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 香は一人、部屋で連絡を待つ気にはなれないからと、真柴組へとハルオについてきた。

 真柴組は明るい期待と心配で、舞い上がっているようだった。言葉は変だが祭りのようだ。

 病室で御子が落ち着いた状態でいる事と、今夜中には生まれそうだと言う事を組長に伝えると、組長も少しは落ち着いてきたらしく、うろうろと歩きまわるばかりだった腰を、どうにか一つどころに落ちつけてくれた。まあ、貧乏ゆすりぐらいは、仕方がないだろう。


 物のついでとばかりに、皆が便乗して浮かれている。組長がまともでないのをいい事に、見周りも無しにして、無事に産まれたら、明日はシマの店の入店料を半額にしようだの、たこ焼き増量サービスをしようだの、勝手な事を言っている。妙に浮かれたその輪の中から、ハルオはそっと抜け出して、台所の椅子に一人で腰掛けると物思いにふけった。


 子供が生まれるんだ。この組に新しい命が迎えられる。家族が増える。うん。目出たいに決まってる。目出たくって当然だ。誰もがこうやって歓迎されて生まれて来る、はずだ。


 俺の時も、きっと、こうだったんだろう。母親が御子のように痛みをこらえて、土間さんは……ちょっと、いや、かなり、イメージ湧きにくいが、良平のようにうろたえたり、見守ったり、していたんだろう。そしてそれは真柴組で起こったことではなく、華風組に起こった喜びのイベントだったんだろう。


 母親か。なんでも、組を守る事を一途に考えながら生きていた人だと聞いた。土間さんもそういう彼女を守りたくて、でも守りきれなくて、そして俺を手放すしかなくなった。

 そんな親の思いを受けて、おかみさんは俺を育ててくれて……。


 ハルオは少し気がふさいで、流しのほうに目をやった。ああ、御子、夕飯の支度の途中だったんだな。 全てが途中で投げ出されている。きっと片付ける間もなく、良平に問答無用で車に押し込まれたに違いない。やれやれ。

 どうせ今日はこのまま、訳の分からない宴会になだれ込むんだろう。みんな呑まなきゃおさまらないだろうから。このまま支度をはじめなきゃな。御子もいないことだし。

 そうは思うが、何となく腰が重い。そのままボケっとしてしまう。


「何やってんの? そんなところで」気づくと香がそばで聞いてきた。


「め、飯の、し、仕度を、し、しようと思って」


「さっきっから何にもしてないじゃない。ぼーっと座ってばかりで」


「み、見てたんですか?」かなりふさいだ顔をしていたはずだが。


「うん、あんたずっと様子が変だから」


 反論のしようがない。と、言うよりも、香が一緒について来ていると言うのに、信じられない事に、その事さえも忘れてしまっていた。

 何だか今日は変な日だ


「どうしたってのよ」香に促される。


「お、俺、お、おかみさんから」

 言うつもりではなかったのに、勝手に言葉が出てきてしまったので、言い淀んでしまう。俺、香さんに何言ってんだ?


「おかみさんから?」


「う、生まれたかった」


 最悪だ。これじゃ、まるきりマザコンだ。ぜーったいに、嫌われた。

 やはり香さんはあきれたように目を丸めている。笑われるのか? 馬鹿にされるか?もう、どっちでもいいや。


「子供は親を選べないよ」


 以外にも、香さんは優しい言葉を返してくれた。何だか言葉が出てきてしまう。


「で、でも、や、優しくなれって、お、おかみさんに、お、思って欲しかった。お、親よりも、おかみさんに」


「きっと思ってくれたよ」


「だ、だけど、俺、や、優しくない。我がままだ。お、おかみさんが、生きてる時は、だ、誰とでも、け、喧嘩ばっかりして、お、おかみさん、な、泣かせてた」


 そうだ。親のいないのをバカにされ、組の事をののしられ、喧嘩ばかりに明け暮れた。身体の小さい俺じゃ、逆にボコボコにされたけど、優しくなれと言われれば言われるほど、かえって辛かった。見た事もない親のために、優しく生きるなんて考えたくもなかった。俺が優しくなりたかったのは、おかみさんのためだ。


「泣いてくれる人だったんだ」


「そ、そうさ。泣いてくれたのは親じゃない。お、おかみさんだ。泣く時も、だ、抱きしめてくれる時も、こ、これはあんたの、お、親の代わりに流す涙だって言いながら、な、泣いてくれる人だった」


「そうやって、自分を抑える人だったんだ」


「お、俺を、親元に、か、返すつもりだったんだよ。土間さんのところに。ずっとそうやって育ててくれた。だから優しくなれって。や、約束を守らせてほしいって。お、おかげで俺、人に好かれて生きてこれた。あんなに喧嘩っ早かったのに。お、おかみさんのおかげだ。す、すごく、か、感謝してる。だ、だけど」


「もっと真っ直ぐ、愛してほしかったんだね」

 驚いた。香さんに言いたい事を先回りされた。





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