18.
そういえば、ウィート国の気候には真夏っぽい夏はないらしい。
その代り冬がちょっと寒さが厳しくて、それ以外の季節では穏やかで過ごしやすい環境にある。
つまり春初夏秋冬みたいな?日本と近いようで、やっぱりちょっと違うんだね。
そして初夏の終わりの緑の月では、雨が全く降らずそのかわり快晴がずっと続く。ちなみに緑の月というのは、この世界にも暦というものであってその中の一つの月なんだけど……説明が長くなるので省略でいいか。
とにかくずっと快晴で、のんびり日光浴やお外でお昼寝がしてみたい今日この頃。
私は正座を強いられております。
もちろん目の前には怒れる巨人……ではなく、私の教育係兼後見人のクレイ・ラウリ・アルムグレン様がいらっしゃります……。
しかもしかもなぜか今日は男装の正装の方で!いや本来ならこちらの恰好が当たり前なんだけど、もう晩餐会は昨夜に終わったというのに……。
これはもしかして嵐の前兆か!明日は雨が降るのか!
「……全然、反省してないねぇ?」
ひいぃ!この地を這うような低い声色はまさしく怒りも頂点ですね!
巨人と揶揄したけど、威圧感でそれはもう揶揄じゃないところまで来ているのは気のせいではありませんね!
が、眼光も先ほどよりも鋭くなって……それで息の根がとまりそうだ……。
深く項垂れて、このまま土下座に持っていくしかなさそうだ。
と、床というか柔らかく手触りの良い絨毯に手をついたところで、私の鼻腔に美味しそうな匂いが届く。
「クレイ様!サシャ様になんてことをさせるのですか!」
食事とともにやってきたアニーが、クレイと私の間に駆け寄る。
おお、救いの神が!
そういえば、昨日の晩餐会も半分ぐらいだったし何だかんだとお夜食は食べれなかったことだし、お腹の中で怪獣が叫んでいるよ!
朝起きてここのメイドさんたちに髪とか整えてもらって朝食かなって思っていた矢先、クレイ襲来という流れだからまだ朝ご飯も食べてないし……。
整えられていく朝食の支度と、ずっと私のお腹の音が聞こえていたからか、クレイは眉間に渓谷並みの深い皺を寄せてため息をついた。
こういった仕草をする時は諦めた時で、ようやく渋々お許しが出たみたいだ。
嬉々としてテーブルに着いたら、珍しくクレイとアニーも同席した。
今まで二人はお妃教育でのテーブルマナーの時ぐらいで、そのほかには滅多に同席することはなかった。
それに、アニーもメイド服じゃなくて貴族のお嬢様がするようなきちんとした格好だ。
いや、クレイと一緒で本来の姿なんだけど、見慣れないから珍しい。
「ねっ、なんで二人ともそういった格好なの?」
「挨拶回りがあるからだよ……誰かさんが記憶失くして公務できないからね?」
ははは……すみません。
なるほど、やけに機嫌が悪いのはこれも理由の一つだからか。
なんだか気まずくなって、黙ってパンを食べる。
アニーが何やらフォローをしてくれたけど、曖昧に笑みだけを返しておいた。
実際こういったことで迷惑をかけ続けているのは確かだ。
昨夜の晩餐会は何とか乗り越えたけど、それもクレイをはじめとする以上を知っている人たちにフォローをしてもらわないと駄目にしていた。
私は王妃でそれがライの、ひいてはウィート国の評価に繋がるということをきちんと理解しておらず、昨日の夜の不審者ウィルハルトさんの言葉でようやく実感する。
役に立たない飾りの王妃、か……。
確かに今まさにその通りで、反論する余地もない。
まあ、あのウィルハルトさんが負け惜しみみたいに言っていたとしてもね。
「サシャ?どうした、手が止まっているな」
「ら、ライ!あ、朝ご飯食べに来たの?」
誰も座っていない席にも用意されていたから、おそらくライだろうと思ったけどいつの間に!
