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ハルオが時間ギリギリに部屋にたどり着くと、罪悪感から愛想笑いを浮かべる礼似と、とってつけたような用事にうんざり顔を見せている香に出迎えられた。
「せっかくいい天気なんだから、帰りはゆっくりしてきていいからね。香、この所ちっとも外に出てないから、いい空気でも満喫して。ハルオもいる事だし」礼似はそう言って二人を送り出した。
それは誰のせいなんです! ハルオはそういいたい気持ちを抑え込んだ。それを言ったら香の前であの時の事を蒸し返してしまう。仕方なく黙って礼似に送りだされる。
すぐに一樹の姿が目に入る。香はにっこりと会釈をして、さっさと歩きだす。直後に一樹がハルオに向かって小指を立てたまま、その手をすとんと振り下ろす仕草をした。
香を落とせってか? それができれば苦労は無い! ハルオは無視して香の後に続いた。
「い、いい、お、お天気、で、ですね」ハルオはありきたりな言葉をかけた。他に思いつかない。
「そうね」香はそっけなく返した。ううっ、気まずい。
今日の香はジーンズ姿の軽装だった。手には礼似に持たされた書類ケースだけを持っている。
うん、やっぱりこの娘はラフな格好の方が似合う。足元には自分が買ったスニーカーを履いているのにも気が付いた。
「きょ、今日は、ヒ、ヒールの、く、靴じゃ、な、無いんですね」嬉しくて聞いてしまう。
「ヒールがあると、いざって時に動きにくいからね。このあいだみたいな事もあるし」
そう言うと香はむっつりしてしまう。
このあいだ、か。余計な事聞かなきゃよかった。ハルオはさらに気まずくなってしまう。
変に緊張しながら二人が歩いていると、ハルオは突然声をかけられた。
「あれ? ハルオ?」
声のする方を向くと、高校時代の友人カップルが肩を並べていた。
「よ、よう。田崎。ゆ、由佳ちゃんも。デ、デートか?」ハルオは親しげに声をかけた。
「久しぶりだなー。これからこいつと映画だよ。お前もデートか?」
田崎もハルオをからかうように聞いてきた。
それを聞き咎めた香はスッとハルオの前に出て、
「はじめまして。ハルオのただの知り合いの香です」と、「ただの」のところを強調してあいさつした。
香が前に出たので、顔の傷が嫌でも田崎達の目に入る。一瞬、二人に戸惑いの表情が浮かんだが、すぐにハルオに目をやると、田崎と由香が目を見合わせてほほ笑んだ。
「ハルオらしいなあ。頑張れよ」田崎はそう言ってハルオの肩をたたく。由佳が香のそばに近づき、
「ハルオ君、優しいでしょ? お勧めするわ」と、言って来た。
「ゆっくり話したいが、上映時間が近いんだ。また今度電話するよ」田崎が残念そうに言う。
「デ、デートの邪魔は、し、しないよ。お、俺達も、よ、用事の途中なんだ。じゃ、じゃあな」
ハルオがそう言って手を振ると、田崎達も手を振り返して歩きだした。何だか香はポカンとしてしまっていた。
「随分親しそうね? 友達?」再び歩き出しながら香は聞いた。
「こ、高校の時の、ク、クラスメートです。い、今でも、と、時々、で、電話してます」
「電話? メールじゃなくて?」
「あ、あいつも、お、俺も、え、遠慮がないから」ハルオは笑顔で答えた。
ハルオに遠慮する人間は少なそうだが、ハルオも遠慮なく彼らとの付き合いがあるらしい。香には意外に思えた。
「いい高校生活だったんだ? あんたてっきり、苛められてたのかと思った」
ハルオは笑った。
「で、でしょうね。お、俺、ど、どもるし。き、気も小さいし。い、いい奴等に、め、恵まれました」
恵まれた? それだけだろうか? ハルオは真柴でも皆に好かれているし、店の客にも好かれているようだし。何処ででも、誰からでも、可愛がられているような。
「か、香さんは? ど、どんな、こ、高校生でした? と、友達は?」
ハルオが好奇心に駆られて聞いてくる。
「この辺の公立高校に通ってた。友人は作らなかった」
「つ、作らなかった?」
「私の友人なんかになったら、その子が気の毒よ。私の父は死刑になってるし、母はスリだし、私の素行も悪いし」
「……わ、悪かったんですか」ハルオの声のトーンが落ちる。
「嘘よ。ホントはおとなしくしてた。でも、周りはそういう目で見るじゃない? そんな子とつるんだりしたら、一緒に目を付けられるのがオチだから」
「さ、さびしかったんですね」ハルオの目に同情の色が浮かぶ。
「そうでもなかった。いい子がいたから。友達じゃないけど」
友達じゃない? ハルオは一気に頭を働かせる。
「こ、恋人、い、いたんですか?」無遠慮に聞いてしまう。香は目を丸くして吹きだした。
「違う、違う。えーとね。何処から話そうか」
香は懐かしげに記憶をたどって行く。




