4.
「ちょっと、何コレまずいお茶ねぇ」
「そうでしたら召し上がっていただかなくてもよろしいのですよ」
「あら、あんたもメイドならもてなす義務があるでしょ?」
「私がお仕えするのはサシャ様ただお一人ですので」
何故かくつろぐクレイ様と給仕するアニーは顔を合わせて微笑みあう。
表面は美形同士の微笑みあいなのに……う、後ろに蛇とマングースが見える。
窓の外は晴れやかのはずなのに、どうしてかこの部屋吹雪いている様にサムイよ!
所詮凡人の私は、その矛先がコチラに向かないようにじっと黙った。
しかし黙ったのにそうはいかないようだ。
「とりあえずサシャ、あんたどこまで憶えているの?」
「どこまでって……まったく憶えていません」
憶えている中で、私の『昨日』はあの失恋した日。
正直そのことを考えるとまだ胸の辺りが痛いけど、それどころじゃないから大してどうってことないかな。
それよりも驚きの連続と、ありえない光景続きでそっちのほうがどうにかなってしまいそうだ。
そして最たるものがこの目の前にいる……女装変態貴族。いやほんとに、女装だ。
「そう。前から面白いとは思っていたけどここまでとは思わなかったわ」
はあ、とため息をつくけど呆れているようではないみたい。
ていうか貴方に一番言われたくないんですけど!と言い返したいが後が怖いから言わないでおこう。
それより、前からってことは『以前の私』を知っているのだろうか。
「えーと、クレイ様は私のことを知っているんですか?」
「知っているも何も、あんたの後見人はこのあたくし。それと気持ち悪いから様付けはしなくていいわ」
そういうとわざとらしく寒気がしたように身を震わした。
でも、にやにやしたその表情から面白がっているクセに、と思う。
うーん、何となく以前の関係が予想できるな。後見人って言ったし。
以前から意外にもクレイとは遠慮がいらないほど仲が良かったみたいだ。
「じゃあクレイ。どうして私がこっちの世界に」
「あんたの過去の話はしないわよ」
言う前に、先に断られたよ!
またなんで揃いも揃って過去を言いたがらないんだろう。
本当になにかあったのか?若干知るのが不安になってきたよ。
一体私はどういった人だったんだろう……今の『私』はどう振舞ったらいいんだろう。
「とりあえず、あんたが今記憶喪失なのは一部の人以外秘密だから気をつけなさい」
「はーい……」
「返事はのばさない!本当に解ってるの?」
どピンクの扇をぴしりと鼻先に突きつける。
いちいちその仕草が似合っているけど、どうみても男……。
いやでも、もしかしたら男とは限らないんじゃ……!?
「あの、クレイは男なんですか?」
「あんたその質問をす・る・な!と何度言ったら覚えるの、この鳥頭!!」
ひ、ひどい言われようだ!
しかも今の記憶の中では初めて聞いたのに!初めてなのにそんなにも目を吊り上げて鬼のように怒ることないのに!
以前からこうやって怒らせていたんだろうな、私。今後、この話題は避けよう……。
「とにかく!なにか他に質問ないの!?」
「え、えーと……そうだ!魔法とかってあるんですか!?」
そうそう、異世界といったらこれでしょ!
こう見ても読書家の私はイギリス発祥の魔法学園物も読破した!