ライは朝起きてから昨夜の仕事が残っているらしく執務に行ってしまった。
朝のお勤め、ご苦労様です。ってなんか違うか。
王都から離れているのにこんなところまで仕事なんて大変だな……いやそもそもここにいるのも仕事の一種だっけ?
「朝食が済んだらヴァード国夫妻に挨拶をする。それから一度王都の方へ戻るからな」
「そっか。結構急なスケジュールだね」
本音を言うと、もうちょっと滞在してみたかったんだよね。
王都のお城はインテリアが質の良いものって言うのはわかるんだけど、どっちかというとシンプルなスウィートルーム。
こっちはまさしく豪華絢爛で、気分はセレブな感じだから楽しんでみたかった。
聞いた話だけど、この館には昨夜の庭園に他に遊技場とか池とかあるとか。
それに、この街の商業は王都よりも盛んで賑わっているとか!
そういえば私って街に出たことないな……行きたかったな。
「戻るのは俺だけだ。お前はこちらに居ていいぞ……代わりにユーリウスがこちらに来れるように手配した」
ライの言葉に驚いて、顔を上げてその綺麗なお顔を凝視。
どうやら本当にライからの言葉のようだ。
え、それってつまり、バカンスしていいですよってこと?
帰るのはライだけなの?
「俺も王都での仕事が片付き次第こちらに来る。しばらく大きな行事もないし、休養ということでゆっくりするのも悪くない」
「い、いいの?だって私まだまだ王妃としての仕事が出来ていないのに……」
「昨日の晩餐会で役目を果たしただろう?それに毎年この時期にはこちらに滞在していたしな」
ちょうど緑の月の半分過ぎた頃、収穫祭までのちょっとした空いている時期には官吏とか加工業とか職人の人とかが休暇をとるってクレイの授業でいっていた。
勿論農業とか商業とかで休む人は少ないらしいけど、それでも半分の人が休みだと大きな経済効果が期待されて最近では推奨されているとか。
何となくゴールデンウィークみたいとは内心思いましたとも。
「でも……」
その分クレイたちが代行して挨拶回りとかしなきゃいけないし……のんびりしていてもいいものなのかな。
記憶がないにしても……ほら、何て言うか心苦しいと言うか。
ちらりとクレイとアニーに視線を向ける。
視線の意味を受け取ったアニーはまるで菩薩のように優しく微笑んだ。
「お気になさらずに、ゆっくりしてくださいませ」
「そうそう……まあ、どうせそろそろ一緒に挨拶回りをしないと何処かの嫌味男が煩いし」
何処かの嫌味男とは……もしかして?
思い立ったのと同時に話を聞いていたライが苦笑まじりな表情を見せた。
恐らく同じことを思ったんだろう。
本当仲悪いなーこの二人……。
それなのにアニーと婚約しててもいいのかな?
見た目だけはお似合いの二人だけど……あ、でも政治的な意味もあるっていっていたっけ。
「でもゆっくり出来るのはここにいるときだけだから覚悟しときなさい。帰ったら今回のことをみっちり復習するからね」
……じょ、女装じゃないのに一瞬スパルタ教師の姿が見えたよ!
折角の貴公子風が台無しだ。いやそんなことより、帰ったときのことを考えると今から恐ろしい……!
絶品の朝食が喉を通らなくなりそうだ。といってもあとベーコン一切れだけですが。
「ではサシャ様。お見送りのために正装にいたしましょうね」
ベーコン一切れも食べ終わった頃、アニーのにっこりと語尾には音符さえもついていそうな弾んだ声。
あれ、これも何処かでデジャビュ……?
アニーの顔が生き生きと輝いている!
「昨夜は折角機会でしたのに立ち会えなかったのですが今日は立ち会わせて頂きます」
「あ、アニー?」
「サシャ様にはもっとレースやフリルのついたお洋服の方がお似合いですのに」
アニー、それはいい歳した私がしていい格好ではないんだよ?
さらに言うと、平凡な私の顔には悲しいけど非っ常ーに似合わないのですよ?!
だから思い直して!
……という必死の懇願むなしく、アニーが私の精神を抉るような服を当ててきたのは言うまででもない。