夜話3
ただいま、ふわふわスポンジのベッドよ!私を優しく包み込んでおくれ!
もう指一本動かせませんってホントに。だってもう筋肉が悲鳴という名の痛みを上げているからね!
……あれ、前もこんなやり取りしなかったっけ?
「……大丈夫か?」
「……大丈夫そうにみえる?」
あの時もこんな風に抑揚のない美声で訊ねてきたなぁ。
やっぱりあの時と同じように、ライは横に座った。
その顔には、やや同情のようなものが見える。
どうやら事情は聴いているようだ……何だかんだとライも巻き込まれたのか若干疲れていますな。
「リューイスとクレイが顔を合わせたのだろう?」
「あの二人、一体何なの?」
ただ一口に仲が悪いね~で終わらないよ、あの二人は!
何が悪いって、二人ともドS属性の上に方向性の違う変態思考なんだぞ!
あの口げんかが3時間……いやそれでも3時間続いた方に驚きが隠せないけど不毛な時間と悟ったのか突如終わった。
直後、二人の視線は私に向けられたのが運の尽き。
その後は、思い返すと悪夢になって出てきそうなぐらいのスパルタ……。
ユーリのおねむのお時間まで続くもんだから、今日は私の癒しの天使ちゃんは別のお部屋でお休みなのさ。
「……あの二人は歳も同じだし三公主の直系だ。昔から何かと比べられてきたライバル同士だからな」
「それにしても大人げないんだけど」
「諦めろ。今更仲良くも出来ないだろう」
そういってライは寝ころんだままの私の髪を軽く梳くように撫でて、髪の毛を指に絡ませて遊ぶ。
ちょ、その動作が自然すぎてツッコみづらいし顔に出しにくいわ!
実はライって、私の髪の毛が一番好きでしょ?
こういったスキンシップが頻繁なものだから、自然と表情筋ばかりが鍛えられていく。
べ、別に照れているわけじゃないんだからね!ってツンデレか!
「それはさておき、続きの話を聞かせて!」
「ああ、どこまで話した?」
もちろんあの一問一答も続いているよ!
えーと、まずこちらの世界に来たときは上から落ちてきた私をライが拾った。
なんだかんだと異世界人ということが分かり、ライの勅命の元で保護されるのが決まって。
しばらくは客人のような扱い、というか実際王太子の友人としての扱いだったらしい。
どうやら異世界、私がいた世界の話がライには面白かったらしい。
で、しばらくして王位継承問題が発生して……王太子であるはずのライがどうして問題が発生したかというのは推測だけどお母さんの身分が低かったからじゃないかな?
ライは詳しいところまでは話さず、言いにくいところは結構ぼかしているから脳内補完をしている。
おそらく、異世界トリップのテンプレート通りに事は進んでいるから……このあたりで、命狙われだしたんじゃないか?
「王位継承の問題からなんで恋人同士のふりをしなくちゃいけなかったのか?」
「ああ、一つは縁談だ。ウィートランドの持つ利権に関わることのできる絶好の機会だったからな」
三公主の系統に属さない王妃の例外の一つが、国外からの嫁入りだったりする。
これが意外と少ないのは、ウィートランドが抱える資源の流出を防ぐのと内政の悪化を避けるためだといわれている。
またウィートランドの王族は血統が重んじられるらしく、三公主出身であれば血が近いから薄まることはない。
ただ濃くなった血は余計な軋轢を生む。
そのため国外からの婚姻もあるが、歴史を見ても少ない部類に入るのは確かだ。
まあ、全部これクレイの授業で学んだことなんですけどね!むしろ覚えていないと地獄を見ることに……!
「もう一つはサシャの処遇に関しては曖昧なところがあった。いっその事、王妃候補とすれば守りやすかったという事情もある」
「はあ、なるほど」
「勿論最初は反対していたが……そういえば当時好きだったという男に別の女がいたといっていたな」
「あ……」
そういえばそんな設定でしたね!きっと読者も今頃、思い出したよってなっていると思うよ。
確かに記憶の中ではつい最近のことなのに、どうしてかあまり悲しくないんだよね。
そりゃ数日は凹んでいたけど、最近は考えもしなかったていうか。
これって記憶は無くしたけど感覚的には失恋を乗り越えたことを覚えている、からかな?
「今は……どう思っている?」
今?
ライの表情はいつもあまり変化がないけど、今はとても真剣だ。
そして何か焦っているような恐れているような。
それはもしかして、私のせい?
「今は……正直忘れていたというか、考えていなかったというか?」
「今も好きか?」
「好きって……好きだったよ。でも今は好きっていう訳ではないと、思う」
「……そうか」
幽かにだけど、ライは表情を緩めて微笑んだ気がした。
それは柔らかくて、優しくて、まるで私のことを……。
うう、なんか心臓付近がどくどくと痛い気がする……何だ、この動悸は!
不整脈……うんそうだ、不整脈だ!
疲れているんだなー早く寝よっと!!
「サシャ?」
枕に顔を押し付け黙り込んだ私に、ライは不思議そうに声をかける。
そりゃそうですよねー……でも私は眠いんです。
決して顔があげられる状況でないわけではないんですよ、ええまったく。
あ、でも「ぐぅ」って言ったのはわざとらしかったかな。
「……ゆっくり休め」
ちょっと苦笑気味な声とともに、部屋の明かりが落ちる。
傍の温もりがどうしてか心地よくて。
本当はもっと聞きたいことがあったような気がしたけど、私の意識は夢に落ちた。