定番中の定番の魔法要素はあって当たり前だと思うけど、トリップ物によってはなかったりするから要注意だ。
さあ、この世界に魔法はあるかな?若干ワクワク気味の私をクレイは変なものを見る目つきをした。
ていうか、さっきからその目しかしてないね。女装しているような人にそんな目をされると傷つくな。
「……あんたって本当に記憶ないの?それなのに同じ質問、2度目ね」
「へ?」
「期待したところで、あんたが思い浮かべているような魔法はないわよ」
そっか、やっぱりないのか。そんな雰囲気はしたけどね。
うーん、残念。折角現実世界じゃありえないことがあるかと思ったのに。
今までの感じから似ているのは中正ヨーロッパ風。でもそれにしてはなんだか文明が発展している感じ。
だって部屋の明かりは蝋燭とか火とか使うんじゃなくて、どうみても電化製品みたいだもの。
一体どうなっているんだろう?置いているスタンドの照明にはコードはないし……。
「魔法はそりゃ遠い昔にはあったかもしれないとは言われているわ。でも今はそんなものは聞いたこともないし見たこともない……ただね」
「ただ?」
「ウィートランドの王族には呪いが使えたという伝承は残っているから、陛下にでももう一回聞きなさい」
ま、まじない?呪いとかそういうの?ていうか陛下って……ライのことか。
確かに見た目だけならライって魔法とか使えそうだけど。でも伝承って事は昔の話だよね。
クレイの口振りからすると、今はそうでもないみたいだし。
さっきから疑問は全部ライに投げられているのが正直納得いかないけど。
とりあえず、すっきりしないまま頷いておいた。
「さて、そろそろ本題に入るわよ」
「本題?」
「だから、あんたを再教育するため来たっていってるでしょ」
そうって指をパチンと鳴らすと、アニーとそのほか2名のメイドさんが現れた!
初めて見る顔のメイドさん2名も美人っていうか、どちらかというと可愛らしい感じの子だ。
顔立ちに幼さがあるから、きっと未成年だろうな。
私と同じぐらいの16歳かな?同級生にもこんな可愛らしい子っていなかったような。まあ今は私は成人しているけどね。
ここの制服なのか、フリルのあるメイド服がヘンに似合っていてコレが『萌え』というものか!
「サシャをドレスに着替えさせて頂戴。立ち振る舞いの特訓をするわ」
「はい、かしこまりました」
「では早速失礼致します」
新たなる世界を垣間見て目の保養にしていたら、突然可愛いメイドさん二人に腕をつかまれた!
両腕にくっつかれて、まるで拘束されているみたい。
いや、もしかして本当にそうだったりして……?
嫌な予感がして冷や汗がつたる。
すると目の前に立ったアニーがものすごい笑顔だ。
「サシャ様、お着替えしましょうね」
……悪夢、再び。
顔の引きつる私に、両腕のメイドさん二人も物凄く興奮した笑顔。
私に対して好意的なのは解ったけど、私には味方が居ないと悟った瞬間だった……。
これからの自分の運命に顔を青ざめていると、さらに地獄のような一言。
「あとコルセットもきつく締めておいて」
アニーの後ろではクレイが妖しく笑う。
ていうかこのドS!絶対に楽しんでいるよ、この変態女装貴族!
睨みつけるけれど、どこ吹く風か。まったく怯んだ様子もなく。
声にならない悲鳴とともに、私はいいように弄ばれましたとさ……。
きつく締め付けられたコルセットは凶器であり、やっぱりの目の前の女装貴族はスパルタのドSだ。
美味しそうな食事も、豪華な部屋も今は地獄そのもの。
私はこいうったことが全く向いていないことを知りました。
淑女の道は遠いようです。
ていうか本当に王妃だったのだろうかというほど、道は遠いのであった……。
■サシャ
異世界トリップした一応王妃様。
適応能力は作中一番かもしれないほど、ポジティブ。
■クレイ
ウィート国の古くからの諸侯であり、サシャ王妃の後見人。
しかしその正体は、ドSの女装変態貴族。
どうみても男だが、美形補正で女装が似合っている。
■アニー
王妃様命の侍女の鏡。
王妃が着飾るとキャラが少し変わる。
■メイドさん二人
王妃付き侍女で、王妃のことを慕っている。
アニーと同じような属性の二人。
可愛い子ちゃん
■ライ
ウィート国の王様で、サシャの旦那様。
作中登場回数が少ないけど、執務中です。
次回はきっと登場予定。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
そして遅くなってしまい大変申し訳ございません。
今回でとりあえず朝は終了です。
次回も是非よろしくお願い致します。