですか?」
蒼兎が事情を聞いて事務所にやってきた。
「逃げるわけじゃねぇよ」
凛は決めた。
真白を止める。
それを感じ取った蒼兎が言った。
「なら休業ってことにしましょうよ」
「…そういや初めて会ったときからてめぇはお節介だったな」
「そうでしたっけ?」
いくら手を伸ばしてもかなわない。
愛…?
友情…?
何ソレ…?
金。
権力が好きな自分が嫌いじゃない。
凛さんも同じ。
同じ…なのかな…?
適当に笑顔を見繕う僕の前で煙草をふかしながら笑う凛さん。
僕は煙草は吸わないけど、
煙草の匂いは好きだな。
「真白…待ってろ…」
凛は決意を固めた。
2週間後。
蒼兎はいつも通り会社に勤め、情報を集めていた。
「例のホワイトキラーが気になるのか?蒼兎?」
「……興味はありますね」
そつなく答えを返すと同僚が言った。
「あれはプロの手口だな。おそらく20歳から35歳くらいまでの男だ」
見立て違いも甚だしいな…
蒼兎はそう思った。
だが笑顔でこう返した。
「僕もそう思いますよー」
蒼兎はいつだってこうだ。
最初は凛にも同じだった。
だが見破られた。
「てめぇのヘラヘラした作り笑い見てっと苛々すんだよ…」
「そうですか?こんな爽やかな笑顔なのに」
「どこがだ…どこかのマネキン見てぇだ」
「僕、そんなに笑顔にバラエティないですか?」
「ねぇな」
そう言って笑う凛。
僕が最後に本当に笑ったのは…
「だから。てめぇら殺し屋とは手は組まねぇよ…」
凛が事務所の椅子に足を組んで座ってこう言った。
「そんなこと言わずにー。凛さんもお金欲しいでしょう?」
「俺は死なねぇ程度の金がありゃいいんだ」
「欲が無いなー」
蒼兎がそう言ったと同時に凛が上着を着た。
「出かけるんですか?」
凛は何も言わずに外に出た。
外は雨が降っていた。
街中を歩いていくとショーウィンドーに高価なチェス盤と駒が飾られていた。
蒼兎が見ていると凛が言った。
「興味あんのか?」
「昔。誰かがやってましたね」
「そりゃたいそうな趣味だな」
「凛さんはさしずめポーンでしょうね」
「ああ?強いのか…それ?」
「前にしか進みません。それも最初以外1マスづつしか。言わば駒ですね」
「違いねぇ」
凛が笑った。
蒼兎はしばらくチェス盤を見た後、会社から電話で呼び出しをくらい帰った。
次の日。
蒼兎が事務所に行くと凛がソファで寝ていた。
テーブルの上には昨日見たチェス盤と比べると恐ろしい程に古く、安そうなチェス盤が置いてあった。
凛さん物好きだな…こんなもの買って。
ふいに蒼兎が笑った。
それは本当に自然な笑みで蒼兎自身も気付かない程だった。
ソファで寝ている凛に毛布をかけると隣に座った。
「ポーンには特別なルールがあるんです。その条件を満たすとポーンは最強の駒にだって成れる。いわば可能性を秘めた駒なんです」
って誰かが言ってたな…
まぁこんな話どうでもいいか…
蒼兎はその後すぐに帰った。
「…ん」
凛が目を覚ますと、雨のしとしとという音しか聞こえてこない。
テーブルに目をやるとチェス盤に駒が乗っていなかった。
どこに行ったかと目をテーブルに配らせるとチェス盤の隣に駒が並んでいた。
上から見ると文字になっていた。
『バカ』
「蒼兎の野郎…」
蒼兎が会社に出社しようとしている時に凛から電話がかかってきた。
凛から電話がかかることはめったにないのだ。
電話に出ると。
「てめぇは甘ったれのクソガキかよ…」
凛は呆れていた。
「届きました?僕のメッセージ」
電話が切れた。
虚しく電話の奥から聞こえる音。
それから蒼兎はよく凛には本音を言うようになった。
雑誌を調べていると気になる記事を蒼兎は見つけた。
白い柄のナイフは自製で商品化されていないもの。
そのナイフには恐らく作った本人が刻んだ製造ナンバーが付いている。
今回の連続殺人事件に使われたナイフの製造ナンバーは4と5。
では1から3は一体どこに…?
