14.
実は隣国ヴァードランドとの和平調停記念の晩餐会は、主催側であるウィートランドの首都にある城では行われない。
首都の城は直系王族の居住や国政の中心であるから大勢の人を受け入れるには余裕がなく、王族の婚姻など例外はあるものの滅多に外国からの来賓を持て成す類の招宴は行われないそうだ。
そのかわり首都から馬車で半日ぐらいで行ける大きな都市に王族が所有している別荘のような扱いの城を所有しているらしく、そこで行われることが多い。
もちろん今回も通常通り、その城で行われる。
別荘のようなその城はまさにシンデレラとかのおとぎ話に出てくるようなお城っていうよりは、欧米諸国によくあるような『豪邸』という感じに近い。
季節で楽しめるという色とりどりの花々が咲き誇る庭園や飽きさせることのないようにと城内に作られた娯楽施設は来賓者を楽しませて、なにより自慢の壮麗な建物は外見内装ともにウィートランドの歴史とその栄華を表す作り出そうだ。
対して首都の城は、そもそも城自体が一つの街のように大きく、その周りにさらに街がくっついて栄えているようなイメージだと思う。
首都の城の中には王を中心とした国政を司る厳粛な場と、美しい庭園を国民に対して一般開放している行楽な場と、直系王族たちや仕える人が住まいとしている生活の場があるから大きいのは無理ない。
……と、クレイとの授業で習っていたので何とか周りが不審に思わないよう驚かないように気を付けていたけど、ただただ驚きの連続。
初めて城の外に出た時、あまりの大きさに暫く開いた口がふさがらなかったよ。もちろんそれを見つけたクレイに叩かれたけど……。
あの迷子になった迷路のような広い庭園があんなにも小さく感じるなんて!
ちなみにその庭園がなぜ迷路のようになっているかというと、居住のエリアは端にあるためそちらからの侵入者防止の意味もあるらしい。
でもあまり詳しくはお城の内部について見れなかったし聞けなかったから、具体的に中がどうなっているかはわからない。
そういえばあの時の不審者の……ルーイだっけ?どこから来たんだろう?よく迷子にならないよね。
「……サシャ、大丈夫か?」
「あ、ごめんごめん」
ちらりとこちらを伺うライに、考え事をやめて俯いていた顔を上げる。
そうそう、いよいよだ。それどころじゃないんだった。
あらかじめ予定は叩き込まれているので、失敗しないように頭の中で思い返す。
今回の晩餐会は、会食メインらしいのでダンスとかはないらしい。
よかった、ダンスなんて追加されていたらもっとスパルタな指導が入っていたよ……。
今でさえテーブルマナーや挨拶さえ間違えないか必死なのに。
ぐるぐる頭の中でクレイのスパルタレッスンを復習するけど、実際ちゃんとできるかは別だしなぁ。
「そんなに緊張するな。失敗しても笑っておけばいいと先ほど言っただろう?」
「そうだけど、一般庶民な私はどうしても緊張するの!」
「一般庶民……か?」
睨むように異議を申し立てると、ライはおかしそうに微笑んだ。
そりゃ王様なんだからこういった公の場には慣れているだろうけどさ、私は一般人だって!
こんな状況はアニメとか映画とかでしか見たことがないよ!
……まあ今は王妃様かもしれないけどさ。
あ、こうみえても周りに控えている人は私の事情を知らない人ばかりだから小声で叫んでいます。
小声で叫ぶなんてそんな器用な真似ができる日がくるとは……。
ぶつぶつ聞こえない程度に文句を言っていると、ライは掴んでいた手に、軽く力を込める。
「では俺の傍から離れるな……それと、もし不審なものがいたら必ず教えろ」
「へ?」
「いいな?」
さっきの笑みと違い真剣な表情だったから、思わず言われた通り頷いてしまった。
それに満足したのか、すっと手を離しライは視線を前に戻す。目の前は重厚な扉しかない。
つい先ほど意気込んだはいいけど、国王は招待客が全員着席した状態になってから登場する段取りであるから、大広間へと続く扉の前で待っている。
その伴侶も国王にエスコートされながら入っていくから、ライの隣でじっと待ってなきゃいけない。
本当はこっそり入りたいところなんだけど……。
大広間はその名の通り、とにかくでかい。分かりやすく具体的にいうと体育館並みに広い。あ、体育館も天井高いよね。
高い天井にキラキラと眩い限りのシャンデリア、まさに豪華絢爛でしかも何人収容できるんですかってぐらいに広いんだよ。
今回は前方、つまり正面入り口から最奥に弓なりな長テーブルが置かれている場所が私たちの席で、そこで食事する。
立食式も検討されてたけど、あくまで今回はウィート国とヴァード国の友好を他国に示すのが目的だとクレイが言っていた。
だからほかの国からの大使とかも大勢いるけど、まあそこは席が決められて自由に動けないから大丈夫だよね?
「大変お待たせいたしました。お時間となりましたのでこちらへ」
傍に控えていた燕尾服のような礼服をきた執事が、扉をゆっくり開く。
その合図とともに私は背筋を伸ばす。俯いていたらそれだけでみすぼらしく見える、というのは厳しい先生のお言葉だ。
せめて、ね。ライの隣では霞みまくりだけど、ライに恥をかかせるわけにはいかないですし。
ライはいつでも背筋が伸びていて、しっかり前を向いている。勿論そのせいだけではなく、昂然としていて王としての品格を備えている。
ちらりと横顔を伺うと、もう先ほどまでの『夫』としての表情はどこにもない、あるのは『王』としての顔だけだ。……唐突にそう感じた。
ライが再び私の手を取る。よく紳士がエスコートをするときにする動作そのままで、もう片方の手は自然に私の背に回る。
それが様になっているのはお約束だけど、隣にいるのが絶世の美女だったらものすごく絵になるんだろうなとも思う。
執事によって開かれた扉の向こうは眩くて、つい目を閉じそうになったけど、ゆっくりとライが一歩を踏み出しそれに私もつられる。
一歩進んで二歩下がりたい気持ちで一杯だ。
精一杯の笑顔を張り付けて、扉をくぐる。
本当は愛想笑いなんて高等技術は持ち合わせていませんから!