第9話 清く、儚く、美しく
歩いてそれなりの時間が経った。私達が着いた先は何ら変わりはない土手。
「ここなの?」
「うん、午前中ここ通ったんだけど、ここの下行った所に境界ができててさ…」
華は、対岸へ向かう橋のアンダーパスを指差す。確かに、商店街の時ほどではないけれど、壁の厚さとか広さが大きいように感じる。
ここはどんなのが出るんだろうか…さっきの和やかな雰囲気はもうない。境界を前にして、緊張感が一同を襲う。
「いいね?皆、行くよ」
華の声に合わせて、私達は境界に足を踏み入れる。
…私達は無限に続くアンダーパスに立っていた。前も後ろも、途切れることなく天井が続いている。これじゃあもはやトンネルだ。当然だけれど、車は一切通らない。
「あーいうえおー、出るモン出る出る何か出るー…凄い反響するね。小声でも全然響きそうだよ」
理奈は愉快そうに変な歌を歌いながら歩いている、吞気だな。
「橋の下なのに、これじゃトンネルじゃないの…」
華の言う通り本当にトンネルだし、外へ出る手段もない。相手も大きいだろうから、逃げ場はないと思った方が良いだろう。実音は軽くため息をついてから、
「しかし、こんなにデカくなるまで放置してさー、誰か対処してくれてもいいのにね。やっぱ皆死んでんのかなー。任命された奴そこそこいるはずなんだけど」
確かにこんなに大きくなるまで気付かないことはないだろう。死んでるっていうのは、単にこの周辺に任命された人が少ないだけであって欲しいけど…
「死んでるとしたら怖いよね。任命された人達が減ってるってことだから。まあ主にとっては補充するだけ、なんだろうけどね」
理奈は歩みを変えることはない。…私を最後に任命された人が現われていないっていうの、言った方がいいのかな…
前を向きながらそんな考え事をしていると、後ろから風が吹いてくるように気配がした。
「…!」
私は振り返る。
「どうしたの知枝ちゃん?…もしかして」
理奈は私の行動を理解したのか、銃を構える。それに続いて涼香と実音も警戒する。
「ちょっとどうしたの皆?急にソワソワして」
華は、突然体制を整える私達に困惑している様子だ。
「知枝ちゃん、勘が鋭いんだよ。彼等が来る。華も準備して」
私の良いたいことを見事に理奈が代弁してくれた。そうそう、そう言うことだ。てか、これ凄い勢いで気配がぐんと強まってきてる。止まることはない。これ、まさか。
「突進してくる、避けて!」
咄嗟に叫び、私達は左右に飛び込む。
その直後、奥から大きな丸い影がフェードインしてきて、高速で私達を横切っていった。ある程度通り過ぎた所で、それは止まる。
「これは、こいつを蹴ってサッカーでもすりゃいいっての?」
「ボールにしてはちょっと、キモいけどね」
実音と理奈は醜いその球体を見て、心底嫌そうな顔をこらえているようだった。無理もない。実際気持ち悪いんだから。私が連れてこられた電車の彼等に似ている。あれをこねて丸っこくしたような見た目だ。
「―!」
じっと見ていると、球体は突然音を立てながら中身をかっ開き始めた。肉の糸を引いて、ブチブチと音を立てている。すると中から、四本ウネウネとしたそれが姿を現した。何と言えばいいだろうか、分かりやすく言うと、結構でかいギザ歯のミミズだ。それが一番伝わりやすいだろう。
「うーうぃ気持ち悪り!!あたしこういうの嫌いなんだよ」
分かりやすく実音は嫌な顔をした。そいつらは、チンアナゴのように体を伸び縮みさせている。
「早いとこ、やっちゃおっか!」
