ワールド1の9
ほら、着いたよ。
うん。
(やっぱり……)
千秋、どうしたの?
ううん、なんでもない。
今日は、父も母も出かけてて家にいないから。
遠慮しなくていいからね。
お帰りなさいませ。
あっ、紹介しておく。
家の中、全般を取り仕切ってくれてる執事の永井さん。
初めまして、紀村千秋と申します。
(やっぱり、この人も知ってる……)
ああ、千秋様でございますね。
お坊っちゃまから、お噂は。
ええ?
(どんな噂なんだろ。)
大丈夫だよ。
俺が千秋にベタ惚れだって話だから。
まあ……
左様でございます。
お坊っちゃまからの、千秋様のお話は聞いてるこちらが恥ずかしくなるほどの……
永井さん!
あ、これは失礼を。
それと、そのお坊っちゃまも勘弁ね。
はっ、はっ、はっ。
これは重ね重ね失礼を、聖也様。
こっちが、俺の部屋だから。おいで。
あっ、永井さん紅茶とケーキ頼んどいてね。
はい。かしこまりました。
どうぞ。
あっ!
(家族写真。このお父さんもお母さんも……)
どうしたの、さっきから?
あ、うん………
この家も、永井さんも、ご両親もみんな知ってる
聖也以外………
そう、以前に私が、いや俺がいた世界のままだ。
男の紀村千秋は、この家の一人娘、榎田聖子と結婚した。
そして、この家に住んでいた。
結婚して五年目に、聖子の両親が交通事故で突然亡くなり
榎田財閥の実権は、榎田本家の娘婿の俺に委ねられた。
実際は、榎田の財産を食い尽くそうとする親戚達と、
じぶんの保身しか考えていない重役達とに操られていただけだったが。
当時30歳になったばかりの、なんの経験も実力もない若造には
そこまで見抜く事はできなかった。
そして、散々やつらの都合のいいように利用され
バブルが弾けると共に、俺に残ったのは30億を越える借金だけ。
妻の聖子は、母方の実家に行ったきり。
この屋敷も何もかもを売り払い、何年かはなんとか持ちこたえていたが。
とうとうどうにもならなくなって、人生にレッドカードが出されたところだった………
失礼します。お茶をお持ちしました。
あれ?新しい人?
はい。今週からお世話になっております林 美子と申します。
よろしくお願いします。
あっ、もしかして林さんの
はい、以前こちらでお世話になっておりました林 加代の娘です。
ああ、そうなんだ。
よろしくね。
(そして、男だった俺はこの林美子と不倫の関係に……)
他にも、数人……
この世界でも、これから俺の前に現れるのだろうか?