冷酷な絶壁
「なにをやっているの!」
私はもたれ掛かっていた椅子から立ち上がり、机を高圧的に叩く。
報告していた50半ばの男性社員は一瞬むっとした表情を取ると
面倒くさそうに視線をしたに向け、口を硬く結び無表情になった。
この人は私という火に油を注ぐのがなんて上手いのだろうか。
「なに?1ヶ月間ずーっと遊んでた訳?まだ企画中とか本当に正気?
ねえ、企画だけでも提出しろって言ったよね。どんなに酷くても良いから基本構想
だけでも提出しろって言ったよね。期限は二週間も前だよ。
なのにまだ机上の空論どまりってどういうことなの」
机を指で叩き、彼を問い詰めるがまったく堪えている気配は無い。
抱いた怒りを隠さずにぶちまけ、不平不満を全力投球で彼にぶち当てていく。
しかし彼はいつものように眉間にしわを寄せ、ただ黙っているだけだ。
そんな彼を見て私もさらにヒートアップしていく。
「私は別に難しいことを言ってないの。分かる?
ねえ、なにむっとしてんの。悪いのは自分でしょう。
いい加減気づいたらどう?50にもなって恥ずかしくない訳?」
高圧的な口調を崩さないまま、私は机を思い切り叩いて立ち上がると
彼の前までゆっくりと歩き、鋭い言葉を持って彼に詰め寄る。
彼はまだ黙っている。いつもこうだ。
私が社長になり、この会社を動かしていくようになってからずっと。
その私を馬鹿にするような態度、そして蔑むような目が大嫌いだった。
「…またそうやって沈黙を貫くわけね。いいわ、もういい。
それなら、あなたが無視できないくらいに叫んであげましょうか」
一息、大きなため息をつくと大きな声で叫んだ。
「だから、さっさと私のおっぱいを大きくしてっていってるでしょ!」
「無理ですってば!」
耐えきれなくなった彼は叫び返した。
彼の名前は桐沢角蔵。副社長兼研究室長という超有能社員だ。
堅物で生真面目すぎる部分もあるが、部下思いで良い奴だ。
しかし私には優しくない。何故だろうか。
「なんで!?なんでそうやってすぐに諦めるの。その性格、直そうと思わないの?
ねえ、諦めたらそこで終わりなんだよ。無理だと思い込むんじゃなくてさ、
できる事をできるだけやってみようよ。そうしようよ、ね?」
私は彼を諭そうとするが、彼は首を必死に横に振って否定を繰り返す。
「だから、無理なんです!もう何度も言ったでしょう!
はあ、大体貴方こそ私事で会社動かす癖をやめてください。我が社は製薬会社です。
それも誇り高き立派な会社なんです。信用を失う事はやめてください」
もう疲れたとでも言いたげに頭を抱えだす。
彼は頭を抱えたまま一息つくと、何度繰り返したか分からない説明を話す。
「別にですね、誰も貴方のソレがちっさいからといって馬鹿にしてません。
良いじゃないですか貧乳だとしても。小さいと気にするから駄目なんです」
容赦ない三連発の小さい発言を受けて私は一気に追いつめられる。
……き、気にしてないもん。
「う、うるさいっ。だってしょうがないもん!」
「ええ、本当に。その絶壁はもはやどうしようも……」
少しだけ言い淀んだ後、彼は哀れむ目で私のまな板を見る。
上から見ても少しの出っ張りすら見受けられないスーパーまな板を。
くっ、なんでこんなに小さいのこの子。
「仮にも社長に向かって絶壁言うな!」
「まあまあ。これでも聞いて落ち着いたらどうですか?」
「あ、ありがと――って、誰がバストサイズ“AAA”だこら!」
笑顔で手渡された「AAA」のCDを全力で叩きつける。
いつのまにか扉の隙間から社員たちが覗いていた。
にやにやした視線を主に胸を中心に浴びながらも必死で言い返す。
「いくらなんでもAAAじゃない!AAはあるよ!」
『それでいいのか』
まさかの社員総ツッコミを受けてさすがにたじろぐ。
その隙を突かれると、なぜか質問タイムへと移行する。
一番手はさっきの副社長。
「牛乳を飲めばいいと思います」
「毎日ビンを2本飲んだ結果がコレよ」
一撃。イメージ的には袈裟切りでバッサリいった感じだ。次、秘書。
「牛乳以外の乳製品をもっと摂るとか」
「牛の乳を浴びるほど飲んでもコレだから無意味よ」
そのまま返し刀でザックリと。次、部長。
「豊満体操はどうなの」
「……中学生になった頃、胸が気になり始めてそれからずっとやってる」
「ああ、結果は見れば分かるわね」
「ぐっ…」
車切りしたつもりが、皆の憐れみの視線で逆に撫で斬りされる。
そんな虫の息の私に書記が笑顔で止めを刺す。
「ていうか成長期過ぎてそれなので、最早絶望的かと」
「……う、うあぁぁぁぁぁん」
***
「落ち着きましたか?」
「……ぐずっ。はい」
あの後、泣きじゃくる私を文字通り社員総出であやすことになりました。
でも相変わらずAAAのゴリ押しなのでお前ら実はあやす気ないだろと思う。
「実は、さっき言い忘れてたことがあるんですが。まあ都市伝説の類なんですけどね」
「…はい?」
この副社長は何が言いたいんだろうか。さっきの質問攻めの事だろうか。
私にはまったく予想することができなかった。
よほど言いにくいらしく、皆が仕事に戻ってしまい二人きりになった社長室で
私に近づき、耳元で聞き取れないくらい小声で告げた。
「……男に揉んでもらうと、大きくなるらしいですよ?」
「男、揉む――って!」
ワンテンポ遅れて理解し、顔を勢いよく上げると屈託の無い笑みの副社長がいた。
「ま、恋人に揉んでもらいなさいな。なんにせよ、気にし過ぎないように」
眼鏡を押し上げ、それではと私に告げると彼も社長室から出て行った。
開いた口がふさがらず、扉を見つめたままへなへなと座り机にもたれ掛かる。
「せ、せくはら……よね……」
治まらぬ動悸に気をとられつつも私は呟いた。
勿論、次の命令が私の恋人探しになったのは言うまでも無い。