2.
誰だって一度は夢を見るはずだ。
現実世界に『何か』が起きて次に目が覚めたら、そこは見知らぬ異世界。
こんにちは、美形の王子様と巡る陰謀と甘いロマンス。
素性を疑われたり命を狙われたり王子様の従者とひと悶着おきたりすれ違いながら愛が育まれて、そして二人は結ばれてハッピーエンド。
これは小説単行本一冊どころかシリーズ化されるんじゃないのっていう物語を、あろうことかすっ飛ばしてハッピーエンド後の奮闘を描く物語である!
……なんちゃって。
いや一部はなんちゃってじゃないんだけどね!
所謂異世界トリップ初日の朝。正しくは初日ではないらしいけど記憶がないから仕方がない。
どうやらどの世界でも朝というのは変わらないみたいだ。
カーテンからは日が燦々とさしてる。ああ、朝日が眩しい。今日は良い天気みたい。
しかし……気が付いたら24歳になっていて、いつの間にか異世界でしたって……。
いや逆か?気が付いていたら異世界でいつの間にか24歳でした?
ようするに16歳のはずだったのに8年後で24歳になっていました。記憶喪失なのか、よくある憑依系なのか解りませんが全く以ってこの状況は笑えない。
どの道確かなのは今までの日常は違うことと、恐らく青春を謳歌するはずであったスクールライフは戻ってこないこと……。
そういえば私の記憶中では昨日失恋したんだっけ。
一生の恋と信じていたものと同じぐらい大切な親友をなくして乙女チックモードだったはずなのに、失恋の傷なんてどこかに行ってしまったよ、くそぅ。
詳しい話は前回の話を見てね!と誰かに言ってみたりでそういう訳で、現実逃避はこのあたりにして。
さて美形男さん、もしくは24歳の私の旦那様らしき人で、そもそも一国の主であるライヒアルトさん……ライは仕事があるといって出て行ってしまった。
このだだっ広い豪華な寝室にいるのは事情がまだ飲み込めていない私と目の前のメイド服を着た美人の女の人。どうやらこの人、専任のメイドらしい。
ライと入れ替わりに入ってきたかと思うとテキパキと私の髪の毛を整えた。
気が付いたら、ちょっとボサボサ気味だったのに艶やかになっている不思議。
……それにしてもこの世界の顔面偏差値は総じて高いのかってぐらいにお目にかかるのが少ない美人。まだ会ったのは二人目だからかな。
むしろこの人があの美形男さ……ライ、の隣にたつ奥様でも違和感はない。何でメイドなんてしているんだろう?
「サシャ様」
まじまじと遠慮なく見ていたら、にっこりと笑って私に向き合った。
うーん、やっぱり美人。清楚な感じに美人のお姉さんで、新入生代表で挨拶していた校内三大美女の倉木さんと並べると姉妹みたいに見える!ってそうじゃなくて。
あ、そういえば私の名前は「サシャ」じゃなくて、「今野さや」という純日本人の名前だ。
だけどコチラの世界の人の見た目外国人に似ていることから、おそらく言い難いから「サシャ」なんだろうと思うので何も言わないけど。
目の前のメイドさんは綺麗な姿勢でお辞儀をする。まるでお手本そのものだ。
「私は王妃付き筆頭侍女のアニエルと申します」
「はあ……」
てっきり王様専用かと思ったけど違うのね。
王妃付き筆頭侍女ってことは、つまり王妃様の一番の側近だってことだよね。
王様はあのライで、王妃様はその妻だから……容姿的にも身分的にもどうみても側室であるはずの私って、もしかして嫌な女じゃない!?
アニエルさんからしたら主である王妃様の憎き相手ってやつじゃ……。
それなのにアニエルさんはニコニコ笑顔で少なくとも悪意はなさそうに見えるけど心の中までは解らない。
これは……なんでもないことを弁明したほうがいいのか!?いや何にもないこともないのか!?
「本当に、記憶がないのですね……」
起きてもいない修羅場の予感に焦っていると、はあっと困ったようにアニエルさんは溜め息をついた。
その様子にライから聞いていたみたいだけど、どうやら半信半疑だったのかな。
ていうか普通に自己紹介していたけどアニエルさんは私と顔見知り?
「あの、アニエルさん?」
「アニーとお呼びください。サシャ様はいつもそう呼んでましたから」
フレンドリーな雰囲気についつい私も笑みを返す。
こんな美人さんと仲がよかったのか、私!
美人と知り合えるなんてすごいなー……ってあれ、何か大切なことを見逃しているような……そんな違和感が。
ちょっと待てよ。落ち着いて考え直して、アニーの言葉を頭の中で繰り返す。
……アニーは「王妃付き筆頭侍女」なのに私と仲が良いんだ?あれ、私って側室だよね?ねぇ!?
