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不滅の黄金比  作者: 慈架太子


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伍:権力崩壊(フォール・アウト)

カタリナが五百の兵を退けてから数日。王国のメンツは丸潰れとなり、今度は国家総動員に近い規模の騎士団五千名が屋敷を包囲しました。地平線を埋め尽くす鎧の波、鳴り響く進軍の喇叭。それは一介の冒険者を相手にするにはあまりにも過剰な、一国の軍隊そのものでした。


「反逆者マルクス! 貴様らの不遜な態度は王国の威信を著しく傷つけた! 今回は逃さぬ、全軍突撃せよ!」


怒号と共に五千の軍勢が雪崩れ込みますが、門前に立つのは、退屈そうに銀髪を弄ぶマティルデ一人だけでした。


「……五千人も集まって、また同じ間違いをするのね。数が増えれば勝てるとでも思ったのかしら?」


170cmのしなやかで強靭な肢体を誇るマティルデ。彼女はマルクスから授けられた知識を総動員し、風魔法と「アクセル(加速)」を自らの肉体に固定しました。


「マルクス君は今、お昼寝の時間なの。砂埃を立てるのはマナー違反よ。……いいわ、私が教育してあげる。『弱すぎる』相手に時間をかけるのは嫌いなの」


マティルデが地面を軽く蹴った瞬間、彼女の姿が消失しました。

マルクス直伝の「アクセル」と風魔法を極限まで融合させた超速の移動。五千の騎士たちには、彼女が消えたようにしか見えません。


「どこへ行った!? ……ぐ、ああああ!」


叫び声が上がった時には、既に最前線の百名が宙を舞っていました。マティルデは音速を超えた速度で戦場を駆け抜け、手に持った剣で騎士たちの武器と防具の繋ぎ目だけを正確に叩き折っていきます。


「遅い、遅すぎるわ。止まっているのを叩くのと変わらないじゃない」


マティルデの姿は、五千の騎士たちの間を縫う「銀色の雷光」と化していました。彼女が通り過ぎた跡には、壊滅的な風圧と衝撃波に飲み込まれ、折り重なって倒れる騎士たちの山が築かれます。


「ホーリーバレット・バースト……全方位射出!」


マティルデは敵軍の中央で跳躍すると、滞空したままアイテムボックスから取り出した無数の魔石を媒介に、全方位へ光弾を放ちました。それは豪雨のように降り注ぎ、逃げ惑う騎士たちの盾を砕き、戦意を根こそぎ奪い去りました。


わずか数分。

五千の軍勢は、誰一人として彼女の服の裾にすら触れることができず、文字通りの返り討ちに遭いました。


「……これで五千人? 質の低さを数で補おうとするのは、弱者のすることよ」


マティルデは乱れた髪をかき上げ、地面に這いつくばる騎士団長を見下ろしました。彼女の周囲には、折れた槍と砕かれた盾が散乱し、静寂が戦場を支配しています。


「次に来るときは、せめて私の残像を捉えられるようになってからにしなさい。……おやすみ」


マティルデが優雅に屋敷へ戻ると、玄関ではエリザベスが複雑な、しかし畏敬の混ざった眼差しで彼女を迎えていました。


「マティルデ様……一人で五千人を……」

「ふふ、マルクス君の理論を実践しただけよ。さあエリザベス、マルクス君が起きる前に一緒にお茶を淹れましょう?」


かつて最強を誇った王国騎士団は、一人の乙女が放つ圧倒的な「個」の力の前に、二度と立ち上がれぬほどの屈辱を刻み込まれたのでした。




王国騎士団五千名が、たった一人の女冒険者に完敗した――。

その衝撃的なニュースは、翌日には王都の隅々から辺境の村々に至るまで、瞬く間に広まりました。


「聞いたか? 五千人の精鋭が、マルクス殿の仲間の娘さんに指一本触れられずにのされたそうだ」

「ああ、しかも彼女は『お昼寝の邪魔』だと吐き捨てたらしい。騎士団の連中、今は剣を折られたショックで、ギルドの酒場で泣いてるぜ」


酒場や広場、市場の至るところで、かつて威風堂々としていた騎士団は王国中の笑い話となっていました。民衆にとって、税金を投じられた大軍がたった一人に翻弄された事実は、あまりに滑稽で、あまりに痛快なエンターテインメントとして消費されていたのです。


