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「ほ、本当に、き、昨日から、お、お疲れさまでした」

 香を部屋に送ると、ハルオはねぎらいの言葉をかけた。


「ホントにお疲れよ。ああ眠い。あんたは早々に潰れちゃうし。もう少し肝臓鍛えたら?」


「お、俺、ふ、普通です。か、香さんが、つ、強すぎる」


「そうかなあ? あんた達が風邪引かないように、何処にあるかも分からない毛布を探し出して、全員にかけてあげたのも、気付かなかったでしょ?」


「お、お手数、か、かけました」


 こりゃ、昨夜の事はほとんど覚えてないな。会話の途中から先は忘れているに違いない。まあ、また気まずい思いをするよりは、その方がいいか。とりあえず仲直り出来たんだし。

 香はそう思っていたが、ハルオの言葉は続いていた。


「そ、それに、お、俺は、か、肩まで、か、貸してもらったし」


「覚えてるの?」


「そこまでは」


「なによ! 人をだまして」

 怒る香の両肩を、ハルオはしっかり捕まえる。


「ち、違う。た、頼むから、ちゃんと聞いて。よ、酔った勢いじゃ、い、嫌なんだ。香さん、俺の事、嫌い?」


「刀使いは嫌いだってば」


「そうじゃなくて。お、俺自身の事は? そ、そんなに嫌いじゃないんだろ? だ、だったら、刃物を持たない時の俺を、み、見てくれないか? わ、我がままだし、き、気は小さいし、ちゅ、中途半端に優しそうなだけの俺だけど。い、一生懸命、か、香さんを守るから。も、もっと強くなるから」


 ハルオは必死になった。もう、昨日までの自分とは違う。何故自分がこんなにも、大切な人を守りたいと思うのか、今は知ってしまった。自分の血が、この気持ちは決して消えない事を教えてくれた。

嫌われてもいいなんて本当は思ってない。少なくとも、刀使いじゃない自分の事は、好きになってもらいたい。自分を頼り、認めてもらいたかった。


「真剣にならないでよ。スリと刀使いだよ? 二人ともいつまで無事か、分からないよ? あんた、怖くないの?」


「こ、怖い。俺、気が小さいから。か、香さんに、何かあったらと思うと、す、すごく怖い。だからこそ守りたいし、は、刃物だって手にする。し、真剣にならずに、いられない」


 ハルオの言葉に、香の声が鋭くなった。

「真剣になっても無駄。こんなに刀使いが嫌いな私が、もし、あんたを好きだと言って、あんた、それ、信じられるの?」


香の質問は厳しい。でも、そんなの最初から決まってる。

「し、信じられるんじゃ、な、ない。も、もう、信じてる」

 香さんが、そう言ってくれるなら、絶対だ。


「あんた、やっぱり、優しいわ」香の声は暗い。


「ち、違う。お、俺の、我がまま」


 そうだ、我がままだ。俺は香さんが好きで、その、好きな娘を守りたいだけだ。俺を少しでも好きでいてほしいだけだ。


 香はうつむいてしまい、ハルオに顔を上げようとしない。むしろ、視線までそらしている。


「だって……。刀使いはどうしても嫌なのよ。いつ、大怪我するか、いつ、誰かを傷つけるか、そんなの誰にも分からないじゃない。深入りして、あんたの心や体が傷つくのを見届けるほどの勇気が、私には無いの。最初はあんたのすばしっこさや、尾行の実力に嫉妬してたけど、今は、怖い」


「か、香さん、や、優しいから」


「違う、意気地がないだけ。突然やって来るつらい事や、悲しい事をもう味わいたくないだけ。もう、母さんの懐は無いし、酒じゃ逃げられない事も知っちゃったし」


「に、逃げなくて、いい。お、俺を信用して、く、くれてるだろ?」


「あんたがどうのって事じゃないの。私が自分で解決出来ない部分なの。あんたも私にこだわることはないんじゃない?」


「は、はぐら、か、かさないで」


「私、刀使いは一生嫌いだよ。傷つけられそうで、怖い。あんたが誰かを傷つけたら、きっと逃げ出す。私、母さんのようには生きられない」」


「お、俺、誰も、傷つけない。も、勿論、香さんも」


「無理。あんたがどんなに頑張っても、私、あんたの全部は好きになれない。こんなのフェアじゃない」


「フェ、フェアじゃなくて、いい。ぜ、全部、じゃなくて、いい。お、俺も、刃物は嫌いだ。い、今でも」


「ハルオが良くても、私は気になる。刀使いを好きになれない癖に、あんたに刃物を持たせたのは、この私。あんたの人生、狂わせたかも」


「だ、だから、そ、それは違うって」


ハルオは自信が無くなってきた。想えば想うほど、香を追い詰めているような気がする。どもる言葉がもどかしい。一番肝心な所を見てもらえない。

この娘、本当に刀使いが嫌いなんだ。

ありったけの想いをこめて語りかけても、香は顔をあげてはくれない。とうとう二人は黙り込んだ。


 香は長いため息とともに、ようやく顔をあげた。


「馬鹿力。いい加減、肩が痛いんだけど」

 そう言われて、ハルオは慌てて香の肩から手を放す。


 ところが今度は香の方からハルオに、抱きついてきた。


「か、香さん?」態度の違いに戸惑ってしまう。


「もう詫びにもならないけど、こんなの、ちょっとした勢いでいいよ。それならあんたを受け入れられる」


 詫び? 勢い? そう言う事じゃない! この、わからず屋!


「い、いやだ、い、勢いじゃ。せ、せっかく、か、香さんが、信じて、くれてるのに」


「あんたが嫌っても守るなんて言うからだよ。悪いけど、これが私の精いっぱい。あんた、十分守ってくれた」


 くれた? もう、二度と守らせてくれないみたいな言い方じゃないか!


「ごめん。こうでもしなきゃ、私、あんたに応えられない。ハルオの事、嫌いな訳じゃ、ないのにね」


「香さん!」思わず、強く怒鳴る。


「俺自身を、見てくれ。もっと! おかみさんみたいな、遠回りは、やめてくれ」


「ハルオ?」香は驚いてハルオを見る。悲しい目をしている。


「刃物を握った時の俺を、その目に通さないでくれ。これじゃ、嫌われた方がまだマシだ」


 香はそっと、ハルオから離れた。





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