6.
「……わあああぁぁ!!」
がばっと起きると、傍に控えていたアニーがびっくりしていた。
心配そうな表情で、こちらに近付いてくる。
あれ?私どうしたんだっけ?
ふと、ソファーベットみたいなもので寝ていたのに気付く。
しかし形はソファーみたいだけど、大の字になっても余るぐらいなんて。
もうこれ、簡易ベットでしょって、そうじゃなくて。
「サシャ様、どうされましたか!?」
「な、なんか、不思議な夢見てさ~」
そう!そうだよ、子どもがいたなんてそんな冗談……ないよね?
確かに天使だった。艶やかな黒髪に、すみれ色のくりっとした大きな瞳。
ほっぺたはマシュマロみたいにふにふにしてそうだし、笑顔は天に召されるほど可愛かった!!
ああ、もっとちゃんと抱きしめておけばよかった……。
でも夢にしては具体的で、こうなんていうか……リアリティがあったていうか。
あれ?
「……あのさ、黒髪に天使みたいな見た目のユーリウス様って知ってる?」
「え、ええ。サシャ様、記憶がお戻りに!?」
「いやいや、全然」
まったく、これっぽっちも。
首を激しく振っていると、アニーは残念そうな表情をした。
……つまりユーリウス様は実在する人物で、何か関わりのある子だってことだよね?
き、聞くのが怖い!!でも知りたいような……もどかしい。
「……なんだ、元気そうじゃない」
隣室に続く開けっ放しの扉から、真っ赤な塊が顔を出した。
とまさしく言いたくなるような格好だ。
頭には大きな薔薇のコサージュで纏めてあって、真紅のベルベット地の波打つドレス……。
もちろん変態女装貴族のクレイです。
「ったく、ほんっとお騒がせ王妃ねぇ。勝手に脱走しておいて、意識失うなんて」
「……うう」
「ユーリウス様にもお会いしたっていうし?陛下まで出て来ちゃったから、皆大慌てよ」
クレイはため息をついて、心底うんざりとした表情をした。
でも呆れているのと同時に、愉快そうな色もちらほら……くそう、人事だと思いやがって!
と、そういえば天使、もといユーリウス様はどうしたんだろう……。
あと最後に居たはずのライもいない?
「そ、そのユーリウス様とライは?」
「……おかわいそうだけど、ユーリウス様はお部屋でお勉強。恐らく陛下なら、もう直ぐ来るわよ」
「やっぱり、ライって怒ってる?」
癪だけど恐る恐る伺うように聞くと、クレイは真っ赤な口紅に彩られた口の端を引き上げる。
まさに「覚悟しておきなさい」と言わんばかりの表情で……。
ひいぃっ!逃げ出したい!!
しかし、クレイとアニーに見張られている状況ではどうやっても無理だ。
いっそのこと、意識を手放してしまいたい……。
「……起きたのか」
そうこうしている内に、部屋に美声が響く。
よく通る声だからすぐに解った……淡々と落ち着いているようだけど、やっぱり怒ってます?
ぎぎぎ、と擬音が付きそうに首をゆっくり向けると、最後に見たときよりはくつろいだ格好をしていた。
例えるなら、スーツ姿でもネクタイと背広は脱いだよみたいな?こっちの世界の男性の礼服見たことないから解らないけどさ。
ら、ライ様、国王様としての執務はよろしいのでしょうか?
「陛下、公務の方はよろしいのですか?」
「良い、あとはあいつらで何とかなる。それよりクレイ」
「……はい」
「この度の責任、どうやって取るつもりだ?」
あ、あああの!傍若無人が形になったようなクレイが頭を下げているよ!!
しかもいつもより緊張しているみたいだし……まあ、私も絶対零度のオーラが出ているライを直視できていないけどね!
こうしているとやっぱりライは偉い人だ……部屋に緊迫した空気が流れる。
もしかしなくてもクレイは責任をとって、何らかの罰を受けなくちゃいけないのだろう。私のせいで。
……ちょっと待って!
