20.
私にも一応の警戒心と言うものは備わっている……はずだ。
ただ、一人きりの部屋で気付かせるように窓に小石をぶつけているこのシチュエーションは、正しく定番で!一瞬だけ胸が高鳴ったのは言うまででもない。
だけどこの場合2つの可能性がある。
一つは、ロマンス的な展開。でも私は一応人妻だし王妃としての立場があるし?それはないだろうけど、もしあったとしても却下だそんなもの。
となると、目障りな王妃を暗殺するための刺客か!まさかの王宮陰謀展開編!?
「ってどうでも良いこと考えている暇があったら早く答えてくださいよ!」
少々息を切らせつつ窓から入ってきたジャニ系フェイスの侍従の男には見覚えがあった。
というか、何となく予想通りの結果だったなぁ。
勿論その人物は初代?不審者のルーイくんである。
ここは二階だと言うのに、がんばって壁を登ってきたようで。
「やっほ、ルーイ」
「やっぱり分かってて無視ですか……」
がくっと項垂れているその姿は板についているところからして、ルーイの役回りが見えてくる。
今日は侍従の服を着ているところから、一般的な侍従のフリしてここまで来たのだろう。
何度も思うんだけど、ここの警備って大丈夫なのか!仮にも国家元首の滞在するところなのに……。
「久しぶり。ていうか、よく入ってこれたね」
「まったく、この警戒体制のなか入ってくるのは大変でしたよ。そのせいで遅くなっちゃったんですから」
どうやらルーイはもう少し早めに接触しようと試みたみたいだ。
だけどいつも、誰かが私の側にいて接触は難しい。
だから今日はまたとないチャンスとも言える。
「今日は王様もあの貴族も居ないんですね。多少見張りが緩くなっていたおかげで入ってこれました」
「あー、うん。ライは王都に一回戻ったし、クレイたちは私の代わりに挨拶周りをしてくれているからね……一先ずは怪しい人がいなかったみたいだし」
それに私が眠っていた夜のうちに、不審者がいないか総出で夜通し確かめていたようだ。
特にウィルハルトさんに警戒しているライは徹底的に捜査の指示をさせたみたいだけど、今朝になってウィルハルトさんが国外に出たという情報を掴んだらしい。
曖昧にだけど朝食の時にライが教えてくれた。
そういうわけで、とりあえずは安心して私を置いてここを離れたんだろうけど。
不審者は一人だけではない。まあウィルハルトさんに比べれば、危険そうな感じはしないけど。
「……ウィルハルト・ヴェルクノーグが接触してきたそうですね」
「え?ルーイはウィルハルトさんのこと知っていたの?」
「ええ、彼も謎を紐解く鍵の一人ですから。貴女に接触してきたということは、また良からぬことを企てているんでしょうね」
と言いつつルーイは全く興味のない様子で、さらりと話を流した。
それより謎を紐解く鍵の一人って?
良からぬこと……は恐らくウィート国の王位を諦めてなさそうだし、それに向けて反乱とかを起こすつもりなんだろう。
ルーイの言う謎と言うのは、予想が外れていなければ多分。
「ウィルハルトさんが私の異世界に来たことに関係しているんだね」
「それは……やっぱり貴女に何も話していないんですね」
やっぱり?
まだ二回目しかあっていない人の方を信じるなんてどう考えてもおかしいと思うはずなのに、じんわりとまた疑惑に感じているモヤモヤが広がる。
ううん、本当は知っているんだ。ルーイの言葉を信じていたことを、覚えていないけど知っている、だからじっとルーイの言葉を待つ。
この機会はまたとないチャンスだから、ルーイが提案してくるのは解っていた。
「詳しい話は、俺の主のアリスからの方が良いと思います……だから、俺と一緒に行きませんか?」
「真実は知りたい。でも待ってるって約束してるから……行けないよ」
私はこの館からは出ないと約束したから。
記憶を失ってからただ優しかった皆。確かに疑問は持っているけど、みんなのことを信じていないわけではないから、真実を知れるからと言って私から破るなんてできない。
それに約束破ったときのことを思うと若干2名のお叱りに震えが止らないっていうのもあるけど、まだ2回しか会っていないルーイの言葉に乗って皆に心配かけるわけにもいかないし……ああ、でもすっごく気になる!
「でも貴女が信じている人は何も教えてはくれないじゃないですか。それに約束なら俺たちの方が先です」
「え?」
「貴女が王様と話したら俺たちの元に戻ってくるって約束したんですよ」
記憶がないんだからそれはノーカウントではないですか?