この記事を作った人間なら割と早く真実に辿り着くかもしれない。
そうすれば凛さんのことも世に知れ渡ることになる。
……殺すか?
いや。
僕ならこのライターの信頼を得ることも可能。
信頼を得て情報を引き渡してもらうほうが先か…
蒼兎はライターに会うべくして会社を出た。
編集社に行く前に凛の事務所に寄った。
だが凛はいなかった。
仕方ない…僕一人で行くか…
編集社に着くとまだ社内に明かりが灯っていた。
中に入るとせわしなく働く社員が目立った。
今はホワイトキラーの記事を書くのに忙しいらしい。
蒼兎は一人の社員に話しかけた。
「すみません」
「ああ…もう今忙しいのよ!」
だがその社員は蒼兎の笑顔を見て快くあの記事を書いたライターの名前と住所を教えてくれた。
住所は凛と事務所を構える掃き溜めのような場所だった。
「すみません」
ドアを叩くと鍵が開いていた。
あーあ。
このパターン。
嫌な感じがする。
中に入ると薄暗くよく見えない。
そして大音量でクラシックがかかっていた。
蒼兎はゆっくりと足を進める。
靴が何か水たまりのようなものに入った。
胸ポケットから小さなペンライトを取り出し足元を照らす。
血だまりだった。
その先には椅子に座らされた死体があった。
こいつがあの記事を書いたライター…?
その時奥でわずかな物音がした。
奥にライトを当てたが、異常はなかった。
蒼兎は持っていたデジカメで現状を撮った。
被害者の顔。
格好。
散らばった本。
大音量で鳴るステレオ。
そしてテーブルの上に置いてあったチェス盤。
写真を撮り終えると蒼兎はその場を後にした。
蒼兎が帰った後の部屋には死体だけでなく、もう一人の人間がいた。
「…ふぅ」
その人物はため息をついた。
蒼兎が去った後に聞こえた声は男の声だった。
その頃。
凛は事務所に戻っていた。
蒼兎が事務所に入ると書類に目を通している凛に話しかけ、今までのことを話す。
そしてデジカメで撮った画像を見せた。
「これは…」
「僕が行ったときにはもう既にこの状態でした」
真白の仕業かと思った。
だが白い柄のナイフは使われていなかった。
一体誰が…?
「蒼兎。この被害者の身元は…?」
「まだ確認してません。僕が訪ねたライターかどうかもまだ…これから編集社に行って確認してきます」
「ああ。頼む…」
蒼兎が部屋を出て行こうとすると凛が視線を外してこう言った。
「…最近はてめぇに世話になってばっかだな」
蒼兎はしばしの沈黙の後にいつもの笑顔で言った。
「感傷的になっちゃって…嫌だなぁ」
「その繕った笑顔やめろっつってんだろ…」
僕は凛さんを心配している。
でも心配していると悟られたくないのは何故だろう。
それはきっと。
僕の最後の意地かな。
編集社に向かった蒼兎を見送った後。
上着を着た凛は事務所を後にした。
先程目を通していた書類を手にして。
それは真白の過去の経歴を残したものだった。
凛は自分の事務所を構えている場所とはまるで違う高級住宅街にやってきた。
加賀と真白が住んでいた場所だ。
その家はとても大きく立派だったが、持ち主がいなくなった為か庭が荒れ放題だった。
凛はゆっくりと扉を開ける。
鍵はかかっていなかった。
奥に進むと埃だらけの絨毯。
天窓から僅かに光が差し込んでいた。
その光を頼りに凛は前へ進む。
リビングルームにたどり着くと幾つもの玩具が転がっていた。
それは積み木であったり、モーターで動く電車であったり。
一目で裕福な幸せな家庭が目に浮かぶようだった。
「隼人ー!ご飯出来たわよ」
「はーい。お母さん。もう食べてもいい?」
「ダメよ。玩具を全部片付けてからね」
「はーい」
凛にそんな光景が思い浮かんだ。
その時。凛の背後から声がした。
「ご飯はね。玩具を片付けてから」
凛が後ろを振り返ると真白がいた。
彼は壁にもたれかかって玩具を見つめていた。
「真白…」
「あは。お兄さん、ようやく僕を真白って呼んでくれたね。どう?同業者を次々殺される気分は?教えてくれないかな?僕に」
「真白。こんなことしても加賀は…お前の母親は喜ばない…」
「素敵な言葉だね。でもありきたりでつまらない」
真白は俺が苦しむ姿を楽しんでいる。
「次は誰にしようかなー」
俺が死んだら真白に何が残る…?