理奈は、一発撃ちかまし、私達も同時にかかる。それに反応した彼等は私達を追うように体を伸ばし始めた。
「うひゃ!」
噛まれるまいと私は武器を振るが、しなやかに動かれるもので中々狙いづらい。それは皆も同じで、華も実音も涼香も戦いづらそうだ。まるでこちらが一方的に弄ばれているみたいだ。
「こいっつら!全然あたらないんだけど!もう」
「一発でもやれればちょん切れるってのに、ウザい奴だね」
華と実音はスパっと切れる武器担当、一回当てりゃこいつらの体も簡単に切断できるだろう。しかし、一撃ですらも彼等は許してくれない。華麗に、そして見事にかわしている。
「ちょちょちょ!そんな近づかれたら撃てないでしょって!あっち行け」
理奈も銃を構える余裕はなさそうだ。手に持って、ひたすら殴ろうと振り回している。私は涼香に目をやる。表情変えずに、飛んでくる彼等から身を守っている。私は隙を見て、彼女の元へ移動する。
「涼香、大丈夫?こいつら全然当たらないよ」
「攻撃した所で疲れるだけだから今は身を守った方がいい。一瞬の隙でもできたらそこで仕掛ける」
なるほどな、どうせ避けられるくらいなら守りに徹してタイミングを待った方がいいということね。でも、隙なんてあるか?ヘビみたいにすばしっこく動くから全然隙という隙がない。
理奈だったら…その散弾銃でやれるんじゃないか?よし、彼女に絡んでくる奴をどうにかしよう。
「理奈!」
私は呼び掛けて駆け付ける。ハンマーを振るが、やっぱり避けられてしまう。ただ、おかげで余裕ができた。
「サンキュー知枝ちゃん!」
理奈は銃口を向けて、空間全体に激しい銃声を鳴り響かせた。閃光のような弾丸が彼等を貫く。
「よっしゃ!」
やってやった。
――が、その時個々を襲っていた彼等が全員音がした方を向く。音の発生源、即ち、理奈だ。
「…え」
気配がした。叫ぶ間もなく彼等は私の横を通り過ぎ、全員理奈に飛びつく。
「理奈!」
間一髪で避けていた。…訳ではなかった。腹部が赤く染まっている。噛まれたんだ。
「理奈?大丈夫?」
見たところ傷は深くなさそうだが、それでもかなりの出血だ。
「大丈夫…!全く、腕が治りかけてたってのに…!」
そう言って理奈は体を起こす。彼等は、再び華達を襲っていた。今の…これはもしてかして。
――!
一体、理奈に体を伸ばしていた。急いで私は前に立って相手をする。引いては来て、引いては来てを繰り返す彼等をハエたたきで虫を追い返すように私は振り払う。本当に隙がない。ダウンしている人間にもお構いなしだ。
たださっきの様子を見るに、あいつらは音に反応するんだ。それが分かってしまえば対処は簡単だ。私は攻撃を受け止めながら、彼等を生やしているドデカい球体に目を向ける。
「理奈、アレを飛び越えて、真上に来たタイミングで銃を撃ってくれない?
「なるほど、本体かもしれないからね。根本をやってみようって事か」
それもある。でも何より、私の読みが当たっていれば…
理奈は助走を付けて走り出す。今は誰も彼女を狙っていないから、チャンスだ。里奈は、跳び箱なら12段くらいは跳べそうな踏み切りを付けて大きく跳びあがった。そのまま、球体に向けて真下を撃つ。
すると、ギャア、っと鳴き声らしき音を発し、ビタビタと波打ちながら天井に向かって彼等が飛び掛かった。よし!やっぱりだ。
「華!実音!」
「よっしゃっ!やったるわあぁぁい!!」
実音は天井に向かって束になっている彼等に勢いづけてチャクラムを振るった。二つに切断された彼等の体はそのまま落下し、残った下部はだらんと垂れ下がっている。
