11.
開かれている大きな窓から、青く澄みきった空が広がるのが見える。
ああ、いい天気だなー。
こんな日は外で思いっきり体動かしたい。なんか走り出したいっていうか。
まあさすがに当然に走り出したりはしませんよ。
誰に出くわすかわからない廊下だし。まあ人影はないけど。
今から向かうのはユーリのお部屋。何度も行っているから、方向音痴の私も多分大丈夫!
「えーと、ここの角を曲がるんだっけ?」
クレイは昼食後、誰かに呼ばれていなくなった。すぐには帰ってこられなさそうで時間があいたのだ。
これで午後のスパルタはなしだと喜んだのも着かぬ間、明日にまわすと宣言してから行きやがった、あの悪魔……。
ぐぬぬぬ!と思ったので課題を放り出して、ユーリに会いに行くことにした。
後のことは知らない、知らないんだってば!
……とにかく意気揚々と旅たちを決めた。
アニーは後片づけに手間がかかりそうだったから、終わったら来てねとだけ言っておいた。
若干不安そうにしていたけど、まあ大丈夫でしょ。
最近はこうやって近くなら一人で出歩いても良いみたいだ。
といっても私が行けるのは勉強部屋と簡易的な図書室みたいな部屋とユーリの部屋。
そのほかの場所?勿論迷子になるので行きませんっていうか行けません。
正直あの庭園で迷子になったので懲りた。
まさか自宅(といっても城だけど)で生命の危機に直面するとは誰が知るというのだろうか。
もうすぐでこの国の歴史に自宅で迷子になって行方不明王妃と載るところだったわ!
「……うわ!」
考え事をしていたせいで、曲がり角の対向者と正面衝突を起こしそうになった。
避けてくれたのは向こうだけどね。
私が避けようとしたらぶつかるって。限ったことじゃないけど身体能力は普通なんですよ。
「ごめんなさい、ちょっと考え事していたもので」
ぶつかりそうになった人は、どうやら警備兵の人みたいだ。
何故分かったかというとその人の服装が警備兵の人と同じだから。
この城の警備兵の人は鎧を着ているわけでない。城の中だからなのかどちらかというと軽装版って感じ。
制服着ているしね、だけど腰にはちゃんと剣があるし。
「……見つけた」
「へ?」
なんか様子が変だ?
というか違和感が。服装は警備兵なんだけど、どこか違うというかなんというか。
疑問に思っているうちに、警備兵(仮)に腕を掴まれた。
え、ええ?
「ちょっとどういうことなんですかもー!」
「え?」
「あなた全く音沙汰ないし!心配になって潜り込んでみればいつもと様子が違うし」
「ええ?」
「大体あなたに会うのに俺がどんだけ苦労したと思っているんですか!」
ちょ、ちょっと話が通じないんですけど!
こちらの様子などお構いなしに、ぐちぐちぐち。
ええい、うるさい!こちらの話も聞け!
と思い切って頭突きをしてみた。
だって、腕掴まれてなんか迫ってくる勢いに近いんだもん。……えへ?
「何するんですか!」
「ちょっとストーップ!一度黙って!」
涙目になりながら頭をさする不審者。
見たところの歳の感じは高校生でも通用しそう。でも童顔っぽいし大学生ぐらいか?
まあ、今の外見の私よりは若いかというぐらいだ。
うーん、警備兵ではないみたいだけど私の知り合いなんだよね?