「ねぇ。お兄さん。蒼兎さんとは仲いいの…?」
「…!あいつは関係無い!」
真白は笑った。
「…へぇ。そうなんだ」
真白は蒼兎を殺すことにした。
だが迷っていた。
蒼兎は最後の最後に殺したほうが。
お兄さんは苦しむかな…?
まぁ。いい。
一度会ってみよう。
そこで決めればいい。
殺すかどうかを。
「真白…」
凛はなんとか真白を止めようとする。
だが真白にはその想いは届かない。
どうすればいい。
凛にはまだ答えが出ていなかった。
気付くと真白は消えていた。
また。
何も出来なかった。
俺は…
その頃。
編集社では蒼兎が身元の確認の為にライターの写真を見せてもらっていた。
……違う。
ライターの写真とデジカメで撮った画像に写る人物は違っていた。
ならあの死体は一体…?
そしてライターはどこに。
蒼兎は会社に戻り、ライターと身元不明の男について調べることにした。
パソコンに向かっていると、この間話しかけてきた同僚が雑誌を片手に蒼兎の前にやってきた。
そして雑誌を蒼兎の前に置いた。
「蒼兎。お前。ホワイトキラーを気にかけてたろ?これ。本当かどうかはわかんねぇが新しい記事だ」
またあのライターの記事…!
やはり生きてたか…。
凛さんに知らせないと。
外は先程までの晴天とはうって変わって曇っていた。
蒼兎は会社を出て、凛の事務所に向かった。
掃き溜めへの道は薄暗く汚い。
少し雨が降ってきた。
曲がり角を曲がると一人の青年が立っていた。
「はじめまして。蒼兎さん」
蒼兎は一瞬で理解した。
この青年が真白だということを。
「僕のこと。少しはわかったかな?僕も蒼兎さんのこと。知りたいなぁ」
微笑む青年を冷たく見る蒼兎は思った。
殺してやる。
その目に気付いた真白が言った。
「そんな怖い目で見ないでよ。蒼兎さん。僕達今初めて出会ったばっかだよ?」
「僕を殺しにきたの…?でも残念ですね。僕を殺しても凛さんは何とも思いませんよ」
「…それはどうかな?」
真白は笑った。
蒼兎は思った。
真白は誰かに似てる…?
誰だろう…
外見ではなく、この内面をどこかで見たことがある。
一体どこで…?
「蒼兎さん」
蒼兎は我に帰った。
「まだ。貴方は殺さない。だけど、僕の気が変わればいつでも殺せるということを忘れないでね?」
真白は忠告をして消えた。
蒼兎は真白に会ったことを凛には話さなかった。
心配させたくなかった。
いや。
心配なんてしないか…。
そう言うと再び凛の事務所に向かった。
その道である男が蒼兎を待ち構えていた。
やれやれ…今日は本当にめんどうだな。
「貴方が蒼兎さん…?」
蒼兎はいつものようにニッコリと答えた。
「ええ」
「俺を知ってる…?」
「…はい?」
よく顔を見るとそれは写真のライターだった。
「貴方がホワイトキラーの記事を…?」
「ああ。自分を知りたくてね…俺は未來。それしか今は分からない」
「どういう意味ですか…?」
「記憶が無いんだ。目が覚めると病院のベッドに寝ていた。ベッドのネームプレートには何も書かれていなかった。俺の事を知っているのはホワイトキラーだけ」
だからどうしてもホワイトキラーに話を聞きたかった。
だが彼は俺の前に現れない。
いや。
避けているとすら感じる。
「何故ホワイトキラーが自分の記憶に関係していると…?」
「彼のことが気になった」
病院のベッドの上で過ごす日々。
ふとテレビを見ると白い柄のナイフが映っていた。
ホワイトキラーのニュースだと後で知った。
そのナイフを見た時。
自分の名前を思い出した。
未來。
ごめんね。
僕が君の全てを奪ってしまう。
君の未来さえも。
「はぁ。残念でしたね。ホワイトキラーになら先程お会いしました」
