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第六章~競技

 そして、ヨーロッパ・ブロックとの交流戦当日。

 周詠、佳澄、徹芯の三人は、朝から軽く流すような稽古で体を暖め、ウタリは気の向くままに稽古の真似をしていた。

 徹芯の三戦の型や、佳澄の心眼流の素振り。それに、周詠との推手。

 そうこうしているうちに、ヨーロッパ・ブロックの選抜チームが到着した。


 各ブロックのマーシャルアーツ・セクションのスタッフは、年に五~六回、三名を選抜してチームを作り、他のブロックの選抜チームと技術交流を目的とした試合を行うことが義務付けられている。

 これが交流戦だ。

 どのブロックのスタッフが、どこを訪れるかは、ランダムで決定される。

 試合内容も結果も記録・公表されるが、あくまでも技術交流が目的なので、勝敗はそれほど重視されない。・・・と、いうことになっている。

 が、そこはそれ、武術や格闘技をやるような人間が試合をするのだから、勝ち負けにこだわる者は少なくない。

 そして、ヨーロッパ・ブロックのスタッフは、かなり勝敗に「こだわる」ほうだった。

 その闘争心を象徴するかのように、ヨーロッパの選抜メンバーは三人共、筋骨隆々としたヘビー級だった。


 「うわあ・・・大きい人たちだなあ」

 ウタリは、初めて見るヘビー級の格闘家たちに目を丸くしていた。

 その場の全員が、試合用のタンクトップにスパッツという格好だったので、余計に体格差がはっきりと見て取れた。

 ネイティブにも体の大きい者はいるが、彼らは総じて必要最小限の筋肉しかつけていない。

 それに比べると、ヘビー級ファイターがその身にまとっている筋肉の鎧は、ウタリにとっては威圧的・・・というか、むしろ不自然に見えた。

 「どうしたの?ウタリ。あなたの部族にも、白人や黒人がいたでしょ?そんなにあの人たちが珍しいの?」

 周詠は推手を止めて、目を丸くしているウタリの顔を、さも可笑しそうに眺めた。

 「ううん、違うよ。肌の色じゃなくて、筋肉。あんなに大きな筋肉じゃ、獲物を追う時に重くてしょうがないよ」

 「そうね。持久狩猟向きの体じゃないわね・・・あの人たちの体はね。人間と戦うことに特化してるのよ」

 「人間同士で戦うために?そのために、あそこまでするの?」

 「そうよ」

 「どうして?人間相手に勝ったって、食べ物が手に入るわけじゃ・・・あ、あの人たちって、人を食べるの?」

 「食べない食べない。それはないわ」


 慌てて手を振りながら、ウタリの勘違いを否定する周詠のもとへ、白人の男性・・・ヨーロッパ・ブロックのチーフのカール・ウルマンがやって来た。

 「やあ周詠、久し振りだな。調子はどうだ?」

 カールは体つき同様にゴツゴツした顔に、意外と?人なつっこい笑顔を浮かべながら右手を差し出した。

 「上々よ。そういえば、今日はエレーナが来てるのね。ジェームズは?」

 周詠も、笑顔でカールの手を握る。

 「元気だよ。だが、あいつは生粋のボクサーだからな。君たちとは相性が悪いから、今日は外れてもらったんだ」

 「そう。・・・ああ、そういえば、今日は私も試合には出ないつもりなの。代わりに・・・」

 ウタリを戦わせたい、と切り出しかけたその時に、トレーニングルームに劉翔が入ってきた。


 「劉翔?おい、周詠の代わりって、劉翔か?」

 カールの額に汗が流れていた。

 「やあ、カール。お久し振り・・・今日は交流戦だったんだね。話がどうなってるのか知らないけど、僕はあなたたちと戦うとは、聞いてないよ」

 「ええ。私の代わりは劉翔じゃなくて、この子よ。ウタリっていうの」

 「ウタリです。よろしく。・・・で、私が周詠さんの代わりに、何かするの?」

 「そうよ。この人たち三人の内の誰かと、戦うの」

 「この子が?俺たちと、試合をするのか?」

 周詠の代わりが劉翔ではないと知り、更にウタリの体つきを見て一瞬ホッとしたカールだったが、すぐに思い直して気持ちを引き締めた。

 体の線の細さなら、周詠もウタリと似たようなものだ。そして周詠は、前回の交流戦でカールに勝っているのだ。

 「そうか。この子が・・・じゃあ、劉翔は何しに来たんだ?」

 「そのウタリさんの力を引き出すために、何か手伝わされるみたいなんですけどね。細かいことは聞いてないんですよ」

