17.
この庭園は王族のプライベートスペースのため、当たり前だけど人はまったくいない。
少し吹いている風が草木が時折カサカサと音をたてているぐらいで、交遊会の華やかで賑やかな場とは切り離されている。
護衛の兵士さんもここには配属されておらず、みんな交遊会の警備に回っているそうだ。
他の人と一緒にいたときは平気だったけど、一人で来ると足元も明るいとはいえ何だか肝試しのような気分になる。
早く探して見つけて戻ろう。建物の中にはいれば誰かいるろうし、その時に部屋の場所とか聞けばいいよね。
……なんて簡単に考えていた。
「……あれ?」
おかしい。
たしかあの時黄色のお花が咲いていたところだったから、この辺りだと思ったのに。
先ほどまでいた足元を見渡すが、あるのは歩きやすいように整えられた石畳だけだ。
さすが王族専用の庭園なだけあって、怪我をしないようにの配慮か小石さえも落ちていない。
まさか植物の方にまぎれちゃったとか?いやでも、倒れたときに柵とは結構な距離はあったし……。
話をしている時にもアデリーヌ様は身に付けていたような。落としたところは見てなかったけど状況からして倒れたときに間違いないと思ったのに。
「おかしいなぁ」
「……何かお探しですか?」
「ちょっとペンダントを……って!?」
ビックリしたあぁっ!
完全に誰もいないと思っていたのに、と声の方を振り返る。
てっきり護衛かなにかの兵士さんかと思っていた。
だけどその予想は外れる。
「……何故、ここに?」
見るからに兵士の格好でも侍従の格好でもなく、間違いなく晩餐会の招待客と確信できる礼服を着た、見知らぬ男がそこにいた。
柔らかそうな笑みを浮かべているその人は、その容貌からどこかの国の王子にも見える。
柔らかそうな少し癖のある明るい髪に、優男の雰囲気をまとっているが目鼻立ちははっきりしており端正さを備えていて、誰かに似ているようにも見えた。
こういった状況ではなかったら、間違いなく好印象を持つ人は多いだろう。
でもこの王族や許可された人しか入れないこの空間では、気配なく現れたこの人は異様にしか感じなかった。
「お久し振りです。ウィート国のサーシャリー王妃殿下」
先程の私の問いかけを気にもかけずに、優雅に礼の姿勢をとる。
どうやら私が記憶がないと知らない程度の知り合いのようだ。
そういった知り合いに出くわした時には要注意!とクレイから教わっている。
ましてやここは王族専用の庭園だ。誰かほかに許可されている話は全く聞いていない。
何て言おうか警戒しながら言葉を探していると、男は不思議そうに片眉をあげる仕草をした。
「おや、何かお探しではなかったのですか?……例えばこれとか」
男は見せるために右手をあげる。その手にはまさに今探しているペンダントがそこにあった。
道理で見つからなかったはずだ。
でもそうなるとこの人はアデリーヌ様と一緒にいたときから、庭園に潜伏していたということだ。
ちょっとここの警備はどうなっているのさ、王族専用の庭園じゃなかったの?
「……ありがとう、って?」
手を伸ばして受け取ろうとしたら、ひょいっと自分の懐の方に寄せた。
私の手だけが空しく空振り。っておい!
「あの?」
「折角の機会なので、少しお話を致しませんか?」
また何を考えているのかよく分からない笑み。
このままだと鬼のように激怒するクレイと、見た目は淡々とだけど静かにぐつぐつ怒るライが簡単に想像できる。
ちなみに怖いのは美形度がある分ライの方、しかもライはオーラが操れるのだ……。
だけど、アデリーヌ様のペンダントはこの男の手中にあるし……。
「何もしませんよ?ただ記憶のない貴女に『真実』を教えて差し上げようとしているだけ」
「ど、うして……記憶のことを!?」
「ウィートランドで貴女の王ばかりに忠誠を皆が誓っている訳ではないということですよ」
言っている意味がまるで分からない。
ただ心の中でひやりとしたものが流れる。
もやもやと形にならないそれは、おそらく得体のしれない恐怖。
なんでこの人に恐怖を感じているかはわからないけど、おそらく以前からこの人とは折り合いが悪かったはず。私はここぞという時の直感は信じるほうだ。
大声を出せばきっと誰か来てくれるだろうけど、一方でとても気になる話なんだよね。
「真実って……なに?」
私が真実を知りたがっていると確信したのか、男は笑みを深める。
ああ、この人、なんかおかしいと思ったら全然目が笑っていない。
この人の笑みは、まるで時代劇にでてくる悪徳お代官様の笑みと一緒だ。
あのルーイもやっぱり不審者だったけど、こんな風に悪意があるような表情はしなかったし。
「本来なら、この私がこの国の王になるはずだった」
……はい?
目が点になるっている表現は本当だって体験するとは思わなかった。
何を言っているんだろうか、この人は。
というか、まんま悪人のセリフじゃないか!