クレイやアニーのような高貴な人って感じじゃない。
確かに顔はジャニ系っていう感じだけど、キラキラ美形ってわけではないし。
……いかん、美形を見すぎて感覚がおかしくなってきた。
「……で、ここ最近顔を見せなかった理由はもちろんあるんですよね?」
最近自分の感覚のマヒ具合に頭を悩ませていると、目の前の不審者は痺れを切らしたかのように問う。
おっと、いまはそれどころじゃないな。
「あの、あなたは私の知り合い?」
「そうじゃなきゃ、こんなところまで会いに来ませんよ」
何を今更?と言った表情だ。
うん、そうだよね。
「私は……ここ最近の記憶無くしているんだよね」
「……は?」
「だから、今16歳の記憶なんだってば」
「……はあああぁあ?」
目の前の不審者は信じられないっていう言葉が顔に書いてあるかのように驚愕している。
そうだよねー普通は信じられないよね。それを思うと夫である王様はよく信じてくれたよ……。
不審者は今度は信じられないものを見るかのような目つきになったかと思うと頭を抱えだした。
な、なんだかここまでくると大変申し訳ないな……!
そろそろ誰なのか教えてほしいのですか。
「だからあなたのこと知らないので教えてほしいのですが」
「うわ……あなたに下手にでられるとちょっときもちわるいですね」
「なに、頭突きもう一度食らいたいの?」
それなら、よーし!お姉さん、ガンバちゃうぞ!
笑顔で言うと、おびえた目をして不審者は後ずさった。
余程さっきの頭突きが聞いたらしい。余談だが私の石頭は親父殿譲りだ。
親父殿の頭突きで勝てたものはいない……らしい。
よく酔っ払ってはその武勇伝を語っていたがどこまで本当なんだか。
「……とにかく、俺はあなたの味方です。付いて来ていないですが、アリスもあなたを心配していました」
「アリス?」
「俺の名はルーイ。今日のところは時間がないのでもう帰ります」
かつんかつんとこの廊下はよく響く。
どうやら不審者、いやルーイは誰かが来るのを恐れているようだ。
そういえば潜り込んだって言っていたな……一体どこの誰なのだろう?
そうしているうちにも足音はこちらに近づいてくる。
「王様やメイドさんとか他の人には俺たちのことは秘密してください」
「え、どうして?」
「どうしても!困るのはあなたですからね、絶対ですよ!」
念を押されてしまった……。
ライにも秘密なの?ということはライは知らない人だよね。
なんかもやもやするけど……ここは従った方がよさそうな気がして黙って頷いた。
少しだけ安堵の表情を見せたルーイは窓枠に足をかける。
え、ここ二階ですけど?まさかここから脱出するの!?
「ちょっと待って、次はいつ?どこで会えるの!?」
「それは……いずれまた機会をみて必ず。それまでに俺たちのこと、少しは思い出していてくださいね」
飛び降りるかのように一気に窓から飛ぶ。
ちょっとぉ!一口に二階って言っても結構高さあるよ!?
心配になって窓から乗り出す勢いで覗いてみると、ルーイは器用に木に引っ掛かりながら着地。
まるで鉄棒選手の満点フィニッシュのように美しい。
きょろきょろあたりを見渡したかと思うと一目散にどこかに駆けていった。
どうやら誰にも見つかっていないらしい。追いかける人影は見当たらない。
「何だったの……」
安堵のため息は出た。
だってルーイは初めから心配そうにしていた。
そんな人が危険な人には見えなかった。
まあ、王妃としてそれはダメなんだろうけど。
「サシャ様?こちらでなにを?」
「え?いやー天気がいいから日向ぼっこだよ?」
「そうですか?」
足音は警備中の兵士のものだった。
普通に城内巡回中だったんだろう、焦った様子はないみたい。
まあ窓から身を乗り出している王妃に出くわしたので違う意味では焦っているけど。
なんでもないよーと乾いた笑みを浮かべつつ、優雅な立ち振る舞いで王妃らしくフェードアウト。
クレイのスパルタ訓練の成果がここで役に立つとは!
さて、いろいろ考えなくちゃいけないこともあるけど。
今はとりあえずユーリに会いに行こう。
そしてわが息子ながら美しく愛らしいあの笑顔で癒されるんだ!
私は肝心なところで深く考えないようにする。
それは悪い癖だと知っているけど、今はまだ何も知らないままでいたい。
知らなくとも人の気持ちは勝手に動き出すことを知っているから。