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ふわっふわの絨毯はおそらく幼いユーリのための配慮だろう。
この絨毯のすわり心地は最高で、きっと転んでも怪我しない。
手触りもさらさらで、お昼寝にもばっちこいですね!
……まあ、こんな状況でなければお昼寝の一つや二つはできたかもしれないだろう。
その高級絨毯の上で、私は正座させられている。
目の前には仁王像もびっくりの王様……怒っているライ様だ。
しかし、ライはどうして正座を知っているのだろうか?ジャパニーズ文化なのに!
「……サシャ?」
「う……」
余計なことを考えていたのがばれたのか、すっと眼光が鋭くなる。
わあ、怖くて顔が上げられないよ!
ちらりと見えたライの背後にいる兵士さんたちも顔面蒼白だし。うんうん、やっぱり怖いよね。
ちなみにこの兵士さんたちは、ユーリの部屋の前にいた護衛兵さんだ。
というか、この人たちがライに知らせたのだろうか。
「まったくお前ときたら……どこの国にメイド服に変装してくる王妃がいる?」
「か、返すお言葉もありません……」
「先ほどの脱走から懲りていないよな」
「それは……」
ちゃんとクレイたちに話したし、実際には脱走ではないと思うんだけど。
なんていったら、もっと怒りそうだから怖くていえないけどさ。
それに、なんかさー……ライって過保護じゃない?
本当にこんな風に、私は行動を制限されていたのだろうか?
むしろどんだけ暇なんですかって思えてきたよー。
もちろん、この一週間でライに暇などないこは知っているけど……。
「とうさま!」
「ユーリ?」
寝室で待機していたはずのユーリが、飛び出してきてライの足元にすがりつく。
驚いて、ライも固まったままだ。
「かーさまをおこらないでください!」
「しかし、ユーリ……」
すぐさまライが膝をついて、ユーリの目線にあわせた。
こうして並んでみると顔がそっくりで、しかも美形親子!
麗しい絵面で目の保養……ってふざけている場合じゃなくて。
「……サシャは、お前の母はユーリのことを忘れている」
「それでも、かーさまにあいたい……」
「ユーリ……」
幼いユーリの頬に涙がぼろぼろと零れ落ちる。
何度目の涙なのだろうか、すでに目は真っ赤にしていたのに。
日本だったら、まだ幼稚園に通っているような年頃の子供。
泣かせているのは……私だ。
気がついたら、勝手に体が動きユーリを抱きしめていた。
「ごめん……ごめんね、ユーリ」
「かーさま……」
「ユーリのこと、記憶なくしていても絶対に嫌いにはならないよ」
それだけは、絶対に言える。
だってこんなにも可愛いんだもん!まったく記憶がよみがえらないけど、これって母性本能かな?
でも何だっていい、ただユーリと会うためには説得しなくちゃいけない。
顔を上げて、ライをじっと見つめた。
「ライ、お願い……心配してくれるのも分かってる」
「サシャ……全ての記憶がないお前にも良くないことだ」
「それなら私は努力する!もうユーリのことは大好きだし、王妃教育もがんばるよ」
やる前から、諦めるなんて私にはできない。
頑張っても報われなかったとしても……遠い昔のようで、今の私にとってはつい最近の記憶がどこかで痛む。
その痛みがあるのは、まだどこかに未練があるからかもしれない。
だってあんなにも好きだったんだ。ちょっとでも話を合わせようと慣れないことをしてみたりとか。
でも好きだから努力しても結局親友とできちゃってたけどさ、超凹んだけど。
っとそれは一先ず置いといて。
「だからお願い、ユーリと一緒にいさせて」
「とうさま!おねがいします……」
眉を寄せ厳しい顔をしていたかと思うと、頭を押さえ心底疲れたようにライはため息をついた。
もう怒っていないみたいだけど、でもなんなのこの疲れた表情?
え?ええ?
「……勝手にしろ」
くるりと後ろを向いて、部屋を出て行った。
怒ってはいないみたいだけど……もしかして呆れたかな?
