10.
女は生まれながらに女優なのよ。
と言ったお母様、あなたは嘘つきだ!それならなぜ私にそのスキルを備えてくれなかった!
面向かっては決して言えないことを、遠い世界で娘は心で叫んでいます。
ええ、遠い世界だろうと叫べないチキンハートですがそれがなにか?
だって、お母様は我が今野家の大蔵大臣。いや今は財務大臣だ、これでひとつ社会科のお勉強になったね!
それより今野家って何って?皆様、作者も忘れていたけど私の名前は今野さやですよ。
「サシャ様?」
……今は、サーシャリー・フェン・ウィートというばりばりファンタジーなお名前ですが!
というか見る人が見ていたら今何話目だってぐらいに遅い自己紹介だっていう話だよ。
そういう私も先日初めて自分の名を存じ上げました。こちらに自覚して何日目だと指を折り曲げて数えて2順しそうな気がしてやめました。
それもこれもあのスパルタがいけないんだ、決してこちらの美味しいご飯とか美味しい飲み物とか甘いデザートとかにつられたわけでは……ナイデスヨ。
「つーか、自分の世界に入り込むのやめなさい!」
ぱこーんと後頭部をいい音を立てて叩いてきたのは、今日も(女装が)絶好調のクレイ様。
ベルベットローズのタイトなドレスがとても優美で鮮やか。今日の帽子はそれに合わせてか真っ赤なバラのモチーフだ。
うん、なんかいつもファッションチェックしてないか。ワイドショーの辛口コメンテーターもびっくりでしょ。
「で?ちゃんと覚えられたの?」
「え、ええっと、ヴァード国の国王様がコンラート・ヴェルナ・ヴァード様でそのお妃様がアデリーナ様!」
「アデリーヌ様、ね。まあ、こちらのお二人は新婚でこちらのことなんて眼中にもないって話らしいけど」
おいおい、国王夫妻がそんな噂が隣国に届くほどいいのかい。
まあ国民にとってはいいのかな?
お二人とはあまり面識がないみたいだから何とかなるけど、一応こっちの国での開催なのだよね……。
ということはこの国のお偉い人とかもたくさん来るのだよね?それってそれって……。
「ねえ、私を知っている人とかも来るんだよね?」
「そりゃ勿論ね。でもあんたの後ろ盾は協力だからちょっかいかけて厄介ごとを抱えたい輩はそうそういないわよ」
「へえ、それはよかった……って、後ろ盾って?」
「……あんた、三公主のところやったわよ。それでも分からないとかいうんじゃないんでしょうね?」
あ、やばいやばいやばい。キングオブスパルタ教師のクレイの目が座ったぁ!
これはやばいぞ。三分で帰っちゃう某ヒーローの警告音が響いている!
たとえるならば、敵に蹴り一発しか入れてないのに、もう帰らなくちゃみたいな!かえってわかりにくいな。
「えーと、第一公主のヴァンハイムでしょ。第二公主がフェンリートで第三公主がアルムグレン!」
「覚えているなら、自身の名と比べてみなさい!」
比べろって言ったって……確か王族は三公主出身という扱いになる。それは貴族全体の系譜は三公主につながるから。
だから王族の名を名乗るときは、自身の系統の名を名乗る。私は、フェンだから……フェンリートか!
ううん?でもそれでもフェンリートの系譜だということだけだよね?
三公主は呼び分けるために第一第二第三といっているだけで、実際に優劣はないって習ったような。
「陛下の名前は、勿・論っ言えるんでしょうね?」
「もちろんだってば!ら、ライヒアルト……ヴァン?ウィートだよね」
「そう、つまり陛下はヴァンハイムの系統。そしてわたくしがあんたの後見人だということ」
「え?クレイのお家は……まさか」
「残るアルムグレン家の長子があたくし。そんなことも知らなかったの?これは課題を増やすべきね」
「えええぇっ!!!!」
後半何か恐ろしいこと言っていたような気がしたけど、そんなことより……。
第三公主の子息がこんな変態で許されるのか!?これが公に出たら仕えている人はみんなデモ起こすよ、マジで。
そりゃ、講師としてはドSすぎるけど文句のないぐらいに完璧で身分高そうだったけど!
「クレイは……その、何も言われないの?」
「アルムグレンの継承権は放棄しているわよ。勿論利用はさせてもらっているけれど」
このあたくしに文句が言えるやつがいると思って?