「そおぉい!」
後に続いて、華は球体の中身に向かって、鎌を振り下ろした。
…斬られたそれはずるりと、少しずつ斜めにずり落ちる。騒がしさはもうない。足音の反響だけが広がっていた。
「ふぅ…やったみたいだね」
華は、肩を上下させながら息を切らしている。
「理奈は腹噛まれてるけど。それ以外は皆ちょっとした切り傷くらいで済んでるしよかったんじゃないかなっ」
涼香以外は皆体力を使っているようで、へばり気味だ。彼女は相変わらず表情を変えないから、バテているのかどうか分からない。あまりにも分からないので私の方から聞きに行く。
「涼香は大丈夫?疲れたりとかは?」
「少しだけ」
とだけ答えて、涼香は自分の服を軽くはたく。
「でも、境界の大きさの割には上手いこと倒せたよね。この前の実音みたいなことにならなくて本当に…良かった」
もうあんな光景は見たくない。瀕死の仲間を見るのは、つらいんだ。すると涼香は、
「それは私達が五人で相手をしたから。条件が良かっただけでもし四人とか三人で行っていたら重症か死亡は十分にあった」
怖いことを言う。元々実音は今日来る予定では無かった。もしこのまま本当に来なかったら…敵を捌き切れずにやられていたかもしれないってことか。
「あと、理奈が居たのも一つだね。今回あたし達の倒すきっかけを作ったのは理奈の銃だよ。音に反応するんだったら、ソイツがなけりゃどうしようもなかった」
そう言って、腕を組みながら実音は体をねじる。私達には銃という十二分に音を鳴らせる武器のメンバーがいるけれど、銃なんてまず使う人が里奈以外にいるのかも分からないし、他のチームはそういう時、どうしているんだろうか。
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「じゃあ今日の討伐はこれで完了ってとこかな?」
ゲームのクエストを友達としているかのように軽いテンションで実音は言うが、あながち間違ってはいないのか?
「そうだね。今日はありがとう。実音もありがとね、居てくれて助かったよ」
おうよ!と実音は陽気な返事を華に返す。そのまま、
「あたしはサンプルのデカイやつをさとちゃんの所に渡しに行くから、お先に失礼するよ」
と言って足早に帰っていった。
「じゃ、私達も今日は解散。お疲れー」華は、そう言って帰っていった。
今まで一番比較的平和な戦闘だったかもしれない。理奈も、ケロっとして歩いていく。負傷慣れしているな…私もこのまま帰ってもいいのだけれど、折角土手にいるんだし、少し腰掛けて考え事でもしていよう。主とか、自分のこととか。そう思って、私が草の茂る斜面に腰を落とすと、
「帰らないの?」
声がした。振り返ると、まだ涼香がそこにいる。
「うん、川も見えるしもうちょっといようかなって」
そう、と短く返事をすると、
「私も少しいる」
涼香はそう言って、私の隣に来て座る。涼香とちゃんと話すの、初めてじゃない?感情の読めない子なのもあって、少し緊張する。先に話を切り出したのは向こうだった。
「成長したね」
川を見ながら、表情を変えずにただそう言ってきた。何だか、ちょっと嬉しかった。開口一番にそれを言うとは思っていなかったので、軽く驚く。
「まあね。あんなに戦ってるから、体が慣れてきてさ」
「良いことだよ。いつまでも慣れてなきゃすぐに気が狂うか死んでしまうから」
たまにこの子はサラッと怖いことを言うな…事実そうではあるけれども。もうちょっとこう、言葉にクレッシェンドがあってもいいんじゃないか?