「…!今どこに…?」
「さぁ。わかりません。今度は僕が質問する番です。貴方の事務所に死体がありましたけど。一体誰でしょうか?」
「さあ。興味ない」
蒼兎は思った。
自分とホワイトキラーのことしか興味がないのか。
ホワイトキラーの情報交換には役立つかもしれない。
蒼兎は彼を利用することにした。
「僕は少なくとも彼の顔は知ってます。貴方のお役に立てると思います」
そう言って同盟を持ち込んだ。
自分の記憶の手がかりが欲しい未來はそれにのった。
ああ。
やっぱり人を利用するのは簡単だ。
いつだってこうすれば僕の思い通り。
「それでそいつを引っ張ってきたのか?」
凛が不機嫌そうに事務所の椅子に座ってそう言った。
ニッコリと微笑む蒼兎と。
無表情な未來。
「お前は馬鹿だ…馬鹿だと言ってきたが、本当に馬鹿だな」
「そんな言い方しなくてもー」
「どう見てもそいつは未成年だろうが…ガキを巻き込んでどうする」
「俺はガキじゃない。未來だ」
「あーもー…蒼兎。そいつ黙らせろ」
「はいはい。未來君は少し黙っていてくださいねー」
蒼兎はそう言うと未來の事情を話し出した。
記憶を失ったこと。
手がかりをホワイトキラーが持っていること。
そして彼の情報収集能力。
蒼兎が特に推したのは情報収集能力。
故に利用する価値があると言うことを言いたかった。
「お前。その年で情報屋か…」
「お前じゃない。俺は…」
「はいはい。未來君。そこは省いてくださいね」
一瞬黙るが未來は自分の事を話し出した。
未來はその容姿。
話し方とは似つかわしくないくらい行動力がある。
自分の記憶を取り戻す為なら、どんな危険な場所にも踏み入れる。
「ヤバい奴らとつるんでるのか…?」
「多少は。そうでないと新鮮な情報は入らない」
そして何より未來は地道な取材を続ける。
情報源のプライバシーは死んでも守るし、取材した人間の信頼は大抵得られる。
それは彼の人柄が大きい。
だが凛は反対だった。
情報収集能力が高くてもまだ子供。
「俺は必ずホワイトキラーと接触する。貴方が止めても」
そう言った未來の目は本気だった。
このままではおそらく真白は未來を殺すだろう。
「…はぁ。わかった。手を組もう。だが一つ約束がある」
絶対に単独でホワイトキラーと接触しないこと。
「わかった」
未來は頷いた。
「さぁて。状況を整理するか。未來。お前本当にこの死体に心当たりないのか…?」
「ない。というか興味ない」
「馬鹿。興味持てよ…」
「それがホワイトキラーに繋がるのなら調べる」
「繋がるかもしれないし。繋がらないかもしれないですねー」
蒼兎が曖昧に言った。
「…わかった。調べてみる」
蒼兎にのせられた未來はそう言った。
「蒼兎…あまり未來をはやしたてるな。それと未來。今日はもう遅い。帰れ」
「未來君の家ってどこなんですか?あの事務所に住んでいるわけではないでしょう?」
「いや。あの事務所に住んでいたが。なんだか警察が勝手に出入りしているから帰りにくい」
「お前な…殺人事件が起きてるんだぞ…?警察も出入りするのは当たり前だ…」
凛が呆れる。
「えーと。もしかして未來君はあの事件の最重要人物なんじゃないですか?」
「興味ない」
「警察の奴ら。お前のこと必死に探してるな。おそらく…」
「関係無い」
「どうします…?」
「お前が連れてきたんだろうが…」
「警察に行かれたらしばらく帰って来れませんね。もしかしたらそのまま逮捕の可能性もあります」
凛が考える。
「とりあえずお前は俺の事務所にしばらくいろ」
未來が頷く。
「まずはあの殺人事件の犯人を見つけて未來君の容疑を晴らさないといけませんね」
「……はぁ」
凛がため息をついた。