夜話4
目を開いてまず視界にはいったのは、当然天井だった。
ここの天井は国王夫婦や国賓のお客様が休むときも癒しのために細かいところまでも趣向が凝っている。
なので王都の城の天井は不思議な紋様のようなのが刻まれているのに対し、ここでは絵が描かれている。
確かこの絵はウィートランド創立の時の祝福を表しているものだったような……クレイの王妃教育の時に絵を楽しむ余裕なんて有りもしないのでうろ覚えだけど。
しかしお祖母ちゃん家の天井は木目だったけど、豆電気で木目がぼんやりと顔が浮かんで見えて怖かったなぁ。
しかも未だにボットン便所なんだよ!ボットン便所ってあの言い知れぬ恐怖……使っているときに、にゅっと手が出てきたらどうしようかと。
とにかく天然のお化け屋敷で恐ろしかったけど、お祖母ちゃんはそれに負けない元気な人だったから夜の内の辛抱だった。
……あれ?私そういえばどうして天井を眺めているんだろう?
「……気付いたな」
「ライ?ここは?」
「部屋に入ってすぐ倒れたから、寝室に運んだ……何があった?」
びっくりした、居たんだったら早く声かけてよ!
起き上がった私に水差しから水を注いでくれたけど、心配というよりはどこか苛ついているようで空気がピリピリする。
これは間違いなく……怒っていますね?
とりあえず一口水を含んだら、思いの外喉が乾いていたので結局全部飲み干した。
ただの水かと思ったら、かすかに柑橘系の味して美味しかったからなんだ。
と感想を述べても良い雰囲気ではないので心のうちに仕舞っておく。
「ええっと……」
「庭園で何があった?そもそも何故一人で行動をした。お前は自分の立場が分かっているのか?」
「ご、ごめんなさい。でもアデリーヌ様の大切なものが……ってアデリーヌ様は大丈夫なの!?」
庭園で倒れたときのアデリーヌ様は顔が真っ青で意識も朦朧としていた。
直前まで話していたからといってもしかしたら何か突然な病なのかもしれないし!
質問で返し、それどころかライの質問に何一つ答えていないからか、はぁっとため息一つ。
「ヴァード国の王妃なら無事だ。詳しい話は明日直接聞け。ネックレスは渡しておいた」
「そっか……よかった」
ライがそういうのなら、大丈夫なのだろう。
直接ってことは、アデリーヌ様の個人的な事情に配慮してるからかな。
とにかくヴァード国のお二人は元々一泊する予定だったし、明日挨拶も出来るだろう。
まあ安心もつかぬ間、ライの機嫌は下降線を辿る一方なんですけどね!
無言でこちらを見るライは今回の顛末を話さないと、どうやら許してはくれなさそうだ。
「あのさライ……ごめんなさい。確かに考えなしだった」
私は一応ウィート国の王妃という立場なんだから、勝手に一人になってはいけなかった。
実際庭園で不審者にも出くわしたし。
それとあの人の言っていることを思い出すと、侵入できたのもウィート国の中の誰かが手引きしたってことだよね。
「探していたら不審者が……アニー達が来たらすぐに逃げていったけど」
「不審者?庭園で、か?」
「うん、誰か協力者がいるみたいな口振りだったよ」
「協力者か……どんな風貌だった?」
「えっと、ライと同じぐらいの歳の男の人で……晩餐会ではたぶん見てないけど、最初出席している人かと思った」
私の言葉に黙って考えこむようにライは険しい表情をしている。
そういえば、晩餐会が始まる前にライは何かを注意していた……きっとこの事だったんだ。
けど心当たりがあったのに、記憶のない私に詳しい説明はしなかった。
「……何か言われたか?」
「確か……本当なら自分がこの国の王になるはずだったっていっていたけど……あの人一体なんなの?」
……今更だけど、よく考えなくも言動可笑しくない?
こう自分に心酔していますって感じだけど、これがいつか黒歴史になって数年後に恥ずかしさのあまりのたうち回るんだぞ!
私もガキ大将と張り合っていた小学生のころの仕打ちを思い出すとのたうち回りたい……。
きっとなくした記憶なんてもっと黒歴史がありそうで、思い出すのが少し怖いね!