しかし、その笑い声が届かぬ王城の謁見の間には、文字通り凍りつくような殺気が充満していました。


「……五千だぞ。五千人の軍勢を出して、一人の女に全滅させられたというのか!」


玉座に座る国王の咆哮が、高い天井に反響しました。国王は握りしめた拳で玉座の肘掛けを何度も叩きつけ、その顔は屈辱と怒りで真っ赤に染まっています。


「それだけではありません。報告によれば、彼女は終始『教育』と称して、我が国の騎士たちの練度を嘲笑っていたとのこと……」


傍らに立つ宰相もまた、激怒の色を隠せませんでした。冷静沈着で知られる彼の手元の書類は、あまりの怒りに震え、握りつぶされてシワだらけになっています。


「笑い話だと? 我ら王家が積み上げてきた数百年の権威が、今や市井の笑い草になっているのだぞ! 宰相、この事態をどう収拾するつもりだ! 騎士団の無能どもを全員罷免したところで、失われた威信は戻らぬ!」


「陛下、もはや通常の軍事行動ではあの者たちを抑えることは不可能です。マルクスという青年が仲間に授けた力は、既存の魔導の常識を遥かに超越しています。五千人で勝てぬなら、次は一万人か? いえ、数などあの方々の前では無意味でしょう」


宰相は苦虫を噛み潰したような表情で続けました。


「……ですが、このままでは王権が失墜します。周辺諸国もこの失態を嗅ぎつけ、我が国を侮り始めております。何としても、マルクスとその仲間たちに『王国の正義』を跪かせねばなりません」


王と宰相。王国の頂点に立つ二人の怒りは、もはやエリザベスの連れ戻しという目的を超え、自分たちの支配体制を維持するための、執念深い憎悪へと変わっていました。


一方、その頃マルクスの屋敷では、そんな王城の混乱など露知らず、マティルデが淹れたお茶を囲んで、穏やかな時間が流れていました。


「マルクス君、このクッキー美味しいわね」

「マティルデさんが頑張ってくれたおかげですね。外が少し騒がしかったようですが……」


170cm、60kg。相変わらず浮世離れした穏やかさを持つマルクスと、彼を愛する六人の美女たち。彼らが王国の権威を微塵も恐れていないという事実こそが、王と宰相を最も激怒させる毒となっていたのでした。




騎士団の失態を笑い話に変えられた宰相の怒りは、ついに禁忌の領域へと踏み込みました。表の軍隊が通じぬならと、彼は王国の影に潜む史上最悪の暗殺者ギルド「終焉の指先」へ、マルクスたちの抹殺を依頼したのです。


深夜、月が雲に隠れた刻限。屋敷の周囲には、音もなく気配を消した五十人の暗殺者たちが展開していました。彼らは一国の要人暗殺を幾度も成し遂げてきた、毒と奇襲のスペシャリスト。


「標的は六人の女と、一人の男だ。死体さえ残せば手段は問わん」


首領の合図と共に、暗殺者たちが屋敷の影に溶け込み、一斉に侵入を開始しました。しかし、彼らが窓枠に足をかけた瞬間、屋敷全体が眩い黄金の光に包まれました。


「……夜分に、招かれざる客ですね」


中庭に立っていたのは、170cmの細身の体躯にナイトウェアを纏ったマルクスでした。彼の周囲には、既に武器を手にし、冷徹な瞳を光らせる六人の美女たちが控えています。


「闇に潜めば逃げられるとでも思ったか? マルクス様の『鑑定』からは、心音一つ隠せはしないのよ」


カタリナが弓を引き絞り、光の矢を放ちました。それは闇を切り裂き、屋根裏に潜んでいた暗殺者を正確に射抜きます。これを皮切りに、一方的な殲滅劇が始まりました。


暗殺者たちは煙幕や毒針、呪いの魔道具を駆使して抗いますが、マルクスから授けられた「ピュリフィケーション」を常時展開している彼女たちには、毒も呪いも一切通用しません。逆に、エリザベスが放つ火炎魔法と光魔法の複合弾が闇を焼き払い、マティルデが「アクセル」による超高速移動で、逃げ惑う暗殺者たちの首を次々と木剣で叩き折っていきます。


