ありのまま、いま、ガチ騎士家政夫に起こっていることを話したい
家政婦を募集したらガチ騎士がやってきた件 第2話
王宮文官は指定のローブの着用を義務づけられている。いわば制服だ。
この制服がくせもので、なんと! オーダーメイドで! 自腹にてお仕立ていただけるんです!
なんでや! 仕事着だろ! 支給しろ!!?
そう思わず叫ぶ私は先頃ロマンス詐欺に遭った極貧文官だ。つまりお金がないので、こつこつこつこつと仕事をして、じきにやってくるお給料日を心待ちにしている。
それでも生活がぎりぎりなんとかなっているのは、私がドレスだの化粧だのにあまりお金や時間をかけたくない人間、貴族社会の珍獣だからだ。面白みがないと呆れられようと地味だと眉をひそめられようと、無駄遣いしないというかできない人間でよかった。
そこを詐欺師につけ込まれたのでは? だから使用人たちに見限られるのでは? と言われるとぐうの音も出ないので心の中にしまっておいてほしい。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
見捨てられた私と殺伐とした我が家に仕事ができる略してシゴデキ家政婦が!
「ご主人様。備え付けの斧が軽くて扱いづらいので、私物を使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
\\ マッチョ騎士 //
最近各新聞で流行っているアートが私の頭の中を走り抜けていく。
屈強という言葉が似合いすぎる騎士っぽいけれど騎士ではない新人家政夫氏が持っているのは、私の腕ほどある薪割り用の斧だ。彼の手にかかると重い斧もまるで泡立て器のようだった。
ええと、なんて? 斧? 斧って共有物と私物の区別があるものなの?
というか家政夫氏に斧という見た目がやばい。サスペンススリラーにジャンル変えするつもりか。
「それは、使いづらい、ということですか? だったら買い替えてもらって構いませんよ」
「新調するには及びません。一般的には備え付けのもので十分ですから」
一般的じゃない自覚があるんかい。
ともかく、それを許可してしまうと雇用主の面目丸潰れだ。お金に困っているとはいえ、こういうところで出し惜しみしていいことはない。
けれど今後我が家に家政夫氏が求める斧が必要かというと……うーん……多分いらないな……使うどころか持てないだろうし……重すぎて漬物石にもできないわ……。
「じゃあ、私がその斧を買い取って、いつか退職するときに持ち帰るというのはどうでしょう?」
「いえ、使い古したものですから、どうかお気になさらず」
「そういうわけにはいきません。確かに我が家は裕福ではありませんけれど、勤めてくれている人から搾取するほど落ちぶれてはいませんから」
腕を組んでふんっと強気に告げると、家政夫氏はじっと私を見つめた。
これはどうしたものかと困っているときの顔らしい。微塵も表情筋が動いていないから、あくまで推測だ。
そりゃあ私は女だし若いし未婚だけれど、下級でも貴族として、家の主人としての矜持は持っているつもりだ。お金がなかったとしても、雇っている人間に負担をかけてよしとするような人間に成り下がったつもりはない。
「……かしこまりました。ご厚情、痛み入ります」
家政夫氏はそう言って頭を下げた。まあここで折れておかないと聞き分けのない使用人と思われるもんね。すみませんね。
「買い取り金額ですが、私は斧の善し悪しがわからないし、使い込まれたものの価値も判断できないので、良いようにしてください」
「では、こちらの価格でいかがでしょうか」
え、安っ!? 子どもの頃の私の小遣いより安いよ!?
しかも「これ以上の金額ではお譲りできません」と言う。普通は高く売りつけるものだろうに商売下手にも程がある。ぐぬぬ。大人の対応だと思ったのに。そうまでしてもこっちに負担をかけたくないのか。
「……わかりました」
よろしい。ならば代替案だ。
「だったら、その代わりに新しく仕事着を支給させてもらいます!」
興味がないからといって、身だしなみにかかわることを疎かにすると珍獣以下の社会不適合者と見做される。
だから地味で田舎くさくて野暮ったい私でも時と場合に合わせた格好はしているつもりだ。制服はお金がなくて胃が痛くてもきちんと仕立てて手入れをし、歯を噛みながら口紅の新色だの流行りの香水だのを買ってつけ、ぎりぎりの予算で新しいドレスを一着作っておく。これを処世術、あるいは擬態という。
使用人にも私たちと似たようなことが言える。どこまでも地味に、身に付けるものは流行遅れのものを、なのに清潔に、かつ不快感を覚えさせないように細心の注意を払わなければならない。
ああ、みんなそれぞれに生きづらいこの世の中よ。
そう思って、勤めてくれる使用人にはちゃんと仕事着を支給したり、祝祭日や季節の行事のある日は休みを取ってもらったりしていた。「働きやすくてありがたい」「無理難題を言われなくて助かる」と言われて、よかったなあ、こちらこそありがたいなあ、なんて思っていたんだけれど、ロマンス詐欺に遭った私が給与の支払いが遅れると伝えると全員いなくなってしまった。本当に、見事なくらい全員辞めた。
なんでや。人の心とかないんか?
ああ、だからせめて私は、小貴族の娘として、女主人の役割を果たそう。
そんなわけで仕事着の支給である。
「お気遣いありがとうございます。ですが、以前勤めていた方の古着をいただければ十分です」
そして、思いっきり出端をくじかれた。
「え、でも」
「多少の手直しは必要でしょうが、すぐに済むと思います」
本当か? 本当に多少で済むのか? 自分がゴリマッチョだって自覚してる?
いや待て。まずそれ以前の問題だ。だってその古着は――。
「『これ』でもいいんですか!?」
ええんか。ほんまにええのんか?
だだだーっと走って目的のものを取りに行き、だだだだだーっと戻ってきてそれを突きつける私に、果たして家政夫氏はこう答えた。
「はい」
ならば何も言うまい。
潔すぎる短い返答に、私は諦めざるを得なかった。そして古着を手に去っていく家政夫氏を、無力感に打ちひしがれながら見送ったのだった。
そして、翌日。
こんがりカリカリのベーコン、両面焼きの卵、葉物野菜のサラダ、香り高い玉ねぎのスープとパンの朝食を摂る私の前で、料理も得意な家政夫氏がお茶を淹れている。もちろん仕事着姿だ。
厚い胸板を飾るレース。太い腰は意気込みを込めてきゅっとリボンに結び、ひだになった裾がひらりと揺れる。
体格に恵まれながらも小顔らしく装飾の控えめなキャップはちょうどいいサイズで、白く眩しいカフスがごつい手首を覆っていた。
――家政婦の象徴、すなわちエプロンドレス。しかもキャップとカフスを合わせた完全装備である。
この姿を見た誰もが、彼を家政夫と確信して疑わないだろう。そして我が目と正気を疑うに違いない。時間のない朝から数分間立ち尽くしてしまった私が証人だ。
何を言っているかわからないと思うけれど、実は私も何が起こっているのかわからない。
でも食事は美味しいし、家も庭も綺麗だし、制服も部屋着もばっちり手入れされていて快適そのもの。
ならば屈強な男性がフリフリのエプロンドレスで家政夫をやっていても問題ないだろう。そういうことにする。
そんなわけで、我が家には現在、装備を間違った騎士のようなエプロンドレスを着た家政夫がいる。