 「ほう・・・じゃ、劉翔はまだ、アジア・ブロックのチームの一員じゃないのか?」

 「ありません。周老師が認めてくれませんから」

 「そうか・・・周詠のやることもわからんな。なぜ、こんなに強い男をメンバーにしないんだ?なあ、いっそヨーロッパに来いよ。歓迎するぞ」

 「いやあ、遠慮しますよ。僕は、周老師に認めてもらいたいんです」

 「そうか・・・残念だな」


 「で、カール。ウタリが試合に出ても、構わないかしら?」

 「ああ、構わんさ。・・・ウタリ、だったね。身長と体重は、どれだけなんだい?」

 「えっ?えーと、いくつだっけ」

 「163センチ、51キロよ」

 「結構。佳澄よりもデカいじゃないか」

 カールは、昨年の交流戦で、佳澄がアフリカ・ブロックのヘビー級キックボクサーと打撃戦の末に引き分けたのを思い出し、更に気持ちを引き締めていた。

 「しかし・・・ん?なあ周詠、ひょっとしてこの子は、ネイティブか?」

 「そうよ。よくわかったわね」

 「そりゃ、自分の身長と体重を覚えてないアスリートなんて、そうそういないからな。そうか、ネイティブか・・・こりゃいよいよもって、油断できんな」

 「そういうこと。・・・じゃあそろそろ、試合の組み合わせを決めましょうか」


 「うむ。・・・トーマス、エレーナ、集合だ。・・・ついでだから、このお嬢さんに自己紹介しておこうか。トーマス、お前からだ」

 壁際で踊るようにウォームアップをしていた黒人男性が、カールの声で振り向いた。

 「俺から?・・・ンッ・・・初めまして。俺は、トーマス・ハウアー。オランダエリア出身で、専門はキックボクシングだ。身長197センチ、体重は103キロ。得意技は左ミドルだな」

 トーマスは「得意技は」と同時に左膝を上げ、ゆっくりと左ミドルのフォームをなぞり、ミドル・・・というよりハイキックのフィニッシュポーズを決めた。

 見事な柔軟性とバランス感覚で静止したトーマスは、褐色の彫刻のようだった。

 「よし。じゃ次、エレーナ」

 「ねえ、身長と体重も言うの?」

 エレーナと呼ばれた白人の女性が、トーマスを軽く睨む。ベリーショートのプラチナブロンドが、威嚇するように逆立っていた。

 「ファイターらしくっていいだろ?」

 「らしいっていうより、ベタ過ぎてセンス悪いわよ。・・・まあいいわ。私は、エレーナ・クニス。ロシアエリアで育ったの。専門はサンボ。192センチ、91キロ。スリーサイズは内緒よ」

 「いや、それはいいって」

 「心配しなくても、あんたにだけは教えないわよ」

 エレーナとトーマスの掛け合いがコントになりかけたのを、カールが咳払いひとつで制した。

 「ゴホン。・・・で、俺がカール・ウルマン。ヨーロッパのマーシャルアーツ・セクションののチーフだ。ドイツエリア出身。専門はMMA。身長は204センチ、体重113キロ。得意技はいろいろあるが、どちらかというとトータルバランスに優れたファイターだと自負している」

 

 「じゃ、せっかくだからウタリも、もう少し自己紹介する?」

 「う~ん、そうだなあ・・・ええと、ウタリです。三日前に、街に来たばかりです。自分たちが街の人たちから『ネイティブ』って呼ばれてることも、ここに来て初めて知ったんだ。身長と体重は、163センチと51キロ・・・だったよね。得意技は・・・よくわからない」

 「OK、参考になったよ・・・じゃ、試合の組み合わせを決めよう」

 壁一面に貼られたマットの一部が開いてディスプレイが現れ、各チームのメンバーが映し出された。

 「組み合わせを決めてちょうだい」という周詠の一言で、画面がルーレットのように回転を始めた。

 結果は・・・

 一回戦が、佳純とエレーナ。

 二回戦が、徹芯とトーマス。

 三回戦が、ウタリとカール・・・となった。


 「どう?ウタリ。緊張してる?」周詠がウタリに訊いた。

 「してないよ。私、あんなゴツゴツした人と遊んだことないから、ちょっと楽しみだな」

 「いや、あの、ウタリ。これは遊びっていう以前に、試合なの」

 「しあい・・・?」

 「つまりね。獲物を捕まえるとかじゃなくて、あくまでも人間同士が力と技を比べ合って、その優劣を試合の勝ち負けで決めるの。そのための試合なのよ。で、その試合のルールの範囲内で、より有利に戦えるように、体や戦術を組み立てていく。それが競技というものなの」