「弱すぎるわ。闇に隠れてしか戦えない連中なんて、私たちの相手じゃない」


マティルデの冷笑と共に、最後の暗殺者が光の鎖で拘束されました。わずか数分の出来事。王国最強の暗殺者ギルドは、一人の犠牲者も出せぬまま完膚なきまでに返り討ちに遭ったのです。


翌朝。王都の人々は、王城の正門前に並べられた衝撃的な光景に絶句しました。


そこには、宰相が送り込んだ暗殺者たちの頭部が、丁寧にさらし首として並べられていたのです。その中央には、暗殺依頼の証拠である宰相の署名入り密書が、ピュリフィケーションで清められたまま掲げられていました。


「……これが、マルクス様に闇を向けた報いだ」


門前に立つエリザベスが、冷徹な声で集まった民衆と城壁の上の兵士たちに告げました。


「卑怯な手段で絆を裂こうとする者には、容赦しない。次は、この依頼書を書いた者の首が並ぶことになるだろう」


王城内では、自らの差し金が白日の下に晒され、凄惨な形で返されたことを知った宰相が、恐怖で腰を抜かしていました。もはやこれは笑い話ではなく、王権に対する明確な「死刑宣告」でした。




王城の深奥、重厚な扉に閉ざされた御前会議室には、重苦しい沈黙が支配していました。

さらし首となった暗殺者たちの光景と、白日の下に晒された依頼書の余波は、王国の権威を根底から腐らせていました。


「……何か案はないのか! 黙っていては何も解決せんぞ!」


国王の怒声が響きますが、傍らに立つ宰相は青白い顔で視線を落とすばかりでした。五千の騎士団が敗れ、禁忌の暗殺者すら殲滅された今、彼の手札にはもう、マルクスたちを物理的に排除する手段が残されていません。


「陛下……もはや軍事力での制圧は不可能です。かといって、あのような不敬な者たちに頭を下げるなど、王家の血筋が許しません。……ですが、このままでは民衆が暴動を起こしかねませぬ」


宰相の言葉は空虚に響きました。対策会議とは名ばかりで、出される案はどれも現実味を欠いたものばかり。「他国へ亡命を打診する」「国境を封鎖して孤立させる」――どれも、あの七人が本気を出せば一日で瓦解する計画です。


行き詰まった王と宰相は、ついに国内の主要な貴族たちを緊急招集し、相談するという異例の手段に出ました。これまでは王権の下に付き従わせてきた地方領主や大貴族たちに、知恵を借りようというのです。


翌日、大議事堂に集まった貴族たちの表情は、一様に冷ややかなものでした。


「……陛下、我々に相談とおっしゃいますが、事態をここまで悪化させたのは宰相殿の独断ではありませんか?」

有力貴族の一人が、皮肉げに口を開きました。


「暗殺者などという卑怯な手段を使い、あまつさえそれを晒されるという失態。我ら貴族にとっても、これは顔に泥を塗られたも同然。マルクス殿は今や民衆の間では聖者のように扱われております。彼を敵に回すことは、領民を敵に回すことと同じですな」


議事場からは、賛同の囁きが漏れます。彼らはもはや、沈みゆく泥舟である王家と共に心中する気などさらさらありませんでした。


「相談と言いつつ、我らに責任を押し付けるおつもりか? そもそもエリザベス殿を不当に扱ったのが発端。我らの中には、既にマルクス殿の屋敷へ献上品を届け、誼を通じようとしている者もおりますぞ」


「何だと!? 貴様ら、王への忠誠はどうした!」


国王が立ち上がって叫びますが、貴族たちは動じません。彼らにとっての忠誠とは、強者に対する生存戦略に過ぎないのです。五十億ゴールドの資金を持ち、軍隊を一人で壊滅させる魔導の深淵を持つマルクスと、怒鳴り散らすだけの老いた王。どちらに付くべきか、議論の余地もありませんでした。