「ライヒアルトよりも正当な血筋だし、順当にいけばこの私こそが王座につくはずだった」
「えーと……でもなんでだめだったの?」
「ちょっと私より頭が賢くて顔が整っていて剣術に優れていて、しかも民衆からも支持が高いだけで、家臣を味方につけこの国を乗っ取ったのだ!」
それを人は、完全敗北という。
何一つ勝ててないじゃん!思いっきり負けているよ!
うん、確かにライのほうが全体的に勝っているよ?……だけど、だけどね?
いくら悔しそうな顔をしていたところで負けているところを認めちゃってるしだめじゃん……。
そしてもう一つ、この人誰かに似ているなと思ったら、ライに似ているんだ。
顔かたちとかじゃなくて、服のセンスとか仕草とかを真似て似させている感じだけど。
「ねえ、本当はライのこと好きなんでしょ?」
「なっ!」
「貶しているつもりだろうけど、全部誉めてたよ?」
図星なのか顔を真っ赤にさせているその姿は、先程の胡散臭い雰囲気を払拭させる。
どういった繋がりかは分からないけど、この人はライのことが好きなんだろう。
何て言うか、可愛さ余って憎さ百倍?嫌い嫌いも好きのうちってことかな?
まあ確かにカリスマ性抜群だもんね。
「うるさい!お前など役に立たない飾りの王妃の癖に!」
「へ?」
「本当にお前は愛されていると思っているのか?」
ポカンとした私の間抜け面に形勢逆転と思ったのか、ニヤリと嫌らしく笑う。
またじわりと厭な気持ちが膨れてくるのが分かった。
この人は『以前の私』の決定的な何かを掴んでいるということを私は知っているんだ。
でもそれを聞きたいような聞きたくないような……。
だけどこちらの思いなどお構いなしに、ちょっと人を馬鹿にしているような得意げな表情で話を続ける。
「お前はこの国の王太子を産んだという功績があるだけで、利用されないように監視されているだけだ」
「ち、違う」
「違う?何も違わないさ、お前は『覚えていない』のだろう?」
自分の中で強い反発心を感じる。でも一方で、小さな不信感があったことも否定できない。
みんな優しくて、だけどその笑顔の裏で『何か』を隠している。
漠然と感じていたことがこの目の前の男によって、確かなものとなった。
でもまだ形にはなっていない。具体的に何がとは言えない。
「何も知らない、可哀想なサーシャリー。君は自分の世界に帰りたいとは思わないのか?」
「私は……」
帰りたい、戻りたい!
ずっと誤魔化していたけど、強い感情となって私の底から叫ぶ。
だけど、それと同時に私を引き留めてくれるものもある。
「例えどうあろうと今、私が望んでここにいるのは変わらない!」
あの世界にも私の家族がいるように、この世界にも私の家族がいる。
それを全て放り出してまで帰りたいとは思わない。
それは私の『記憶』が突き動かしているのかもしれないけど。
今、明確にあるのはこの答えだけだ。
「……本当に記憶が無いのか?」
「残念ながら貴方のことこれっぽっちも思い出せないから、さっさと自己紹介してくれる?」
勿論嫌みのつもりでにっこり笑みも奮発してやりました。
これっぽっちというところを強調したので悔しげ顔を歪めたけど、ザマーミロ!
この人がどういう人かわからないけど、散々人のこと馬鹿にしたんだからこれぐらいのどうってことないだろう。
そもそもこんな風にひっそりと接触を図ってくるような人に、国賓級に扱わないといけないってことはないと思うし。
「……いいだろう、いずれお前の方から私を求めることになるだろう」
「はあ?」
「私の名前はウィルハルト。お前をこの世界に呼んだものだ」
それって結構な重大発言ですけど!?
どういうことか追及する前に、私の方にアデリーヌ様のネックレスを投げる。
あぶなっ!とキャッチしている間に、ウィルハルトは闇に紛れるかのように忽然と姿を消した。
残されたのは、私だけだ。
しばらく呆然としていると後ろの方から足音が聞こえて、私の名を呼ぶ声もする。
「サシャ様!」
「あ、アニー?交遊会の方は良いの?」
「それどころではありません!ああ、こんなに青褪められて、早く館の方へお入りください!」
アニーは交遊会の方に出席しなくちゃいけなかったからずっとそっちにいたけど、知らせを受けて飛んできたのだろう。
ほかにも数名の兵士さんや侍女さんがいて、持っていたストールを掛けてくれた。
そして誘導されるがままに館の方へと入っていく。
黙ったままの私が不審だったのか、アニーは心配そうに覗き込んできた。
「サシャ様?どうされたのですか?」
「え?……ううん」
先ほどまで話をしていたウィルハルトが、頭の中を過る。
いっそのこと聞いてしまうかとも思ったけど、私の疑問は解決されないだろうと解ってしまった。
ウィルハルトの言葉を考えて、思い出さないくちゃいけない。
それはきっと私がここにいる意味を知ることにもなるのだろう。
その結果がどうなるかはわからない。
今でさえ警告するように頭の中で『何か』が響いていて、ずきずきと痛むのだから。
「なんでもないよ」
私がこの世界にいる意味とは、一体なんだろうか。
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