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「そっか……。ハルオも私が刀使いのあんたを受け入れるのは嫌なんだ」
「俺が刃物を握るのは、香さんを守る時だけだよ。そんなの、普段の俺じゃない」
俺が認めてほしいのは、香さんを守りたい心だ。香さんが嫌う、刀使いの俺じゃない。
普段の俺は、香さんの心だって守りたい。
「普段じゃないあんたが、私、きっと引っ掛かり続ける。そうやって私を守ってくれてるのに。あんたが私を信じる重さで、あんたを信じてあげられない」
「そんなことない。引っ掛りながらも、信じ続けてくれるなんて、俺より絶対に、重い」
心も身体も傷ついたのに、この娘は信じてくれた。俺が刃物を握っても、顔に傷を負わされても、それでも俺を信じてくれている。
「その真っ直ぐな信じる気持ちで、俺を好きにはなれない?」
訊ねられて、香はハルオを見た。真剣に、ハルオ自身を見つめる。おそらく、香自身の心の中も見つめている。何かを確かめるように。
「……なれる」
香ははっきり、断言した。
「だって、たとえあんたの全部を無理に受け入れたとしても、どっち道あんたを傷つけちゃう。だったら、何が心に引っ掛っていても、信じる気持ちで受け入れた方がマシだわ。いつか傷つく日のために、今から傷つくなんて。バカらしい」
あらためて香がハルオを見た。
「ごめんね、ハルオ。傷つけて。私、ハルオが好きなんだわ。深入りなんかしなくても、今、傷つけたくないくらいに。怖いけど、何があるか分からないけど、私も腹をくくる。強くなる。あんただけに苦しい思いはさせない」
言ってくれた。香さんが、俺を好きだと。俺自身の事を見ながら。
「苦しくなんか、ならない。俺達は、親とは違う」
俺達、親の因果は繰り返さない。たとえ組み合わせは同じでも、人を傷つけたり、無謀な真似をすれば、どんな事になるか、もう、学んでいる。俺達、そんなに馬鹿じゃないはずだ。本当に誰かを守ること、自分を守ることの大切さを、ちゃんと知っている。
だから、俺達はきっと大丈夫。そう、信じよう。
「そうだね、きっと、そうだよね」
香さんも、頷いてくれている。うん。きっとそうだ。
「俺もごめん、怒鳴って。おかみさんのぬくもり、思い出して」
「ううん。私も母さん、思い出した」
マザコンの似た者同士。それもいいや。
今度はハルオの方から、香を抱きしめた。
「これは、勢いじゃないの?」香は聞いた。
「違う」
「じゃあ、なに?」
「俺の我がまま」
「都合がいいわね」
香は少しだけ膨れて見せる。
「あ、好みだ」と、ハルオが言う。
香は笑いたいのをこらえて、目を閉じていく。
勢いじゃない? 嘘だあ。すっかりのぼせているくせに。
だって、ハルオったら、さっきから、ちっとも、どもっていないじゃない……。
その時、ハルオの携帯がけたたましく鳴った。
おい! 今度はなんだよ! 公衆電話?
電話の主は御子だった。病院のざわめきが聞こえる。
「もしもし、ハルオ? 香を送り終わってるなら組長と良平、連れ帰ってくれない? 二人とも子供の名前で揉めちゃって、うるさくて仕方ないのよ。これじゃ同室の人達に迷惑だわ。早く二人を引き取って。頼んだわよ」用件だけ言って、返事も聞かずにガチャリと切れる。
二人は呆然とした。
「ハルオ。あんたさー、強くなるより、便利に使われる、このお人好しを何とかする方が先じゃない?」
「ま、まったくだ」
プライバシーも何も、あったもんじゃない。
「し、仕方ない。びょ、病院に、も、戻ります。か、香さん、そ、それじゃ、ま、また」
どもりも、すっかり戻っている。部屋を出ようとするハルオの袖口を、香が捕まえた。
「待って、私もついてく」
「せ、せっかく、お、送ったのに?」
「なによ。そんな冷たい事言うと、コレ、返してあげないから」
香はハルオの携帯をかざしてみせた。ハルオは慌ててポケットに手をやるが、中は空。
「い、いつの間に」
「スリの腕を舐めんじゃないわよ。前にも言ったでしょ? 私といる時はポケットに気をつけろって」
確かに油断大敵だ。香は携帯の電源を容赦なく、切った。
「このくらいやんないと、あんたのお人好しは直んないからね。まずは一分、時間をもらうわ」
「い、一分?」
「キスするには十分な時間でしょ? してくんなきゃ、返さないから」
これじゃ、リードなんてさせてもらえそうにない。プライバシーなんて、もっと無くなりそうだ。
やっぱり俺のお人好し、直せそうにないなあ。
そう思いながら、ハルオは香と口づけをかわした。
完