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「ね、悪いけどちょっとハルオ、貸してくんない?」

 礼似はいきなり電話口でそう告げた。


「あんたね。もうちょっといい方があるでしょ? ハルオは物じゃないんだから。で? ハルオになんの用なの?」

 御子は当然、苦情をつけながら聞き返した。


「私がハルオに用って言ったら、香の事に決まってんでしょ? 今日、ハルオは暇なの?」


「たこ焼き屋がこんなに天気のいい日曜に休む訳、無いじゃない。店に出てるわよ。香がどうかしたの?」


「ああ、そうか。ハルオはそっちの仕事もあったんだっけ。香を大谷の関連事務所に使いに出すんだけど、ハルオについて行かせようと思ったのよ」


「懲りないわね。あんたが余計な事をするから、香も気まずくなって真柴に顔を出さなくなったんじゃない。また、二人をつけまわすつもり?」御子は礼似にあてこすった。



 あの一件以来、香は真柴組にぱったりとこなくなってしまった。礼似がせっついても「気が乗らない」の一点張り。ハルオの方でも、香に「当分は部屋でおとなしくするから、ほっといて」と言われてしまい、気まずさを引きずったまま本来のたこ焼き屋の仕事をこなす日々が続いていた。


「だから反省して、こう着状態の二人を何とかしようと思って。それに、私もしばらく動けないの。今度の幹部会までに、各派閥の成り立ちと最近の動向を頭に入れなきゃならなくて。せっかく大谷が資料を見せるって言うんだから、まかせっぱなしじゃまずいしね」礼似は長いため息をついた。


「へー。あんたが勉強? よく逃げ出さないこと」御子はそうからかったが、


「逃げ出せないの。外で一樹が見張ってる。一歩部屋の外に出ると、バッチリついて回られる」


「あんた、一樹さん、苦手そうだもんねえ。口外されたくない事も多そうだし」

 御子はくすくすと笑っている。礼似の弱点を握る相手がいる事が、面白くて仕方がないのだ。


「それはどうでもいいから。ハルオ、出てこれる? 御子も予定日が近いし、バタバタする前に気まずさだけでも取り払ってもらわないと、さすがに私も気がひけるわ」


 ふむふむ。これなら礼似も今度は余計な首は突っ込みそうもないな。あの二人の事はこっちだって心配している。土間にいたっては礼似への不平不満を、ありったけ私にぶつけて来たし。

 何より、このままじれているハルオの姿を見続けるのも、たまったものじゃない。


「いいわ。店は他の奴に行かせる。三十分後には迎えに行くから、香に仕度させといて」


「ありがと。恩にきるわ。出産の時には土間と駆けつけるからね」礼似は機嫌よく言った。


「あんたらみたいな野次馬に増えられても困るだけよ。良平がいれば十分。じゃ、ハルオに知らせるわね」御子はそう言って通話を切ると、ハルオの携帯に連絡をつける。


「もしもし? ハルオ? 礼似が香にあんたをご指名よ……」 



 ハルオは早速礼似と香の部屋へと向かっていた。向かったはいいが、会ったら香にどんな顔をすればいいのか見当もつかない。

 あれからしばらく会っていないし、何を話したらいいだろうと頭の中で考えては見たが、どもりの自分が何を話しても、会話が盛り上がる訳がない。まいったな。

 あの時だってこんな風にうじうじしているうちに香さんから目を放して嫌われそうになったのに。

 その後だってあんなチャンスは二度とないって分かっていたのに。視線なんて気にしないで、もう少し強引に出ていれば……。あれ? 視線?


 その視線を感じて、ハルオはその方向に振り返る。そこには一樹が立っていて、「よお」と声をかけて来た。


「ど、どうも。れ、礼似さんの、み、見張りですか?」御子から話は聞いている。


「ああ。でも、どうってことない。ここにいれば礼似は逃げないさ。あいつは俺をダシ抜けないのが分かっている。ハルオ君は香君に用事かい?」


 ハルオは礼似に御子への電話で呼び出された旨を告げた。


「あいつにも罪悪感はあったのか。いいじゃないか。チャンスだろ? せっかく信頼してもらえたんだから、はっきり告白すればいい」


 人の事だと思って。なんで俺、この人に励まされてんだ? 香さんが楽しそうに接していた相手に。情けないなあ。


「か、香さんは、か、刀使いが嫌いなんです。お、俺を信頼してくれても、ふ、踏み込んだら、し、信用まで失うかも、し、知れない」


「だって、今のままよりはいいだろう? それとも、あきらめて他に好きな娘でも探すかい?」


「こ、こんなに、し、信頼して、も、もらった娘なんて、ほ、他にいません。お、俺みたいなやつ、し、信頼してもらうのって、た、大変なんです」ハルオは口をとがらせた。


「人に信用されるのは、誰だって大変さ。積み重ねるしかないからな。信じてくれる人には、自分も信じきらないと。でないと俺みたいに、腐れ縁になっちまうぞ」


「れ、礼似さんを、し、信用、し、しきらなかったんですか?」


「礼似じゃない。妹の方だ。それがめぐりめぐって、礼似と腐れ縁になった。何処で何が歪むか分かったもんじゃないのさ。だから、こういう事には全力を尽くした方がいい。逃げればどこかでツケが回って来るんだ」


「い、妹さん、泉さんが言ってました。か、可能性を、し、信じてもらえないのは、つ、辛いって」


「あいつ、まだ根に持ってるんだな。まあ、そう言う事だ。ここは頑張らないと後悔するぞ。ほら、急げよ。礼似の奴、あれで時間にはうるさいんだ。遅れるぞ」


 一樹に捕まらなければ十分に余裕があったのに。ハルオはそう思いながらも、慌てて礼似達の部屋へと急いだ。





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