16.
夜に散歩する庭園は暗くて鬱蒼としていて怖いかと思ったら、そうでもない。
季節の織り成す庭師自慢の草花がライトアップされているせいで足元がはっきり見えるほど明るいし、暗い中照らされている草花も何となく趣があっていいものだなって思う。
気分的には夜桜見物かな。ロマンチックというかなんというか……ただこういう状況でなければもっと楽しめたんじゃないかと思う。
「サシャ様!こちらのお花はなんという名前なのですか?」
「え、えーと、レサリナと言う名前だったかと……」
「ヴァードランドにはない品種のようですね……気候の違いでないのでしょうか。いえそれともこれは品種の配合によるものかしら……」
ぶつぶつと何やら呟きながらじっと花を見つめるアデリーヌ様。
決して偏見ではないけど清楚系美人として花の愛で方が、著しく間違っていると思うのは私だけだろうか?
こうやってアデリーヌ様がすぐに自分の世界に入ってしまうため、庭園に来てもう結構な時間は経っている。
この庭園は王族のプライベートスペースになるため、一般の招待客は入ってこれない。
だから護衛も兵士さん二人と案内役の侍女さん一人たけで人の目を気にする必要がないにしても、アデリーヌ様は正直はっちゃけすぎた。
まだ昼は暖かい季節とはいえ、夜はさすがに冷えてくる。
おまけに薄着のドレス姿だと言うのに、寒くないのだろうか?
案内役の侍女さんは微かに震えているよ……職業意識が高いのか顔には出していないけど。
幸い私は露出の少ないドレスなのでそこまで寒さは感じない……けどずっとこのままって訳にもいかないよね。
「あの、アデリーヌ様?」
意を決して、まだ自分の世界に入っているアデリーヌ様に声をかける。
すると意外にも、はっと我にかえったようで見る見る内に顔を真っ赤にさせた。
「も、申し訳ありません!つい植物のことになると我を忘れてしまいがちでして……」
「いえ……なんと言いますか、驚きはしましたが」
素直に言ってしまうと、アデリーヌ様は反省するように俯いてしまった。
しょんぼりっていう言葉が似合っていて、失礼だと思うけど可愛いなぁ!
アデリーヌ様って、確か今年20歳だから頭撫でても許されますか?ついつい手が出てしまいそうだ。
「お気になさらずに。誰だって譲れないものはありますよ」
これがウィート国の王妃としてはまずまずの回答かな?当たり障りの無い返事は日本人なので慣れていますから、なんて。
アデリーヌ様はようやく微笑を見せてくれた。まあちょっと自嘲気味な感じはするけど。
「わたくし、サシャ様とお話がしたくて……そのためにコンラート様に機会を作って頂いたのに自分の事ばかりで……」
「私と、ですか?」
「ええ。その……」
私と話がしたかったなんて初耳ですが。
ちゃんとライも分かっていて承諾したのかな?
だってアデリーヌ様は、おそらくウィート国王妃としての私に何か聞きたかったのだろうし。
記憶の無い今、このまま話を聞いて大丈夫かな?
「わたくしは貴族の出ではありません。元は王宮に勤める研究者でしかなかったのに……」
「えっと……」
「不敬は承知の上でお尋ねしたいのですが、サシャ様は……王妃という位が、怖くは無かったのですか?」
どうやら正統派貴族のご令嬢かと思われたアデリーヌ様は、実はそうではなかったようだ。
『不敬は承知の上』って私にそう言うってことは、私が貴族の出ではないことを知っているということで。
うーん、今まで聞かれたことがなかったけど、いまいち私ってどういった立場にあるのか分からないな。
フェンリートの養子に入ったっていう話も、そもそも異世界人であることも誰が知っているのだろうか。それともその事実は伏せられているかな?
……今度、クレイにでも聞いておかなきゃなぁ。
それはさておき、アデリーヌ様の問いかけだけど、正直答えようがない。だってこちらの世界での記憶がないんだもん!
