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 翌朝、二日酔いを抱えながら、まだ潰れ気味の組員達を寝室に追い込み、ハルオはプリプリと怒っている香と後片付けに追われていた。香は怒りながらも、


「一晩、世話になったんだから」と言って、手伝うのを厭わなかった。


 ボトルの減り方から察するに、香はあの後も結構飲んだようだが、二日酔いにも襲われることなく、テキパキと動いている。彼女と呑む時は自分のペースを守らないと、とてもじゃないが身体が持たないな。 ハルオはしっかりと残った頭痛の中でそんな事を考えた。

 何とか片付けを終え、ようやく頭痛も和らぐと、さっそく、良平から電話で「早く子供の顔を見に来い」と催促され、二人で病院に向かう。


 御子は大部屋に移っていて、意外なほど元気いっぱいだ。むしろ良平と組長の方が眠い目をこすって、ふらふらしていた。


「当たり前よ。二人で一晩中はしゃいでいたらしいから。私なんて疲れてすぐに熟睡よ。ああ、病院ってありがたいわあ。入院期間、延長したいくらい」


 以前、検査入院させられた時は、ブツブツ言っていたのに。ハルオは苦笑した。


「そうだ、まずはあんたにこれを渡さないとね。はい、あんたのお母さんの力も借りたからね」


 そういいながら、御子は小さな古ぼけたお守りを渡してくる。しっかりと二人の母親が握りしめたお守りには、確かなぬくもりがあった。ハルオは軽く深呼吸した。


「ありがとう」


 ハルオはどもらないように、精いっぱい気をつけながら言った。これはお守りをくれた御子にだけ言いたい言葉じゃない。土間さんや、産みの母親。華風組の人々に、真柴の仲間、組長やおかみさん。そんな、自分が生まれる事を、幸せに生きて行く事を、心から望んでくれた全ての人に伝えたい言葉だ。だから、どもりたくなかった。


 昨夜は特別な夜だった。御子の出産のおかげで、自分がどんなふうに望まれて生まれてきたか、華風の血筋を継いで、どんなふうにこれから生きたいのか、そんな事を知る事が出来た夜だった。

 お守りを、じっと見つめる。このぬくもりを持った人から、俺は生まれてきた。

 顔も知らない女性だけど、俺を生んでくれて、ありがとう。


 香も何かに気づいたらしく、怒るのをやめて一言、

「良かったね」と、言った。ハルオもうなずいた。


「ね? 赤ちゃん、見てくれた? 私と良平と、どっちに似てる?」


 ハルオが落ち着いたのを見計らうと、御子が待ち構えていたかのように、実に平凡な質問を投げかける。平凡ではあるが、これは結構返事に困る。


 勿論二人も真っ先に新生児室によって、赤ん坊を見てきてはいるが、生まれたての新生児なんて、皆、似たようにしか見えない。まだ、赤ん坊特有の可愛らしさもないし、どっちに似てると言われても、どっちを立てても角が立ちかねないし、実際、まだどちらとも言えないのが本音だ。

 生まれて数時間の幼い姿は、いじらしさもあって可愛らしいが、とびきり愛らしく見えるのは、親と祖父母ぐらいのもの。一般とは温度差がある。


「あー、そ、その」ハルオは適当な言葉を探していた。


「えーと」香も返事に窮している。


「そりゃ、女の子なんだから、御子に決まっているだろう?」

言葉に詰まった二人を無視して、良平が口をはさむ。


「あら、あくびをした時の感じは良平の方に似てたわ」御子が反論する。


「いや、眉をあげた時は御子の方に似ていた」良平も言い返す。


 そんなところまで見ているのか。何処に眉があるのかも判然としなかったのに。あくびの表情なんて、いちいち見てないぞ。


「いや、良平に似るのもいいぞ。女の子は父親に似た方が、美人になるって聞くし」

 組長まで参加してきた。


「あ、それ、聞いたことがある。じゃあ、きっと良平似よ」と、御子。


「いや、御子に似た方が絶対美人になる」

 良平がムキになってきた。おいおい、二人でこんなところで惚気るな。


 三人で喧々諤々と論争が始まる。同室の産婦や見舞客があきれてその様子を見ている。視線が痛い。


「あんた達、ホントのところ、どっちに似てると思う?」

 御子の厄介な質問に、ハルオはたじろぐ。


「か、香さんを、お、送って、く、来る」と言って、香と二人でその場から退散した。







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