「元はと言えば私が勝手に抜け出したのが悪いんだし……クレイに責任はないよ!」
まあ、それもクレイの地獄の特訓が原因だけどね!
ライはクレイからこちらに、ゆっくりと視線を向けた。
視線がぶつかって揺れる紫色に、同じ瞳のあの子を思い出す……あの子、ユーリウス様は泣いてないかな。
きっと、最初出会ったときのように泣いている。
あの子に会いたいけど……まずはライに心配かけたんだしちゃんと謝らなきゃ。
「……ライ、ごめんなさい」
「……まったく、この最近はお前に振り回されてばかりだな」
ふーっと疲れたようにため息をつく。
うん、心配ばかりかけてごめん。
ライだって王様なんだから色々大変だろうに、肝心の王妃がこれじゃね……。
本当どうして結婚しようと思いたったのか、謎だよね。
頭を悩ませていると、ライは言葉を続けていた。それはもうついでの何かのように。
「なら、サシャ。皆を振り回した罰に、来月の公務を言い渡す」
「へ?」
「隣国の来賓を交えての晩餐会だ。きっちり、礼儀作法を学べ」
れ、礼儀作法……?今までクレイから学んでいたこと、だよね?
え?ばんさんかい?晩餐会って、みんなでお食事すること?
それともロマンス映画にありがちなダンスパーティーみたいなこと?
隣国との晩餐会!!?どーしてそんな展開に!?
「サシャに晩餐会を承諾できてよかったですわね、陛下」
「クレイ、くれぐれも逃げ出すような特訓はやめろ」
「ええ、サシャの努力次第で善処いたします」
先程と、この変わりよう……。
やれやれといった態のライと愉快そうに微笑むクレイの二人に……間違いなく嵌められた?
茫然としている私にこっそりとアニーが教えてくれた。
「サシャ様の晩餐会嫌いは前からのことなので……」
そーゆうことかい!
目の前の二人組を一発ずつ殴りたい……。
一応お貴族様と国王様だから、だめか……。
ぐっと、拳を押さえた。うん、私ってば大人!
「サシャ、これは罰だからな。ちゃんと約束を守れよ」
「……じゃあ、ユーリウス様に会わせて!」
どう考えても要求できる立場じゃないけどさ!
とりあえずあの子に会いたい……そう言うと、からかう様なライの表情は真剣になった。
クレイとアニーまでそれにつられる。というか、心配そうな表情?
皆の様子が一瞬で変わった中、やや険しい顔でライは問う。
「……ユーリウスのことは思い出したのか?」
「ううん。でも泣いていたから……それに事実が知りたい」
もうこれ以上驚くこともないはずだ。
だって最初からいきなり8年後だって言われてるし、結婚もしているし。
その可能性については容量一杯で、今まで思いつかなかったけど……ありえるよね。
「ユーリウスは紛れもなく、俺と……お前の子だ」
ですよねー!!
ただ、ただね、私のDNAがどこにも見当たらないだけど。
ああ、あるとすれば唯一黒髪ぐらい?
それでも、容姿は目の前のライをミニマムにして可愛さだけを強調した姿……。
平々凡々の私と本当に血が繋がっているんですか?
「ユーリとお前は呼んでいた」
「ユーリ……」
ユーリ……ユーリウス、って呼ぶよりもしっくりくる。
そういえば、ユーリウス様って呼んだら驚いたような表情をしていた。
「記憶のないお前が、ユーリウスに会って何ができる?」
真直なライの言葉に、胸がつかれる。
記憶のない私に……なにができる?
……そうだ、だって王妃だって言う自覚もないのに。
言葉が出ずに、私はただ、ライを見つめるしかできない。
「それが解らないお前に……ユーリウスを会わせることはできない」
それでも、あの子は泣いているような気がするの。
どうしてか、心の奥底からそう叫んでいた。
それなのに、私は言葉がでなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
変に続いてしまい申し訳ございません。
できれば、今月中にも更新したいと思います……。
遠くなるかもしれませんがよろしければお付き合いください。