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「入学してクラスの子に、見覚えのある名前があったの。すっごく昔に見た名前だからすぐには思い出せなかったんだけど、良く考えたら、私の父親に殺された被害者の娘の名前だったの。十年以上経ってるとは言え、謝罪だの、裁判だので記憶に引っ掛かってたんだと思う。そんな娘とよりにもよって同じクラスになっちゃった訳。だからその娘とは一言も口を利かないようにしてたんだけど、ある日、クラスで盗難事件があってね。財布を盗まれた子は成績が良くて妬まれてる子だったから、誰かがいじわるしたんだろうけど、真っ先に私が疑われちゃって。実際私は手くせが悪いし、反論するのも馬鹿らしくって、そのまま学校行かなくなったの。辞めてもいいとさえ思ってた」


「で、でも、ぬ、濡れ衣ですよね?」


「うん。だけど、ヤケになりかけてた。そしたら、その、被害者の娘が突然、私を訪ねてきたの。私に学校へ来いって。その娘だって複雑な気分でも頑張ってるのに、私だけリタイアするなんてずるい。私が辞めるなら、その娘も辞める。それが嫌なら一緒に卒業してほしいって」


「す、すごい。す、すごく、い、いい娘ですね」


「うん。ホント、いい娘。でもその娘にしたら、母親に暴力振るう嫌な父親がこの世から消えて、好奇の目にはさらされたけど、母親との穏やかな日々がやってきて、もうすぐ新しい父親との再婚が決まりそうになっていたから、私と比べて自分だけが幸福になって行くのに後ろめたさがあったんだって。でも、私の事なんて無視したってよかったはずだし、その娘とは関係ないじゃない? なのに私を気にしてくれたのよ。だからその娘と約束したの。必ず卒業するから、私に二度と声をかけるなって。声をかけて来たら今度こそ学校辞めるって。こんないい娘、巻き込みたくないもん。だからさびしいとも思わなかったし、何があっても卒業しようと思った。友達なんかいなくても、あの娘の様子が見れるだけで、通う価値があったよ。いい高校生活だった」


 しばらく間を開けて、ハルオが聞いた。


「そ、その娘とは、そ、その後も、あ、会って、な、ないんですか?」


「卒業直後に私の母の葬儀に来てくれた。でも、私が引っ越すとき、連絡しなかった。その先は知らない」

 我に帰った香が足を止めた。目の前に雑居ビルがあった。


「この中よ、大谷の関連事務所は。さっさと用事、済ませちゃおう」



 書類を渡し、要件を伝えると、さほど時間もかからずに二人は事務所を後にした。そもそもが大した用じゃない。礼似が二人に時間を与えるための口実だ。


「あ、あの」ハルオは香に声をかけた。


「よ、寄り道、し、しませんか?」


「何であんたと寄り道しなきゃならないのよ?」案の定、香はそう言った。


「い、今すぐ、か、帰っても、れ、礼似さんに、お、追い返されるんじゃ?」


 確かに出がけの礼似や一樹の様子では、すぐに帰っても何か理屈をつけて追い返されそうだ。


「そうね。仕方ない、時間を潰そうか。で、何処行く?」


 香の言葉にハルオは指を指してみせた。その先には先日、由美達と過ごした土手が見える。


「て、天気もいいし、さ、散歩でも、し、しましょう」


 下手な所に行くよりいいか。香は先だって土手へと歩いて行く。ハルオもついてきた。



「こ、この道、お、思い出が、あ、あるんです。こ、このあいだは、な、懐かしかった」

 土手沿いの道をしばらく歩くとハルオが感慨深く言った。


「思い出?」


「お、俺が、ち、小さい時に、お、おかみさんや、み、御子と、よ、よく、さ、散歩しました」


「へえ。そう言えばあんたは、おかみさんと御子さんに育ててもらったんだっけ?」


「そ、そうです。も、ものごころが、つ、着く頃には、み、御子も、は、二十歳に、な、なってました」


「母親が二人いたようなものね」香が笑って言う。


「ま、まったく、です」

 ハルオも苦笑いを浮かべた。俺が女性に弱いのはその辺のせいもあるかもしれない。


「真柴のおかみさんって、優しい人だったんでしょうね」あの組の雰囲気から、香はそう思った。


「え、ええ。と、とても、や、優しかったです。お、俺が十の時、な、亡くなるまで、く、口癖のように、い、言われました。や、優しい人になりなさいって」


「おかみさんの願い、あんた、叶えてあげたじゃない」


 香はそう言ってやったが、ハルオは返事をしなかった。むしろ、表情が曇ったようにも見える。


「お、おかみさんの、ね、願いじゃ、な、無いんです。や、約束が、あ、あったんです」


「約束?」


「お、俺の親に、た、頼まれた、そ、そうです。か、必ず、や、優しい子に、そ、育てて、く、くれって」


「その親って、ひょっとして」


「き、きっと、ど、土間さんだと、お、思う」


「優しい子か。親の願いなんてそんなものなんだろうね。すごい人になる事よりも、優しい人になって欲しいって、思うものなのかもしれない」


「み、御子も、そ、そんなこと、い、言ってた」


「真柴で育ったら、みんな優しくなっちゃいそう。あんたもいるし」

 香は笑って言ったが、ハルオは何となくはぐらかすように話題を変えた。





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