19.
ヴァード国はウィート国に近くて、実は馬車で1日も行けば着くところにある。
元々歴史的にも同じ国だったのが分裂したようなものだったし、隣国だから当たり前か。
だから体調を崩されたアデリーヌ様も一旦休養のため国境付近にあるヴァード国の持つお城に移動するらしい。
どうせならここでゆっくりすればいいんじゃない?とは思ったけど、どうやらそうもいかない事情があるみたいで。
「え!赤ちゃん!?」
吃驚してつい声をあげてしまった私に、アデリーヌ様は頬を赤く染めて恥ずかしげに、だけどとても嬉しそうに頷いた。
新婚と聞いていたように、まだお二人には子供はいないのでこれはビックニュースだ!
だからウィート国から出て自国に戻るのを急ぐのも納得。
ヴァード国の国王さまであるコンラート様もとても幸せそうな表情でアデリーヌ様に寄り添っていた。
お似合いのお二人に見とれていると、アデリーヌ様が頭を下げる。
「サシャ様には大変お世話になりました。ありがとうございます」
「おめでとうございます!って倒れたりしちゃだめじゃないですか!」
「大丈夫です。今日はゆったりめの服装ですから」
ふんわりしたAラインのワンピースのようなドレスを見せるように裾を軽く持ち上げる。
ボディラインの出ないその服は可憐で可愛らしいくて、アデリーヌ様によく似合っていた。
逆に昨日のドレス姿のアデリーヌ様は羨ましいぐらいに細かった、もう内蔵つまっていますかと問いたくなるぐらい。
えーと、それはもしかして、つまり?
「実は外交が初めてで睡眠不足の上での……コルセットでしたので」
まさかここでコルセットが原因だったとは!
恐るべし、コルセット!
そう言う私も今日はコルセットは無しで、まあ補助下着みたいなものはつけてますけど。
体調最悪のなかの晩餐会で、しかも悩んでいたみたいだから睡眠不足で貧血を起こしたのだろうと医者からも言われたみたい。
……そういえば、昨日の話は大丈夫なのかな?
コンラート様がいる前で話してもいい内容か分からなかったので言いあぐねいていると、察してくれたのかアデリーヌ様は柔らかく微笑んだ。
晴れ晴れとした表情で、その表情からしてもう心配はいらないことが分かった。
アデリーヌ様は素直で可憐で、でも話してみると決して浮世離れはしてない誠実な人。
きっとコンラート様はアデリーヌ様のこの綺麗なところに惹かれたんだろうな……。
だってさっきからこの締まりの無いコンラート様の顔は、例え自国民であろうと見せていけないものでしょうよ。
「それとこのペンダント……母の形見だったので見付けて頂きまして本当にありがとうございました」
「このペンダントが私達が出会うきっかけでもあったので、私からも礼を」
国のトップであるのに、二人して深々と頭を下げるのは異例だ。
でも……本当は拾ったのは正確に言うと私ではないからなぁ。
ライから昨日の侵入者を許してしまったことは国家間の信頼に関わるから黙っておくように言われているから本当のことを言うことはできないし。
二人がお礼を言うのに対して何となく罪悪感がするのは、きっと私はアデリーヌ様との約束を果たせなかったからだろう。
でも取り返したのは私だから別に約束は破っていないってライは言ってくれたし。
いいよね、とライを少し伺ってみると、気にしすぎだと言わんばかりに小さく苦笑を返された。
「頭をあげてください、お二人とも。色々大変でしたが、また是非遊びに来てくださいね!」
本音を言えばもっとアデリーヌ様と話してみたかったし、ヴァード国のことも聞きたかったな。
赤ちゃんが生まれるまで、当分先はアデリーヌ様とは会えないし。
内心残念がっていると、アデリーヌ様は察してくれたのか嬉しいことをいってくれた。
「ええ、是非。宜しければサシャ様もヴァード国の方に来てください!」
にっこにこの様子でアデリーヌ様に抱き締められた、というより飛び付かれる勢いだった。
ちょ、隣のコンラート様が焦っているよ!
私も一瞬驚いたけど、ふわっと香る花の匂いについつい受け止めて抱き締め返してしまった。
何か可愛いよね、アデリーヌ様。
私には妹はいなかったからわからないけど、いたらこんな風に可愛い妹がほしいな。
「では、またいつか」
今日は急ぎということもあって特別に門のところで見送りで、お二人が馬車に乗っていく。
というか、馬車って言うかもう豪華なキャンピングカーみたいな規模なんですけど!
中はどうなっているのだろう……ウィートにもないのかな?