「案ならございますよ、陛下。……今すぐマルクス殿を公爵として迎え入れ、王女を嫁がせ、実権を譲渡することですな。それがこの国が生き残る唯一の道でしょう」


冷徹な提案に、国王は言葉を失い、崩れるように玉座へ沈み込みました。

対策会議は、王権の終焉を確認するだけの儀式へと変わり果てていました。




王城が混迷を極める中、マルクスたちは至って平穏な朝を迎えていました。


「……皆さん、少しギルドへ顔を出しましょう。これからの活動方針についても伝えておかなければなりませんし」


マルクスの提案に、六人の美女たちが華やかに頷きます。170cm、60kgのマルクスを先頭に、カタリナ、ベッティーナ、マティルデ、ドロテア、デニーゼ、そしてエリザベス。170cm前後の肢体を誇る、王国の軍勢すら圧倒した伝説のパーティーが勢揃いして街を歩く姿は、道行く人々を平伏させるほどの威圧感と美しさに満ちていました。


一行がギルドの重厚な扉を潜ると、喧騒に包まれていた館内が一瞬で静まり返りました。五千の騎士を一人で蹂躙したマティルデや、暗殺者の群れを殲滅した彼女たちの姿に、屈強な冒険者たちが道を開け、壁際に身を寄せます。


「……マルクス様、お待ちしておりました! どうか、奥の応接室へ!」


飛んできた職員に案内された先では、ギルドマスターが冷や汗を拭いながら、最高級の椅子を勧めてきました。彼は震える手で、豪華な装飾が施された羊皮紙の書状を机に置きました。


「マルクス様、そして皆様。……先日の騎士団、および暗殺者ギルドとの一連の件、ギルド本部は皆様の実力を『測定不能』と判断いたしました。そこで……ギルド本部総意の決定として、皆様全員にSランクへの即時昇格を打診させていただきます」


Sランク。それは一国に一人いるかいないかの生ける伝説、戦略兵器に等しい存在にのみ与えられる称号です。本来なら冒険者にとって至高の栄誉であり、王族すら敬意を払う立場。しかし、その言葉を聞いたマルクスは、少しも表情を変えませんでした。


「……Sランク、ですか。お気遣いは感謝しますが、興味ありません。お断りします」


マルクスは、出されたお茶を一口飲み、穏やかに、しかし明確に切り捨てました。ギルドマスターは目を見開いて絶句します。


「な、なぜです!? Sランクになれば、あらゆる関税の免除、王宮への自由な出入り、そしてギルドが持つ全情報の閲覧権が手に入るのですぞ!」


「権威や特権には興味がないんです」


マルクスは淡々と告げました。


「僕たちは、ただ自分たちの信じる道を歩み、大切な仲間と平穏に暮らしたいだけです。ランクという枠に縛られ、国の争いやギルドの都合に組み込まれるのは、本意ではありません。……僕たちは今のまま、名もなき冒険者で構いません」


その背後で、カタリナたちが誇らしげに微笑みました。


「そうよ。マルクス君が決めたことなら、私たちはそれに従うだけ。Sランクなんて肩書き、今の私たちには退屈な飾りでしかないわ」


カタリナが弓の弦を軽く弾くと、その魔圧だけで応接室の窓ガラスが微かに震えました。

ギルドマスターは悟りました。彼らはもはや、この世界の既存のシステムでは計れない次元に到達しているのだと。


「……承知いたしました。無礼な申し出、失礼いたしました。……ですが、ギルドは引き続き、皆様を『特級不可侵対象』として最大限の敬意を払い続けます」


マルクスたちは、拍子抜けするほどあっさりとギルドを後にしました。

最強の力、莫大な富、そして世界最高の地位すらも「興味ない」と切り捨てる。その執着のなさと底知れぬ余裕こそが、王都の人々にさらなる畏怖と憧憬を植え付けることとなったのでした。



王城の練兵場には、早朝から五千人の騎士たちが整列していました。たった一人の女性冒険者に敗北し、王国中の笑い草となった彼らの顔には、屈辱と、それ以上に「自分たちは何が足りなかったのか」という底知れぬ恐怖が張り付いていました。


そこに現れたのは、マルクスの許可を得たエリザベス、ベッティーナ、ドロテア、デニーゼの四人でした。


「……今日から数日間、マルクス様の代理として私たちが稽古をつけます。覚悟はいいですか?」


元騎士団分隊長であるエリザベスが、鋭い眼光でかつての同僚たちを射抜きました。175cmの長身から放たれる威圧感は、マルクスから全魔法とアイテムボックスを授かったことで、以前とは比較にならないほど高まっていました。