今の私が返せることと言えば……。
「アデリーヌ様は、コンラート様のことを愛していませんか?一緒に居たいとは思わないですか?」
「そんなことはあるはずがありません!ですが……」
「でしたら、そのままのアデリーヌ様でいいのではないでしょうか?」
にっこり笑う私とは対照的に、アデリーヌ様はポカンと驚いたような表情を見せた。
そりゃ私だって最初は戸惑った。
目覚めた時、普通にあの失恋した16歳の続きだと思ったし、いくら外見的に成長していたとしても今だって似たような感じで16歳にしか思えない。
でもあの衝撃的な朝、ライもアニーもクレイも、他のみんなも本気で心配して気遣ってくれていた。
それって、こちらの世界で生きてきた『私』がこの世界で得たものだよね。
だから信じてみようと思ったの。
「それにコンラート様がアデリーヌ様をとても大切にしてるのは誰が見てもはっきりしていますよ!」
もう見ているこちらがごちそうさまでしたと砂をはきたい気持ちにさせられていたんだから。
アデリーヌ様も自分自身でよく分かっているのか、どこか泣き出しそうな顔で微笑んだ。
きっとこれが王妃としてのアデリーヌ様ではなく、年相応に悩んでいたアデリーヌ様の素顔に近いのだろうな。
そして表情が消えたかと思うとふっと膝から崩れように、アデリーヌ様の身体は傾いた。
「アデリーヌ様!」
咄嗟に一番近くにいた私が支えるが一緒に崩れそうになったところで、護衛の兵士さんの一人が支えてくれた。
アデリーヌ様の顔色は暗くてよく見えなかったが、近くで見ると驚くほど青白い。
唇からは血の気が引いて真っ白だし、小刻みに身体は震えている。
「ちょっと、そこの兵士さんは医者とコンラート様にこの事を伝えてきて!侍女さんは一緒にアデリーヌ様を部屋へ!早く!」
突然のことに唖然としていたけど、早く!と声をかけたら我にかえったのか、支えていない方の兵士さんが駆けていく。
もう一人の支えてくれていた方の兵士さんが、そのままアデリーヌ様を抱えて立ち上がった。
この際他国の王妃様に対する無礼な行為とかは関係ない。アデリーヌ様を暖かい場所へつれていく方が先決だ。
「こちらです!」
緊迫した侍女さんが先導する形で、そのあとをアデリーヌ様を抱えた兵士さんと私が付いていく。
この館専属の侍女さんらしいから、私よりここの事は詳しいはずだ。
庭園を突っ切って、建物へと続いている回廊に入ったところで意識が戻ったのかうっすらとアデリーヌ様の瞳が開いた。
「……ペ、ン……ダントが……」
「アデリーヌ様?」
「形見の、ペンダントが……」
胸元を焦るように探るけど、そこにはペンダントは無い。
よほど大切な物なのか、抱えながら運んでいる兵士さんから降りたそうにしている。
でも顔色は依然悪くて探し回れるほど、体調は良くないはず。
このままだとアデリーヌ様が探しに行くとどうなるか分からない。
「私が探してくるよ。このまま、二人はアデリーヌ様を部屋に連れて行って!」
「ですが、護衛もなくお一人でなんて……」
「大丈夫だって。とにかくアデリーヌ様の方が先!後で迎えの人を呼べばいいから」
まだ何とか言いたげに戸惑う侍女さんを残し、来た道をUターン。
確かにアデリーヌ様は庭園に来たときはアンティークのペンダントをしていたから、恐らく倒れたときに落としてしまったんだろう。
それぐらいだったら、方向音痴の私にだって探しに行ける。
庭園まで一本道で良かったよ!
この時、ライの言葉はまるっと忘れていた。
何を危惧していたのか、不思議に思っていたはずなのに。
気付いたら、すぐそこだった。