追記&あとがき
ウタリが、バイローチャナ三号機の前に立ち、鬱氣を打とうと氣を練っていた頃。
獣や草木や虫たち・・・つまり、人間以外の有機生命もまた、迫り来る危機を感じ取り、対策に右往左往していた。
彼らは無意識の深層で繋がり、生き延びる術を探すうちに、ウタリを発見した。
だが彼らは人間の意識と交流することが出来なかった。
そんな折に。
その昔、パミール高原と呼ばれていた台地の中央で、結跏趺坐を組んで瞑想に耽るひとりの老婆がいた。
老婆の深く静かな吐息の波間を漂うように、一羽の蝶々がヒラヒラと舞い、その羽ばたきに乗って、無我の呼吸が世界を按じた。
そして・・・その昔、グランドキャニオンと呼ばれていた谷間には、優しく歌うように精霊に祈りを捧げるひとりの少女がいた。
少女の祈りは、彼女の足元の草花を震わせ、その響きは世界を撫でていった。
また・・・その昔、キリマンジャロと呼ばれていた丘の頂で、一心不乱に太鼓を叩き続けるひとりの青年がいた。
そのリズムに乗って跳ね回るレイヨウの群れの蹄の音が、世界を弾ませた。
老婆も、少女も、青年も、人間としての限界まで深いトランス状態にあった。
つまり人でありながら、人でないものに・・・限りなく近かった。
獣や草木や虫たちは、この三人の心を、意識を探り、仲間だと認識した。
そして・・・老婆と少女と青年は、自分たちが人であることを忘れ、その無意識は巨大な・・・命の調べに同調した。
その瞬間、深層で繋がった無意識は自分(自分たち?)を、「無意識の集合体」だと自覚した。
人の氣の波調をその裡に含んだ集合体は、ようやくウタリと交信する術を得た。
・・・そして鬱氣は虚に還り、道の中で眠りに就いた。
危機を脱したあと、無意識の集合体は四散し、それぞれの生活に帰っていった。
その時。
老婆は半眼を見開いて、地平線を見つめた。
少女は祈りを捧げる声を止め、大空を見上げた。
青年は太鼓を叩く手を休め、大地にキスをした。
三人はひと時、静かに微笑んだのち・・・
何事もなかったかのように、瞑想を、祈りを、演奏を続けた。
追記、でした。
さて。・・・あとがき、です。
悪人と殺人の出てこない小説を書いてみようと思いました。
そのかわり、純粋な善人もいませんが。
英雄譚というのは面白いものです。
でも私は、英雄譚を「英雄が世界(もしくは歴史)を作り上げる物語」だとは思っていません。
英雄の、突出した超人的な能力を楽しむものだと思っています。
だから三国志では、呂布が好きだったりします。
・・・友達になるなら魯粛みたいな人がいいけれど。
ラスト近くで、佳澄に「世界はウタリと劉翔に救われた」と言わせましたが、これは佳澄の未熟さを表現したものです。
世界は一人や二人の英雄の力で救われたり作られたりするものではありません。
全ての人間、一人一人が、その時その場で、やりたいこと(やるべきこと、ではない)をやることで、紡がれていくものです。
(この小説の場合は、有機生命の「生きたい」という願いが、たまたま叶ったということです)
・・・と、そういう思いを込めて追記を(蛇足になる危惧も省みず)書きました。
最後に、ここまで読んでくださった皆様に、厚く御礼申し上げます。