「あのー……」
「はい」
「王妃って……一体どなたのことなんですか?」
まさか、まさかそんなことはあるはずがない。
何度もしつこいようだけど私は平々凡々のどこにでもいるような女だ。
異世界トリップにありがちな特別な力とやらも今のところないみたいだし、自分でもあるようには思えない。
精神的には16歳だからといって夢を見るような性格でもないし。気付いたら24歳になっていたとしてもだ。
あの美形男……ライだってそこまで酔狂なことをするとは……思いたくない。思いたくないけど!
まるで神様仏様に祈るような気持ちでアニの言葉を待った。
待ったのに予想通りというべきか、アニーは輝かしい笑顔で答えてくれる。
「勿論、サシャ様以外にはいらっしゃいません」
……ですよねー!
ついうなだれたくなってしまい、がくりと手と膝が床につく。
所謂絶望ポーズ。アルファベットの『orz』みたいなイメージで、私は力尽きた。
一体何の罠だ、これは……やはりあの美形男ライは自分が美人すぎる故にどちらかというと美人じゃない方が好きなんだ。
これは確定だ。あいつは、自分大好きナルシストが高じて妻は私みたいな平凡な女しか受け付けなかったんだ!
「ちなみに側室もいらっしゃらず、ずっとサシャ様一筋ですわ!」
「……わざわざありがとう」
私の中で、ライのイメージがどんどん悪くなる。美しさ故の過ちなのか分からないけどそれでいいのだろうか。
普通は格好良い王様には美しい王妃様が並んで和やかに微笑みながら手を振ってくれる、国民の目の保養みたいなものであるはずなのに。
そもそもどうして異世界人であるはずの私と、国のトップである王様が結婚することになったのだろう?
そりゃ異世界トリップはありがちだけど、現実的に見れば有り得ないよね。
ぶっちゃけて素性のしれない女を王家に入れていいの?
馴れ初めを聞いてみたいけど、とんでもない真実が出てきそうで聞きたくもないようなもどかしい葛藤。
いやでもここは聞いてみないと何もかもが始まらない!
「ねえ、アニー?」
「はい」
「私がこちらの世界に来たときって知ってる?」
「ええ、知っていますが……お答えできません」
ううん?知ってるのに教えてくれないの?
お答えできませんってことは言いたくない、もしくは口止めされているということか。
一体どんなことをしたんだ、私!?
16歳の私を信じたい……くどいようだけど気分的には今も16歳だけど。
「えーと、じゃあ王様……ライと結婚に至った経緯とかは?」
「それもお答えできません。陛下にお聞きくださいませ」
にっこりと有無を言わせない笑顔。
な、なかなかにこの人は強者だ!
さすがは王妃付き筆頭侍女のことはあるな!ていうか私専用のメイドさんのはずなのに!?
私の言うことは聞けんのかーい!っというツッコミは、ええ、勿論出来なかったです……。
「ですがサシャ様が、我がウィートランドの王妃でいらっしゃる事実は紛れもない真実でございます」
「……アニー?」
アニーの表情は微笑んでいるけど、どこか不安げに揺れている。
誰かと一緒の表情だと思って……出かける前のライと同じ表情だと気付く。
どうしてそんな顔をするの?もしかして思ったより、これは深刻なことなのだろうか。
そもそも、私はどうして記憶を失ってしまったんだろう。
あと、もう一つ。なによりも大切なこと……どうして私は結婚したのだろうか。
だって結婚って事は私はこちら側で生きていくことを決めたって事だよね?
正直今は16歳の感覚しかないから、不思議にしか思えない。けど。
「……ちょっと色々忘れちゃったから正直嘘みたい」
「サシャ様……」
「だからいろいろ迷惑かけるけど、よろしくね」
「……はい!」
ちょっとどころか、最初に戻っちゃったんだけどね。
でも24歳である事実は覆らないし何事も楽しまなくては。ようするになるようになれだ!
それに平凡な一般家庭の私には滅多に体験できない生活が味わえるかも。ちょっと期待。
ごめんね、質素倹約家の我が家族たちよ!
と、邪なことをちょっと考えていたらアニーが輝かしいばかりの笑みを浮かべていた。
「さあさあ、サシャ様!そうとなれば、美しく着飾りましょうね?」
今までのシリアス顔を吹き飛ばすような、高揚したアニーの表情に思わず引き下がる。
目の前には、何やら『ふりふりなピンクドレス』らしきものを持っているアニー。
え、それ着るの?どうみても可愛い系しか似合わないのに、こんな凹凸のない平凡な顔の女に着せると言うの?
それに私って……一応、24歳だよね!?
本能的な何かが逃げろ!と言っているが、私に勿論逃げ場はなかった……。
まさか普段から逃げ回っていて、記憶がないことをいいことにあれこれと遊ばれていることなんて。
今の私には知る由もなかったのである……。
私の異世界生活は楽しいばかりではないことに気付き、以前の私に少しだけ同情した。
■サシャ(今野さや)
16歳の女子高生のはずだった、現24歳。
気付いたら王妃様にランクアップ。
■アニエル
サシャ王妃付き侍女。
清楚系美人の見た目に反して、色々勢いのある人。
ちなみに22歳。
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