後ろに控えて見守っていた兵士さんたちも、焦った様子でライを追いかけて行った。
そして入れ違いで来たのは、クレイとアニーだ。
……ていうかクレイの女装姿、ユーリに悪影響じゃないか?
さりげなくクレイが視界に入らないように、ユーリを後ろに庇う。
「……やるじゃない、サシャ」
「え、でもライって呆れて出てっちゃったよ?」
「あれは、呆れているんじゃなくって折れたのよ」
折れた?えーとつまり妥協した、ということ?
不思議そうな顔をしていた私に説明することもなく、クレイは私の後ろに回る。
そしてユーリの頭を撫でまわしていた。
おおい!ちょっとちょっと、教育に悪いから勘弁してくださいよ!
「ユーリ殿下!お元気そうでなによりですわ」
「くれいさまもお久しぶりです!」
……あれ?仲が良いよ?
でもクレイは私の後見人だし、そりゃ顔も知っているか。
でもユーリ、あなたはこんな風になってはダメだからね。おかーさんは全力で阻止します!
ああ、でもユーリだったら似合うかも……いやいや、やっぱりだめだ。
ようするにライの女装姿になってしまう……なんて恐ろしいんだ。
「サシャ?また妄想してるの?」
「し、してないって!」
「ならいいけど」
うう、前から妄想癖が……あったんだろうな。
クレイは完全にまたかという顔をしているし、アニーは苦笑気味だ。
「それより折れたってどういうこと?」
「だーかーらぁ、陛下はなんだかんだいってあんたの激甘なのよ!」
びしっと人差し指をさされる。
わ、私に甘い?ライが?激甘?あのスパルタ教育を課せてくる人が、あれでか!?
ていうか人に指をさしちゃいけないって!
「ユーリはサシャ似だから、二人からお願いされると嫌とは言えないのよ」
「だから、私に協力したのね」
ユーリと直接会って、二人でライにお願いする。
正直それしか解決策はなかったんだろう。だから良いタイミングでライも来た。
でもユーリって私に似ているかな?どちらかというとライそっくりだけど。
頭を傾げているとアニーがフォローをくれた。
「雰囲気、といいますか。サシャ様とユーリ様はよく似ていらっしゃりますよ」
「そうかな?」
「ていうか、陛下は過保護なのよ。記憶のないサシャが苦しまないためとユーリ様が傷つかないために秘密にしていたんだし」
隠してはいたけど、毎朝記憶が戻っていないか確認するライが落胆した顔をしているのは知っている。
そして時々何かを言いたそうにしていた。
本当はユーリが泣くたびにもどかしかったんだろう。
でも私にはせかすこともしなくて。
何も言えなくなって、クレイをじっと見た。
クレイは苦笑交じりの微笑を返す。
「さあて、問題も解決したことだし続きを始めましょう」
「へ?」
「へ?じゃないわよ。陛下からもみっちり教育するように言われているんだから」
クレイがにやりと真っ赤な唇を吊り上げて笑う。
まるででなく、まさしく「覚悟なさい」と言っている!
え?ええ?教育って、まだ続けるの!?
つい先ほど、感動の再開を果たしたところのなのに!?
「言っておくけど、あんたのレベルはユーリ様以下よ!ユーリ様のお手本をまず真似なさい!」
「かーさま、がんばって!」
「もう勉強は、いやだー!」
どうやら、わが息子ながら大変優秀であると知るのはこのあとすぐのことで。
やっぱり私の遺伝子はどこいったの?本当はライのクローンか?
ああ、でも完璧なマナーのお手本を見せてくれた時の誇らしげなユーリはとても可愛かったよ!
というか私自身の問題は何一つ解決されていないということに気付くのは、まだまだずっと先。
すっかり忘れられている晩餐会まで、あと一か月。
私はまだ何も思い出せていない。
遅くなって申し訳ございません!
とりあずこの章は次の夜話2で終わりです。
ぐだぐだ展開で申し訳ございません。
少々スランプ気味なので、テンション高くできるように頑張ります。
次もよろしければお付き合いください。
お読みいただきましてありがとうございました!