悶々とヴァード国の馬車っぽいものに思いを馳せていると、小窓から名残惜しそうにアデリーヌ様が顔を出して手を振ってくれた。
それは見えなくなるまで振ってくれて、何だか寂しくなる。
「さて、俺も行くか」
「では私達も諸侯へのご挨拶に伺いに参ります」
「ああ、頼む」
頭を下げているクレイ達を一瞥してから、ライは私の方に近づいた。
おもむろに頭に手を置いて、軽く撫でるようぽんぽんっと叩く。
なんか子供あやすみたいな扱いだけどライの微笑みをみて、さっき何となく私が寂しく感じたことに対して慰めてくれていることが分かった。
「このまま王都に戻る。暫くゆっくりしていろ」
「……うん。待ってる」
私の言葉に満足したのか、さらに笑みを深くしてから踵を返し支度のために別れる。
ライとクレイたちに別れてぞろぞろと移動を始めるけど、そういえば私ってどうすればいいのかな?
完璧取り残されているというか、手持ちぶさたじゃん?
まあ勉強しろって言われてもしたくはありませんが。
と、何となくクレイ達の後を付いて行っていたら、クレイが突然振り返った。
「あんた、くれぐれも部屋で大人しくしてなよ?」
「へっ」
「どうせ、お忍びで街に出てみようとか思っているでしょ」
ぎくぎくっ!
実は先ほど見送りの時に城門から見た感じだと、街からは離れていないことに気付いたんだけど。
というか首都のお城が街からやや見下ろすように離れて作られているのに対して、この城自体が街の中心部にあって、門から外は商業エリアが賑わっている。
だからちょっと外に出ればそこはもう街の中というわけで……。
どうして考えていることが、わかったんだ!
全部表情に出ていたのかジト目でクレイは睨めつけて来て、私はさながら蛇に睨まれたカエルのように身を縮まらせた。
迫りくる説教にたらりと冷や汗が流れるのを感じたころ、クレイが突然大きくため息をつく。
「……ちゃんと終わったら連れて行ってあげるから」
「え?」
「それまで我慢していること。解った?」
睨むようなきつい眼差しだけど……なんだか留守番を心配するお母さんのような目をしている。
時々クレイってお母さんみたいに心配性なところがあるというか……ううん、なんだかむず痒いな。
べ、別に気持ち悪いとかじゃなくてなんだけど、妙に過保護というか。
でもそれは私をちゃんと心配してっていうのが分かるから、何となく反省してしまう。
「わ、わかったよ。部屋で待ってるから。絶対に連れて行ってね」
「解ってる。じゃあ、私たちはここで」
「サシャ様、今日は恐らくお伺いできないと思いますが、必ず明日には戻りますので」
「アニーもごめんね。よろしくお願いします」
ちょうど部屋への分岐である廊下で、クレイたちとは別れる。
アニーはなんだか寂しそうな顔をしていたけど、クレイの隣に並んだ時にはもう立派に貴族の令嬢のように背筋を伸ばして寄り添っていた。
クレイもこうして見ると本当貴公子のようにしか見えないからお似合いなんだけど、二人とも目が笑っていないよ……。
「サシャ様、これからいかがなさいますか?館をご覧になりますか?」
「んー、いいよ。部屋でゆっくりしているね」
もしこの館で私を知っている人に出会っても大変だしね。
私にどうするかを聞いたメイドさんは事情を知っている数少ない人だけど、みんながみんな知っているわけではないからそうそう気を抜くことはしない方がいいだろう。
記憶失くす前と行動パターンは一緒とか言われるけどね……。
そんな私の考えを察してくれたのか、頷いてから滞在している部屋に案内してくれる。
寝室とリビングのような部屋の二間続きの滞在している部屋についてから、お付きのメイドさんたちにも下がってもらった。
何かあったらベルで呼べば来てくれるらしく、完全に私一人の部屋でソファーにお行儀悪くごろ寝しちゃう。
こうやって長い時間一人になるってもしかして初めてかな。
そういえば、ずっと誰か一緒にいることが多かった……クレイやアニーとか、他のメイドさんたちも常に傍にいたし。
ちょっとそこまで一人で歩いていると必ず誰かが急いで追いかけてきていたから……今思えば迷子にならないように、それとも……?
「私を見張っていた……とか?」
……まさかねー!
と思いつつもじわりとモヤモヤが広がるようにその考えが頭から離れない。
ウィルハルトさんの言葉に影響されすぎているのもあるけど、私にようやく周りを見る余裕が出てきたからこんな風に不信感に気付いたのだろう。
そもそも最初からどこかおかしかったはずなのに。
と、思い返していると私しか居ないはずの部屋に、静寂を破るように何かを叩くような音が響いた。