「……まずは身体能力の底上げからです。魔法を使わず、純粋な膂力だけで私を押し通してみなさい」


ベッティーナが一歩前に出ました。170cm超の豊満かつ強靭な肢体を誇る彼女は、マルクス直伝の効率的な身体操作により、重装歩兵十人がかりの突撃を、片手一本で軽々と受け止めました。


「遅い、ぬるい、弱すぎる! そんな腰の入っていない剣で、誰を守るつもり!?」


ベッティーナの罵声が飛び、突撃した騎士たちが次々と地面に転がされます。彼女はアイテムボックスから練習用の巨大な鉄槌を無造作に取り出すと、それを羽毛のように振り回し、騎士たちの盾を次々と粉砕していきました。


続いて、ドロテアが魔法の理論を叩き込みます。


「貴方たちの魔法は形式に拘りすぎていて、魔力の流れが筒抜けですわ。……これでは、私に触れることすら叶いません」


ドロテアは全属性を自在に操り、騎士たちが放つ火炎や氷結の魔法を、空中で霧散させ、あるいはそのまま反射して本人たちに浴びせかけました。魔法の「構造」を理解していない騎士たちは、自分たちの得意魔法で自分たちが翻弄されるという屈辱的な状況に追い込まれ、コテンパンにしごかれていきました。


「……怪我をしても大丈夫ですよ。すぐに治してあげますから」


デニーゼが慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、高出力の「ヒールバレット」を連射します。しかし、それは優しさではありませんでした。意識を失いかけた騎士、骨が折れた騎士を瞬時に完治させ、再び「地獄の稽古」へと引き戻すための、終わりのない治療でした。


「あ、ああ……もう動けない……」「お願いだ、殺してくれ……」


地面を這い、泥にまみれる五千人の騎士たち。エリザベスは彼らの間を悠然と歩き、冷徹に告げました。


「弱すぎる。貴方たちは『力』を過信し、その本質を理解しようとしなかった。マルクス様が教えてくれたのは、力ではなく『意志』と『効率』です。……立て! まだ一時間も経っていませんよ!」


夕暮れ時、練兵場に立っていたのは、涼しい顔をした四人の美女たちと、死体のように積み重なった五千人の騎士たちでした。かつての矜持は完全に粉砕され、彼らの心には、マルクスという存在の巨大さと、彼に仕える女性たちの圧倒的な実力が刻み込まれました。


「……ふう。少しはマシになったかしら、マルクス君?」


屋敷へ戻る道すがら、エリザベスたちは満足そうに微笑み合いました。王国の最強戦力だった騎士団は、今や彼女たちの「教育」という名の蹂躙によって、根底から作り直されようとしていたのでした。



王国騎士団が地獄のしごきに悲鳴を上げ、権威が失墜した王宮は、ついに「最後の切り札」を繰り出してきました。それは、王家随一の美貌を誇る第一王女、クラリスをマルクスの元へ送り込み、婚姻によってその力を取り込もうという政略結婚の申し出でした。


ある日の午後、マルクスの屋敷の前に、豪奢な王家の馬車が止まりました。現れたのは、透き通るような白い肌と金糸のような髪を持つ、まさに深窓の令嬢を体現したような絶世の美女、クラリス王女でした。


「マルクス様。私は貴方の噂を耳にするたび、胸を焦がしておりました。この国を救う強き光……どうか、私を貴方の妻として迎え、共にこの国の未来を築いてはいただけませんか?」


クラリス王女は、優雅な所作でスカートの裾を持ち上げ、完璧な微笑みをマルクスに向けました。同行した宰相は「これほどの美女を拒めるはずがない」と確信に満ちた表情を浮かべていました。


しかし、マルクスはクラリス王女を一瞥すると、その穏やかな表情を崩さないまま、どこか冷静に彼女の姿を観察しました。


確かに彼女は世間一般で言えば非の打ち所がない美女です。しかし、マルクスの周囲にいるカタリナやエリザベスたちは、いずれも170cm前後の長身に、修行と魔導の覚醒によって磨き上げられた豊満かつダイナミックな肢体を誇っています。


マルクスの視線は、クラリス王女の華奢な体つきに向けられました。彼女の胸元は貴族的な慎ましさで「普通」のサイズに留まり、ドレスの下の曲線も、カタリナたちのような生命力溢れる張りや、ベッティーナのような圧倒的なボリューム感には程遠い、非常に「薄い」ものでした。特にお尻のラインは、厳しい修行を積んだ彼女たちのそれとは違い、あまりにも小さく、迫力に欠けていました。


