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「これで私が、あんたに刃物なんか持たせなきゃ、もっと良かったのにね」
そう言って香はグラスに残る酒を飲み干す。
「そ、それは、か、関係ない。お、俺の意思で」
香はハルオをさえぎって、お構いなしに話し続ける。
「じゃなきゃ、私に関わんなきゃよかった。あんたもう、一生刀使いでしょ? 明日何かの拍子で誰かの命、奪うかもしれないし、奪われるかもしれない。華風組にいたのならともかく、せっかく真柴で守ってもらっていたのに、私がそれを壊しちゃった」
しかしハルオは反論を続けた。
「ち、違う。お、俺だって、ず、ずっと、ま、守る方の人間になりたかった」
そうだ。俺はずっと何かを守る人間になりたかった。真柴だって守りあう心は強いが、それとはちょっと違う。大切な何かを、もっと自分の力で守りたい気持ちが強い。きっと華風の血筋だ。今解った。俺は華風の人間だ。優しく育てと言われて、そうならなきゃと思い続けて、そうやって育ったからこんな風に幸せに暮らせるようになったけど、やっぱり俺は真柴の守りあいの力だけじゃ物足りない。もっとしっかり何かを守りたい。そして、信頼されたい。
俺に実感があろうとなかろうと、受け継いだ血は確かに俺の中にある。
「お、俺、優しいだけじゃ、い、嫌だ。だ、大事なものは、守りたい。か、刀使いになってよかったくらいだ」
「よかった?」
「く、組や、か、香さんを、ま、守れる。お、俺、誤解されるけど、ほ、本当に強くなりたい」
「私、刀使いは嫌いだよ? 知ってんでしょ?」
香さんの表情が険しくなる。
「うん。そ、それでも。か、香さんを守りたい。き、嫌われても」
「嫌っても守るって言うの?」
「お、俺、我がままだから」
香さんの目が、少しだけ優しくなる。
「あんた、十分に強いよ。それに、我がまま」
そう言って、ちょっとだけ悲しげに笑った。
「悪い。私、基本手酌なんだ。あんたも自分でやってくれる?」
「か、かまわないよ」
すでに手酌に切り替わっているけど。今夜は何だかペース、早いや。
「にっこり笑って酌をするって、嫌なんだ。嘘臭くて」
母親の商売でも思い出すのかな? あんまり触れない方が良さそうだ。それに、
「か、香さんは、お、怒ってる顔の方が、お、俺は、す、好きです」
「あんたね。それが女の子に言う言葉?」香の顔がむくれる。
「あ、こ、こういう顔。こ、好み」
嫌に言葉が出るなあ。そうか、酔ってるからか。呑み過ぎたかな?
「あんたねー。ホントにどっか、ずれてんのね。まるで私、愛想がいつも悪いみたいじゃない」
「だ、だって、よ、よく、お、怒ってるし」
「それ、どういう意味よ?」そう言われてハルオは香に胸ぐらをつかまれる。
「あ、も、もっと、いい顔、あった」
ハルオは思い出した。酔っている分、鮮明に浮かんで来る。
「いい顔?」
「こ、このあいだ」
「このあいだ?」
「こ、こんな風に、つかまれて」
「あっ」香も思い出したらしい。酔った顔がさらに赤くなる。
「め、目を、と、閉じかけた時、い、色っぽかった」
酔ってると、結構言えるもんだな。いや、酔ってるせいだけか?
「こんな……感じかな?」
そういいながら香さんが目を閉じようとしてる。ああ、やっぱり色っぽいや。
ハルオも顔をゆっくり近づけながら思う。目をつむるの、もったいないなあ……
香は急に、肩に重みを感じて閉じた目を開く。横から聞こえるのは。
健やかな、ハルオの寝息だった。
「ハ、ハルオ?」
ハルオは香の肩で、みごとに酔い潰れて眠っていた。
「こいつ、サイテー」
香はそう、つぶやいた。