「涼香も、最初はやっぱり怖かったの?任命とか、戦うのとか」
「もちろん。人生で初めていきなりああいうのと遭遇して平静を保てる人なんていない」
涼香はいつも沈着としている。だから彼女が怖がる所も想像が付かないから、ちょっと意外だ。
「やっぱりそうなんだ。涼香ってさ、いつも冷静で戦う時も落ち着いて行動するから、そういうのないと思ってた」
私がそう言うと、涼香は小さく首を横に振る。
「この世界は人を変えるよ。理不尽だから」
小さい声でそう言った。涼香にも、何か過去があるのだろうか。苦しかったり、つらかったり。今の言葉は、そういう過去がないと出てこない。
「そっか。きっと涼香も、大変なことがあったんだろうね」
涼香は少し目を細める。このついでに、私は聞くことにした。
「ねえ涼香。涼香ってさ、夢というか、この世界の目標みたいなのってある?」
「…元の暮らしに戻る。けど、この世界には夢も何もない。ただ、死ぬまで生きるだけ」
彼女は、普通の生活を送りたいと思っている。けど、その目には決意とか希望とか、そういうのは感じない。本当に、何かに絶望しているみたいだった。
「元気出して…なんてうわべだけの事言ってもしょうがないね。この世界に居ると、そういうので立ち直れない事なんていっぱいあるよね」
涼香は一回、首を縦に振った。目は、前を流れる川を向いたままだ。
「私達は周りよりも幸せになれない。そして周りよりも早く死ぬ。それが私達の居る世界なの。風前の灯火って、無駄にしぶといんだね。ほんと、面白い。ああ、憎たらしい。」
儚い私達の命。このままで終わっていいはずがない。本音を言えば、瑠花にだって生きてほしい。あの悲しそうな目を、私は見逃さなかった。
「…私は、生きたいかな、最後まで。こんな世界だからって、生きるのを諦めるのもなんか違う気がする。それこそ死んだ仲間とか居たらその子も悲しむと思うしさ。私は死にたくない、誰も死なせたくない。私の仲間も知り合いも、全員を笑顔にしてあげたいの。私も元の生活に戻りたいな。涼香と、皆と一緒に」
「知枝、本気……っぽいね。頼もしい人。私も嬉しい。でも、ずっとここで生きていると余裕なんて無くなる。この世界の歴史は長い。何も変わったことなんてないよ」
今まで何も変わっていないと、涼香はそう言った。この世界の歴史の中には一人や二人は私のような人は居ただろう。それでも、誰にも出来なかったんだ。結局は、今まで何万人、何百万人と任命されてきた中の一人だ。突出した何かがあった訳でもない。
――。
ならば、私は?最後の存在である私ならどうなる?
―――――。
「あのさ、里未さんが言ってたんだけど、任命された人って私を最後に出てきてないんだって。だからさ、もし私が特別な存在で、この生活を終わらせられるかもしれない力を持っていたら…って思うと、ちょっとは楽にならない?」
元気付けたくて、つい任命のことを言ってしまった。しかも、特別な存在だなんて。でも、涼香の気持ちを少しでも晴らしてあげたくて、彼女が生きる希望を見出せるようにしたくて。涼香はこっちを見て、
「それ…本当なの?」
「うん、本当だよ。だから私は強気なの。本当に生きたいと思ってるし、皆を守りたいと思ってる。元の暮らしも、皆の幸せも、私は大事にしたい」
この瞬間は、目が合う。彼女の瞳孔に写るハイライトは、私の顔の隣で光っていた。涼香は顔を前に戻す。
「どんなにこの世界で生きる希望を見つけても必ず叩き潰される。それが嫌で惨めに感じるの。私」
そう言って、でも―、と接続詞を置いた後、涼香は顔を少し上げた。その視線の先には、星々が小さく輝いている。
「今は少し、気が軽くなった。ありがとう」
涼香は再び私を見て、僅かに歯を見せて微笑んだ。初めて見る彼女の表情。その顔はどこかあどけなく、本心で笑っているようだった。本来の自分、なのだろうか。
「いえいえ、むしろ涼香が前向きになってくれて私も嬉しいよ」
そう言って立ち上がる。涼香も、続いて腰を上げた。
「ねえ知枝、知枝は…本当に死なないよね」
寂しげな声で聞いてきた。私は涼香に目をやると、自然と口が動く。
「死なないよ。死なないように頑張る」
帰り道では、途中まで二人きりの時間が流れていた。
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家に帰って、私は今日のことを思っていた。涼香が抱えている未来への失望、自分自身の無力感、仲間への執心。
――――。
あの涼香の笑顔が焼き付いている。絶望の中で、彼女の微かな喜びを感じた。心の何かが動いていくのを感じる。それはやがて、私の中の曖昧な希望から絶対的な決意へと動いていくのであった。
明日の放課後、里未さんの所へ行こう。




