7.
「……サシャ!」
あ、と思って勢いよく顔を上げる。
すぐ目の前の、厳しい顔をしたクレイに驚いて飛びのいてしまった……。
いや、キツイって……そりゃ一般的に整っているけど、ばっちしメイクした女装顔が間近なんて恐ろしいよ!
今日の夢に出そうだ、いや確実に出る!井戸から出てくるあの人みたいに!!
ちなみあの映画みてから、暫くはビデオ再生が怖かったのを思い出いた。
「あんた、絶対失礼なことを考えているでしょ!」
「いや……そんなことないよ~?」
おかしいな、何でバレたんだ?
全く以って反省はしていないけど、一応小さく謝っておこう。
このドSを怒らせるとマズイのは身を以って知っているし。
「ごめんって」
「誠意の欠片もない謝罪ね……それより聞いていたわけ?」
「えーっと……たしか晩餐会の開催目的だっけ?」
「そうよ、我が国が主催とはいえ要するに隣国との和平調停記念よ」
えーと、ここウィートランドは、近隣ではまあ大きい国ではあるんだよね。
農作物から鉱石発掘や貿易商などが盛んで、商業都市が有名っていうのはちょこっと学んだ気がする。
で、お隣のバ、バードランドだっけ?鳥王国みたいな名前だったような……。
歴史が苦手だと言うことを忘れていたというか、こっちまで勉強しなくてはいけなくなるなんて思いもよらなかったよ。
「隣国ヴァードランドは織物が有名ね。その技法について戦が起こったほどよ」
「うーん、鳥みたいな名前……そういえばウィートランドと名前が似ているね」
「そりゃ元は同じ国が分裂したんですもの。だからこそ仲が悪かったのよね」
「仲が悪いの?」
「昔の話……とも言えなくもなってきたけど」
クレイが眉を寄せて、私の顔をまじまじと眺めた。睨んでいると言うより、値踏みされているような?
一体何なんだ?それに結局仲悪いの?
疑問に思っているうちに、クレイは一つため息をついた。
それはもう、疲れたように。何だか解らないけど、絶対失礼なこと考えているでしょ!
「……まあ、ユーリ様もいらっしゃるだろうし軽率な真似がしないとは思うけど」
「ユーリ?どうかしたの?」
「こっちの話よ。いいからアンタはテーブルマナーをしっかり頭に叩き込みなさい」
目の前には、何も乗っていない白い皿とフォークやナイフやらがずらりと並んでいる。
うう、一般家庭に育った私にとって、食事なんて箸一膳で充分だよ!
大体、ちょっと違うからってその都度フォークやナイフを変えるなんてエコじゃないよ!
それに比べたら、日本は箸一膳で何だって食べちゃうんだから経済的だね!
さすがエコ大国日本!
エコポイントが終わったのは残念だけど、ちゃっかり者の母上は抜け目なくエコポイントを使っていたよ……。
でも、母といえばどうしても思い出す。『かあさま』に会いにきたというあの子のことを。
「また、違うこと考えてるわね?」
ぎく!
と、ワザとらしくビクついて、クレイの制裁を待つけどやってこない。
ちらりと恐る恐る見ると怒っておらず、真剣な表情をしていた。
「……陛下に言われたこと、まだ気にしてるのね」
「……うん」
あのあと、何か急用が出来たライは行ってしまった。
私は何も答えられないまま、黙って見送るしか出来なかった。
だって……だって、私は16年の記憶しかなくて。
結婚でさえ、ようやく法律上できる歳になったばかりなのに、子どもがいましたなんて。
でも同時に黙っていたことにもやもやする。どうしてこんな大切なことを黙っていたんだろう。
「そりゃ陛下だってアンタにいつまでも黙っては居られないとは考えていたわよ」
私の考えを見抜いたのか、クレイが私の頭をぽんっと叩く。
それは全然痛くなくて……どちらかというと励ましって感じ。
「でも」
「アンタが拒絶したらユーリ様はどうすればいいの?」
被せてきたクレイにでかけた反論が口の中で萎む。
泣いていた、ユーリ。きっと『かあさま』が大好きなんだ。
ライも、ユーリのことが大切でああいう風に言ったのは解った。
……じゃあ、私は何ができるの?
「拒絶しなんてしない!」
そんなのはシンプルだ。
頑張っても残念な頭を捻って考えてもできることなんてわからないに決まっている。
高だか、16歳の小娘になにができる?まあ、今は24歳だけどね。
それに、天使と見間違うほどの愛くるしい子が私の子だと!?
なんて、ラッキーなんだ!基本無宗教だけど、神様ありがとう!
「アンタねぇ……本当に解ってるわけ?」
「解らないよ!でもユーリが泣いているのは嫌。母親として振舞えないかもしれないけどあの子が望んでいるなら会いたい」
お父さんだって、お母さんだって、兄や弟だって。
普段は口も悪いし、扱いだってぞんざいだし、私は橋の下で拾われたのねネタはとりあえず兄弟分だけやった。
それでも、何も言わずに寂しいときは一緒に居てくれた。
……会えるなら、会いたい。
「……陛下をどうやって納得させるつもり?」
クレイは呆れたように、額に手を当てていた。
こういったとき、クレイは味方で居てくれるとどこか知っている。
これは、きっと私がどこかに置いている『私の記憶』。
解らないけど、そうだと思う。
「なんにもしないよ」
「はぁ?」
「大体ライは横暴すぎる!」
一気にもやもやが、むかむかに変わる。
最初から思い返せば、そうだった。横暴だ、あのイケメンは!
くやしいぐらいにイケメンだし、優雅で気品溢れているけどさ!
「だからさ、クレイ」
「え?」
にっこり笑うと、クレイは後ろにたじろいだ。
ドS女装貴族のクレイにしては珍しい行動。
うふふ、気持ち悪い笑いだけど、今ならなぁんにも怖くない。
それほどに私の怒りは深いのだ。
偉そうなライ、って王様だから当たり前だけど。
何でもかんでも思い通りになると思うなよ、その美形の顔を明かしてやる!
「協力してくれるよね?」
「……何するつもりよ」
諦めた様子のクレイに、私の笑みは益々深まる。
私の『したいこと』を話すと、クレイは一瞬だけ目を見開き、深々とため息をついた。
「ほんっと、あんた達夫婦の喧嘩はろくでもないわね」
喧嘩じゃないけどね。
コレは一方的に、だけどささやかに反逆する話なだけ。
お読みいただきましてありがとうございます。
思ったより続きます……。
今月中に2章は完結したいです。
次回もよろしくお願いします。