「……名乗っていたか?」
「うん。確かウィル、ハルト?だったかな?」
「ウィルハルト……やはり接触してきたか」
聞き返そうとして伺ったライの表情は今まで見たことのないような、冷淡な無表情だった。
今までは無表情だったとしても何かしらの感情は混ざっていたようにも見える。
それは眠そうだったりつまらなさそうだったり何でもいいけど、今のこの表情はそれらとはなにもかも違う。
心の奥底がひんやりと冷えるように、本能が怯えたくなるような。
それって、それって本当は。
「サシャ?他には何かいっていたか?」
「え、ううん!あとは文句を言うように見せかけてライを褒めていたぐらいかな」
「何だ、それは……」
「ツンデレってやつだよ!」
べ、別にライのことなんて好きじゃないからね!を地で行く男と考えると結構痛いな……。
ツンデレを受ける等の本人は超嫌そうな顔をしている……ですよねー。
ってあれ?ライってば、ツンデレが何か知っているの?
「ツンデレの意味分かるの?」
「大分前にお前が言っていたからな」
ああ、成る程。
今日会ったウィルハルトさんが以前からの知り合いだとしたら必ず言っていただろうな、私は。
でも大分前ということは、やっぱり前からの知り合いだったんだろう。
あの言葉が本当だとしら、ウィルハルトさんは私の大切な何かを握っているはず。
でも、どうしてライはその事を言わなかったんだろう?
私の疑問が伝わったのか、聞く前にライが話し出す。
「ウィルハルトは……俺の兄か弟に当たる人物で過去にはウィート国の王族としても名を列ねていた」
「え?」
兄か弟ってどっち!?
それに兄弟がいたなんて初耳でしたけど!
それにしてはウィルハルトさんは、微妙にウィート国の礼服とは違うものを着ていたような……。
普通国同士が関わるような晩餐会では、どこの国の人かわかるように国の礼装で主席する。
だからライとクレイはタイやスカーフみたいのがない服だし、ヴァード国のコンラート様は長めのコートのような服だったし。
これもマナーの一つとして覚えさせられたんだよね……。
「あいつは王位継承を剥奪されこの国を追われた。そのため、王位継承に関わった俺やお前を恨んでいる」
「で……でも、もう五年ぐらい前の話じゃないの?」
「そう簡単には諦めない……だが心配するな。俺がお前を守る」
そっとライが髪を撫でる。
優しく微笑みながらそれをする様は、先ほど見せた冷たい表情とは違いまるで錯覚しそうな……。
さ、っかく?
わたしは、なににさっかくしそうになったの?
「サシャ?」
「ら、ライは王様なんだから自分を大切にしなきゃ!」
いろんなことが有りすぎて頭はもう許容範囲オーバーのヒート寸前ですよ!
これも全て記憶が戻れば解決する。そんな気がする。
改めて決意をしていると、目の前のライは思い出したように小さく笑った。
え、いきなりなんですか?
「そういえばツンデレの意味を教えてもらったときに俺が言ったんだが」
「へ?」
「どちらかというとお前に当てはまるな」
……よく意味を噛み砕いて考えて見たけれど。
心当たりなんてありませんから!
だ、誰がツンデレだ!別にライに対してそんなこと思ってないってば!
「違うし!全然わかってないでしょ!」
「そういう素直になれないところだろ」
「だから違うって!って、なんでベッドに入ってくるの!」
「夜も大分過ぎているんだ。いい加減眠い」
って、結局ここでも同じ寝室ですか!
反論する前に、抱き込まれてすぐに静かな寝息が聞こえる。
うう、慣れている……まあ夫婦なんだから仕方がないか。
……記憶、思い出したらライも喜ぶかな。
きっと王妃の仕事も捗るだろうし、そりゃ早く思い出してほしいよね。
この夜、初めて強く記憶が戻ることを願った。
それは真実を知るということ。
今まで知らないふりをしてきたことに、向き合うこと。
なぜ私が記憶をなくしたかは考えずに、それでもただ知りたいと思った。