にっこり笑顔がそういっているように聞こえました。ちょう怖ぇ!
アルムグレンの血筋がそうなのか、それともクレイが突然変異なのかよくわからないけど。
いやこの感じだと間違いなく後者だな……。
「大体あんたに近づく輩なんてほとんどいないわよ。それにあたくしだってアニエルだっているんだし」
「え?クレイは分かるけど、アニーも一緒にいてくれるの?」
「王家主催の晩餐会で三公主の姫が出席しないわけにはいけないでしょ」
……三公主の、姫?
ちょっと待て、アニーはメイドさんではないのですか?
とある人たちの聖地アキハバラに生息する本業さんたちにも負けない、むしろ裸足で逃げ出したくなっちゃうぐらいにメイド服が似合っているアニーが……。
いやいやいやいや、そりゃ姫って言われれば納得するっていうかむしろ。
「なんでそんなひとがメイドやってんのー!!??」
「うるさい」
いままで、お姫様に甘えて朝起こしてもらったり着替え手伝ってもらったり髪の毛解いてもらったり給仕してもらったりその他諸々させちゃっていたのかい!!
穴があったら入りたい、いやむしろ自分から穴を掘って埋まりたい。それを人は墓穴という……って意味違うか。
できることなら床にごろごろしながら奇声を発しながら後悔したいけど、それは無理だよ。
なぜなら、絶賛トレーニング中だからね。頭の上に本が三冊も乗っている嫌がらせを受けているよ!
「姿勢が悪いからもっと前を向けって言っているでしょ!」
肉体トレーニング中の時間ももったいないっていって、お勉強もさせられるこのスパルタ。
何気にさっき叩かれたとき、本を落とさなかったんだよ。すごくない?すごいでしょ!
でもこの姿勢をしてそろそろ一刻。首やら背中やら足やらが限界だ。
い、いつまでこれやるの?と視線を向けたら、にっこり笑顔が返ってくる。
立てなくなるまで……だと……?
「サシャ様、そろそろ休憩されてはいかがですか?」
と、そのとき救いの天使様が美味しそうな匂いを漂わせながら姿を現した。
これはお昼御飯ですね!匂い的にはお魚のソテーかな。昼食が乗っている台車の上にはパンもあるし。
ちらりとクレイを見ると、盛大に舌打ちをした。
……仮にも三公主の子息ですよね?さっき知った事実だけど。
「あ、アニー!私、自分で用意するよ」
「でも……」
「アニーにはさせられないって!」
困ったような表情をしていたけど、すぐに何かに思い当ったのかクレイのほうを見つめる。
いや見つめるというか……。
「なによ」
「サシャ様に教えましたね?」
真剣な声でアニーが問うと、クレイは鼻で笑う。
それも大きく肩を上げるジェスチャー付きで。
まさに、バカにしていますと言わんばかりだ!
「いずれ知ることでしょ。あんたがフェンリートの姫なのは事実なんだから」
「ですが!」
「それとも、何も知らないサシャを世話し続けたかったっていうの?どうやって?」
「……っ」
うわおう。これは修羅場?
完全に空気ですね、私。
クレイはなんだか苛々しているし、アニーは悔しそうに睨みつけることしかできないし。
「ね!アニー、お腹すいたから支度しよ!」
「サシャ様……」
「甘えすぎていたからできることは自分でするようにするけど……アニーがいないとこれからも困るもん。だから、ね?」
「……はい!」
うん、何の事情があって以前の私と何があったのかはわからないけど。
アニーがいないとこちらでの生活は全くできないわけで。
でもなるべく自分でできることは自分でしようっと。
「クレイ、私もまだまだ知らないことばかりだから色々教えてね」
するとクレイは寄せていた眉を無くしたけど、疲れたようにため息をついた。
そして低く、笑う。
なんだか……こ、怖い……。
「当り前よ、午後からもみっちり指導してあげるから覚悟なさい」
……は、早まったかも。
再びというか何度目になるかわからない警告音が頭の中で鳴り響く。
すでに先ほどの発言を後悔しているけど、空気を読まずに私の腹は怪獣の悲鳴を上げた……。
もちろん、王妃らしく振舞えと怒られたのは言うまででもない……。
長らく御無沙汰してしまい大変申し訳ございません。
読んでいただきました方々評価してくださった方々、ありがとうございます!
次はなるべく早く更新したいと思います。