しかし痛いところをついてくるな……確かに今のままでは恐らく私は私の真実に辿り着けないだろう。
なぜならウィルハルトさんが良い例だ。
接触がある可能性あるにも関わらず、実際に接触するまでその存在が伏せられていて今になっても詳しくは教えてくれない。
だから知るためには私から動かなくてはいけない、けど。
「ルーイはどうして私のためにそこまで動くの?」
「俺はアリスのために在ります。だからアリスが望むことは叶えたいんです」
「アリスの望みって?」
「アリスの望みはとある人物との再会です……その為には貴女が必要なんです」
真っ直ぐな視線が私に向けられる。多分ルーイは嘘は言っていない。
まだ見ぬアリスのこともルーイのことも記憶がまるで戻る気がしないから、どこまで本当なのも解らないけど、信頼はしていたんだと思う。
そうじゃなきゃ昨日の今日で声をあげれば部屋の外で待機している警備係が飛んでくるとはいえ、不審者であるルーイを部屋にいれて話しなんてしないし。
そしてルーイが二回とも一人で潜入したところからして、アリスが会いに来るのは無理そうだということも解る。
……となれば、この機会を逃さない方が良いのは実は私なのかも。
「……夕飯前には戻ってこれる?」
きっとクレイは許してくれないけど、と心のなかで既に土下座状態。
ば、ばれなきゃ良いし!大丈夫だよね……。
とにかく自由になる時間は恐らく昼御飯から夕飯前の間だけ……昨日の疲れで少し寝るって言えば見に来る人はいないはずだ。
だって外だけ見張れば侵入者も、私が脱走するのもすぐ確認できるから。
多分そのつもりであろうルーイは私の言葉に心得たように、だけどどこか悪戯を企んでいるかのような笑みを含ませて頷いた。
「では早速貴女はお茶を頼んでください。あのお付きの侍女は足止めをしておきますので、お茶を持ってきた侍女の言うことに従ってくださいね、くれぐれも記憶がないことを悟られないように」
「え、ちょっと、お茶?」
「そうです。あ、ベニラン茶っていうのを指定してくださいよ。それが合図ですから」
と言いつつルーイは来たところか戻るように窓に足をかける。
ってそんな断片的な情報だけでいいの!?
ていうか仲間がいるの!?
私が質問する前に窓から出ていったルーイの姿はあっという間に見えなくなる。またか。
あいつ、何者だ……もしかして忍者じゃないだろうか?
こんな異世界にも忍者がいたなんて……と感激している場合ではなくて。
ちょっと迷ってから、部屋の入り口の扉を少し開ける。
顔だけだして覗いてみると、やや驚いた表情の兵士さんが二人して私の方に注目していた。
「サシャ様、どうされましたか?」
「えーと、お茶がほしくて……ベニラン茶が!」
私の言葉に納得しつつも不思議そうに兵士さんたちは顔を見合わせると、一人が頷いて持ち場を離れる。
恐らくメイドさんを呼びにいっているのだろう。
「サシャ様、ご用の際は部屋にありますベルを鳴らしていただければわざわざお声掛け頂かなくても……」
「あ、そういえばそうだったね!ごめん」
あははと笑いながら部屋に戻るけど、勿論顔を出したのはわざとだ。
足止めをするとは言っていたけど、ベルを鳴らせばあのお付きのメイドさんが真っ先に来るだろう。
それに部屋の外の警備も見ておきたかった。
私が前に偶然部屋に一人だったチャンスに脱走してみて迷子になった日から、ライもクレイ達も居ないときはこうして部屋の外に見張り役みたいな警備兵が立っている。
いざとなったときに動揺しないためにもね。
「サシャ様、お茶をお持ちしました」
短いノックのあとに、メイドさんらしき人が声を掛ける。
一言で部屋にはいることを了承すると、カートを引いたメイドさんが二人入ってきた。
一人は昨夜の準備の時にもいたおっとりとした雰囲気のお姉さん。
もう一人はメイドさんには珍しく眼鏡に2つの三つ編み髪の子だ。
私の記憶がないことを一部のメイドさんには打ち明けているけど、その時もしもに困らないようにと顔合わせはしている。
二人ともその時には居なかったので、私の事情は知らないはずだ。
どうしたらいいのか分からずにいると、おっとりお姉さんの方が視線があってニッコリ笑う。
「サシャ様、いつもの手筈ですね」
「へ?」
「違うのですか?てっきり抜け出すための合図かと思いましたが」
「う、ううん!そう、その通りだよ!いつものように宜しくね」
いつも、ってまさか私は……。
となると、このあとどうなるかは何となく予想がつく。
記憶喪失前の私に呆れつつも、心がときめいたのは言うまででもない……。