「……申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


マルクスの淡々とした、しかし冷徹なまでの拒絶に、その場が凍りつきました。王女は目を見開いて絶句し、宰相は「正気か!?」と叫び声を上げそうになります。


「な、なぜですの……? 私に何か至らぬ点があると……?」


クラリス王女が震える声で尋ねると、マルクスは170cm、60kgの体を静かに真っ直ぐに保ち、誠実すぎるほどのトーンで答えました。


「クラリス様は大変美しい方です。ですが、単刀直入に申し上げれば……僕の好みではありません。僕は、生命力に満ち溢れた豊かな曲線美を愛しています。貴女の体つきは、僕の理想とする美の基準からすると、少しばかり……いえ、かなり物足りないのです」


胸が普通で、尻が小さい。

マルクスにとって、それは魔導の理論が欠けているのと同じくらい、決定的な「不足」でした。カタリナたちの、触れずとも伝わるような圧倒的な肉体の質量と存在感に慣れきったマルクスにとって、王女の繊細すぎる美しさは、あまりにも貧相に映ってしまったのです。


「そ、そんな……身体的な特徴を理由に……」


ショックのあまり膝をつきかける王女をよそに、屋敷の窓からは「当然よね」と言わんばかりの、六人の美女たちの勝ち誇ったような視線が注がれていました。


「好みじゃないと振る」という、政治的配慮を一切排したマルクスの究極の誠実さは、王宮の最後の望みを無残に打ち砕きました。マルクスにとって、王家の威光よりも、己の審美眼に適うかどうかが何よりも重要な基準だったのです。




「聞いたか? あのマルクス様が、クラリス王女を真っ向から振ったらしいぞ」

「ああ、それもただの拒絶じゃない。『胸が普通で尻が小さい、好みじゃない』とはっきり仰ったそうだ」


翌朝、王都の至る所でこの話題が爆発的に広まりました。五十億ゴールドという天文学的な資産を持ち、一人で五千の軍勢を蹂んにしたマティルデたちを従える、実質的な国家最強の男。そんな彼が、王家が誇る至宝・クラリス王女を「身体的なボリューム不足」という、あまりにも直球かつ個人的な理由で突き放した事実は、民衆にとって騎士団の全滅以上に衝撃的で、愉快な王都の伝説となりました。


酒場では、荒くれ者の冒険者たちがジョッキを叩きながら笑い転げています。

「がっはは! さすがはマルクス様だ! 王家の権威なんて知ったことか、己の好みに忠実。これこそが真の強者の余裕ってやつだな!」

「しかし『尻が小さい』か……。確かにあの屋敷に控えている方々は、みんな170cm超えのモデル体型で、どえらい曲線美をしてるからな。マルクス様の基準は、もはや雲の上にあるってわけだ」


一方で、王都の婦人たちの間では、マルクスの審美眼が新たな美の基準として語られ始めました。

「奥様、聞きました? か弱くて繊細なのが美徳だなんて、もう古いんですって。マルクス様は『生命力に満ち溢れた豊かな曲線』を愛していらっしゃるのよ」

「まあ、明日から私ももっとしっかり食べて、スクワットに励まなくては……!」


この噂は、当然ながら王宮にも届いていました。

激怒を通り越して虚脱状態の国王と、顔を真っ赤にして自室に引きこもったクラリス王女。そして、公的な婚姻の申し出を「尻」という単語一つで粉砕された宰相は、もはやマルクスという存在が、既存の政治的常識が一切通用しない「天災」であることを痛感していました。


「……陛下。あの男は、王家の血筋よりも、自らの隣を歩む女たちの肉体的な躍動感を信じているのです。我々の権威など、彼にとっては『貧相な尻』と同じ程度の価値しかないのかもしれません……」

宰相の力の抜けた進言に、国王はもはや言い返す言葉も持っていませんでした。


その頃、屋敷のテラスでは、マルクスがいつも通り穏やかにお茶を淹れていました。

「マルクス君、外がまた騒がしいけれど……本当に良かったの? 王女様をあんな風に言って」

カタリナが、自慢の170cm超の肢体を誇示するように、わざとらしくマルクスの隣で背伸びをしながら尋ねます。


「嘘はつけませんから。僕は、日々努力して自分を磨き、逞しく美しい曲線を作り上げた皆さんのことが、本当に素晴らしいと思っているんです。……それこそが、僕にとっての誠実さですよ」


