表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後に君を忘れる魔法  作者: れんれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

「君を、忘れることにした」

もし少しでも心に残ったら、ブックマークしてもらえると嬉しいです。


これは、救いのある恋だと思いますか?

「——君を、忘れることにした」

 彼はそう言って、私のことを選んで捨てた。

 世界を救うために。

 それでも私は、彼を好きでい続けた。

 ——魔法を使うたび、大切な記憶を失う人だったから。

 その人は、最初から嘘みたいに静かな顔をしていた。

 市場の喧騒の中、まるで音だけが彼を避けているみたいに。

 立っているだけなのに、どこか“ここにいない人”みたいだった。

「……ここ、通ってもいい?」

 声をかけると、彼は一瞬だけ目を細めた。

 まるで、私を“思い出そうとした”みたいに。

 でも、すぐに諦めた顔になる。

「いいよ」

 それが、私と彼の最初の会話だった。

 彼の名前は、アルト。

 旅の魔法使いだと言った。

 でも、普通の魔法使いとは少し違う。

「魔法を使うたびに、記憶が消えるんだ」

 あまりにも軽く言うから、最初は冗談だと思った。

 だけど彼は、まるで天気の話でもするみたいに続ける。

「何が消えるかは選べない。でも、大体は……大事なものからだ」

 笑っていた。

 その笑い方が、どうしようもなく寂しかった。

 私はその日から、なぜか彼と行動を共にするようになった。

 理由なんて、特になかったと思う。

 ただ、放っておけなかった。

 それだけだ。

 彼は料理が壊滅的に下手だった。

 塩と砂糖を間違えるとか、そういうレベルじゃない。

 そもそも味見をしない。

「なんで味見しないの?」

「どうせ、次には忘れてるから」

 悪びれもせず、そう言った。

 私は言葉を失う。

「……じゃあ、覚えておくよ。私が」

「助かる」

 そのときの笑顔は、少しだけ安心した顔だった。

 地図も読めなかった。

 というより、読めても覚えていられなかった。

「さっき説明したでしょ」

「聞いた気はする」

「じゃあなんで迷うの」

「覚えてないから」

 あっさり言われて、怒る気もなくなる。

 最初に気づいたのは、小さな違和感だった。

「昨日のこと、覚えてる?」

「昨日?」

「一緒にご飯食べたでしょ」

「ああ……いや、ごめん。覚えてない」

 そのときの謝り方が、やけに慣れていた。

 きっと何度も繰り返してきたんだ。

 忘れて、謝って、また忘れて。

 それから私は、彼の日記係になった。

 彼が忘れてもいいように。

 いいや——忘れても、思い出せるように。

「はい、これ今日の記録」

「……助かる」

「ちゃんと読むのよ?」

「読むよ」

 そう言いながら、彼は時々読まなかった。

 読むのが怖い日もあるらしい。

 “自分が何を失ったのか”を知るのが。

 ある日、彼が珍しく真面目な顔をしていた。

「最後の魔法がある」

「最後?」

「これを使えば、戦争は終わる」

 その言葉は、あまりにも重かった。

「でも?」

 私が聞くと、彼は少しだけ目を逸らした。

「たぶん……全部なくなる」

「全部って?」

「今まで積み上げてきた記憶。人も、場所も……」

 一瞬、言葉が止まる。

「……君も」

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

「使わなきゃいいじゃない」

「そうすると、多分もっとたくさん死ぬ」

 即答だった。

 迷いが、なかった。

 その夜、彼の寝ている間に日記を開いた。

 普段は読まないページまで、めくる。

 最後のページに、一文だけ書いてあった。

 ——これを読んでいる未来の俺へ。

 たぶん、お前は彼女を忘れている。

 でも、それでも——もう一度好きになれ。

 ページを閉じる。

 視界が滲む。

(本当は、忘れられたくない)

 それでも私は、次の日も笑っていた。

 それからの日々は、やけに穏やかだった。

 まるで、終わりが近いことを知っているみたいに。

 彼は、よく笑うようになった。

「なんでそんな楽しそうなの?」

「今が一番新しいから」

 その言葉の意味が、少しだけわかるようになってしまった。

 私は、わがままを言うようになった。

「手、繋いで」

「いいよ」

「離さないで」

「努力する」

「努力じゃなくて、約束して」

 少し困った顔をしてから、

「……約束する」

 そう言ってくれた。

 でも知ってる。

 その約束が、どれだけ脆いものか。

「ねえ、ちゃんと選んで」

 ある夜、私は言った。

「私を忘れるか、後悔し続けるか」

 彼は、黙った。

 長い沈黙のあと、静かに答える。

「……後悔するのは、嫌いだ」

 胸が、少しだけ痛む。

 戦場は、静かだった。

 嵐の前みたいに。

 彼は、私に背を向けて立っている。

「ここで待ってて」

「行くの?」

「すぐ終わる」

 振り返らないまま、そう言った。

「ねえ」

「なに?」

「……終わったら、また一緒にご飯食べようね」

 ほんの少しだけ、間があった。

「……ああ」

 その返事が、嘘だとわかっていた。

 彼は振り返らないまま、小さく呟いた。

「忘れるのは怖くない。思い出せないことが、怖い」

 その言葉だけが、やけに鮮明に残った。

 光が、空を裂いた。

 音が遅れてやってくる。

 世界が、一度だけ、止まったみたいに静かになって——

 全部、終わった。

 彼は、倒れていた。

「アルト!」

 目を開ける。

「……誰だ?」

 わかっていたのに、

 思ったよりも、ずっと痛かった。

(本当は、思い出してほしかった)

「通りすがりよ」

 私は笑った。

「倒れてたから助けただけ」

「……そうか」

「ありがとう」

 その言葉は、初めて聞くみたいだった。

 彼は歩き出す。

 もう振り返らない。

 でも、その足が少しだけ止まった。

「……なあ」

「なに?」

「どこかで会ったこと、あるか?」

 心臓が跳ねる。

「ないわよ」

「……そうか」

 完全に見えなくなってから、私はその場に座り込んだ。

 涙が出るのは、少し遅れてからだった。

 数日後。

 市場で、見覚えのある背中を見つけた。

「……ここ、通ってもいい?」

 あの日と同じ言葉。

「どうぞ」

 私は、少しだけ笑って答えた。

「ねえ」

「なに?」

「旅、してるんでしょ?」

「ああ」

「……一緒に行ってもいい?」

 彼は少しだけ考えて、

「いいよ」

 その答えを聞いたとき、

 なぜか涙が出そうになった。

「次は、ちゃんと私を好きになってね」

 彼は、少しだけ首を傾げた。

「——今度は、忘れさせないから」

 たぶんこれは、初めての恋じゃない。

 でも、

 きっと、何度でも初めてになる恋だ。

 それでもいいと、思えた。

 だって私は、

 “忘れられること”よりも、

 “出会えないこと”のほうが、

 ずっと怖いから。

どうでしたでしょうか?

もし少しでも良かったと思って頂けたなら

とても励みになります。

今後とも宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