21.
お客様専用の豪華な正門の裏には、当然従業員用の入り口がある。
大きな荷物を運びいれることもあるから馬車が通れるぐらいに広い出入り口には、出入りを管理する門番がいた。
まあ国のトップの別荘になるんだし、それぐらいは当たり前か。それより意外にも人の出入りが多くて少しだけ騒がしい。出入りの手続きのため、窓口には何人か並んでいるし。
なんていうか、お役所って感じ?まあ、あながち間違いでもないのだろうけど。
「あれ?二人でどこかに行くのかい?」
「ああ、お妃様のたっての要望で買い出しを頼まれてね。お付きの彼女と行くのさ」
ふうん、と門番の人がちらりと視線を向けてくる。
きっと近くで見たことないから顔は知らないはずだけど、内心は心臓が痛い!
愛想笑いだけを返していると興味を失くしたようで、ルーイの提出した出入りの届出書を受け取って承認の為の判子を押しそれをまた返す。
ありがとう、と一言だけ返して、出口に向かう。
その出口の向こうは、もう賑やかな街の中だ。
「そとだー!」
「ちょ、変装しているからといって目立つようなことはやめてください!」
ぐーっと手を伸ばして背伸びをしていると、先程まですまし顔のルーイが焦ったように手を引く。
むしろそのせいで、周りの人が一瞬だけ視線を向ける。
そのびみょーな空気を察したのか、うっと呻いてから手を離した。
「とにかくバレたら大変なことになるんですから大人しくついてきてください」
声のトーンを落として、その連れ出した張本人が釘を指す。
でも折角の外なんだし多少テンションが上がるのは仕方がなくない?と思いつつ、バレたら大変なことになるのは私もだから気を引き締めるつもりで、ややずれ下がった眼鏡を上げた。
なぜ眼鏡をかけているかというと、部屋にきたメイドさんを思い出していただきたい。
どうやら彼女たちは私がこの別荘に来たときに所謂『お忍びごっこ』をするときの協力者らしい。
二人で入室して一人が部屋に残る役目で、もう一人が部屋を抜け出した後の案内する役目。街でのお土産を条件にお願いしているらしく街で人気のお菓子のリストを貰った。
勿論提案者は『記憶をなくす前の私』らしい……。まあ、いつもは他にもいるらしい協力者と一緒に街に繰り出すから危険はないにしても、一応王妃様だよねぇ!?
ライにバレたことないのだろうかと疑問に思いつつ、今回も忍んでいるんだけど……あれ、この手ってユーリのときにも使ったよね?私の定番なの?……それとも進歩ないの?
とにかくルーイはこの『私の使っていた』策を利用して連れ出した。記憶喪失であることをごく少人数にしか伝えなかったからこそ今回は成功したんだろうなと思う。
「ね、ここって一番賑わっているところなの?」
大人しくルーイの後をついて来ているけど、やっぱり周りは珍しい。
あの舘の周りは高級そうなお店がズラーって並んでいたけど、裏道をちょっと行ってから大通りに出ると市場みたいな雰囲気だ。
露店商とか屋台とか、見たことのない飾りとか美味しそうで香ばしい匂いとか。どこを見ても異国の雰囲気があって楽しい!
「そうですね、ここは商業特区でもあるので。でもこちらの東区より西区の方に隊商の受け入れがあるので一番新しいものはあちらですね」
「へぇ。あ、あれ美味しそう!」
あの屋台の、食べたいなーチラッ……とかあざとい真似をしていると、ルーイが疲れたようにため息をついて懐を探った。
指さした屋台はクレープみたいなもので、好きな果物を包んで焼いてくれる食べ物だ。
生クリームは無いけど果物はシロップ漬けで、まんまとせしめて買って貰ったものを食べると果物の味が生地と絶妙にマッチしていて美味しいよ!