170cm、60kg。マルクスが淡々と告げたその言葉は、背後で聞き耳を立てていたベッティーナやエリザベスたちの頬を赤く染め、彼女たちの尻を強調するポーズをさらに堂々としたものにさせました。


「五十億の富を持ち、国を救った英雄が、己の欲望と美学にのみ従う」

この伝説は、王国の硬直した権威を嘲笑うかのように、人々の心に深く、そして艶やかに刻み込まれたのでした。



王都を揺るがした「尻が小さい」という身も蓋もない失恋騒動は、瞬く間に国境を越え、周辺諸国へと波及しました。特に敏感に反応したのは、武勇を重んじる北方の軍事国家、バルムンク王国でした。


「……ほう。あのマルクスという男、なかなか分かっているではないか」


バルムンク王国の第一王女、ブリュンヒルデは、届いた報告書を読み上げ、不敵な笑みを浮かべました。彼女は身長190cmを超える巨躯を誇り、鋼のように鍛え上げられた筋肉と、それを包み込む圧倒的な脂肪のクッションを併せ持つ、まさに「生命力の塊」のような女性でした。


「華奢なだけの小娘が振られるのは自明の理。真の英雄が求めるのは、戦場を共に駆け抜け、家系を支える強靭な母体よ。……そのマルクスとやらの審美眼、私が直々に確かめてやろう」


ブリュンヒルデは、自らの腰回りに手を当て、確信に満ちた表情で頷きました。彼女の「尻」は、並の男が両手を広げても到底抱えきれないほどの質量と、岩山のような張りを持っていました。彼女にとって、振られた王女の悩みなど、吹けば飛ぶような塵に等しかったのです。


数日後、王都の城門を揺らすような地響きと共に、バルムンク王国の使節団が入城しました。中央で堂々と馬を駆るのは、黄金の重装甲冑に身を包んだブリュンヒルデ王女です。


「王都の民よ、道をあけろ! 私はマルクスに、真の『曲線美』を教えに来たのだ!」


彼女の野太い声が王都に響き渡ります。民衆は、かつてない巨漢の王女の登場に目を丸くし、「これならマルクス様も満足するのでは?」と期待の眼差しを向けました。一方、報告を受けた王城の国王と宰相は、「これ以上ややこしい事態にするな」と頭を抱えていました。


マルクスの屋敷の前に、規格外の馬車が止まりました。ブリュンヒルデは馬車を降りるなり、出迎えたマルクスをその巨大な影に沈めました。


「貴殿がマルクスか。話は聞いたぞ。あの尻の小さな小娘を振ったそうだな。……見ての通り、私にはその心配はない。どうだ、この圧倒的な質量! この溢れんばかりの生命力! 私こそが、貴殿の求めていた『究極の答え』ではないか?」


ブリュンヒルデは、マルクスの目の前で堂々と背を向け、自慢の巨大な尻を突き出して見せました。それは確かに、カタリナたち170cm級の美女たちですら、思わず二の足を踏むほどの圧倒的なボリュームでした。


しかし、マルクスは170cm、60kgの体を揺るがすことなく、その巨大な質量を冷静に、まるで魔導書の1ページを読むかのように鑑定しました。


「……確かに、素晴らしい質量です。ですが、ブリュンヒルデ様。僕が求めているのは、ただ大きいだけの肉体ではありません。……そこには、魔導的な洗練と、日々の修行によって磨き上げられた『機能的な調和』が必要なのです」


マルクスは穏やかに、しかしやはり誠実すぎるトーンで答えました。


「貴女のそれは、少しばかり……いえ、かなり『過剰』です。僕の理想とする、しなやかさと強靭さが共存した黄金比とは、残念ながらベクトルが異なります。……申し訳ありませんが、好みではありません」


「な……っ!? この私が、デカすぎると言うのか!?」


巨漢の王女の絶叫が、屋敷の庭を揺らしました。小さすぎてもダメ、大きすぎてもダメ。マルクスのあまりにも細かすぎる「尻のこだわり」の前に、周辺諸国の野望もまた、脆くも崩れ去ったのでした。


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