 「きょうぎ・・・かあ」

 「そう。あの人たちの体は、『格闘技』という競技のために、洗練された体なの。私たちにとっては脅威よ。何しろ、こっち側で一番大きい徹芯で、175センチの68キロでしょ。私が164センチ、48キロで、佳澄にいたっては156センチで42キロだもの。普通なら試合なんか組めないわね」

 「じゃ、どうして試合するの?」

 「まあ、そこは大人の事情ってやつね。この試合は、あくまでもECPの研究の一環であって、建前としては競技じゃないから・・・武術というスキルに、体格差のハンデを乗り越えるノウハウがあるなら、試合で証明してみせろってことよ。そのノウハウの中に、人類の進化の方向性を示す道標があるかもしれないしね。逆にヨーロッパの人たちが勝ったら勝ったで、そちらが人類の進むべき方向の有力候補ってことになるし」


 「・・・うーん、何か納得いかないなあ」

 「そうかもしれないわね。・・・じゃ、試合は止める?」

 周詠は、ウタリがどうしても気乗りしないようなら、試合に出すのは止めようと思っていた。

 「ううん、出るよ。試合の目的はどうでも、やることは昨日、徹芯や佳澄とやったことと同じなんでしょ?」

 「いや、同じじゃないのよ。昨日のあれはね、本当に遊びになっちゃったけど、今日のは違うの」

 「どう違うの?」

 「昨日は制限時間も、勝敗の基準もなかったでしょ?それが今日は、あるのよ。ひと試合は十五分で・・・まあ、これはゴングが鳴るから適当でいいわ。ウタリの持久力なら、ペース配分なんてしてもしなくても、十五分ぐらい何とかなるだろうし。・・・それで、決着は10カウントKOかギブアップ。判定は無し。十五分以内に決着がつかなければ、引き分けになるわ」

 「てんかうんとけーおー?ぎぶあっぷ?」

 「ええと・・・例えば、殴られたダメージとかで、足の裏以外の体の一部がマットについた状態・・・つまり、手や膝をついたり、座ったり倒れたりして、そのまま10数える間に立ち上がれなかったら、負け。これが10カウントKOね。それから・・・殴られる他に、首を絞められたり、肘とか膝とかどこかの関節を捻られて、痛かったり苦しかったりして、もう我慢できないから降参!っていうのがギブアップ。これはね、口で『ギブアップ』って言うか、相手の体かマットを三回以上叩くの。パパパンってね。そしたらギブアップ負けになるわ」


 「・・・じゃ、触らせなけりゃ、少なくとも負けはしないんだね」

 「えっ?・・・まあ、そういうことね。ああ、それから、基本的に禁じ手はないから。一応気をつけてね」

 「きんじて?」

 「・・・反則技のこと。いや、つまり・・・目でも股間でも背骨でも、好きに攻撃していいってこと」

 「えーっ?子供のケンカでも、そこまでしないよ。そんなの打ち所が悪かったら、大怪我・・・どころか、死んじゃうし」

 「大丈夫よ。街の再生医療の技術はすごいんだから。脳が全壊でもしない限りは、どんな怪我も病気もきれいに治るのよ」

 「・・・本当?」

 「ええ。もっとも、病院のお世話にならずに済むなら、それに越したことはないから・・・実際には凄惨な技の応酬なんて、まずないわ」

 「あ、そうなんだ」


 「えらく慌ただしいな・・・そういうことは、昨夜のうちに説明しとけばよかったんじゃねえのか?」

 周詠とウタリのやり取りを聞いていた徹芯が、半ば呆れ顔でボヤいた。

 「その慌ただしさが、ウタリの緊張感を煽るのよ。ひいては、それが力の発動を促すかもしれないでしょ?」

 「ほう・・・で、ウタリは緊張してるのか?」

 ウタリは対戦相手のカールを見つめながら、軽いジャンプを繰り返していた。

 既に彼女の脳内では、カールの猛攻を華麗なステップワークで翻弄するイメージができつつあるようだった。

 「・・・緊張してないわね」

 「そうだな。ありゃ、試合ってものを理解したって顔じゃないぞ。新しい玩具を目の前にして、何がどうだろうとやりたいようにやろうって決めてる顔だ」

 「そもそも、やりたいことがイコールやるべきことってタイプなのよ、ウタリは」

 「へえ。よくわかるな」

 「私もそうだから」

 「・・・なるほどね」


 「さあ、そろそろ始めようか・・・エレーナ」

 カールがエレーナの肩を叩いた。それを合図に、エレーナと佳澄を除く全員が、壁際まで下がった。

 周詠が、レフェリー・プログラムを起動させ、アナウンスが流れる。

 「それでは、交流戦を始めます。用意はいいですか?」

 「はい」

 「いつでもいいわよ」

 「OK・・・ファイト!」

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