なんか今になって異世界気分が沸いてくる。
「ほら、早くいきましょう。商業特区から、逗留地区まで行かなきゃいけないんですから」
もぐもぐしながら、歩き出したルーイの後を再びついていく。余計な道草みたいに言うけど、激甘のやつ食べて満足そうなのはルーイの方だ。
腑に落ちないけど、それよりも疑問を口にする。
「逗留地区って?」
「この街は商業を特化させている街で有名なんですよ。それこそ、1日で周りきれないほどに。何日もかかるので自然と宿泊施設も整えられて大きくなり、それで出来たのが逗留地区です。あと、すぐに売れるように工房とか工場が連なっている工業地区もあります」
「なるほどね」
「ちなみに逗留地区には昨夜の晩餐会に招待された客も多く滞在していますよ」
「えっ」
昨日の晩餐会の一部の国賓はあの館でもてなすことが可能なんだけど、やっぱりそれだけでは部屋数が足らないはずだ。
だから王族の国賓以外の人達は違うところを用意しているんだけど、この街の高級宿に泊まるのもステイタスだから文句はでないんだって、クレイが言っていたっけ。
……あれ、もしかして私を知っている人いるんじゃない!?
「それってまずくない?」
「だから目立つようなことはしないでくださいよ?貴女の特徴である黒髪黒目は隠しているんですし、普通にしていれば分からないです」
普通顔で悪かったな。
いや、ここは平凡万歳というべきか。うーん、なんとも言えない気分。
確かに街に出て、ウィート国以外らしき人も何人かすれ違ったけど黒髪黒目のひとはいない。
藍色の髪とか、ちょっと惜しい人はいるけど、概ね茶髪とか、赤毛とか。
異世界の定番なのだろうかと思っていたけど、この周辺国に居ないだけで遠い国にはいるらしいとか何とか、結局どっちなんだ。
「でもあの貴族にあったら、危ないですから裏道から行きましょう」
「貴族ってクレイのこと?」
「そうです。彼はこの街を牛耳っているので、間違いなく挨拶回りに逗留地区に来ているはずです」
牛耳っているなんて言い方すると、マフィアのボスみたいだね。
ああ、でも否定はしない。悪どい取引とか、拷問とか得意そうだもん……ってハマりすぎてかえって笑えるわ。
あれ、でもクレイって一応この国の三公主の直系だから会える人は限られているはず。
アリスのところにいくと会う危険性があるってことは。
「……ねえ、ルーイの主のアリスってもしかして偉いひと?」
「それは会ってみれば分かりますよ。まあでも昨日の晩餐会に呼ばれるほどの身分ではありますね」
ちょっと自慢げなのは、ルーイが主ラブだからだろう。
ということは、ルーイもいたのかな。むしろ、早く言ってよ!という気持ちもあるけどさ。
文句は押し黙って、裏道をどんどん突き進むルーイのあとをついていく。
何回曲がって、何回階段降りて登って、何回橋を渡ったかなんてもうさっぱりわからない。
ルーイを見失ったら私は間違いなく迷子どころか命の危機だ。
キョロキョロ見回すこともなく、ルーイの背中を見詰める。裏道入ってから珍しいものもないし。
「着きましたよ」
「え?」
見上げたそこは、思っていた場所とは違っていた。
ほら、逗留地区は高級宿街と聞いていたから豪華絢爛なイメージでいたんだけど。
目の前にあるのは、普通の一軒家。普通といっても裏道は建物同士に隙間なく建っているから普通の郊外であるような庭付き一軒家ではなさそうだけど。
これならもう雑居ビルみたいな感じ。これはこれで異国テイストなかんじで味があるけどね。
「さ、こちらです」
「ねえ、本当にここなの?」
「そうですよ」
豪華絢爛なイメージだったのに、内心がっかりしながら建物の中に入る。
建物の中は普通の作りで普通のご家庭みたいなんだけど、どこか生活感はなかった。
実際元居た世界の自分の家に雰囲気が似ているからこそ感じだと思う。奇妙なひっかかりというか、違和感というか。
うーんと唸る私にお構いなしに、ルーイは一番奥の部屋の扉を開ける。
すると、私の疑問を解決する答えがあった。
「この地下通路は宿までの直通です」
「え、直通って……なんで!?」
「それは偉い身分には色々あるということですよ……さあ、暗いので足元には気を付けてください」
ルーイの手元の明かりだけが頼りのようで、先が見えないぐらいにずーっと道は続いているみたいだ。
これって、隠し通路ってやつ?いざとなったら逃げだせるようにとかの……。
うわっすごい、ちょっと憧れてたんだよね!
忍者屋敷みたいな存在は、やんちゃな子が一度は夢見るもんでしょ!
違う意味で胸を躍らせながら、私は一歩を踏み出す。
この数時間もない後、私は見えなかった真実の一部を知ることになることも考えずに。
前回より、時間が空いてしまい大変申し訳ございません……。